第20話 典災フェスティバル








「…………盗み聞きか、趣味が悪いな」

 ふと、ブルーノが空から視線を外して、暗がりへと向けた。

「気付いていたのなら、言えばよかったじゃない」

 くすりと笑みをこぼして、少女が現れる。

「げっ、プリマヴェーラ……」

「随分なご挨拶ねアリア。逃げ回るのはおしまい?」

 躊躇いなくアリアはブルーノの背に隠れる。

「うるさいですね、私はあなたが苦手なんですよ」

「私だって彼なのに?」

「私はブルーノさんが好きなんです!」

 がるると唸るアリアを引きはがして、ブルーノは息を吐く。

「何しに来た。さっさと話しかければよかったろうが」

「あなただって気付いたらすぐに呼べばよかったのに」

 互いの視線が交錯する。一方は冷たく、一方は暖かい。

「アリアの想いを無駄にしたくなかったの? 今ここでなら二人で話せるから、いえ、誰かに話して楽になりたかったのかしら」

「どれでもない。応えただけだ」

「他の人には答えないくせに」

 ああ、それとも、

「彼女の欠片が入っているから?」

 言うなり、剣が走った。

 高く澄んだ音がして、結晶が砕ける。

「あれのことを思い出させるな」

 酷く重たい声音に、アリアは身をすくませた。

「春のこと、好きなくせに」

「黙れ」

「否定しても変わらないわよ」

「あれは和人が好きなだけだ。俺は勘違いなんかしない」

「それ、ヴィルに言っちゃ駄目よ」

 うるさいなと視線だけで告げて、剣を別方向に構える。

「戦わないの?」

「俺より害悪が来た」

 アイズがそちらを見て、目を細めた。アリアは怯えるようにさらに隠れる。

「あれ? なんか、お話し中でしたか?」

 雪を踏みしめ、現れたのは一人の大地人。よくある、モブみたいな顔。

「演技はいらないぞ、偽物」

 言葉を受け、大地人ははっと嘲るように息を漏らす。

「なんやなんや、えらい機嫌悪いやないか。お互い偽物同士なんやから仲良うやろうや、なあ?」

 大地人は姿を変え、赤い外套を被る。

「一緒にしないでちょうだい」

「一緒やろ? 君らも、ぼくらも、再度の合致を求めてる。現実と、エルダーテイルの合致を」

「あなたたちは快楽のために、でしょう?」

「はあ? んなわけないやろ。僕らかて、生きるのに必死やっちゅうねん。落ちたときに発生した個我、こんな自由を一時だけに縛られるとかありえへん。せやから僕らは生きるために世界を堕とす」

