七章 白と虹

第18話 北へ





『ぶいちゅーばー?ああ、知ってる知ってる。きもいやつら』



『ガワの人気だけのね』



『いつも燃えてるし、なんか見る気失くしたわ』



『そういうことする界隈なんでしょ』



『民度ひっくいよね、だから私はいいっていうか』



『バチャ豚かよ(笑)』



『ま、人それぞれでしょ』



『どうせ彼氏いるって。虚しくなんない?』



『そうそう、笑われてるよ』



『恥ずかしいよねぇ』



『気持ち悪ぃな』












「仮想を受け入れられるか?」

「うん」

 春は仕事用の椅子ごと、こちらを振り向いた。彼女は話をするとき、必ずこちらを見る。たまに見ていないときもあるが、それは本当に手が話せなかったり、話しかけるタイミングが悪かったり、その方が視線を引き付けられたりするからだ。

 つまり、いつも通りだ。今は休憩中で、   のために部屋に入った。

 そこから、なぜかそんな話になったのだ。

「些細な問題よ。今は変化についていけない人間が多くとも、きっと世代が変われば人が受け入れることができる」

「そうかな」

「和人は、信じられない?」

 ふっと春が近付いてきた。そのまま座っている和人に顔を寄せる。近い距離で見る見慣れた顔に目をそらす。視線を落とすと谷間が見えるから横にだ。

「先のことは、まあどうでもいいさ。俺には関係ない。でも、今が」

 なんというか、気にくわない。

「最近見てる動画のこと?」

 まあ、と控えめに頷いておいた。

「人は仕方ないのよ」

「だよな……」

 離れようとしたら首に腕を回された。

「おい」

「目立つもの。誰もが注目する。そういうのを人は変わらない反応をし続ける。そして世代が変わると受け入れられる。あらゆるものが仮想現実になり、こういうことは贅沢品になる」

 ね、と耳たぶを甘噛みされたので飛び退いた。

「おっ前ね……」

「相変わらず弱いのね」

「誰だってこうなるわ!!」

「昨日だって……」

「外で言うのやめてくれよマジでそれ……」

 いったい何が問題だというのだろうと春は首を傾げた。両親にも周知の事実である。そもそも、血縁関係にない二人が一緒に暮らし続けている時点で周りには知れ渡っている。和人に逃げ場はない。

