春の嵐に桜舞う
第1話
新宿駅から中央線で約1時間、立川駅を降りて高架下沿いを歩く。広い交差点を渡れば、昭和記念公園が見えてきた。緑を取り戻し始めた芝生の広場に二百本のソメイヨシノが咲き誇り、春風に薄紅の花びらがひらひらと舞う。
「わあ、広いね。都内にもこんな場所があるんだ」
伊織は広大な芝生の広場を見て驚いている。
「ここの敷地は東京ドーム40個分らしい」
「その例え、よく使われるけどさっぱりイメージが湧かないよ」
榊のうんちくに、地方出身の伊織は首を傾げた。曹瑛も頷いている。
ちょうどこの週末が見頃だということで、伊織と曹瑛、榊、高谷の四人で花見にやってきた。烏鵲堂は臨時休業の看板を出してきた。曹瑛の気まぐれで問答無用で休業になるため、高谷がインスタグラムを導入して休業情報を流すようにしている。
到着したのはお昼前だが、景観の良い場所はすでにレジャーシートが敷き詰められている。それでも都内中心部のお花見スポットよりは混雑具合はましな方だ。バーベキューの煙に巻かれて咳き込んだり、どんちゃん騒ぎに耳を塞いだりすることもない。
「ここにしよう」
高谷が大ぶりの枝の下で手を振る。立派な幹から伸びた枝は見事な花を咲かせている。
「良い場所があったね」
伊織も駆け寄る。見上げれば、澄み渡る青空に映える桜の花が美しく、思わず感嘆のため息を漏らす。高谷はバッグからレジャーシートを取り出した。
「えっ、これ1枚だけ」
地面に広げてみると、畳一畳分より一回り狭い。子供向けの動物のキャラクターがプリントしてある。榊と曹瑛、伊織はシートに注目し、それから高谷の顔を見つめる。
「100均で適当なの買ってきたんだけど、狭かったね」
高谷が頭をかきながら苦笑いを浮かべている。シートはこれだけしか用意が無いらしい。
「これでは二人が腰を下ろしたら終わりだな」
榊は腕組をしながら唸る。
「もしくは四人背中合わせて座るか」
それはどう見ても変だろう、と伊織の提案は即座に却下された。
「近くのコンビニかスーパーで買ってくるよ」
責任を感じた高谷が駆け出そうとしたとき、向こうから賑やかな声が聞こえた。
「ねえ、ちょっと榊ちゃんじゃないの」
「やだー、ウソ、こんなところで会えるなんて」
一人は明るめの茶髪にゆるいパーマを当て、ピンク色のセーターにジーンズ地のジャケット、チェックのスカート姿、もう一人は背中まで伸ばした艶やかな黒髪に、白いコート、グレーのフレアスカート姿でこちらに向けて手を振っている。
近付いてくると、二人とも伊織より背が高い。よく見れば、厚化粧のオカマだった。
「
榊の知り合いらしい。新宿二丁目の店で働いているが、榊がオーナーを務める新宿のバー、ゴールドハートにもよく顔を出すそうだ。二人とも榊のファンらしい。
「榊ちゃんたちもこれからお花見なの」
「私たちも一緒にいいかしら」
薫と麗華は両手を胸の前に当てて、上目遣いで榊を見つる。つけまつげバチバチの目を潤ませて瞬きをするオカマに、榊は伊織と曹瑛の方を振り向いた。
「俺は別にいいよ」
オカマたちの勢いに押されて伊織は半笑いで頷く。
「ちょっと、なに」
茶髪のオカマ、薫が恐ろしい剣幕で曹瑛の前に立つ。曹瑛は薫を無言で見下ろしている。
「彼、いい男だわ」
薫は目の前にいる曹瑛を指さして目を見開いた。
「何よ、あんた榊ちゃん一筋って言ってたくせに」
「あたしは恋多き女なのよ」
二人が言い合いを始める。かしましいオカマの争いに榊は頭を抱えた。曹瑛はあくびをかみ殺している。
「じゃあ、俺レジャーシート買いに行ってくるよ」