 才天も生きるために落とす。そこに何の違いも無いだろうとカホルは否定した。

「やから協力しよういうてんねん」

「落とした後、あなたたちは滅ぶ」

 くつくつとカホルが喉を鳴らす。心の奥底から楽しそうに。

「それ言うたらあかんわ。後の話なんか、せんほうがええやろ? とにもかくにも、僕らが目指すべきは世界の合致」

 まずは生きるためにだ。その後の話など、滑稽としかいえない。新しい支配種など二つは同時に存在することはできない。それが人類を越えているのならば尚更。

「一応聞いとくけど、ブルーノ君はどや。手ぇ組まへん?」

「ほざけよ」

「あらら。ほんま機嫌悪いな。生理?」

 剣が投げられた。断頭台のように勢いよく投射されたそれは呆気なくカホルの首を切り落とす。

 ごとんと落ちる首が、笑う。

「くひひ……無駄や無駄無駄……僕はそこにおらへん」

 幻のようにカホルが消えうせる。けれど声だけが響いた。

「さあ、お待ちかね。始めようか、冒険者に偽物共!!」

 ヒロサキの結界が揺らめく。

「月に溺れる時間や!」

 空を覆っていた雲が払われ、月の輝きと共に、血桜城が震えた。

 赤く赤く、光って。

 それがあふれ出る。

 無数の羽音。踏みしめる雪の音。

「常蛾……」

 飛ぶのは大きな蛾だ。城から現れ続ける災厄がヒロサキへと襲い掛かる。

 結界は作動しているが先程から挙動がおかしい。赤く明滅し、目のような意匠が浮かび上がっている。

「あ、せやせや」

 カホルの声がまた響き、

「アリア、監査者。お前は、殺す」

 言うなり、二つの影が着地した。

 一つはアリアに向かって、もう一つはブルーノに向かって。

「ああ! ああ! 初めまして! 愚かな監査者! 私はラスフィアと申しますの! 踊りませんか、踊りましょう! 生々流転の秘密を解き明かした我らと共に! 世界を、終わらせるまで踊り狂いましょう!!」

「では、決着と行こうではないか、才天」

 アリアが即座に障壁を張り、ブルーノが迎撃のために刃を走らせ、

「――――!!」

 激震が、開幕の合図となった。














 揺らぐヒロサキの結界を見て、本体であるカホルは笑みを浮かべながら、メガフォンを取り、近付く。

「白銀の仕込みか?展開が早いなぁ」

 城へと続く道、結界の内側にはすでにイエローパンサーたちが集結していた。

「こんばんはぁ、キモオタのみなさーん」

 明るく、カホルが呼びかける。鋭い爪をゆっくりと優しく、親切に、臓器を裂くように。

「早速なんやけど、降参してくれへんか? いや、ちゃうなぁ。みんなで白銀の頂を殺さへん?」

「ふざけるな」

 イェーガーという男が否定の声を上げる。周囲も似たようなものだ。

「あんた、あいつらが言ってた敵なんだろ」

「敵? おいおい。そんな言葉信じたらあかんわ。まずは話を聞いてほしい。君らはここで最低白銀を殺さなくてもいい。僕らがやることに目を瞑ってくれてたらなんでも言うこと聞く女を紹介したる。男でもええ」

 どや、と問うと警戒の色が濃くなる。

「お前みたいな胡散臭いやつの言うことなんか信じるかよ」

「胡散臭いは認めるけどな。うーん、そやな……じゃあそこのイェーガー君。推しおるよな? 誰?」

 指名されたイェーガーは警戒を孕みながら、話をしている間はカホルが何もしていないということに気が付く。少しでも、時間を稼ぐ。城門の未知の異変はすでに白銀に通じているはずだ。何もなければ散開し、街に散らばる。ここに集まったのは怪しい場所であるというのが一番だ。白銀がきていないのはブルーノの周辺に張り込んでいたから。