「近いうちに、もっと面白くなるわよ」

 くすくすと笑いながら言う春に、和人は最初こそ訝しげに見ていたが、やがて気が付いた。

「春、まさか……」

「ええ、技術出しちゃった」

「…………」

 和人の興味がある分野を、春は伸ばす。他でもない彼だけのためにだ。その進み方は多分、本来の時間よりも早く、溶け込んでいく。

「……面白いのが見れるのはありがたいけどさ……」

 いや、まあ、いいかと和人は息を吐いた。

 橋場春博士が関わる分野は非常に多岐にわたっている。その理由を、わからない和人ではない。

 もう少し自分の興味ある分野を進めればいいのにと思うが、多分そちらの方が片手間なのだろう。

 まだ、人には時間がかかるが、面白くなるらしい。なら、もう少しだけ待ってみようかという気になる。たぶんこれが狙いなのだろう。

 そんなことせずとも死ねないというのに。

「和人」

「なに」

「大好きよ」

「…………ノーコメント」











 橋場春。

 稀代の天才。複数の人格を作りながら、一人のためにそれらを殺し、思考の次元を落とした少女。

 その隣に居た少年のことを誰もが普通だと、平凡以下だとさえ思っていた。

 料理くらいしか取り柄がなく、春は代わりを見つける手間を惜しみ、妥協したとまで口さがない陰口をたたく者たちもいた。

 意味なし。印象が薄い。

 だが、意味はあった。

 このエルダーテイルで、彼は花開いた。

 世界を滅ぼすだけの熱量を持っていたのだ。

 魂が五つに砕かれてもなお、独立し、存在を強く保っている特異性。

 それを春が見抜いていたかどうかは、彼自身ですら知らない。彼も己を知らないのだ。

 ブルーノはすべてを思い出したわけではない。

 橋場和人でさえ忘却した記憶がある。

 彼女をなぞるように、彼もまた殺し続けるのか。

 誰かと一緒にいるために、仮想を遠ざけるのか。

 接触はすでに贅沢品だ。独りでいる人間にはすでに、宝石のように眩い。しかし宝石が万人にとって価値があると思えないように、それもすでに虚構なのかもしれない。

 もはや目を閉じ、画面にのめりこめば何にでもなれる、誰にでもなれる、いつにだって行ける。

 代わりはたくさん、もういるのだ。

 生きる意味も、死ぬ意味も、本当はないのかもしれない。

 決着をつけよう。

 すべてを元に戻そう。

 存在でも否定でもいい。







 この何かに、私は、答えがほしい。








 だから、もう少しだけ、殺し合おう





















 ときに、橋場春を形容する天才という言葉の他にも、彼らを表すことができる言葉がある。

 魔術師、そう、Wizardだ。魔法とさえ誤認されるような技術を扱い、彼らは世界を漂う。

 そして、それはエルダーテイルであっても、内側でも、虚構でも、変わりの無いことだ。





「これでええ感じやろ」

 な、という呼びかけにそのアバターは頷く。

 片目が潰れたものだ。何かが不安定で、その在り方は典災にも似ていた。

「ありがたい」

 どことなくイントネーションが関西によっている。

「まさか君みたいなんも呼び出せるとはなぁ。ストーリーの……なんやっけ、黒幕? みたいなやつ」

「さあ。私もその呼び方は知らない……」

 苦笑し、その男は真っ白な大地を見る。

「ここが異世界」

「せやせや。ここがエルダーテイル。混ざった世界。そんで、君はどうする?」

「どうする、とは」

「これから邪魔者たちが僕の、いや、僕らのVを破壊しに来る。ぜーんぶや。僕はまあ戦うけれど」

 こちらを見るサンタ服の愉快な服装をした男に視線を戻した。

「私達の、ではない。だが、私の子もいる。その子もまとめて?」

「関係あらへんわ、あいつらは全部、偽物やと思ってるしただの空っぽやと思ってる」

 では、と男は静かに告げた。

「私も君に協力しよう」

「そうこななぁ、戦い方は脳みそをいじった通り。僕はちょっと外すで」

 そう言い、欺瞞は去っていく。

 自らの不確かな右手を見下ろした男は、それをかざし、頭にあるとおりに念じる。

 すると、掌から火が溢れ、打ち出されたそれが木を焼いた。

 魔法だ。こちらとあちら。

 魔法とプログラム。

 似たような構造だ。把握は済んだ。

 魂が光る。

 物語から解放された世界。

 もはや筋書きはない。脚本は意味をなしていない。

  の魂を邪魔していた、中とやらはいない。

 ならば、と男は改めて思った。

 存分に力を振るおう。

 魔術師としてふさわしいことをしよう。

 欺瞞により、世界へと踏み出した男は笑う。

 定められたストーリーラインはない。

 だから、もう一度。

 もう一度今度こそ、完全に、

 君を生み落とそう。

 僕だけが君を見ている。

 そうだ、君を一人にはしない。

 私もそこに行こう。






