第18話 遅れてきた極道

 黒塗りのベンツが3台、ブレーキ音を響かせ荒々しく停車した。ドアが開き、黒いスーツを着込んだ男たちが降りてくる。橋本組若頭の江口は、部下が恭しく持ち上げた日本刀を手にした。


「うちのシノギにアヤつけた奴はどこだ」

 低い声で訊ねる。脇に控える橋本組構成員の片岡と太田は渋い顔を見合わせた。今時日本刀を持ってカチコミは無いだろう。昭和の任侠映画かよ、と心の中でツッコミを入れている。

 江口はもう50歳手前だ。頭に白いものも混じっている。男気だけで生きてこられたヤクザの古き良き時代を知る江口には、さぞかしこのシチュエーションに酔っているに違いない。


「奴のBMWがあそこに停めてあるから、おそらくこの辺かと」

 太田が榊の乗る黒のBMWを指さす。最高スペックのセダンだ。今時の若いヤクザでこれに乗れる者はそういない。

 木材を保管していたのだろう、背の高い倉庫の中から声が聞こえてくる。

「あそこだな、よく行くぞ」

 江口は日本刀を握りしめ、足を踏み出した。


 伊織の柄シャツをネタにひとしきり爆笑した男たちは、劉玲と辟邪の戦いに目を向けた。辟邪は重量のある双錘を手足の如く操り、劉玲をじりじりと追い詰めていく。割れた窓から射し込む日が長くなってきた。日暮れが近い。

「劉玲は素手、大丈夫なのか」

 榊が気を揉みながら劉玲の動きを目で追う。折れ曲がった特殊警棒がコンクリートの床に投げ捨ててある。


 辟邪が双錘を水平に薙ぐ。劉玲は身を屈めてかわす。勢いづいた双錘が支柱を激しく撃ち、鉄骨を組んだ柱が折れ曲がる。

「や、やばいよあいつ本気だ」

 伊織が青ざめる。

「そりゃそうだ」

 孫景が腕組をしたまま冷静に突っ込む。

「武器を捨てたということは、劉兄も本気を出しているということだな」

 獅子堂の言葉に孫景は頷いた。


「見かけによらずすばしこい奴だな」

 辟邪は不機嫌そうに顔を歪める。双錘の攻撃を繰り出し続けているが、まだ劉玲に一度もダメージを与えられていない。

「アホか、そんなん一発でも当たったら死んでまうやろ」

 劉玲は肩を竦める。辟邪は大きく踏み込み、双錘を振り下ろす。そのまま腕を振り回し、劉玲に突進する。かなりのスピードだ。双錘に触れたら骨の1,2本は覚悟しなければならない。


 ライアンが胸元に手を入れる。

「ライアン、水を差すのはよせ」

 榊がライアンを諫める。ライアンはジャケットの内ポケットに隠し持っていた銃を手にしていた。

「しかし、劉玲が押されている。英臣は彼が心配ではないのか」

 神妙な顔で榊に問う。


「多少はな、しかし劉玲の顔を見てみろ。あいつ笑ってやがる。チャンスを覗っているんだ」

 榊はニヤリと笑う。ライアンは大人しく手を引っ込めた。そのやりとりを横で見ていた高谷はホッと胸を撫で下ろす。


 さすがの辟邪もスピードと力任せの攻撃にやや疲れが見えてきた。動きが鈍っていたのが端からでもわかった。劉玲の目が光る。双錘を振り下ろした左の肘に蹴りを入れる。

「うぐっ」

 辟邪の関節がおかしな方向に曲がった。激しい痛みに細い目を見開き、双錘を落とした。劉玲はそれを拾い上げる。

「よし、これでやっとおあいこやな」

 双錘を軽く手に当て、重さと質感を確認し振り回してみる。

「おお。これめっちゃええな」

 満面の笑みを浮かべる劉玲を辟邪が睨み付ける。残った右手で双錘、もう片方のみだが、を構えた。


「ほな、いくで」

 劉玲が双錘を右手に持ち、構える。劉玲の双錘と辟邪のそれが激しく打ち合う。重い金属音が保管庫内に響いている。劉玲の動きは辟邪にひけを取らない。

「さすがだな、相手の武器を使いこなしてやがる」

 孫景が劉玲の反撃を楽しそうに見守っている。伊織も状況が好転したことに少しだけ安堵した。


「なんだ、これは」

 突然現われた黒いスーツの男たちが声を上げた。ぐるぐる巻きにされた黒い詰襟集団と壁際に横たわっている暴走族集団を見比べる。目の前には棍棒のようなものを持った長身の男2人が対峙している。


