第17話 悔恨の意味



 何度か、手足を動かし、左目だけで世界を見る。

 確かめて、うんと頷いた。

「もう見えるか」

「ばっちり、てわけじゃないけどね」

 そうか、とL2が安堵で胸をなでおろした。

 死にそうな目にあって、実際の痛みを味わされて一週間。最初の三日ほど左目は潰れたまま回復しなかった。それから徐々に回復し、ようやく今日見ることができるようになっていた。

「紫苑とか、他のみんなは?」

「紫苑は四日前に元気に走ってた。他は翌日には」

 帰ってから熱に浮かされてずっと寝込んでいた。今も少し浮いているような気がするが時期に消えるだろう。

「ブルーノは」

「ギルマスなら」

 ほら、と指さした先、いつものようにだっさいゆるゆるのTシャツを着たブルーノがこちらに歩いてきているのが見えた。

「ミサキ」

「やあ。しょぼくれた顔してるなぁ」

「そりゃ、まあ、そうだろ」

 頭を何度か掻いて、視線を何度か外して、面倒くさいことこの上ない。

「わる」

「君が謝る必要あるか?」

「……才天のことは知ってるだろ」

 ああ、と頷く。あのとき、気付いた。フードがめくれ、同じ顔が現れたときに。

 それから寝ているときにもL2から聞いた。劇場にいた白銀は皆知っただろう。

「責任は……まあ、俺……じゃないけど、なんか、あるだろ」

 それはわかる。だが、

「うじうじするなよ。起こったものはしょうがない」

「そうだ、今度うじうじしたら目覚まし時計を改良してやるぞ」

「お前ついに自分の発明が嫌がらせだって認めてないか?」

 まあいいや、とブルーノは息を吐く。当人が言うならそうしよう。他の阿保にも同じことを言われたし。

「ギルマスの方こそどうだ。体調と、記憶は」

「体調は、相変わらず。記憶は全部戻ったさ」

 けれど、依然として和人は戻ってこない。それもそうか。あれは選択を放棄し、おそらくヘレルたちの方にいる。

「ミサキ先輩とL2先輩って呼んだほうがいいか」

 冗談交じりにそういうと二人はマジで嫌そうな顔をしていた。

「……逆に失礼じゃないかお前ら」

「君に先輩呼ばわりされるなんてぞっとするだけだよ……」

「ギルマスはギルマスだ」

 そういうもんかなと思って、否定はしなかった。

 これから目の慣らしも含めて読書をするというミサキと、工房に籠るL2を見送って、ブルーノは中庭に残る。

 暖かい日差しだが、吹いてくる風は冷たい。

 冬は目前だ。

 意味があるみたいに、自分の腕を触った。ぐずりと気味の悪い感触がした。

 服の裾から何かが零れ落ちていくのを感じながら、空を見上げる。

 春を迎えるのは、きっと無理だろう。




















「ギルマスのこと、どう思う?」

「んー」

 ちらりとソファに静まってるセンジにディーは視線をやって考える。

「ラスボスがギルマスでボスがギルマスで中ボスも雑魚もギルマス」

「合ってるけどよ。待てよ、俺らのギルマスはどれだ?」

「雑魚」

 そりゃそうだがとライザーは納得する。

「じゃなくて、なんだ、その、自分殺しだろ」

 いうと、なんだか重くのしかかる。

 自殺だ。あんな自殺見たことないけど。

「いやそもそも、あれ倒してギルマスは死ぬのか? ギルマスがまだ生きてるだろ」

 片方残ってれば何とかならないかと周囲に問えば、各々作業だとかの手を止めて唸る。

「前例がないじゃん」

「前例ないことばっかだろここ」

「でも一部なんですよね?」

 もみじの問いに曖昧に頷く。

「それが四つ。ブルーノさんだけ敵ですから……もし倒しても欠けるの多くないですか?」

