第26話 激走!スノーモービル
「何をやっている」
曹瑛が盛大に舌打ちをしながら榊を睨み付ける。
「悪い、結紀。外すの手伝ってくれないか」
「何やってるの、全く仕方無いなあ」
高谷は呆れながら床に落ちたクリップを拾い上げる。榊の真似をして手錠の鍵穴にクリップを挿して動かしてみるが、なかなか上手くいかない。
「難しいな」
カチャッと何かに引っかかる手応えがあるが、なかなか解錠できない。
「高谷、貸してみろ」
しびれを切らした曹瑛が手を出そうとするが、高谷は集中して、ムキになっている。
「頑張って、高谷くん」
伊織は無責任に応援している。
「あとちょっとなんだけど」
「この辺りに引っかかるところがあるだろう」
榊が高谷に指導する。もう少しだ。全員の意識が手錠の鍵穴に集中していた。
これ幸いと、アイザックは音を立てぬよう足を持ち上げ、ブーツに仕込んだカミソリを抜き取った。手首を縛る紐を断ち切り、身体を縛るロープに切れ目を入れた。それに気が付いたミハイルとニコライも身体を捻り、ロープを引っ張る。
切れたロープが床に落ちる音に、曹瑛は顔を上げた。
「待て」
そう言われて待つ奴はいない。ニコライが宝石の入ったボストンバッグを搔っさらい、駆け出した。アイザックとミハイルもキッチンの通用口目がけて走る。
曹瑛はスローイングナイフを取り出そうと、コートの内ポケットに手を突っ込む。その手が榊と手錠で繋がれていたため、榊の身体が引っ張られ曹瑛は頭突きを食らいそうになる。
「貴様、邪魔をしたいのか」
曹瑛は怒りに任せて榊の胸ぐらを掴む。
「お前が状況を考えずに無理矢理引っ張るからだ」
榊も負けじと曹瑛の胸ぐらを掴み返す。
「ここでケンカしても仕方ないだろ、奴らは逃げたよ」
殺気ムンムンの二人の間に割って入った伊織が通用口を指さす。すでに三人の姿は無い。曹瑛と榊は盛大に舌打ちをする。
曹瑛と榊は通用口に向かって走る。伊織と高谷も後に続く。
「あ、ライアンはそこで待ってて」
勝手口を出る前に、高谷がライアンに声をかける。コートを羽織っているとはいえ、パジャマ姿のライアンはカフェに留まるしかなかった。
「わかった、ここで待っているよ」
ライアンは寂しそうに頷く。
倉庫の方でライトが光り、エンジンが唸りを上げる。倉庫から3台のスノーモービルが飛び出し、猛スピードで東の方角へ走っていく。
「しまった、ここまで計画されていたのか」
榊は憎らしげに唇を歪める。
曹瑛が倉庫の方へ走り出す。榊も引っ張られてついていく。倉庫にはスノーモービルが二台残されていた。黒のヤマハ製だ。奴らはこれを破壊する時間までは無かったようだ。かなり急いでいたところを見ると、ヘリとの合流地点に向かったと思われる。
「スノーモービルのキーだ」
高谷が壁に据え付けられたキーケースからスノーモービルのキーを取り上げ、榊に投げる。
「よし、追うぞ」
榊が先んじてスノーモービルに跨がろうとして、手錠に繋がれた曹瑛が引っ張られる。
「俺が運転する。お前は後ろで援護を頼む」
榊が運転席に跨がり、曹瑛は渋々後部座席に背中合わせに乗り込んだ。榊の左手と曹瑛の右手が手錠で繋がれている。榊はエンジンをかける。
「俺も行く」
伊織もエンジンをかける。高谷はその後ろに乗り込んだ。カブなら運転できる、きっと同じだ。
「奴らに追いついたら、俺が注意を引く」
伊織には何やら作戦があるようだ。伊織は高谷に黒いボストンバッグを手渡した。
「行くぞ」
2台のスノーモービルは倉庫を出発した。3台の通った跡がくっきりと雪上に残っている。榊はそれを目印に、スピードを上げる。
「うわあ、やっぱりカブとは違う」
雪の上を滑るのは初めてで、伊織はスピードを出すのが怖いようだ。高谷も緊張して伊織にしがみつく。普段バイクに乗っている自分が運転した方が良かったか、と少し後悔する。
「無理するなよ」