「やばいですよこれ」

 太田が尻込みする。黒い詰襟はどう見ても中国マフィアの団体さんだ。

「カシラ、今度にしましょう」

 片岡が江口に耳打ちする。江口は片岡の頭を小突いた。

「馬鹿野郎、こんなのにビビって極道が務まるか」

 大声で威勢を張る。そして榊を見つけて歩み寄る。


「お前、うちのもんを可愛がってくれたそうじゃないか。落とし前つけてやる」

 江口が榊の前に立ち、日本刀を突き出す。榊が射貫くような眼光で江口を睨む。江口はその眼光を正面切って受け止める。カタギの目ではない。そう直感した。

「お前のところの、だと。あの狂犬二匹か。そんなに可愛けりゃ首に縄でもつけておけ」

 榊が江口を挑発し、唇の端を吊り上げて笑う。

「おい」

 江口が片岡に声をかける。片岡が仕方なく日本刀を江口に手渡す。江口はそれを榊に投げた。


「真剣勝負だ」

 江口が日本刀を抜いた。片岡、太田は後退る。カシラは本気だ。もう誰も止められない。

「榊さん」

 高谷が青ざめた顔で榊の腕にすがりつく。榊が強いことはよく知っている。しかし、危険なことには変わりない。さすがのライアンも緊張した面持ちで榊を見つめる。

「大丈夫だ、腕は鈍っていない」

 榊は日本刀の鞘を抜き、高谷に預けた。見事な青色の組紐が巻かれた柄を手に馴染ませる。刀の扱いに慣れている、江口は榊の動きを見守る。血が滾るのを感じた。


「面子のために真剣を持ち出すとはな」

 榊が日本刀を構える。全身から気迫が漲っている。

「お前のような男と勝負をしてみたかった」

 江口も構えた。重心を落とした安定感のある構えだ。武道の心得があるのだろう。江口は全身の肌が泡立ち、脳内麻薬が分泌されるのを感じた。思わず笑みが漏れる。

「みんな血の気が多すぎるわ」

 千弥が呆れてため息をついた。


 劉玲が辟邪の双錘を弾き飛ばし、その脇腹を打つ。

「ぐ・・・!!」

 辟邪が後退り、脇腹を押さえる。額からは脂汗が流れている。

「肋骨2本。どや、痛いか。あいつらの痛み、少しは体験できたやろ」

 劉玲は壁際にもたれているポイズンゴッドの尾上たちの方を指さす。辟邪は血の混じった唾を劉玲の足下に吐き捨てた。

「人の痛みなど興味はない」

 口元を乱暴に拭い、辟邪は双錘を構える。劉玲の目から笑みが消えた。


 劉玲が勢いつけて双錘を振り下ろす。辟邪はそれを双錘で受けるが、押し切られてバランスを崩した。劉玲は身体を回転させ、回し蹴りを放つ。辟邪のこめかみにヒットし、辟邪は平行感覚を失い、よろめく。

 間髪入れず、劉玲は強烈な膝を辟邪の鳩尾に食い込ませる。

「ぐうっ」

 空気を吐き出す音がして、辟邪が蹲った。劉玲はコンクリートの床を蹴ってジャンプし、辟邪の脳天に踵落としを決めた。辟邪は白目を剥いてゆっくりとその場にぶっ倒れた。

「心を入れ替えるんやな、次に会うたときにも性根が腐ってたらその腕、箸しか持てんようにしたるで」

 劉玲が双錘を放り投げた。

「そいつにはもう聞こえてないぞ」

 孫景が呆れている。

「せやな」

 劉玲はにっこりと笑った。

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