天泣の明け

橋本佑

天泣の明け

 一人の女性が居る。しかし彼女の事を思い出そうとしても春霞のかかったように記憶は朧になる。相貌は思い出せない。名前は勿論分からないし、背丈や齢すらも分からない。思い出せるのはとても美しい、混じり気のない安らぎで私を包んだ穏やかな温みのみ。彼女の纏う雰囲気はただひたすらに優しさで凪いでいた。涙が伝うのを頬に感じて私は目を開けた。

「ああ、夢か。」

しかし私は幽かに残る柔らかさに確証を得ていた。彼女は実在する。有象無象の夢に埋もれていく、その一つには思えなかった。ほんの刹那でその世界から弾き出され今生に戻ったような、不思議な夢であった。

 鳥が啼く。

 彼女のために生きよう。

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天泣の明け 橋本佑 @scribble

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