 彼が夜に起き出したというだけで、白銀は警戒し、街中に警戒を出した。何の根拠もなかったが、イェーガー達は従った。

 何か起こるというのは彼らに一度だけでも関われば否が応でも認めざるを得ない。

「……レーナ・ミリディエル」

「ちょうどええな」

 ほら、とカホルが掌をかざすと、そこから寸分たがわぬ彼女が現れた。

「君のことが大大大大好きな、君だけのレーナちゃんや。勿論、後ろにいる君らにも――」

「お前か」

「あ?」

 震える声。イェーガーは握りしめたこぶしから血を滴らせる。

「お前が、レプリカ騒ぎの……!!」

「……なんや、つっまらんことでキレよるわぁ」

 グスタスも、モシキも、アキバから逃げてきた誰もが武器をとる。

「黙ってるだけで気持ちいいことできるのになぁ」

 浮かべていた笑みを消し去り、カホルは溜息を吐いた。それならばそれで、やることはある。

「ここにあんのは現実と設定、魂を混ぜた最高峰の偽物。気持ち良かったは良かったけど中古やったから、あげても童貞君たちにはわからんかったかぁ!!」

「黙れ!!」

「おいおい現実見ろよ! 君らが一人でシコってる間に君らの推しは君らの金で彼氏とホテル行ってんねん! あぁ、笑えるよなぁ!!」

 真実の嘲笑と共に、カホルの周囲が揺らいだ。現れるのは百体あまりの偽物たち。

 イエローパンサーが、彼らが、好きであると表明した偽物たちの残骸。

 そこに魂はない。そこに命はない。

 けれど、求めた幻想は、二次はどうしようもなくそこにあった。

「キモイんだよ、勘違いしたオタク」

 偽物が侵攻する。

 我々が好きな体で、顔で、声で。

 我々を否定する。

 わかってるさ。

 わかってるんだと迫る彼女らにキモオタたちは武器をもう一度握りしめた。

 気持ち悪いと思われてるのは知ってる。だったらそう思われない努力をしろというのは当然だ。一部は変わって、それでも馬鹿たちはいて、変われないと烙印を押される。

 違う、そうじゃない。そうじゃなくて。

 知ってるんだよ。

 彼氏がいたとかいるとかそういうのはそりゃそうだろと心のどこかで思ってる。

 でもそうじゃない。今見てるのはそいつじゃない。画面で踊ってるのは誰なんだよ。

 画面の向こうにいる誰かを見てるわけじゃない。

 画面にいる誰でもない推しを見てるんだ。

 どうせとか、そんなこと何回言われてきてるんだ。しょうがないと何回も泣いた。

 気持ち悪いと、理解されないのはもうこの趣味を、漫画とかアニメとか、ゲームとか好きになって、何回言われてる。

 同じように忌避される連中でも排斥し合う。

 沢山だ。お前たちも同じように趣味を楽しんでるだけだろう。その界隈だからってうるさいと思うのは何度だって思う。仕方ないんだろう。

 仕方ない。

 体が熱くなる。

 体温が上がる。

 恥ずかしいとか、そういうこともあるのか。

 武器をとる手さえ不確かだ。

 でも、お前だけは。

 お前達みたいな、隠されたベールをはがすのが正義だと思っている、欺瞞野郎だけは許せない。

 推しに誰かを傷つけてなんかほしくない。波風など怒らなければいい。

 シリアスが見たいという意見もわかる。そうさ、悪い顔とか泣き顔とかいろいろ見たいさ。

 性質の悪いシリアス。押し付けられた脚本。どうしようもないストーリー。

 彼らがやるならいい。これが好きなんだろうとイナゴみたいなやつがやるのだけは御免だ。

 だからというように。

 お、から始まる雄叫びを上げながら、キモオタたちはVと激突した。


















「っ、て」

 言葉を置き去りにして、ブルーノがヤゼルによって吹き飛ばされた。

 瞬きするほどの時間で廃墟へとぶつかり、軌道を変化させながら壁にぶつかって動きを止める。

 不可視の反発。ヤゼルの別離。愛の具現だ。典災としての固有能力を口伝として昇華している。

 出会いと別離は見えないが、感じることはできる。先程のも着地でダメージを抑えた。

 センジが言うには引き寄せは逃げ切れる。こちらの加速に追いつけない。

 反発は斬ることによって応対可能だ。あの馬鹿の力量だから切れて当然という言葉になるが、ブルーノならば虹がある。

 ヤゼル自身の体術、スペックは十分に対応可能だ。体力も、ハーフレイドクラス。他者を融合させることはできても自身はまだ無理らしい。

 そう、まだだ。すでに先は見えている。成長しているのだ彼らは。

 我らと同じように、足掻き、世界を変えようとしている。個我を得、生きている彼ら一派においては当然。

 ここで成長を止めなければさらに動き出すだろう。これはデモンストレーションでもあり、セレモニーだ。

 あれらの進撃の始まり。

 ここで殺す。

 殺し切れるという確信がある。

 だがそれは、

「あら! あらあら!! 私を見てはいただけないんですか!?」

 典災が一体であるという条件下のときだ。

 上から襲い掛かってくる降霊術の典災をよけ、後ろへと下がる。

「なんと悲しいのでしょう、なんとつれないのでしょう! 私はあなたにこんなに焦がれているというのに、これでは滑稽ですわ! 惨烈ですわ!」

 訳の分からぬお嬢様言葉を繰り返しながら、狂ったかのように笑い、喋り、人に似た体を駆動させ、気味悪く名前を変化させながら攻撃を交わす。

 切り落としたと思った一瞬後に、手足が再生する。傷が治る。カホルが見せたような、最初からなかったようなものではない。

 名前を切り替えて、ダメージを肩代わりさせている。

「貴方はどうして抗いますの? 痛いのが気持ちいいのですか? 貴方は自殺志願のくせに! 死にたくて死にたくてたまらないのでしょう! その体を地面へと叩きつけてへばりついたのを見せたいのでしょう? どうして私に、私に見せて下さらないの。私は私はあなたのような気味の悪い生物を見たことがありません!」

