第3話

 週末の“レディ・シンデレラ”の客入りは落ち込んでいた。元からいたキャストが凜久の嫌がらせで五人も辞めてしまい、常連客の足が遠のいていた。凜久にとってもそれが狙いで、店の売上げを落とし破産寸前まで追い込んで、買い叩こうというのが目的だ。この店を根城に新宿界隈の店を牛耳っていく計画なのだ。

 店内の狭い事務所内に男たちは集った。店長が深々と頭を下げる。


 “レディ・シンデレラ”の店長、江崎はホスト上がりの47歳。キャストもお客さんも大事にすることを信条に、安心して楽しめる店づくりを心がけてきたという。それだけに凜久を雇い入れてしまったことを心底後悔していた。

「もっと早くに辞めてもらえば良かったのだが」

 若白髪の目立つ江崎は頭を抱える。問題が目に見える頃には乗っ取りは進んでいた。高谷たちの協力は願ってもいないことだった。


「話の分かる店長さんで良かった」

 高谷はベストに白シャツ、黒いパンツ姿でボーイ役に扮する。蓮人が高谷の顔と愛想の良さならホスト役でいけると勧められたが、断った。

「柄じゃねえなあ」

 そう言いながらもなかなかハマっているのは黒系のシックな柄シャツに黒いスーツ姿の孫景だ。用心棒という名目だった。


「孫さん素敵。この店で一番男前よ」

 孫景に惚れ込んでいる千弥は手放しでべた褒めしている。こんなホストなら毎日通いたいとまで言わしめた。孫景は頭をかきながら顔を真っ赤にして照れている。

 千弥は凜久の出勤に合わせて、客を装い来店することになっている。清潔感のある紺色のパンツスーツに、黒縁眼鏡、長い髪はアップにまとめて真面目なキャリアウーマンを演出する。


 華やかな店の雰囲気に落ち着かず、ふて腐れた顔の曹瑛は黒のスーツに黒シャツ、ワインレッドのタイという普段の仕事着で影に紛れて立つ。榊も黒のスーツ、ダークグレーのシャツに紫紺のタイで二人も用心棒という設定だ。

「二人がキャストなら店はすぐに持ち直しそうだ」

 長身でモデルのような整った顔の曹瑛と、ストイックな佇まいに鋭い眼光の榊を見て店長の江崎は目を見開いた。全く気乗りしていない曹瑛に睨まれて肩を竦める。


「ちょっと、なんで俺が、一番向いてないよ」

 伊織が情けない声を上げる。着替えを終えた姿に、まず榊が我慢できず吹き出した。続いて千弥と孫景、高谷も口元を押さえて必死で笑いを堪えている。江崎と蓮人は目が点になっていた。

「郭皓淳とたまたま仕事で会ったときに今回の話をしたら、どうしても伊織のコーディネートをしたいって・・・ぷぷっ」

 伊織は自分の着ている服をまじまじと見つめる。一体どこでこんな服を売っているのか、小首を傾げてしまう。


 白地に青いバラが等間隔で配置されたスーツの上下に、白いシャツ、バラの色と合わせた青色のタイ。スーツの柄がド派手で、どうしても顔よりスーツに目が行ってしまう。

「郭さん・・・あんまりだよ」

 伊織は他の面子に押しつけられ、ホスト役で凜久の近くのテーブルにつくことになっている。平凡なサラリーマンの伊織にはホストなんて全く柄じゃないし、こんな一発屋のお笑い芸人のような衣装を着せられたことで、どんよりと落ち込んでいた。

 ストイックなのだが実は笑い上戸の榊はもはや呼吸困難になりかけており、高谷が慌てて背中をさすっている。


「なかなか派手だが似合うぞ、伊織」

 曹瑛は腕組をしながら涼しい顔で言い放つ。伊織は曹瑛の顔を無表情で見つめる。この男も今はオーダースーツで決めているが、スーツや私服のチョイスはすべてショップ店員に任せている。自分が通販で選んで買った部屋着のセンスはひどいものだ。原色黄色に謎の生き物がプリントされたTシャツを恥ずかしげもなく、むしろ気に入って着用している。

