第15話 遅れてきた強敵

 鈴村組若頭の武藤は、組所属の屈強なガード三人を連れて廃ホテル2階の大宴会場に逃げ込んでいた。苛立ちながら絨毯にタバコを投げ捨て、つま先で踏みにじる。

「あいつらはまだ到着しないのか」

 ガードの一人に向き直る。

「こっちに向かっているはずですが」

 ガードは慌ててスマホで電話をかける。長いコール音の後、漸く相手が電話に出たようだ。


「本当に奴を使うんですか」

 通話を終えたガードが控えめに訊ねる。

「おう、極道舐めたらどうなるか思い知らせてやる。それにな、奴は使い捨てにできる。めちゃくちゃやって暴れてもこっちは知らんフリだ」

 武藤はいびつな笑みを浮かべ、再びタバコに火を点けた。


 ***


 迫り来る詰襟の男たちに睨みを効かせながら、郭皓淳と千弥は背中合わせになり互いの死角をカバーする。眉の無い詰襟の男が郭皓淳に銃口を向ける。

「バカが、命知らずめ」

 詰襟が引き金に指を掛ける。郭皓淳は手榴弾を手にして、ピンに指をかけた。

「おっと、お前らが撃つなら俺もこいつを吹っ飛ばしてやるぜ」

 手榴弾に動揺した詰襟たちは後退る。眉無しは口元を吊り上げて笑う。

「ピンを抜くよりも早くお前の脳天を撃ち抜く」


「そいつはどうかな」

 郭皓淳はあひる口を緩めてニヤリと笑い、モスグリーンのロングコートの内側を広げて見せた。そこには10個余りの手榴弾がぶら下がっている。ピンは郭皓淳の親指からのびた鋼線で繋がれている。

「ほれ、お前らも道連れだ」

 郭皓淳が親指を引っ張ってみせると、手榴弾がゆらゆらゆれる。

「ひっ、お前正気か、やめろ」

 さすがの眉無しも慌て始めた。


「最後に派手な花火を上げてやるぜ」

 郭皓淳は笑いながら親指の鋼線を思い切り引っ張った。

「う、うわぁあああ逃げろ」

 詰襟たちはラウンジから逃げだそうとする。郭皓淳は豪快に笑いながら、ピンが抜けた手榴弾をほいほいと手当たり次第に投げ始めた。

「何しやがる」「ひぇえええ」

 ラウンジ内は大騒ぎになる。


 パン、と破裂音が轟いた。煙と火薬の匂い。破裂音は続く。

「な、なんだ」

 頭を抱えて身体を丸めていた詰襟たちが、きょとんとした顔で辺りを見回す。手榴弾の爆発にしては威力が小さすぎる。

「おもちゃか、こっちまで焦ったぜ」

 バーカウンターから顔をのぞかせた榊が冷や汗を拭い、ホッと息をつく。

「彼はなかなかクレイジーだ」

 ライアンが肩を竦めた。伊織はまだフライパンを頭にかぶって耳を塞いで怯えている。曹瑛がそれを見て面白そうに笑う。


「どっきり大成功だな」

 郭皓淳は大笑いする。孫景にもらった火薬を減らした手榴弾を仕込んでおいたのだ。千弥も呆れながらも、クスクス笑っている。

「貴様、ふざけやがって」

 怒り心頭の眉無しが郭皓淳に銃を向ける。瞬間、影が動いた。鋭い刃で腕を切り裂かれ、眉無しは痛みに銃を床に落とす。遅れて腕から血が噴き出した。

「うぐっ」

 暗闇に深紅の長袍を身に纏った男が立っている。その目には静謐な殺気が漲り、深い森の夜の湖を思わせた。曹瑛は頚部に鋭い手刀の一撃を食らわせる。眉無しは息を詰まらせて、白目を剥いて倒れた。


 慌てて銃を構え直す詰襟たちに、ガーターベルトに仕込んだスローイングナイフを放つ。ナイフは空を斬り、詰襟たちの腕を切り裂く。怯んだところに獅子堂が拳でトドメを刺していく。

「曹瑛の長袍は彼の華麗なアクションをイメージしてデザインしている。流麗な動きを妨げない最高級のシルクに、肩と脇を解放した大胆なデザイン。愛用のナイフを忍ばせておき、いつでも取り出せるようガーターベルトにナイフホルダーを取り付けた」

