第5話
高谷のタブレット画面には闇試合の様子が中継されている。“突如現われた謎の男”とリアルタイムでテロップが入る。特別試合としてネット上で賭けが始まった。ニューフェイスのオッズは3倍だ。
「運営はなかなかあざといよ」
高谷は呆れを通り越して感心している。動画配信のプロが噛んでいるのだろう。獅子堂の登場はややマンネリ化してきた試合に刺激を与えるものだった。
「大金の動くビジネスだ、手が込んでいる」
榊が画面を覗き込んで頷く。伊織も前職の広告代理店で動画配信に関わったことがあるが、このチャンネル制作は相当洗練されているように思えた。
獅子堂は新城と睨みあっている。こうなればテコでも動かないだろう。翔平はチッ、と舌打ちをしてリングの外へ出た。それが試合開始の合図となった。
ゴングが鳴り響き、会場から興奮した男たちの歓声やヤジが飛ぶ。
互いにじりじりと間合いを計りながら相手の出方を見る。新城は190センチを越える獅子堂より身長はやや劣るものの、引き締まった筋肉質の肉体は現役時代から衰えをほとんど見せていない。その目は獲物を狙う野生の肉食獣のようだ。ギラギラとした輝きを放っている。
「調子に乗って出てきたんだろうが俺が怖いだろう、俺はライトヘビー級の元世界ランカーだ。だが、闇試合にはルールはない。相手を再起不能にしようが、殴り殺そうが、勝てば良い」
新城は歯茎を剥き出しにして笑う。獅子堂はただ無言で新城をじっと睨み付けている。
「フンッ」
新城が獅子堂の鼻面にジャブを打ち出した。かなりのスピードだ。獅子堂は背後にのけぞって拳をかわす。新城はさらにジャブを小刻みに打ち込む。防御には隙がない。獅子堂は後退る。
「さすが元王者、キレがいい」
榊が新城の動きを見て感心している。
「獅子堂は拳を目で追っているが、あのスピードだ。避けることに集中するしかない」
スピードのある新城に獅子堂がどう対抗するか。曹瑛も腕組をして冷静にリングを見つめている。
新城の右のジャブが獅子堂の頬を掠めた。それにひるんだ獅子堂の隙を突き、新城はボディーブローを放つ。獅子堂の脇腹に新城の拳が入った。
「ぐっ」
獅子堂は低く呻く。新城の攻撃がヒットし、会場から歓声が上がる。
「ほう、なかなか鍛えているな」
新城が余裕の笑みを浮かべる。
「あの金髪、派手なパフォーマンスで登場したけど、ただの素人だろ」
「新城が生意気な金髪野郎をボコボコにするのを見たいぜ」
背後から罵声が聞こえてくた。伊織はムッとした顔で背後の輩を睨み付ける。伊織の顔にはさっぱり迫力がないので、輩たちは気付かずリングに集中している。
「落ち着け伊織、これからが見物だ」
曹瑛が伊織の肩を叩く。
「そうだ、奴の顔を見ろ。笑ってやがる」
榊に言われて、獅子堂の姿を見やる。ポーカーフェイスの口元に微かな笑みが浮かんでいる。
新城はフットワークを使いながら獅子堂に攻めかかる。ジャブを打ち込みながら、不意打ちのアッパーカットでのけぞらせてボディーブローへつなぐ。鋭いアッパーで獅子堂の頬が避け、血が流れ出す。
「ボディーがじわじわ効いてきただろう」
手応えはある。しかし、獅子堂は顔色ひとつ変えない。新城は内心それに焦りを感じていた。
「何してる新城、早くカタをつけろ」
会場からは罵声が飛ぶ。新参者に手を焼いていることに観客は苛立っている。誰もが酔狂な乱入者など、開始直後にKOできると思っていた。
「お前の力量は読めた。お前では翔平には勝てない」
獅子堂がニヤリと笑う。新城は怒りに目を見開く。
「なにをほざく。お前は全く手出しできないじゃねえか」
新城は額に血管を浮かせて叫ぶ。会場もそれに便乗し、ブーイングが始まる。