「だが、ひとつ言うとすれば」

 この場にいる全員が笑いを堪えながら曹瑛の言葉に注目する。


「その花柄は季節外れだな」

 曹瑛は至って真顔だった。我慢できず皆が吹き出す。榊は魂が抜けていた。


 榊の笑いが落ち着くのを待ち、店内の配置につくことにする。今回のターゲットは凜久こと木戸陽貴とその仲間たちだ。孫景と曹瑛、榊は店内を見渡せる場所にそれぞれ立つ。高谷はボーイとして酒や食事を運びながら、凜久の息のかかったキャストの動きを見張ることになっている。


 夜9時、重役出勤とばかり取り巻きのキャストを連れて凜久がやってきた。店内の女性客に愛想を振りまいている。ターゲットにした女はどこまでも追い落とすが、そうでない女たちにはナンバーワンホストは素敵な王子様なのだ。店内は黄色い声に包まれる。

 孫景が千弥に連絡を取り、店内へ誘導する。客を装って店を訪れた千弥は、恥じらうふりをしながら凜久を指名した。


「俺を指名するなんて、わかってるじゃん」

 凜久は千弥の横に足を組んで座る。距離の近さに千弥は思わず苦笑いをこぼす。しかし、すぐに作り笑顔を向けた。

「お店に来るのは2回目なんです」

 真面目で大人しい印象の千弥はカモだ。凜久はほくそ笑む。千弥の容姿を褒め、プライベートを聞き出す。千弥は用意した嘘を答えていく。これは駆け引きだ。打ち解けたと思い上がる凜久は千弥の肩を抱く。


「あのナンパ野郎」

 孫景が怒りで顔を真っ赤にして拳を震わせている。今にも踏み出そうとするのを伊織が必死で止めた。

「孫景さん、落ち着いて。ここで出て行けば千弥さんの苦労が台無しだよ」

「お、おうそうだな」

 孫景は唇を噛んで踏みとどまった。凜久のニヤけた顔に一発ぶちかましたい。別の角度から見ていた榊もホッと胸を撫で下ろした。伊織の姿が視界に入ってしまったらしく、壁に顔を向けて震えている。


 それからお客さんが増えてきた。蓮人が慌てて高谷に声をかける。

「キャストが急遽二人休みになって、足りないんだ。今俺が適当にテーブルを掛け持ちしてるけど、ヤバいよ」

 凜久の嫌がらせでメンタルを病んで休みがちだったキャストが来ていないという。女性二人組のテーブルには誰もついておらず、二人は不満そうな表情でちまちまワインを飲んでいる。このまま帰らせるとこの店には二度と来てもらえないだろう。

「君のお兄さんと、もう一人あの人、どうかな」

「えっ」

 蓮人の提案に高谷は思わずのけぞる。しかし、蓮人に頼み込まれて一応声を掛けてみることにする。


 高谷に説明を受け、店の面目のためと榊は渋々承知した。

「この店の食事はなかなか美味いらしいぞ、お前は横で飯を食っているだけでいい」

 食べ物に釣られて曹瑛もキャストの一人としてフロアに出ることになった。榊のベタな心理作戦に本当に流されるとは、曹瑛は本当に腹が減っていたのかと高谷は納得した。

 ついでとばかり、榊には白いスリーピースのスーツが用意された。長身の二人が黒いスーツだと迫力がありすぎるのだ。


「お待たせしました」

 女性二人連れの席に榊と曹瑛がやってきた。榊が口元を緩めて営業スマイルを作る。曹瑛は無愛想なままドカッとソファに腰を下ろして、足を組む。女性は二人の姿を見て呆然としている。

「よ、よろしくお願いします」

「あのう、新人さんですか。この店何度か来たことがあるんだけど、お二人は初めてで」

 どの店でも見たことがないほどのハイスペックなホストの姿に、すっかり心を奪われている。周囲の席で盛り上がっていた女性たちも思わず息を呑み、羨望の眼差しで榊と曹瑛の座るテーブルを見つめている。


「誰だよ、あいつら」

「見たことがねえ。蓮人が連れてきたらしいけど」

 自分が相手をしていた客に完全にそっぽを向かれたカイトとリョウタが顔を歪めている。明らかに店内の空気の流れが変わった。

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