 現実へ。



















「覚えましたか? Vの名前。敵は彼らを使ってくるんですからね」

「何も覚えてねえけど顔は覚えたぜ」

 センジのよくわからん自身にアルフォンスはそうですか、と明るく頷いて、

「ぼく、無理なんですけどこの人に教えるの!!!」

 ねえブルーノさんという叫び声で、ブルーノは目を開ける。

「…………なに?」

 よっ、と上体を起こして見てみると、何やらアルフォンスが百枚近いブロマイドを広げており、センジは興味なさげにそれを見ているふりをしていた。

「悪い、いつのまにか寝てた」

「え、寝てたんですか? もっと寝ててください」

 さあさあどうぞとアルフォンスが適当に羽織っていた毛布を渡してくれるが断る。

「いいよ、目覚めたし」

 ブルーノがなかなか睡眠をとらないことはもう皆が知っていることだった。あれだけ夜の談話室でぼーっとしていれば当然だろう。

「何してたんだ」

「Vの名前教えてたんです」

 この子がですねー、と一つとってセンジの前に出すがもう興味を失っている。

「ブルーノさん、この人全然いうこと聞かないんですが」

「それは白銀全般に言えることだよ」

 お前もそうだよと言葉には出さないがいってみると、アルフォンスは知らん顔した。気付いてないのだろう。

「センジ、顔は覚えたのか」

「おうよ。大将に言われたからな、ばっちりだぜ」

「へー、何覚えたんですか」

「将来の負け犬たちの顔」

「その自信どっからくるんですか」

「白髪」

 ははーとアルフォンスは笑い、毛布にくるまった。やる気がなくなったらしい。

 いまブルーノたちがいるのは広いテントの中だ。テントで広いといえば、まあそこそこだろうと思うだろうが規模が違う。

 なにせ二階部分もあるのだ。そんじょそこらのテントとは違い、L2たちインチキ集団が関与しているのだ。外見こそ普通のテントだが、中は見合わない広さを持っている。なんでも空間を広げて云々といっていたが、よくわからないので聞き流した。

 ふて腐れたアルフォンスを放っておいて、ブルーノが外に出るとセンジも続く。

 テントから出ると、アキバの空が広がっていた。重い灰色だ。

 明日の朝、北へと向けて白銀は出発する。あのテントはその遠征にむけて出来上がったものだ。以前から研究を重ねていたのが今回ようやく形になったらしい。

「なあ大将。なんで俺ら北に行くんだっけ」

 忘れたのかよと嘆息するが、センジだ。北に行くということだけ聞いて後は浮かれて忘れていただけかもしれない。遠征イコール遠足だ。

「水雲透がカホルの存在を感じ取ったんだよ。北らへんにいるって。それで、あっちにいる連中に探らせたら情報が出てきた。才天に動きはないから、後ろから突かれないよう先に約束果たしながら、ぶっ殺すってこと」

「ほーん。大将はどう思うよ」

「あぁ? 俺か?」

 なんで俺だよと見返すと、センジは見つめ返してくる。

「……感じ的には北だな。才天はわからなくなってる」

 気配を隠しているのか、ブルーノに問題があるのかはわからない。

 今はとにかく、カホルだ。あれもあれで、よからぬことを企んでいるなら処分すべきだ。

「そか。ま、大将が決めたことだ。任せろ」

 何を任せられるかわかってるのだろうか。いや、こいつに任せることなんか決まっているか。

 敵の排除だ。

「ブルーノさん、っと、センジさん」

「おー、透ちゃん。どした」

 水雲透だ。ブルーノたちが平素と変わらぬ恰好をしているのとは違い、防寒具を身に着けている。

「ブルーノさんにお客さんが来ましてそれで――」

「ええ、呼びに来たんです」

 後ろから出てきたのはアリアだ。センジがすぐにがるると唸りだす。それを落ち着かせるために仕込んであるクッキーを渡す。

「お客さん?」

 ぼりぼりと後ろで食う音を聞きながら、問い返すがすぐに思い当たりに行きついた。

「ああ……来たのか。助かった、ありがとう」

 そう言って、ブルーノは下へと降りて行った。残ったのはクッキーを上機嫌で食べているセンジ。アリアはすぐに後をついて行ったので、水雲は空を見上げた。

 エッゾへとつながる空を。

 そこに、あれがいる。

 欺瞞が。




















「寒いの平気ですか」

「え、はい。いただいたものが温かいので……それにこたつもありますから」

 それはよかったとブルーノは自身もこたつに足を入れながら頷いた。L2率いる研究開発部、これは初耳な部だ、が開発した特別製テント、つまりはまあアルフォンスが使っていたテントの第三号の中だ。

 既にアキバを出発しており、エッゾに向けて進行中だ。時折テントが揺れるのは馬車に積まれているからであろう。三号の中は一号とあまり変わらないが、アルフォンスの居住区ではない代わりにこたつが備え付けてあった。ヒーター部分は再現できないので代わりにサラマンダーを卵の殻で雇っている。どうにも好物らしい。