 戦う曹瑛をうっとりしながら眺めるライアンの解説を、榊は呆れながら聞き流す。

「胸のスリットは、ストイックな中にもセクシーさを演出する遊び心だ」

 これが片付いたら曹瑛にぶん殴られるといい、と高谷は内心思った。


「俺は武藤を追う」

 ラウンジは曹瑛と獅子堂が暴れて制圧間近だ。榊は武藤が逃げ出した螺旋階段を駆け上がる。

「私も行こう」

 ライアンも真面目な顔になり、榊を追う。

「お前は狙われているんだから、隠れていろ」

「私たちはパートナーだろう。共に苦難に立ち向かうべきだ」

「ビジネスパートナーだ、勘違いするな」

 榊は渋い顔を向ける。


 階段の先には大宴会場があった。観音開きの扉が開いている。榊とライアンは警戒しながら大宴会場に足を踏み入れる。海を見渡せる全面ガラス張りの宴会場は、がらんとしており、壁際に椅子や机が乱雑に積み上げられていた。電灯も無く、埃にくすんだ赤い絨毯が広いガラス窓から差し込む月明かりに照らされている。

 暗闇に影が揺らめいた。殺気に振り向いた途端、巨大な影が突進してくる。榊は咄嗟にライアンを突き飛ばす。

 金髪ソフトモヒカンの巨漢がタックルで榊に激突する。榊は吹っ飛ばされるが、受け身を取り、体勢を立て直す。


「英臣!」

 ライアンが叫ぶ。

「ああ、大丈夫だ」

 そうは言うものの、先ほどの衝撃であばら骨が軋みを上げている。ライアンを庇ったとはいえ、避けきれなかった。相手は巨漢だが、スピードも早い。

 ソフトモヒカンは、ファイヤー柄のジャンパーに、ジーンズ、ゴツい金のネックレスをぶら下げている。両拳には金属製のいかついナックルをはめている。首は雄牛のように太い。


「お前、見たことがあるぞ。鳳凰会柳沢組の若頭、榊か。ヤクの取引でイモ引いて死んだと聞いていたが」

 宴会場の舞台で、椅子に腰掛けた武藤が榊を指さす。その脇にはガードが三人控えている。榊は武藤を鋭い眼光で見据える。

「俺はもうカタギでな、今日はビジネスだ」

「フン、その目、およそカタギには見えん。その男は鬼島 剛。聞いたことがあるだろう、横浜の走り屋集団鉄騎連合を潰した男だ」

 鬼島は拳のナックルをぶつけて歯を見せて笑う。聞いたことがある、二十四人を病院送りにし、その場にあったクラウンを、拳ひとつで煙を噴くまでボコボコに破壊したという逸話がある。


「銃で弾くだけでは面白くない、なぶり殺しにしてやれ」

 武藤は舞台上で高見の見物を決め込み、鬼島に指図する。

「英臣、私も手伝おう」

「相手は一人だ、お前は下がっていろ」

 榊はライアンを制する。榊は誇り高い男だ、ここでライアンが手出しをすることを許さないだろう。それをよく知るライアンは頷いて身を引いた。


「生意気な目をしてやがる」

 鬼島は榊を見下ろして、歯茎を見せて笑いながら指をボキボキと鳴らす。榊は鬼島の正面に向き合うように立つ。

「お前は歯並びが悪いな、矯正した方がいいぞ」

 榊の挑発に、一気に頭に血が昇った鬼島はいきなり殴りかかってきた。榊はバックステップで避けるが、鼻先を風圧が掠める。

 次の拳が榊の腹を狙う。重心をずらしそれをかわすが、大ぶりのストレートが胸にヒットした。


「ぐっ」

 身を引いてダメージは軽減したものの、一瞬息が詰まった。榊は呼吸を整える。

 英臣、と叫びたいのを我慢してライアンは唇を噛み、拳を握りしめる。ここで集中している榊の気を逸らすわけにはいかない。

「今に減らず口を叩けないようにしてやる」

 大股で鬼島が迫ってくる。強烈な拳の猛攻が始まる。榊も反撃するが、その巨体はハリボテではなく、筋肉の鎧だ。手応えがあるものの、決定的なダメージには繋がっていない。


 振り下ろされた鬼島の拳が床を破壊する。絨毯を引き裂いてコンクリートの破片が飛び散った。榊は隙を突いて、鬼島の脇腹に蹴りを食らわせる。鬼島はその足を掴み、榊の身体を壁に向かって放り投げた。

 ライアンは息を飲む。榊は壁に激突する寸前に、壁を蹴って着地した。

「うぉおおお」

 鬼島が猛烈なタックルで榊に襲いかかる。榊は前転してそれをかわす。鬼島は壁に突っ込み、劣化した木造の壁に大穴が開いた。


「すばしこい奴だ」

 鬼島は鼻息も荒く、血走った目を向ける。

「お前は頭の悪い闘牛だ」

 榊は落ち着いた様子で、長袍についた埃を払う。鬼島は額に血管を浮かせ、拳を繰り出す。榊はガードしながら撃ち返す。鬼島の大ぶりのストレートをかわし、顔面に渾身の拳を見舞った。もろに入ったはずだが、鬼島は平然と仁王立ちしている。

 鬼島のナックルが掠ったのか、榊の頬が裂け、すうと血が流れ出した。

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