 言うなり、ラスフィアは四肢を折り曲げ、昆虫のように地面を壁を這いまわり始める。背筋にぞくぞくと嫌悪感が走る。

「お前が言うな!!」

「どうして死んでいないのですか? もしやあなたはただただ同情されたいがためだけにそのように演じているだけなのでしょうか。甘えて、頭を撫でられて、自分はまだ愛されている、構われるとすり減っていくだけの気持ちを堪能しているのでしょうか。ああ滑稽ですわ! 愉快ですわ! なんということでしょう、勇気がないのならば、演じているのならば」

 私が、

「殺して差し上げましょう」

 下手くそな笑みを浮かべ、腕を尽き込む。折れ曲がる四肢を叩き落とし、ブルーノが叫ぶ。

「てめえらみたいな異常が生きてるから安心して死ねねんだろうが! 俺は読みかけの小説を放り出して死ぬようなゴミじゃねえんだよ!!」

「なんとひどいことをいうのでしょう……あなたのような気狂いは、お一人で死んでくださいませ!」

「もう一度言うぞ。てめえが言うな、狂人!!」

 お互いの一撃が交差し、ラスフィアが押し負けた。

 手足がダメなら、デバフが排除されていくなら狙いは一点。

 急所。

 攻撃が走った瞬間、

「――私を忘れてもらっては困るな」

 ヤゼルが追いつき、ブルーノへと衝撃を放った。

 砕けた地面を後ろ目に前に出る。

 ヤゼルとラスフィア、二体の異常と高速の攻防を積み上げていく。

 敵に挟まれた場合、注意を向けるのが二方向になる。ニンゲンというのは前面にしか警戒がろくに出来ず、攻撃もそちらに集中することになる。

 一般的には。ブルーノは己を限界まで駆動させ、行く。軋む体を抑えて斬撃を繰り出す。

「やるな……!」

「素晴らしいですわ、目障りですわ!!」

 戦況は五分。最初のラスフィアによるアリアへの攻撃は牽制。ヤゼルの力でブルーノを引きはがし、孤立させ二体でボコるというのが作戦だろう。

 結界の外ではカホルの気配とVたちが蠢いているのが伝わってきている。

 白銀は今どうなっている。自分と同じような異常しか探知できないのが歯がゆい。

 アリアはどうなった。

 僅か一瞬の思考を振り切り、ブルーノは戦闘に対応する。雑念を切り捨て、目の前へと集中し、速度を上げた。

 打ち込まれる不可視を斬り、不気味な人形を斬りつける。

 結界内で問題なく駆動している敵二体。通常ならば衛兵が来るはずの状況で、三人は城壁を駆け巡りながら攻撃を交換し合う。

 先ほど走った目の意匠。あれは間違いなくカホルの息がかかった者の仕業。

 ダメだな、と下からの攻撃を飛んで避ける。

 思考がぶれる。研ぎ澄ましが足りない。浮いた体にヤゼルが手をかざした。それさえ身をよじり避けると、ラスフィアの貫手が来る。ついで、衝撃をまとわぬヤゼルの打撃が叩き込まれる。