 エッゾに向けての旅の参加者は当然、白銀の頂に加え、水雲、アリアとあと三人。今は髪を白く染め、二号の中で大人しくしてもらっている。あちらも北に用事があるらしい。

 らしいというのはまるで聞いていないからだ。仲介ともいえるにゃん太からは何も聞いていないし、依頼者本人たちからの説明も跳ねのけた。聞けばいやおうなしに関わる気がしたのだ。こちらもやることがあるし、こちらのことは一切告げていない。このクソ忙しく、大変で、ミナミからの目もある時期、抜け出そうというのだからそれなりのことだ。こっちのやられたからやり返しに行くという馬鹿みたいなことに巻き込むわけにもいかない。

 三人の客は大人しく髪を白くするスプレーを吹きかけられ、こたつの中で過ごしていることだろう。ちなみにこの三号は水雲を始めとする女子ズが中心となって使用するものなのだが、ブルーノはなぜか日中ここに放り込まれていた。今は水雲と二人だ。沈黙は特に息苦しくはない。水雲自身がどう思っているかは不明だが、ブルーノとしては気負うものはなかった。ファンと言っても、ブルーノがそうだったわけじゃない。記憶こそあるが、それをきちんと再生できるかどうかは不明で、いま出しても無意味で、どうせ砕けるものだと諦めている。

 和人の女性への応対、つまり春にくっつかれ続けた結果、ついた免疫のようなものは記憶を戻す前でも問題なく動いていたので、心配はなかった。テントの中にいれば、することはなく、ぼうっと夕食のメニューでも考えることができる。

 旅先での糧食は基本的に硬く焼いたパンだ。白銀でもそこは代わりはしない。毎度毎度、旅の最中料理を作れるのは冒険者であり、ブルーノはそうだが大勢の分を賄うほど毎食旅先でも作る気にはなれない。そういうわけでここでも変わらずに数名分だけ適当にシチューなどを作る。肉が欲しければ白銀は元気に鹿など勝手にとってくるので、切って焼く程度はする。といってもフライパンの上にのせて後は任せるのだ。火を止めるくらいならば料理人のものに抵触しない。

 料理というものに親しんでから、冒険者はより一層メニューから作成される味のない、装飾ばかりの料理をより一層恐れるようになった。

 ブルーノとは言えば、味のない段ボールのような食事を最近は中心として食べていた。どのときも一人で食べるときだ。

 好き好んでといえばそうだが、一番の理由は何を食べても同じだから。

 味がいつの間にかしなくなっていた。料理を作るのに問題はなかった。それだけ作り慣れているし、記憶の中からレシピの欠けが生まれているものもあるが、それは新たに料理研究室といった部門に顔を出し、レシピをもらい、味付けを変えていった。

 元々、和人自身、食べることに関心はなかったのだ。彼が作っていたのは春が食べるからで、甘いものを作るのは春のためだ。

 ここに彼女はいない。息苦しく、呼吸はしやすかった。どうせ、他人の話なのに。

 六日目。もう十分にアキバから離れたと判断し、一行はグリフォンへと乗騎を変えた。賑やかにグリフォンたちが空を駆けていく。

 いつだかと同じように午前は馬、午後はグリフォンだ。編隊を組んだ飛行は、金でもとれるような出来だった。ブルーノの後ろには水雲が乗っている。最初こそおっかなびっくりだったが、すぐに空の景色に目を奪われていた。

 問題あるアルフォンスは空であれば平気らしく、上機嫌だったが二時間超えたあたりで空にまき散らし、後続のオブリーオが絶叫していた。明日からアルフォンスは最後尾となる。

 グリフォンを持っていないと思われたアリアはなぜかグリフォンを所持しており、そのせいでブルーノの後ろに乗れないことを心底悔しがっている。いまもブルーノの隣に来ようとしているがセンジが威嚇するので近付けていない。