その場を離れようとしたとき、麗華が高谷の襟首をがしっと掴む。大柄なだけに豪腕だ。
「あら、シートが無いの。あたしたちの広いわよ、一緒に使いましょ」
麗華がにっこり笑う。
二人が持っていたシートはかなり広く、長身の榊に曹瑛、大柄のオカマ二人に伊織と高谷もゆったり座ることができた。持ち寄った料理を広げて昼ご飯にする。
「やだー美味しそう、お弁当交換しましょう」
薫と麗華の弁当は店のママが持たせてくれたバーのメニューだ。酒の肴になりそうな料理が三段の重箱に彩り豊かに詰められている。二人の務める店は街でも老舗のオカマバーで、ママは50代の年季が入った筋金入りのオカマだ。かつて高級料亭で修行をしたこともあり、料理の腕はなかなかのものらしい。
「うちは料理が人気なのよ」
「何食べ物だけみたいにいってんのよ、あたしのファンも多いのよ」
二人は何かにつけて喧嘩腰で、時々ドスの効いた声が上がるが基本的には仲良しのようだ。大きなトートバッグから一升瓶を取り出し、飲始めた。
「彼、曹瑛さんていうのね。クールで素敵だわ」
日本酒を振る舞おうとした薫に、曹瑛は唇を引き結んでかたくなに首を振る。
「こいつは全く飲めないんだよ」
見かねた榊が助け船を出す。
「やだー、意外、かわいいじゃない」
酒が回って良い気分になってきた薫と麗華に執拗に絡まれて、曹瑛は白目を剥く。
伊織は具だくさんのまつり寿司、榊は菜の花のおひたしとチキン八幡巻き、曹瑛はごま団子に大学芋、それぞれ手作りの料理を広げる。
「俺はこれだけなんだけど」
高谷が恥ずかしげにタッパーの蓋を開ける。早起きして作った卵焼きだ。
シートに広げたお弁当はあっと言う間に無くなってしまった。
「榊ちゃんの手料理を食べられるなんて、幸せ」
「お寿司も美味しかったわ、曹瑛さまはお店をやってるのね、今度遊びに行くわね」
薫は曹瑛のことをいたく気にいったようだ。真っ赤な顔で無理矢理腕を絡めている。曹瑛はそれを気にも留めず、無表情で大学芋を頬張っている。
「お前も外の空気を吸いたいだろう」
榊が小さなケースを開けると、周囲の様子を伺いながら亀が顔を出した。榊が実家にいた頃から飼い始めた亀で、名前を“明美”“と名付け可愛がっている。普段は品川のマンションのベランダに置いた水槽の中で暮らしているが、公園で広々遊ばせてやろうと連れてきたのだ。
「明美さん、嬉しそうだ」
高谷はかがみ込んで明美の様子を眺めている。高谷は7才で榊原家へもらわれたが、そのときには明美は飼われていた。付き合いが長い。
「榊ちゃんのペット、亀なの。意外」
麗華がピンク色に塗ったつけ爪で甲羅をつつくと、明美はひょいと首を竦めた。
「明美は人見知りなんだよ」
榊は微笑ましく明美を見守る。麗華の気配が消えたあと、のそのそとシートの上を横切って陽の当たる桜の木の根元で甲羅干しを始めた。
「そう言えば、これ面白い柄のシートだね。どこかで見たような」
伊織がシートを眺めている。レジャーシートは白地で緑、黄色、赤、青の大きな水玉模様がついていた。どことなく既視感がる。
「あ、これ、ツイスターだ」
高谷の言葉に、伊織はそれだ、と叫ぶ。
「ツイスターとは何だ」
曹瑛が首を傾げた。
「知らないのか」
榊が説明を始めようとしたとき、薫がそうだ、と手を叩く。
「やってみましょ、腹ごなしにちょうどいいわよ」
麗華もそれはいいアイデアだと賛成する。成り行きでツイスターゲームが始まった。
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