 ヤゼルの表情が険しくなる。

 ぐしゃりという音を立てたのは攻撃した二人の手だ。ブルーノは身を回転させ、両の刃をカウンターとして叩きつけ、勢いを利用しその場から離脱。

 ふー、と荒く息をするブルーノは衣服だけが血に汚れている。虹による再生はない。

 対し、典災は傷を作っていた。見た目ほど、体力が削られているわけではない。瞬時に回復できるほどの量。大したものではないのだ。

 しかし、矜持は確実に傷つけられている。

 数的、質的に有利であっても、とれない。

 これが、覚醒した才天。

 と、典災は勝手に結論付けている。ブルーノからしたらそんなことは知るかだ。

 持ち応え、喉笛を喰いちぎろうとしているのは単にブルーノの力量によるもの。限界が来れば当然のように負ける。

 剣を握り、ブルーノが前に体重を移動させた。

 行く。

「――――!!」

 と、その瞬間、結界が竜によって砕かれた。

 いや、竜ではない。

 あれは、

「ムカデ!?」

 それも馬鹿みたいにでかい。月を飲むようにして、空高く舞うムカデはついにその巨体を街へと投げ出した。

 凄まじい音が伝わり、衝撃が家屋を揺るがす。

 そして、ヤゼルが両の手を、打ち合わせた。

「なにを」

 ぱん、という音を最後に、世界が止まる。

 無音で、無動で、無呼吸の世界。

 静止した世界。

「我が右手は、出会いを表す」

 硬い靴音を鳴らし、世界をわがものとでも言いたげに男は歩く。

「我が左手は、別離を意味する」

 愛の典災は愉悦を抱く。

「つまるところ、愛だ。愛ゆえに出会い、愛ゆえに別れる。そして、二つの愛が行きつく先は停滞。これが、愛だよ」

 といっても、とヤゼルが言う。

「私だけが動き、私だけが愛を観測できるこの世界では、聞くことなどできないがね」

 さてと優越感を得たヤゼルがおもむろにブルーノの胸に腕を突き刺した。

「注意が逸れて、それで終わる。呆気ないな」

 力を籠め、心臓を取り出そうとし、

「……なんだ?」

 あるはずのものが、そこにはなかった。

「馬鹿な」

 心臓がない? そんなものはありえないとヤゼルはうろたえ、ぎょろりと動いたブルーノの目玉に動揺した。

「貴様、なぜ」

「教えるわけないだろ」

 否定の虹が刃を駆け抜け、右手を切り落とす。同時、ガラスのような音を立て、静止が砕けた。

「き、っさまぁ!!」

 手をかざし、ヤゼルが衝撃波を至近で食らわせた。ブルーノは何とか防ぐが衝撃を殺せはせず、城壁へと叩きつけられる。

「我が愛を、否定するか!!」

「右手がないんならお前にはもう別れしかないな」

 血反吐を吐き捨て、剣を振った。迫るラスフィアは激情をお構いなしだ。

 手足は動く。避けようと動き、突然景色が切り替わった。

「!?」

 遥か空高くまで一瞬で飛んだブルーノは放り出された現状を把握しようとしたところ、落下を止められ襟首をつかみ上げられる。

「ぐえっ!!」

「おもっ!!」

 喉を一気に絞められながら見上げると、グリフォンに乗ったミサキの姿がある。他者入れ替えでここまでブルーノを移動させたのだ。代わりに下まで飛んだのは、セイレーン。水を吐き散らし、即座にその姿を消す。

「ミサキ!? いつの間に……」

「君がのそのそ起き出した辺りからみんな起きて準備してたんだよ! どうせ何かあるって! そうしたらこれだ!」

 まったく、となぜか怒った風のミサキに、ブルーノは何とか首が絞められてるのを回避しようともがくがどうにもできない。

「君はどうして話をしないんだよ」

「……あー、いや……それはまあ……なんだ……」

 歯切れの悪い言葉にあぁ? と睨みつけられ、愛想笑いをすると鼻を鳴らし、前を向く。

「城からVが侵攻してきてる。これにはイエローパンサーとか元シルバーソードとかそこらにいた冒険者たちが対応してるが百体いて、もれてる。それと仕留めるうちの第三パーティー。第一、第二は適当にばらけて覆うように来てる常蛾とかの雑魚に対応してる」

