危険なハロウィンナイト

第1話

 烏鵲堂のカフェスペースをクローズし、曹瑛は翌日の仕込みを始めた。カフェは17時まで、書店は18時までの営業だ。今日は高谷がアルバイトで店番をしてくれている。書店の切り盛りは安心して任せきりだ。

 階段を上る足音が聞こえてきた。特徴のある力強い足音は榊だろう。この時間にカフェスペースに顔を出す人間は限られている。


「よう」

 榊は勝手知ったる様子で椅子に腰掛け、足を組む。テーブルにこれ見よがしに黒い手帳を広げた。曹瑛はそれを見てピクリと眉を釣り上げる。榊は神妙な面持ちで手帳を見つめている。

 曹瑛は厨房のカウンターから封筒を持ってきて、中のものを取り出しテーブルに置く。榊が持っていた手帳と同じもののようだ。


「やはり、お前のところにも届いたのか」

 榊は曹瑛を見上げる。長袍姿の曹瑛は無言で榊の正面に足を組んで座った。

 黒い手帳は上質な革製だ。 “ハロウィンナイトへようこそ“と美しいカリグラフィの英字が金色で箔押しされている。中を開けば、場所と日時、四桁の数字が書いてあるカードが挟み込まれていた。ご丁寧に宛名部分には曹瑛と榊、それぞれの名前が書いてある。


「ハロウィンとは何だ」

 曹瑛の問いに榊は首をかしげて考えている。

「もとはヨーロッパ発祥の秋の収穫祭で、まあ、平たく言えばお盆みたいなものか」

 榊の説明に曹瑛も首をかしげる。

「このところ日本では若者が化け物の仮装をして、路上で度を超してはしゃぐことが社会問題になっているな」

「馬鹿馬鹿しい」

 曹瑛は呆れてため息をつく。


「なぜこんなものが俺たちに届く」

 革製の招待状は3日前に烏鵲堂に届いた。榊のマンションに届いたのも同じ頃だという。場所は東京赤坂のオフィスビル街、日時は本日夜9時と書いてある。四桁の数字はそれぞれに違った。

「これは俺の誕生日だ」

 榊の言葉に曹瑛も頷く。曹瑛に限っては誕生日を知るものなどごくごく限られている。この招待状の差出人はどこで情報を得たのか。


「これ、見たか」

 カードの端にはQRコードがついていた。曹瑛は渋い顔で目を逸らす。榊がスマホでコードを読み取り、リンク先の動画を再生した。

 そこには暗闇に光る鎖、その先には目隠しをされて首に鎖を繋がれた白人男性が映っている。闇に浮かび上がる白い肌、上半身は裸のように見える。そして、“君たちを待っている“ライアン・ハンターの声だ。そして動画は途切れた。

