Victoria
ここまで私に興味のない男を初めて見た。
朝陽大輝は連絡先を交換はしたものの積極的に連絡を寄越さず、こちらからモーションをかけても反応が悪い。はじめは鈍感なのかと思ったが、エスコートはさりげないが一定のレベルでは行うし、それなりに見た目も褒めて来る。
ただそれが、私に興味があるから、ではなく、そうしておけばいいだろう、という計算を感じるのだ。
少し躍起になった部分はある。そのうちに甘い空気になり交際に発展したけれど、興味をすべて向けてくることはなく、その態度が余計に気に入らなくて朝陽をどうにか手篭めにしよう、と考えるようになった。
隆は私が別の男と会っていても咎めはしない。そう育てたからだ。
ソファーでなにか作業をしていた隆にしなだれかかり、やっぱり子供は欲しいね、と話し掛ければ、不意をつかれたように私を見た。
「……、養子でもとるか?」
「ううん、自分で生みたいの。ね、お願い。隆はわかってくれるでしょ? 子供が作れないのは貴方が不能だからじゃないの」
言葉を詰まらせる夫の体を優しく撫でる。父親にしてあげたいの、と囁きかけると、安堵したように強張っていた体から力が抜けた。思い通りで可愛い、とは口に出さないけれど、上出来だったので微笑んでおく。
誰かから精子を貰う、という方向で話はまとまった。隆も了承し、私は朝陽の顔を思い浮かべた。
子供を作らせて囲えば、そう逃げもしないだろう。朝陽は妙に鋭いところもあるが、基本的には受身で扱いが難しいわけではない。私は思惑の成功を確信していた。
だから、中々上手くいかなかったことには、苛立った。
性行為に特化したホテルは寒々しいくらいに華やかで、花の香りがするボディソープで洗った体は自分で見ても完璧だった。男を誘惑するくらい簡単に行える、朝陽も行為をねだって拒否したことはない。どうせ俗物なのだと嘲笑いたい気分にすらなる。
朝陽はベッドに座ってスマホを眺めていた。バスローブの前をわざと緩めて近寄り、甘えるように膝に乗れば腰に腕が回ってくる。
「ねえ、早くしようよ。ゴムつけなくてもいいから」
そう誘惑してベッドに倒すが、朝陽はスマホを横に放りながら苦笑を寄越した。
「ラブホだぞ、ゴムくらいいくらでもあるのに使わないのは馬鹿だろ」
鋭い視線はこんなときでも冷静で、上に乗る私をやんわりと下ろさせてから、ベッド脇に置かれているコンドームの袋を摘み上げる。
行為が始まれば思考も飛ぶだろうと思ったが、朝陽は何処か事務的に準備を済ませ、冷たい光を湛えたままの瞳で私を見下ろした。運動に伴って滲んだ汗がそぐわないほど浮いている。要らないと再び告げても彼はゴムの封を切った。お前はわがままだな、と宥めるようでいて呆れたような口振りが忌々しい。
私を貫く間も朝陽大輝は冷静だった。何を考えているのかすらわからず、果てたあとはするりと離れてゴムを面倒そうに処理していた。
「ねえ、ピル飲んでるから本当に平気よ」
汗ばむ背中に擦り寄って囁くと、朝陽は息だけで笑った。
「そりゃいいな、ゴムもつければ余計に妙な心配しなくて済む」
「えー、なによそれ」
「お前、思ってたよりわがままだな。まあ、別に、それでもいいが」
首だけで振り向き、額に口付けてから離れていく。そのまま浴室に消えるので、なんて冷たい男なんだろうと憮然としたが、少しずつ懐柔すればいいかと思い直した。
そうできる自信が私にはあった。私に懐柔されない男はいなかった。
「なあ、朝陽さんって、どんな人なんや?」
自室で寛いでいるとやってきた隆にそう問われた。部屋に入れてやり、ソファーに横並びで座りながら、素敵な人よ、とまずは妬かせておく。隆は眉を下げてから、遠くのほうに視線を移した。
「明るくてええ名前やな、朝陽大輝って。全然名前負けしてへんのか?」
「顔は凄くかっこいいわよ、優しいところもあるし。ちょっと口が悪いけど、可愛げのある人だと思うわ」
「可愛げ……」
「うん、年下だしね。けど絶対に私のこと大切にしてくれるわよ」
「……、朝陽さんに俺のことは?」
不安げな顔をされて溜息が出そうになったが堪える。
「まだ話してないけれど、優しいからわかってくれると思うの。もうちょっと舞ってて、ね?」
膝を撫でながら穏やかに声をかければ、隆は首を縦に揺らした。
朝陽についての話は、納得させるための方便も混ぜていた。率直な感想は、どこかずっと冷静な世界への興味すらなさそうな男、から変わりはない。さっさと私のものにして跪かせたい、さぞかし気持ちがいいだろう。
隆はしばらく黙っていた。それから不意に立ち上がり、
「ちょっと仕事してから寝るな、ありがとう聞かせてくれて」
そう言って一階へと戻っていった。
私は肌の手入れをしてから電気を消してすぐ布団に入った。もう冬で、そのうち雪の降りそうな気候に変わっていた。
春が来るまでには朝陽大輝を私のことしか考えられないようにしたいな。毛布を被りながら彼の顔を思い浮かべるとなんだか楽しかった。手に入れた後はどうしよう、隆には紹介しなければいけないけれど、私の言うことを聞かないはずはないから大人しく受け入れるだろう。
隆が人の話を聞かないところはまったく想像できない。親の前でも物静かで、わがままも言わずよく言うことを聞く模範的な子供だった。私がそうなるようにコントロールした部分は勿論あるが、切り取ったせいで闘争心ごと眠っているのかもしれない。朝陽を連れて来ると、嫉妬心で目覚めるだろうか、もしそうなっても躾直せばいいか。
朝陽のことはどう納得させようか。子供ができても逃げ出さないようにしなければいけない。懐柔してしまってから及ぶほうがあるいはいいかもしれない、朝陽にかける時間はいくらでも捻出できる。まだ部屋にも入れてくれないが、付き合い続けていれば機会は必ずある。
二人の相性は、……いやそれはどうでもいい。一度は会わせて話をする必要があるだろうけど、その後は一切関わらなくてもいいところだ。
でも今はまだ、ずいぶん先の話だ。
隆は一生私のものだし、朝陽もそのうち私のものになる。
そして私は完璧になって、世界に祝福されて、誰からも羨まれていく。
その日が来ることを、本当に本当に楽しみにしている。
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