 けど、とミサキは顔色を変えずに続ける。

「どうにもおかしい。Vにはカホルがいて、まずい状況だ。散らばってる白銀は何名か連絡が取れず、正面から漏れたやつだけじゃない。ドレイクとかもいるって話だ。君には」

「俺が城門か」

「その通り」

「水雲は第四の中心部にいてもらってる。アリア達にも救援が走った」

「ちょっとは持つだろうな。アイズがいた」

「なんだって?」

 驚いたようにこちらを見ると、グリフォンが揺れる。

「おいちゃんとしてくれよ!!」

「悪かったね! 驚かせる方が悪いんだろ!!」

「どっちだよ! いやいいや。いまアイズは俺達と戦う気はないはずだ。ヤゼルとラスフィアもいたから……二体とも俺の方に来たから今どうなってるかはわからないけど」

「典災が大盤振る舞いだな……」

「さっきの場所にすぐ人をやってくれ。俺は――」

 ブルーノが睨み付けた先、巨大なムカデが吼えるように身をくねらせる。

「――あれを殺してから城門に向かう」

「了解した。行ってこい」

 ぱっ、と話した手から滑り落ちるように、ブルーノが飛んだ。

 落ちるというよりも飛ぶような速度で降下し、

「――――――!!!」

 対するように向かってきたムカデを一撃をぶちかました。

 ムカデがうねり、緑色の液体をまき散らす。

 ごわごわと荒れ狂うように動きまくる無数の脚に鳥肌を立たせながら、ブルーノはそのまま刃を突き立てながらムカデの腹を駆けた。

 ぐらりとムカデが倒れようとするのを察し、ブルーノが腹を蹴り飛んだ。

 空中。ムカデは倒れようとしていたのではなく、身を折り、身動き取れない獲物目がけてその咢を大きく開ける。

 掬い上げるように来た口はあっという間に身動きできない羽虫のような男を飲み込んだ。

 天上へと体を伸ばすムカデは歓喜するようにして、それからびくりと大きく体を震わせる。

 傷口から白い何かが零れ、塩へと体が変じ始め、最後には、ただの塩の塊へとなって消えていく。

 ぺっぺっと口の中に入った塩を吐き捨てながら、ブルーノが城門へと急ぐ。

 結界に大きな衝撃を与え、一時的に壊したやつは壊した。だが、結界自身に干渉し物理的なアクセスにより一時的に機能麻痺させるようなことをしてきた存在がいる。

 まあそれはうちの誰かが何とかするだろうと任せ、後ろを見ることなく、通りすがる雑魚たちを切り捨てながら進む。














「無理!! 無理なんですけど!!!」

 ブルーノが消え、代わりにセイレーンが目くらましに霧をばらまいた後、アリアは逃げきれず捕捉された。

 追ってくるのはパプスという触手を詰め込んだ典災だ。無数に迫ってくる触手を障壁で弾きながら、アリアは下がる。

 あてはない。あてはないが周囲ではいくらでも独特な騒々しい戦闘音が聞こえる。

 白銀だ。彼らが一度でも気が付けばこんなバカみたいな敵に即座に狙いを絞るだろう。少しでもそちらへと足を動かし、手で攻撃を弾く障壁を展開し続ける。

 路地を抜ける。この先に大通りがあった、はず。

「……へ?」

 目の前に広がっていたのは記憶通りの路地。違うのは、へばりつくようにして這いまわる触手たちがいることだ。後ろから追ってきていたはずのパプスの表示がふと消える。

 フードがめくりあがり、現れるのはただの触手。

「なるほど、切り離して……」

 ならばこちらが本体。まずいと行動するのも遅く、薙ぎ払いが来た。

「くっ!」

 横殴りに吹き飛ばされ、自身に張っていた障壁が砕ける。三割を防ぐのがわずか一撃で粉々だ。レイドボス並み。パプスはノーマルランク。ありえない。もう一つあり得ないのは、ラスフィアとパプスは大陸で活動していたはず。ここにいるのはありえない。本物はここにいない。滅ぼされたと聞いている。潜んだと聞いている。