 三時を過ぎると、一行はグリフォンを降り、野営地を探す。空路が解禁されたことで、一気に距離を詰めていく。

 九日目で同行者とは、道を違えた。朝早く、契約通りに彼らは出立した。誰も、いないことに注目せずに進む。それが契約だ。

 そして、ススキノへと白銀はたどり着く。

 立ち寄ったのは補給のためだ。

 あのころとは違う街の様子に、ブルーノは少なからず感心した。

「こっちにゃシルバーソードがきてっからな」

 心の内を読んだかのようにセンジが言う。こいつのことだからただの感想だろう。タイミングがいいだけだ。

「懐かしいですね、ブルーノさんと私が曲がり角でぶつかって互いに一目惚れしたあの日が……」

「え……?」

「水雲さん真に受けないでください。お前も適当言うな、アリア」

「事実です!」

「大将と会った日が懐かしいな……そう、あれは雪の日だったな……」

「ギルマスと会った日が懐かしいな……そう、あれは雨の日だったな……」

「ブルーノと会った日が懐かしいな……そう、あれは晴れた日であった……」

「突っ込めないからおいていくよブルーノ」

「そうしよう」

 せっせと歩き出したミサキとブルーノの後ろでアリアとL2とセンジとエドガーが初対面をねつ造していたので知らんふりした。

 数か月ぶりのエッゾだ。機械帝国風の建築に変化はない。ただ、行きかう街の人々の顔は以前よりも明るかった。

 ここが始まりといえば始まりだ。感慨深くなろうとも、後ろで馬鹿共が騒いでいるので集中できない。はあと息を吐く。

「たしかあのときはセンジは走ってきて、到着早々僕らは追いかけ回されたんだっけ」

「そういや……そうだったかな……」

 あれ。

 おかしいな。

 思い出せない。

「あのときは……いきなりだったな」

 なんとか、つなげ。

「君のことをいきなりギルマスだって言い出したもんな」

「いや、大将だろ。あの馬鹿はほんとに最初から馬鹿だ……」

 ここでしたことは覚えてる。でも、どうしてその光景を思い浮かべないのか。

 嘘をつきながら、ススキノの街を歩く。あのときとは違う、別の緊張感に蝕まれながら。

 不意に腕を取られた。

「それで、どうしてススキノに寄ったのです?」

 豊かな胸を押し付けてくるのはアリアだ。重ね着のせいで布が厚いが、周囲の視線は痛い。主にディーとライザー。

「補給。おい腕くむな」

 補給? と首を傾げたのは水雲だ。アリアをなんとか剥がそうとしながらもブルーノは答える。

「行きでまあまあ食いましたからね。何も考えずに食う馬鹿のせいですけど」

 嫌味を言うが当の本人は特に気にせず、あちこちに気を取られながら先頭を歩いている。いくつかの班に分けられ、ここに溜まっているのは問題児ばかりである。

 さっさと済ませようとブルーノはメモを広げた矢先、センジが久し振りに見たデミクァスに喧嘩を売り始めたのでブルーノは怒鳴った。













 ぎゃあぎゃあと馬鹿と筋肉達磨が言い合いをしていたら、道の真ん中に一人の女性が立った。

「あんた、なにしてるの」

「あぁ!? うるせえ邪魔すん……」

 怒鳴ろうと振り向いたところでデミクァスが固まった。

「お、おまえ……」

「どこほっつき歩いてるのかと思えば人様に迷惑かけてまったく……帰るわよ」

「はあ!? 俺は――」

 その大地人の女性が睨むと、デミクァスは苛立たし気に舌打ちをして大股で去っていく。

「なんだありゃ……」

 センジが未消化という感じで今にも走り出しそうだが、それは首根っこを掴んで抑えた。

「悪かったね、ええと……」

「あ、ブルーノです。こっちの馬鹿はセンジ。こちらも悪かったみたいで申し訳ない」

「どうせあいつが悪いのよ。それじゃあね、ブルーノさん、センジさん」

 頭を下げ、女性は去っていく。名前を聞きそびれたなと思うが遅い。

「前会った時とはずいぶん雰囲気違ったな」

「まあね、そりゃ嫁が出来たら落ち着きますよネ」

「へえ嫁が……ん?」

 新しく声がして、隣を見てみるとよくわからないピンク髪の女の子がさも当然のようにいた。

「……誰ですか?」

「え? ボク? ボクですか? やだなぁ、困っちゃうな。こんなところでナンパだなんてお兄さん見た目より……あれ、センジじゃん」

 なにしてんのと女の子が問うと、センジがようやくそいつに気が付いた。