榊はそう言い残し、アクセルを全開に吹かした。体重移動もバイクと同じ要領だ。スノーモービルは雪飛沫を上げて滑走する。榊と背中合わせに後部座席に座る曹瑛は、ひたすら嫌そうな顔をしていた。
目の前に3台のスノーモービルの姿を捉えた。
「いたぞ」
榊は真っ直ぐ敵の車体を見据える。アイザックが追っ手に気付いたらしく、一瞬振り返る。曹瑛と目が合い、ニヤリと笑う。ニコライが振り向きざまに銃で牽制する。
「撃ってきやがった」
榊はニコライと距離を取る。
「右手に回り込め」
曹瑛は身体を横向きにして座り、自由な左手で胸元からスローイングナイフを抜いた。銃を構えるニコライに狙いをつけ、ナイフを放つ。
「ぐわっ」
曹瑛のナイフはニコライの膝上に命中した。ニコライは唇を歪め、ナイフを抜いて投げ捨てる。怒りに血を滾らせたニコライは榊と曹瑛を狙い、銃を乱射する。榊は一気にスノーモービルのスピードを落とし、それをかわした。無駄撃ちでニコライの弾倉は空になったようだ。
アイザックのスノーモービルが横に並んだ。
「まったくしつこいな」
アイザックがコンバットナイフを抜き、運転席の榊に斬りつける。曹瑛はそれをバヨネットで弾き返す。
「そうはさせない」
アイザックのコンバットナイフと曹瑛のバヨネットが火花を散らす。互いに片手が塞がっているが、互角に打ち合っている。しかし、アイザックが押され始め、その顔に焦りが見えてきた。曹瑛が優勢だ。
「役者が違うな」
榊は曹瑛の顔を見上げてニヤリと笑う。
「当然だ」
曹瑛はバヨネットを大きく薙いだ。アイザックの手からコンバットナイフが弾き飛ばされ、雪上に転がった。
「くっ」
前方200メートル、障害物の無い窪地に黒いヘリコプターが降り立った。あのヘリで逃走を図る気だ。アイザックはヘリの姿を確認するや否や、アクセルを吹かしてスピードを上げる。榊もアクセルを吹かした。
「邪魔をするな」
ミハイルが背後に何かを投げた。白い雪の上を黒い塊が転がってくる。
「くそ、手榴弾か」
榊は思い切り急ハンドルをきり、手榴弾を避ける。ドンと耳をつんざく破裂音がして、雪の柱が天を突いた。曹瑛の体重移動でバランスを崩さず何とか持ち直した。
「もう一つ来る、左へ避けろ」
曹瑛が雪の傾斜を瞬時に判断し、榊を誘導する。手榴弾は二度大きく跳ねて、スノーモービルと逆方向へ転がりながら爆発した。
ヘリが目前に迫る。爆風に煽られて榊は急ブレーキをかけた。スノーモービルが半回転し、雪を巻き上げながら激しく横滑りする。
「曹瑛、つかまれ」
榊が叫ぶ。雪の上を五回転し、ようやくスノーモービルは動きを止めた。巻き上げられた雪が昇る朝日に照らされてキラキラと輝いている。
「生きてるか」
「おかげさまで無事だ」
曹瑛の皮肉たっぷりの口ぶりに、怪我が無い事を悟り榊は安堵する。
「あんたら手錠までつけてそんなに離れたくないのか、これじゃライアンも妬くだろうな」
アイザックがニヤニヤ笑いながら肩を竦める。車体の激しい回転に振り回された曹瑛は振り落とされまいと咄嗟に榊にしがみついた。今、停止したスノーモービルの座席で榊が曹瑛を横抱きにした姿勢になっている。
「ああ、やっと追いついた」
安全運転で後を追ってきた伊織がスノーモービルをゆっくりと停止させる。高谷は無事に追いつけたことに安心して雪の上に降り立つ。
「さ、榊さん大丈夫っ」
ふて腐れた顔の曹瑛にしがみつかれた榊を見て、高谷が腰を抜かしそうになる。
「こいつの下手クソな運転でひどい目にあった。おい、お前手錠の鍵を寄越せ」
曹瑛はスノーモービルから降り立ち、榊を引き摺りながらアイザックに迫る。
「行くぞアイザック、放っておけ」
ミハイルとニコライは今にもヘリに乗り込もうとしている。
「待てっ」
伊織が飛び出し、黒いボストンバッグを掲げた。ミハイルとニコライはバッグを凝視し、目を見開く。
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