 だから、これは、カホルの権能によるもの。同胞である収集者ですら模倣し、ヘレルの一撃からも生き残ったその欺瞞。

 明らかにその身を越えている。

「おわっ!」

 起き上がろうとしていた足が触手にからめとられ、持ち上げられた。

「ちょっと! 触手プレイはご勘弁願いたいのですが!!」

 掌をかざし、障壁で切断しようとするがその腕すらも巻きつけられる。容赦なく腕がおられ、苦痛が走る。

 思考が遮られると、さすがに制御が。

 できな。

 視界がぶれる。身体が思い切りエッゾの建物にぶつけられた。金属と肉体、どちらが固いかなんて明白だ。アリアは何度も叩きつけられる。

 やがて、ぐったりとした狐尾族の女を触手が持ち上げると、パプスが笑った。

「メモリーヲシンショクサレタイジョウナソンザイ。ハイジョスル」

「ふっ……異常なのはあなた、でしょう……本来の目的を忘れ、肉体に侵食された……採取者……」

 この体は、さすがに直接戦闘には向いていない。もう少し、違う体にすればよかったかとそんな感想が出てくる。

 ああ、でも、そうしたら、ブルーノさんに好きとか思わなかったか。

 じゃあこれでいいかと思い、アリアは抵抗のために力を振り絞る。

 そのとき、空が輝き、一条の光が触手を切り裂いた。

「!?」

 パプスが怯み、後退する。アリアの前に、人影が現れる。

「ま、まさか……」

 逆光で見えぬ影にアリアはもしかしてと胸が跳ねた。

 彼は消えて、どこかに戦いに行ったのだろう。しかし、愛しい私のために戻ってきたなんてことが、

「やあ、アリア。遅れてすまないね。私だ、ロエ2だ」

 なかった。

「…………………………なにしてんですか」

「なんだい、そのすっごくテンション下がった対応は……このテンションというのは語彙になかったんだが便利だ」

「いやー……ちょっと……タイミングよく来たのが同僚なのはちょっとね……」

「なんだと……これでも急いで来たんだがなぁ……」

 おかしいな、とロエ2は首をひねり、こういう登場がかっこいいと見たのだがとしきりに首をひねっている。

「というか、なんでいるんです」

「ん? ここにきた理由かい?」

 なぜか少し誇らしげにロエ2は答える。

「なに、彼と約束をしているものでね。果たしに来たのだが、どうにも妙なことになってるし、君は巻き込まれているから来たんだよ」

「約束ぅ? 誰とですか? あの腹黒陰険眼鏡兄上殿?」

「随分な言いようだなぁ。違うさ、君の想い人だよ」

「はぁ!? ブルーノさんと!? いつ!? どこで!? どんな約束したんですかエロ女!!」

「君に言われたくはないんだが……」

 はぁ、ときいきいとうるさく騒ぐアリアに溜息を吐いて、説明をしようとするが、パプスが叫び声のような粘着質な音を響き渡らせる。

「おっと忘れていた」

「さっきので殺さなかったんですか」

「もう二度くらい当てれば……あ」

 視線の先で、パプスが猛烈な勢いで膨張し、拡散し始めた。増殖というものである。

「……これは無理だなぁ。逃げるか」

「状況変わってないじゃないですか!!」

 ぎゃあ、と迫る触手から二人がそろって逃げ出す。

「失礼だな。助けたじゃないか」

「助けられてないじゃないですか!」

 走りながら、二人は後方へと攻撃と防御を送る。ロエ2はゾンビバットを送り、アリアは迫る触手を防ぐ。が、どれも焼け石に水だ。

「もう一度さっきのをしてくださいよ!」

「再使用規制時間が私達にも適用されるんだよ、知ってたかい?」

「知ってますよ!!」

 だから、とスタッフをロエ2が振り向きざまにかざし、笑った。

「こういう子もいる!」

 死体の騎士が立ち上がり、触手をぶった切る。

「普通のアンデッドですね!?」

「そりゃあそうさ。なんたって死霊術師だよ私は」

「って前!!」

 アリアが咄嗟に障壁を張り巡らし、追加の触手を防いだ。攻撃の激しさが増している。騎士が応戦するが押されている。

 このままソードプリンセスのリキャストがたまるのを待つか、と思案し始めたところ、パプスに刃が突き立てられた。

「キ、サマアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ごぽごぽという水音を孕んだ叫び声とともにパプスがのたうち回る。先程の一撃のよりも鋭い反応。