「お? おー、てとらじゃねえか何してんだ」

「それはこっちのセリフなんですがね」

「見て分かんねえのか、大将に掴まれてる」

「ほほう、なんだか面白そう」

 じりじりとこちらに近寄ってきたのでセンジを横に投げて離れた。

「ふふっ、いま接近されると思ったでしょう? でもボクはアイドルだからしないんだなこれが! ってあれ話聞いてませんね!?」

 すたすたと歩いて行こうとしたブルーノにてとらが叫ぶと、面倒くさそうに振り向いた。

「めんどくさい……」

「こんなにかわいい子がいるんですよ!? 聞かないなんて損失じゃありませんか!? 銀河系の法則が崩壊しますよ!?」

「しねえよ」

「センジは黙っててよ!」

「大将、あいつは無視していこうぜ」

「やめろ、昇るんじゃねえ馬鹿! 重いんだよ!!」

「はっ……! なるほど、昇るということもあり……!?」

「あんたもなに閃いてんだ!?」

「こうしちゃいられない! このあふれ出るパトスを活かさなきゃ! そういうわけで白いお兄さんアデュー! ばいばい! さようなら!!」

 びゅん、と風のようにてとらが去っていく。なんだったんだあれとセンジを叩き落としながら思うも、考えるだけ無駄だろう。

「センジ、あれなんだったんだ」

「さあ?」

 この馬鹿マジで……。まあそういうものかと諦めた。白銀に入ってから物事を諦めることが増えた。馬鹿に納得を求める方が馬鹿なのだ。

「ブルーノさん、何してるんですか?」

 振り向くと、

「紫苑……と、そっちの人は」

 紫苑とその隣にエルフの男性が立っていた。

「ああ、この人は」

「シルバーソードのウィリアムだ」

 そう、ぶっきらぼうにシルバーソードのギルドマスターは言った。











 交流の始まりは、センジに連れ回されてきたススキノだ。

 いつものよくわからない思い付きで一週間かけて連れてこられ、わあわあと旅先でもトラブルを起こし、その収集のために出てきたウィリアムと出会った。

 よく知らないが二人は年も近く、話のウマもあったのですぐ仲良くなったそうだ。紫苑は以前から誰とでも仲良くなれたが、こんな縁もあるのだなと正直驚いている。

「それで、ブルーノ――さん」

「こんなこと言うのなんか偉そうですごい嫌なんですけど……呼び捨てとかでいいですよ」

「じゃああんたも敬語をやめてくれ。年上でそれはやりにくい」

 それもそうだと頷いた。

「白銀は何の目的で来たんだ、ブルーノ」

「ススキノに寄った理由はまあ補給だ。馬鹿が騒いだのと、想定外の人員のせいで少し食料が不安だ」

 ススキノ中心街にある酒場だ。シルバーソードの活動拠点でもあるらしいそこは開放的な造りで、今は開店前で貸し切りなのかウィリアムとブルーノたちの他にはいない。奥にでも詰めているのだろう。

「ここから北上するのか?」

「いや、海峡を戻ってヒロサキに行く」

 そこが、カホルの目撃情報があった場所だ。ススキノまで引っ込んだ白銀の人員が見つけた。

「ヒロサキに? あそこもなかなか大きいだろう。そこで補給は駄目だったのか」

「まあ……感傷もある。あそこの馬鹿のせいで思い出があるからな」

 センジが大人しくずるずるとラーメンを食べているのをちらりと見る。見られていると気付いたセンジはラーメンを冷まし、こちらに差し出してきた。いらない、そういうことじゃない。

「ああ、春のか……」

 ウィリアムも話は知っているらしい。といってもここで騒いだのは白銀が初というわけでもなく、最初に動いたのはあの腹黒眼鏡だ。どうせろくでもない戦法使ったんだろう。

「何しに行くんだ」

「ちょっとした調査だ」

「へえ。フルレイド組んで女の子連れてか」

 水雲が体を強張らせた。ブルーノは動かず、視線を返す。後ろでセンジが刀に手をかけたのを察し、手で制する。

「……悪い、探るつもりは……あるが、そこまでじゃない。ヒロサキには何人か引っ込んだ仲間がいるんだ」

「ああ、話は聞いてる」

「話……そうか、キャベツ佐々木か」

 出された名前にブルーノが頷いた。水雲は突然出てきた珍妙な名前に笑っていいのか困惑している。

 キャベツ佐々木太郎、白銀の頂に所属する狼牙族の男だ。こうなった世界で、戦うのがどうしても無理になり、アキバにくることもなくススキノがああなったことからヒロサキに移り、そのまま居着いたらしい。

