第14話 ピクニック
「はい。そんなわけでピクニックに出掛けたいと思います」
フラウダはそう言うと、ソファで本を読んでいるクローナとネココの頭によじ登って猫耳を弄り回しているニアの前で、楽しそうに掌を打ち鳴らした。
「ママ、ピクニックって何?」
「お弁当もって皆でおでかけすることだよ。山登るけど、ニアは平気?」
「……あんまり。でもね、あのね、お姉ちゃんは凄いんだよ。ニアが歩けなくなっても背負ってくれるの。お姉ちゃんがいればどんな所でも平気なの」
「なるほど、流石はお姉ちゃんだね。でも今はママがいるので、疲れたらママが負ぶってあげるよ」
「本当!?」
「勿論だよ。ほらおいで、可愛い僕の娘」
ヒョイ、とネココの頭によじ登っていたニアを抱き寄せると、フラウダは娘に頬ずりした。
「キャハハ! くすぐったいよママ」
じゃれあう親子の横で、闇組でも指折りのアサシンがふうと安堵の息を吐く。
「ようやく解放されたニャ。幼子のパワー侮り難しニャ」
「……妹がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
いつの間にか本を閉じていたクローナがネココへと頭を下げる。
「小さいのにずいぶんと礼儀正しい子ニャ。本当にニアと同い年ニャ?」
「双子ですので」
黒と銀。髪と瞳を彩る色は違えども、それ以外の要素は鏡合わせのように瓜二つの二人だった。
「自分の歳は分かるニャ?」
「今年で六つになりました」
「六つ!? 想像以上に若いニャ。早熟の天才ニャ」
驚くネココをクローナはじっと見つめている。
「ところでピクニックとはどこに行くのでしょうか?」
「ピクニックというには些か語弊がある気がするニャ。まぁとにかく幻想山を超えた先にある辺境の村を目指すようニャ」
「幻想山?」
幼い相貌に警戒心が宿るのをアサシンは見逃さなかった。
「何か知ってそうな顔ニャ」
「いえ、本で齧った程度の知識なのですが、辺境へ続く幻想山は近年多発する幻獣の被害で、今ではほとんどの者が通っていない危険地帯という話だったと思うのですが」
「その通りニャ。辺境には魔王軍の者も派遣されているはずニャんだけども、不思議なことにちっとも向こうの状況が伝わってこないニャ」
「魔王軍。人が誇る最強部隊である帝国軍と対をなす魔族の精鋭部隊ですね。ひょっとしてフラウダさんやネココさんもそこに所属しているんですか?」
「あ~。私はそうだけどフラウダ様は逃亡中ニャ」
「え?」
「逃亡中ニャ」
「えっと、それは……いいんでしょうか?」
「全然良くないニャ。だから一緒に帰ろうと説得中ニャ。良かったらフラウダ様を説得するのに手を貸してくれないかなニャ」
「えっ!? いや、それは……あの……」
大人びた態度から一転、言葉を探すクローナが年相応の幼さをみせる中、ニアを抱いたフラウダがそんな幼子の隣に腰を下ろした。
「ちょっとネココ。僕の娘を困らせないでよね」
「でよね!」
「それならフラウダ様も私達を困らせないで欲しいニャ」
「ごめんそれは無理なんだ」
「なんだ!」
「ほら、ニア。お話の邪魔しないの。お姉ちゃんの横にいらっしゃい」
クローナは母親の腕の中で母親の言葉を真似る妹の腕を引くと、自分の隣へと座らせた。
「まぁ、元からすぐに説得できるとは思ってないけど、気が変わったらいつでも言って欲しいニャ」
「百年くらいは絶対気が変わらないと思うよ」
「だったら百一年待つニャ」
(百年!?)
冗談なのか本気なのか、生まれて十年と生きてない幼子には大人達の会話がどこまで本気なのか、その真偽を図るのは出来そうになかった。
フラウダは肩をすくめると話を変えた。
「それよりも辺境の地についての情報はどんな感じ?」
「やっぱり全然出てこないニャ。重要な土地じゃないから放置している……にしても少し不自然ニャ。安全を取るなら目的地を変えたほうがいいかもしれないニャ」
「そうは言っても手配書が回っているからね。あれ、どうにかしてくれない?」
「手配書の件については私達が説得するまでの間撤回してほしいと上に掛け合ってみたけど無理そうニャ」
「くそう。魔王の奴、先に約束を破ったのは自分のくせしてなんて陰湿な奴なんだ」
魔王、という単語に妹の相手をしながら話を聞いていたクローナの瞳が大きく見開かれる。それとは逆にフラウダを見るネココの瞳は呆れたような半眼となった。
「いや、軍を抜けた者に追手を出すのは当然のことニャ。それが高い地位にいた者とあれば尚のことそうニャ」
「ネココ、君はどっちの味方なの?」
「ノーコメントニャ」
「……ハァ。やっぱり一度、辺境の様子を見にいこうか。もしかしたらこの子達にとって良い環境の場合もあるだろうし」
「えへへ。ママァ~」
母親に頭を撫でられて嬉しそうに笑うニア。その横でクローナは疑うような視線をフラウダへと向けた。
「あの、昔はともかく今の幻想山に生息する幻獣はこの大陸でも一、二を争う危険度だって本で読んだんですが、私達だけで、その、大丈夫でしょうか?」
クローナとて幻獣の一匹や二匹なら倒せる自信がある。だが群れで襲われたり強力な幻獣が立て続けに襲ってきた場合、妹を守りきる自信がなかった。
「大丈夫、その辺はママに任せて。君達には指一本触れさせないよ。こう見えても僕、めちゃくちゃ強いからね」
「……そう、ですか」
「ママ、格好いい!!」
はしゃぐ妹の横でどう見ても安請け合いとしか思えない自称ママの言葉に、クローナの幼い容貌は不安に揺れた。
そうして二人の姉妹は自称ママに連れられて今やこの大陸でも一、二を争う危険地帯へと足を踏み入れるのだった。
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