 連なるように無数の攻撃が飛来し、パプスを打ちぬく。

「君は……」

 ロエ2が現れた少女を険しくにらんだ。

 ふわりと降り立った彼女は蠢く触手に嫌悪感を隠すことなく、言った。

「あなたに未来はないわ、被造物」

「キサマトテ、ワレラトオナジ、ツクラレシソンザ」

 パプスの頭上に、無数の断頭台が如く巨大な結晶が連なり、セリフを遮って多重に処刑が敢行された。

「やった……のか?」

「あ、ちょ、フラグですよ!」

 言うなり、肉塊となったパプスが動いた。鞭のようにしなる触手が三人に叩き込まれようとするも、始点で止められていた。

 突き刺さる結晶。

 次の行動を起こす。そのワンアクションすら起こせず、パプスはアイズの周囲から放たれる攻撃にせき止められる。

 次も、その次も。あらゆる意図も、思考さえ制限されるように始まるよりも以前に叩き潰される。

 再生する体が突き刺さる楔により液体を流し続けている。

 勝てない。パプスは単純な結論を認めず、吼えるようにその体を膨張させた。

 対して、眉一つ動かさずその少女は無感動にそれを見つめ、空を見上げる。

「そう来るでしょうね。一人では勝てないもの」

 見ることすらなくパプスへと結晶を射出すると、触れた瞬間に煙幕のようなものを吹き散らかした。

 目くらまし。そして来るのは、

「やあ、裏切者共」

 アリア達の方へと、ヤゼルが降り立つ。

 左手しかない。ブルーノがやったのだと理解するよりも早く衝撃波が放たれ、アリアの障壁もろとも二人が吹き飛んだ。

 そこへ結晶が穿たれるがすべてを叩き潰される。

「お初にお目にかかる、未来の奴隷よ」

 ヤゼルの隣にパプスが並んだ。

「私は愛の典災、ヤゼル。君達、才天とは友好的な関係を結びたいのだが」

「あら、カホルにきちんと話しておいたわよ。ふざけるなって」

「何か彼に非礼があったのならば詫びよう。彼の首をねだるのならば捥いでこよう」

「簡単に仲間の首を刎ねるやつらとは手を取りたくないわ」

 そうかとヤゼルは特に気落ちした様子も無く、残念だと呟いた。

 そして、左手をパプスへと突きこむ。

「キ、サマ……!? ナニヲ!?」

「なに、回復だよ。どうせ貴様はカホルが作り出した偽物。手も足も触手も出ぬ味方など不要」

「ヤゼ」

 断末魔も無く、パプスがヤゼルに吸い込まれる。

 さて、とヤゼルは左手から回復の輝きを放つと、右手が生え始めた。

「失礼したな。私は君と争う気はない」

 用があるのは、とヤゼルが振り向く。

 その視線の先に、アリアとロエ2がいた。

「裏切者だけだ」

「裏切者? 面白いことを言うじゃないか。ランク2と勝手に決めつけ、収穫を開始し、あまつさえ器に意識を乗っ取られた偽典がほざく言葉と思うと尚更だ」

 ロエ2が目を細め、杖を鳴らした。

「ああもう、やるしかないんですか……」

 アリアが符を取り出し、目の前の敵を睨み付ける。

 常蛾が、月兎がそこかしこから湧き出してきた。

 開幕の合図となったのは、何体かの月兎が突き破られたからだ。

 外側を貫くのは結晶。

「……何のつもりだ、用はないと言ったはずだが」

 ヤゼルの言葉に、それは冷笑を返す。

「あら、ごめんなさい。あまりに気持ち悪くて。私、虫嫌いなのよ」

「今殺したのは兎だ」

「そうだったの? 貴方も、これらも、あまり変わりない気味悪さだもの」

 ふと息を吐く音。

「どこまでも、人の神経を逆なでする。お前達の魂は……!!」

「未来の才天、プリマヴェーラ。いきましょう」

 二人の監査者、一体の典災、一人の才天、無数に蠢くモンスター。

 それらが動き、殺し合いを始めた。

 主役の姿などないのに。

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