「同じだ」

 曹瑛も確認したらしい。


「ライアンがどこかに捕らわれているのか」

 画像ではライアンの周囲は暗闇で何も見えない。招待状に示す場所にヒントがあるのか。

「そのようだな」

「なぜ俺たちに助けを求める」

「さあな、条件の提示もない。何が目的かも分からない」

 榊の問いに曹瑛は腕組をしたまま眉根を寄せている。


 書店の店じまいを済ませた高谷がカフェスペースに上がってきた。

「榊さん、曹瑛さんも、どうしたのそんな深刻な顔して」

「ライアンが誘拐されたらしい」

 榊の言葉に高谷は首をかしげる。

「どうしてそれが分かったの」

 榊はQRコードの動画を高谷に見せた。高谷は動画を見つめて考えている。

「これ、罠だよ」

 高谷の言葉に榊は意を決して立ち上がる。


「そうだとしても見過ごすわけにはいかないだろう」

 曹瑛は無表情で義侠心に燃える榊を見上げている。

「お前も来い」

「嫌だ」

 曹瑛の即断の返事に、榊はムッと顔をしかめた。


「お前にも招待状が届いているだろう」

「俺は関わり合いたくない」

 曹瑛はふいと顔を背けた。ライアンにはこれまでろくでもない目に遭わされている。

「お前がそんなに薄情な奴とはな」

「行きたければお前一人で行けばいい」

「お前と再び勝負をするときがきたようだ」

 榊がスーツの上着を脱ぎ、椅子の背にかけた。シャツを腕まくりし、ファイティングポーズを取っている。曹瑛も殺気を漲らせて立ち上がる。


「何度でも言う、お前は俺に勝てない」

 曹瑛が冷ややかに言い放つ。

「調子に乗るなよ」

 2人は睨み合う。

「ちょっと、やめてよ2人とも」

 高谷が2人の間に割って入った。

「コインで決めよう、表か裏で」

 高谷の提案に榊と曹瑛は従うことにした。


 高谷が百円玉を跳ね上げ、左手の甲でキャッチし、右手でそれを隠す。

「さあ、どっち?当てた方の言うことをきく、それでいいよね」

「表」「裏」

 曹瑛は裏、榊が表をそれぞれ選んだ。高谷がそっと右手を上げるとそこには百円の額面が書いてある。

「表、榊さん当たり。曹瑛さん、付き合ってあげて」

 曹瑛は小さく舌打ちして、厨房の奥へ消えていった。しばらくして長袍から臙脂色のセーターに黒のハーフコート、黒いスキニー姿に着替えて出てきた。


「行くぞ」

 曹瑛はふて腐れながら階段を下りていく。店のシャッターを下ろし、曹瑛は榊と並んでコインパーイングに歩いて行く。

「ごめんね、曹瑛さん」

 2人の背を見送りながら高谷は小さく呟いた。あのとき、コインは裏だった。右手を放すときに榊が正解するようすり替えたのだった。

 何やら企んでいるライアンの元に榊一人で行かせるのは危険だ。せめて曹瑛と一緒なら安心できる。


 曹瑛は榊のBMWの助手席に腰を下ろし、どっかりと足を組む。榊はエンジンをかけ、車を発進させた。路地を抜け、内堀通りへ出る。

「兄思いの弟に免じてつきあってやる」

 車窓を通り過ぎる街灯を眺めながら曹瑛が呟く。

「どういうことだ」

「コインは裏だった。高谷がすり替えた」

 曹瑛はそれに気付いていながら何も言わなかったのだ。榊はフッと笑う。

「あいつ、手癖が悪いからな。いいぞ、マンションまで送ってやるよ」

「面倒事を片付けてからでいい」

 曹瑛も不本意ながらライアン救出を手伝う気になったようだ。


 BMWをコインパーキングに駐車し、指定のビルへ向かう。表向きはオフィスビルだ。裏手に回れば、いかつい坊主頭の男が裏口のドアを挟んで2人立っている。

「あそこだな」

 榊と曹瑛は裏口を目指す。乱闘覚悟で男たちに招待状を見せると、すんなりドアを開けてくれた。ビル内は暗い通路が続いている。奥に一人、スーツ姿の男が立っている。

「お待ちしておりました」

 恭しく頭を下げ、扉を開けた。中へ入るよう促される。


 室内は紫色のライトで照らされていた。壁面が鏡張りになっている。

「どういうことだ」

 榊は部屋を見回す。部屋の角にロッカーがあった。テンキーで開くタイプだ。扉は施錠してあった。

「この数字か」

 曹瑛が招待状を掲げる。書面にあったそれぞれの誕生日の四桁を入力した。ロッカーはすんなり解錠した。中には衣装がかけてある。手に取れば、それぞれ異なるデザインだ。


「これに着替えろということか」

「おい、さすがにおかしいだろう。本当にライアンは何者かに捕らわれているのか」

 曹瑛が怪訝な顔を向ける。

「ライアンは鎖に繋がれていた、敵は危険な奴らだろう。着替えて先に進むぞ」


 榊に用意されていたのは黒のノースリーブのシャツにパンツ、ロングブーツ、上腕を覆うグローブ。首と肩口、胸の部分に大きめのレザーのベルトがついていた。服自体は地味だが、レザーのベルトがインパクトを与えている。ダブルボタンの黒いハーフコートの裏地はワインレッドのベルベット生地。

「まるでしつらえたようにしっくりくる」

 シャツの胸回りからパンツの腰回り、コートのボタンもきっちり留まる。自分の身体にフィットしたデザインになっていた。ロッカーには乗馬用の鞭も入っていた。


「こ、これを着るのか」

 曹瑛はまだ着替えることに抵抗感を覚えていた。曹瑛に用意されたのは見たことのない前衛的なデザインだ。どう着用したら良いのか分からない部品もある。曹瑛も珍しく狼狽えている。

 やむなく榊に手伝って貰いながらなんとか着替え終えたその姿を鏡に映し、曹瑛は絶句した。

 レザーの首輪からから脇下へ伸びた2本のベルトがビスチェを吊るす。胸元には5本のベルトが留め具として使われている。そしてニーハイのレザーブーツをベルトが繋ぐ。手袋は肘上の長さだ。身体のラインにぴったりとフィットしている。どのパーツもしなやかで艶のある上質なレザーを使っている。


 ロッカーにはコートも用意されていた。首回りと手首に赤色のファーがついた黒のロングコートだ。ポケットには妖しげなアイマスクが入っていた。

「こんな酔狂な格好をさせて、ライアンを捉えている奴は一体何が目的なんだ」

 酔狂にしては随分と手が込んでいる。曹瑛と榊は互いに首をかしげた。

「まあいい、さっさと終わらせよう」

 曹瑛はコートを羽織り、扉を開けた。外で待っていた案内役の男は2人を先導する。暗い廊下をさらに進むと、観音開きの扉の前に立った。男は扉を開け、中へ入るよう促した。

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