「血ヘド吐かせてやる」
新城は獅子堂のボディを狙い、やや大ぶりのブローを繰り出す。獅子堂はその腕を掴み、捻り上げた。
「ぐああっ」
新城が呻く。獅子堂は間髪入れず強烈な頭突きを食らわせる。新城の鼻はひん曲がり、鼻血が迸る。
「闇試合にルールは無用だってな」
獅子堂はなおもファイティングポーズを崩さない新城の間合いに入る。新城は思わずガードの姿勢をとった。獅子堂はその脇をすり抜け、新城の背後に回る。腰をがっしり掴み、持ち上げた。一体何が起きるのか。会場が緊張に包まれ、沈黙する。
獅子堂は新城の身体を持ち上げた。新城は獅子堂の頭上で手足をバタつかせる。
「何しやがる、離しやがれ」
「そう言うと思ったぜ」
獅子堂は新城の身体を背後に投げ捨てた。2メートル近い高さから落とされ、新城は固いコンクリートに叩きつけられる。
「がはっ」
何とか受け身を取ったが、全身打撲のダメージを受けている。新城はそれでもふらふらと起き上がった。
「このクソッタレが」
よろめきながらリングの端に向かっている。何をするかと思いきや、リングを形成する鉄柵を有刺鉄線ごともぎ取った。有刺鉄線の絡みつく鉄棒を手に、獅子堂に憎悪の目を向けている。
「うおぉお」
新城は雄叫びを上げながら鉄棒を振りかぶり、獅子堂に襲いかかる。獅子堂は地面を蹴った。リーチの長い脚から繰り出される獅子堂の回し蹴りが、新城のテンプルにクリーンヒットした。新城の身体は吹っ飛ばされ、有刺鉄線に派手にぶつかった。叫び声を上げて床をのたうち回る。
唖然とした会場は沈黙に包まれる。次の瞬間、盛大な拍手と歓声が起きた。レフェリーがやってきて、獅子堂の腕を持ち上げる。
「あいつが勝った。新城に勝ったぞ」
「すげえ、一体何者だ」
会場はむせ返るような熱気が渦巻いている。高谷がネット画面を確認すると、獅子堂を賞賛するコメントと、新城に賭けた者からは阿鼻叫喚の恨み言が滂沱と流れては消えていく。
「どこかで見た大技だな」
榊がクックッと笑っている。
「ああ、兄貴だ」
曹瑛も思わず口もとを緩める。獅子堂は劉玲の回し蹴りを真似たのだ。口の悪い元プロボクサーは気の毒だが、獅子堂が無事勝利して伊織はホッと息をついた。
リングサイドに立つ翔平は冷静に獅子堂の動きを見つめていた。新城との戦いの中では獅子堂の格闘スタイルを見抜くことはできなかった。頭突きや回し蹴りとトリッキーな動きは本来の戦い方ではないのだろう。
「新城は再起不能だ。代わりにあいつを倒せ」
黒服が翔平に耳打ちする。翔平はリングに歩み出る。
「和真、やはりお前と戦うことになるか」
勝敗は獅子堂に対面する。
「お前と戦うのは俺だと言っただろう」
獅子堂の青い目はまっすぐに翔平を見つめる。新城との戦いでまったく息が上がっていない。おそらく、もっと早くに決着をつけることができたのだろう。それが闇試合でのし上がっただけの落ちぶれた元プロボクサーと、現役で命を張って戦う用心棒との格の違いだ。
整備場二階にある監視室に二人の人影があった。ここから熱気に沸く会場を見渡せる。
「こいつを勝たせたい」
黒服が比嘉翔平の顔写真を取り出す。
「期待のルーキーか」
もう一人の柄シャツの男はちょび髭の乗ったアヒル口を緩ませる。
「そうだ、比嘉はこの先有望だ。あの男に潰されるわけにはいかない」
「そうやって試合の勝敗を左右していたんだな」
柄シャツの言葉に黒服は目を細める。
「お前には関係ない。腕の良い針使いと効いている。言われた通りにやればいい」
「へいへい」
柄シャツはわざとらしい所作で肩を竦めた。
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