第17話 伊織の勝負服

 榊が詰襟から奪い取った木刀を構える。その気迫に詰襟の男たちは一瞬たじろいだ。

 しかし、一人が奮い立たせるように雄叫びを上げながら特殊警棒を振りかぶり、もう一人は横から蹴りを放つ。

 榊は蹴りをかわしながら木刀ですねに強烈な打撃を与える。男が激痛に悲鳴を上げ、すねを抱えて割れたコンクリートの上を転げ回る。その返しで特殊警棒を防いだ。


 詰襟の警棒と榊の木刀で力比べが始まる。どちらも譲らない。詰襟は力任せに上から押し切ろうとする。榊が不意にその力を受け流した。詰襟はバランスを崩し、前につんのめる。その首根を狙い、榊は木刀を振り下ろす。詰襟はそのまま真下に叩きつけられ、白目を剥いた。


 ライアンの背後から詰襟が首を絞めに飛びかかる。ライアンは首に回された腕を掴み、身体を捻って肘鉄を食らわせた。怯んだ詰襟を背負い投げし、腕の関節を極める。そのスピードに、詰襟は何が起きたか分からぬまま気絶した。

 ライアンの脇腹めがけ、別の詰襟がナイフを構えて突進してくる。同時に死角を狙い、金属製のナックルをつけた詰襟が殴りかかってきた。ライアンはナイフを持つ腕を払いのけ、上体をのけぞらせてナックルを避ける。ナイフ男が素早く体勢を立て直した。チャンスとばかりにニヤリと笑う。


「くっ、これは少々かするか」

ライアンが覚悟したとき、ナイフ男が突然動きを止め小刻みに震えたと思えば、受け身も取らずに地面に倒れた。


「ライアン、これで貸しはチャラね」

 ナイフ男の背後には、高谷がペン型スタンガンを持ってピースサインを作っていた。ライアンは前髪をかき上げてふっと笑う。

「君はしたたかだな、結紀」

 ライアンは襲いかかるナックルを軽々とかわし、強烈なカウンターパンチを顔面に見舞った。


 孫景と獅子堂、榊にライアンと武闘派の男たちの奮闘で詰襟の男たちは過半数が手負いになっていた。しかし、それでも諦めずに立ち向かってくる。

「こいつらの執念、大したものだな」

 榊が額から落ちる汗を拭う。

「おそらく、辟邪と天禄の仕置きの方が怖いんだろう」

 孫景も七人以上を相手にして息が上がっている。伊織がフライパンを持ったまま走ってきた。

「これ以上ケンカするのはやめよう、獅子堂さんちょっと手を貸してくれる?」

 伊織が獅子堂に耳打ちする。

「おもしろい、やってみよう」

 獅子堂は伊織に頷いた。


 伊織は長いロープを持ち出し、金属製の支柱に片方を括り付けた。伊織の作業を邪魔しないよう、孫景と榊、ライアンが周囲の詰襟を牽制する。バイクのエグゾーストが木材保管庫に響き渡る。保管庫の入り口から獅子堂のハーレーが乗り込んできた。

「獅子堂さん」

 伊織がロープの端を獅子堂に投げる。

「おう」

 獅子堂はそれを受け取り、バイクで支柱を中心に円を描くように走る。

「うわ、何だこれは」

「くそっ、やられた」

 詰襟たちがロープに絡み取られてぐるぐる巻きになっていく。獅子堂が5周もしたところで20人ほどの詰襟の男たちが支柱に縛りつけられていた。


「こいつはいいぜ」

 榊が高谷と顔を見合わせて笑う。

「荒療治だけど、これ以上怪我人が出なくて良かったわ」

 千弥は小さなため息をつく。

「あとは、劉玲の方だな」

 孫景が辟邪と対峙する劉玲を見やる。一進一退、いや辟邪が押しているように見える。劉玲は詰襟から奪い取った特殊警棒を両手に持ち、苦戦している。辟邪の持つ双錘は重い鉄の塊だ。その破壊力は特殊警棒の比ではない。


「でも、手助けなんかしたらこっちが奴に蹴り飛ばされるからな」

 孫景は肩を竦める。

「違いない」

 獅子堂もニヤリと笑う。2人とも劉玲のピンチを心配する素振りはない。

「そういえば、曹瑛はどうした」

 榊が辺りを見回す。曹瑛の姿が先ほどから見当たらない。

「瑛さん、もしかして毒龍のところに・・・」

 伊織が不安げな表情で唇を噛む。榊が伊織に目線を向ける。


「・・・伊織、ちょっといいか、こっち向いてみろ」

 榊の声が震えている。それに気付いた高谷も目を見開いた。伊織が真顔で榊の方に向き直る。天窓から落ちる日差しに伊織の着ているヴェルサーチのギリシャの神々のシャツが目映く光り輝いている。

「そのシャツ、くっ・・・お前、俺を笑い死にさせる気か」

 榊が我慢できずに吹き出した。高谷も笑い始めて目に涙を溜めている。

「ちょっ、榊さんに高谷くん、今それどころじゃないでしょ」

 伊織が憤慨する。その顔がギリシャの神々の顔と相まって異様にシュールな光景を醸し出している。榊と高谷は一度は堪えたものの、同時に吹き出した。また腹を抱えて笑い始める。


「伊織、そのシャツはなかなか着こなしが難しい」

 クスクスと上品に笑っていたライアンは伊織の前に立ち、何やら真剣に考えている。

「これ、郭皓淳さんのシャツを借りたんですよ。軽井沢にバカンスにやってきたバカップルの演技で、だから俺の趣味じゃないんです」

 伊織は口を尖らせる。

「そうだね、シャツをインしてみようか」

 ライアンのアドバイスで伊織が柄シャツをジーンズに入れ込んだ。その姿がまた滑稽で、今度は見慣れていた孫景や千弥、獅子堂までも堪えきれずに笑い出した。

「やっぱり出した方がいいな」

 シャツの持ち主の郭皓淳は顎髭を弄びながら真顔で呟いた。


「みんなえらい楽しそうやな」

 劉玲は伊織の柄シャツをネタに笑い転げる仲間たちを寂しそうな表情で一瞥する。

「余所見する余裕があるのか」

 辟邪の双錘が劉玲を狙い、振り下ろされる。劉玲はそれを身を低くしてかわす。勢い付いた双錘が積み上げられた木箱を打ち砕く。木箱は粉砕され、木くずが辺りに飛び散った。

「お前の骨もこうなる」

 辟邪が唇の端を吊り上げて笑う。相手をいたぶることを心底楽しんでいる表情だ。双錘は重量があるが、辟邪はそれをスピードに生かす技を体得している。

 辟邪が双錘を頭上から振り下ろす。劉玲はそれを特殊警棒で受ける。メキッと音がして警棒はひどく歪み、使い物にならなくなった。劉玲はなんとか押し切って、辟邪の攻撃を逃れた。


「慣れんモンは使こたらあかんな」

 劉玲は歪んだ特殊警棒をコンクリートの床に投げ捨てた。その場で軽くジャンプをしてみせる。

「なんだ、次は何を使うつもりだ」

 辟邪が首を傾げる。

「俺は足癖が悪い」

 劉玲は余裕の笑みを向ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る