「あの人にはうちも世話になってるやつが多い。そうだな……向こうの奴らに連絡をしておこう。宿を持ち出したやつもいるから、少しは融通してくれるはずだ」

「ありがたい。ついでにこっちで素材を捌きたいんだが……」

 そのまま商談ともいえないやり取りを行い、今日の宿屋も紹介してくれることになった。さすがに二十人越えはひとまとめに出来ず、三つ位に分かれることになったが、上出来だろう。

 いくつかの連絡を回し、日も落ちてきたところで礼を告げ、別れた。

 紹介された宿屋に向かい、案内された部屋に入ろうとしてくるアリアとセンジをたたき出すと、ようやくベッドに腰を下ろした。

 久々のまともな寝床だ。食事は宿屋で出してくれるらしいから、動く必要もない。

 今日くらいは、寝れるといいなとブルーノは大人しく夕食を待った。

















 翌日、ススキノを出てヒロサキへと白銀は向かい始めた。

 行きの時には飛んで超えた海峡を陸路で進む。本州とエッゾを繋ぐ海底トンネルだ。回り道や横道の数はダンジョンにしては極端に少なく、ほぼ一本道のダンジョンはそれゆえに逃げ場はないが、完全装備、高レベルの冒険者が組むフルレイドでは護衛対象がいたところで何も問題はなかった。

 地上へと出ると、馬へと乗り換えた。編隊を組みながら走っていく。前方上空には偵察のために銀次郎が飛んでいた。

 桜の街、ヒロサキまであともう数十分程度にまで来たとき、不意に銀次郎のグリフォンが傾いた。

「なんだ?」

 アルファが呟く。反応した水連が見て、表情を変えた。

「いや、違う。あれは……」

「来たぞ」

 馬車に積んでるテントからブルーノが出てきた。水雲に出てこないようにと言い含め、自分はグリフォンの笛を鳴らす。

「見てくる。このまま進め。ミサキ、札を貸して、死んでもいいミニオンを馬に乗せて走らせろ。合図をしたら入れ替えを。銀次郎を戻す」

 転移した直後、銀次郎がいかなる状態であってもあの身体能力と力なら馬にしがみつくくらいはできるだろう。

「君はどうする」

「なんとかなるさ。進行は維持だ。誰も突出させるな。ヴィヴィアーノ! ディー! 長距離は温存だ!」

 了解、と重なる声を聞きながらブルーノはグリフォンにまたがる。

「待て、ギルマス!」

 L2が叫ぶなり、グリフォンが羽ばたいた。一気に飛び上がり、猛然としたスピードで銀次郎のところへと急ぐ。

「あの馬鹿……」

 呟きに同意するように二羽のグリフォンが後を追った。アリアはテントの外を見てから、中へと戻る。

 こたつから抜け出し、立ち上がった水雲に言う。

「何も気にすることはありませんよ。さあ暖かくした方がいいでしょう」

「でも……」

「あの人が出るなと言ったのです」

 きり、と高い音がテントの出入り口に響き、障壁が張られた。

「ここならゾーンとしても区切られていて、安全です。私もまだ、彼らに見つかりたくありません」

 どうぞ、と手で示すと、水雲はすごすごとこたつに戻っていく。

「貴女は……」

「なんですか? は答えませんよ。私も、彼も、その質問はされ飽きました」

 あなたもそうでしょう、とアリアは微笑んだ。

 銀次郎の視界に飛び込んできたのは白く雪を被った木々と、降り積もった雪だった。

 落ちていると判断するなり、身をよじり、刀を空中で抜き放つ。落ちていく中、動き回る体勢を不安定ながら保持し、地面に向かって一刀両断を叩きつけた。

 衝撃が走り、銀次郎が雪だというのにバウンドした。視界が回り、自分がどんな体制か、何をしているかまるで分からなくなる。

 刀を支えにして、よろけながら立ち上がる。ずきりと左腕が痛んだ。見ると袖口が赤く染まっており、何やら折れ曲がっているし、違和感がある。

 折れた拍子に突き破った。傷口を確かめて喜ぶ趣味はないが、度合いを確認するためにまくり上げようとしたところで銀次郎は後ろへと飛びはねた。

 直後、銀次郎がいた場所へと斬撃が走る。敵襲。把握できていなかったことを銀次郎が遅れて把握する。グリフォンが落とされた。だから落ちたのだ。

 襲撃は間違いなく。

「Vか」

 銀次郎の前に、すらりと刀を抜き放つ長髪の男が現れた。切れ長の目を持つ男はやんごとなき様子で銀次郎を睨み付けている。

 意思を封じられた贋作。欺瞞。刀持ちの横に書生染みた男と片目を隠したのも追加された。

 意思がない、つまり魂が欠けた状態でも固有の力は魄にあるらしい。故に技能は設定どおりに発揮され、魂に引っ張られることはないとブルーノが話していたのを聞いたことがある。

 魂と器。どちらも揃って、適度なずれがバーチャルにふさわしいというのが一般的な風説らしい。つまり、これはナンセンスな状態というわけだ。

 レベルはばらばらで、能力もばらばら。90を越えた白銀ならまず一対一で五分五分。三対一の今は不利もいいところ。後ろの白銀は急いでも二分はかかる。

 息を吐く。それがどうしたと刀を構える。無茶なんていつも通りだ。

 お、から始まる叫びを上げながら、銀次郎は己をすべて解放した。視界が白熱し、それからすっと冴える。

 一歩踏み込んだと同時、銀次郎の視界が白く爆ぜる。

 なんだ、と酔いのように興奮が一気に冷めた。着弾したのは剣。ブルーノが使う使い捨ての剣だ。わかるなり、それが光り入れ替わった。

 ミサキの簡易札。刀持ちが符のようなものを投じた矢先に斬られる。

 現れたのは当然のようにブルーノだ。白い雪の中、白いコートを羽織った男は当然のように紛れる。

 書生もまた怪しげな動きをしたので銀次郎が一騎駆けで飛び、封じた。アタッカーが来たのならば話は簡単だ。二人を最低でも引きつけ、攻撃を任せる。

 片目を隠した男が銀次郎に迫る。書生を盾にと動くが、右手に痛みが走る。落ちたとき、両方を痛めていた。一撃なら、いや落下ダメージで体力が足りな。

「!!」

 突然銀次郎の姿が掻き消え、代わりにフクロウが出現した。黒い目のフクロウは翼を羽ばたかせ、四人を暗闇へと叩き落す。

 混乱、困惑。視界が奪われ、音さえ消える。しかし、一瞬だ。強力故に持続が短いそれは三秒ほどで消え、書生の視界が開けると同時、二人が塩となり消えていた。

 なぜ。疑問と同時に、ブルーノが剣を振る。

 答えは簡単だ。彼は暗闇の中で動いた。何もないのに。いや、たしかに感じ取れるものは気配だとか、そういうあやふやなものはあった。その僅かを拾い上げたのだと、気付いたときには遅く、彼もまた塩となって消えた。

「……」

 リザルトもファンファーレも無い。ブルーノは剣を収めることなく、周囲に感知を広げるが長距離の射程も無い。感知範囲外か。

 ちらりと横目で塩と雪を見た。偽物も、死骸と同じく虹できると消える。迂闊だったかもしれない。相手が見ているなら、まだきるべきではなかったカードかもしれなかった。

「大将!」

 遅れて、センジがグリフォンの背から飛び降りてくる。後方には馬の一団が見えた。新たに一羽、真っ黒なグリフォンが降りる。

「エドガー、周りになんかいたか」

「いいや、確認できない。銀次郎も、見ていないだろう」

 そうか、と頷き、剣を片方だけ収めた。

 ほんの小手調べだろう。

 ブルーノは息を吐く。

 あともう少しで、桜の街ヒロサキだ。

 桜も春も、嫌いだった。













「ああ、すごく久しぶりね、ここ」

 未来を見る少女は、ヒロサキに紛れ、呟く。

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