「…………ギルマスだけが真のギルマスなんだよ」

「なんなのじゃそれ」

「え、知らん」

「阿呆じゃなー」

「んだとてめえ!」

「ひゃあ、シンゲン!!」

 猫の後ろに隠れてわあわあ騒ぎ始めたのを、また別の猫である銀次郎は息を吐く。

「世界の合致は止めないと」

 七市のこぼした言葉に、阿保たちが止まった。

「そうなんだよなー。あれのせいで何億死ぬかどうかとかいうだろ?」

 普通に考えて、止めるだろう。全世界規模の問題だが、このくらいたぶん、そこら辺に転がっている程度のものだ。

「世界が混ざるってのはぶっちゃけいいけどさ。あっちでネット使いながら狩りして過ごしてれば生きていけるし」

「そもそもそっちのがいいじゃんね」

「お、俺もそう思うぜ、リシア」

「…………」

「なんか言っときなよかろすん」

「ほっといてくれ」

 ええーとほっぺたを突きだしたのは放っておく。それに合わせて勝手に部屋の隅に行ったのもだ。

「帰っても馬鹿にされるならここと混じってもいい、けど」

 やはり問題は人死にだ。規模が違い過ぎる。

 それでも、行く理由の一番はギルマスだ。

「ギルマス、自分のこと嫌いなんだろうな」

 出雲が呟く。センジがわずかに身じろいだ。

「だろうな。あんだけの剣幕で襲い掛かってるんだし」

 何度かの叫びを聞かなかった白銀はいない。

「なんであんなに嫌うんだろ。料理うまいし彼女いるんだろ?」

 順風満帆、というとヴィヴィアーノが首を振る。

「それこそ当人だけが苦しんでる理由があるんだろう」

「理由誰か聞ける奴……いないよな」

 あたりを見渡すと全員難しそうな顔をした。

「ふむ、では私が行」

「座ってなさい、エドガー」

 空気を読まないエドガーをクロ―ディアが首根っこをひっつかみ、椅子に戻す。

 白銀は大なり小なりとも傷を持った奴が多い。ブルーノに話している奴も多いが、彼自身のそれを聞いたことがあるやつはいなかった。

 聞いても出てこないのだろうという確信がある。

「そもそもさ、自分のこと嫌いな奴って当たり前にいるでしょ」

 あたしは好きだけど、とkyokaが言うとまあうんそうだろうなみたいな反応が返ってくる。

「自分について考えすぎると嫌いになるんでしょう」

「クリスさん、良いこと言いますねぇ……僕なんか考えすぎてうえっ、ちょ、吐きそう」

「なんか言う前にはいて来いよ!!」

 顔を蒼くしたアルフォンスを一哉が運んで行った。途中、ぎゃーみたいな悲鳴が聞こえたが無視。

「嫌いな度合いが、まあちと普通じゃないわな」

「だからそれが姐さんの言ってる理由だろ」

 堂々巡りだし、答える奴がいないと意味ない。その答えも出ない。

 詰んだな、とアルファが天井を見上げる。重たい空気が談話室に満ちていると、うわと新しい声が入ってくる。

「何よこの空気」

「お、姫なりそこね」

「うっさいわね! 入るギルド間違えただけよ!!」

 それはもう致命的だろと誰もが思った。はと子だ。最近までぶらぶらしていたがようやく出入りするようになった。大方混乱に乗じ姫プちやほやされようとしていたのだろう。白銀のせいでもう無理な話だ。ウェルカム苦労。

「何の話してんのよ雁首揃えて」

「ギルマスの話」

 ああ、とはと子は納得した。

「ほんとに記憶戻ったのかしらね」

「あぁ?」

 どういうことだよと全員が見ると、少し焦ったように言葉を加えた。

「記憶喪失だったんでしょ? 戻ったら大なり小なり影響受けない? ちょっと話したけど、あんまり変わって無くない?」

「………………つまり?」

「大将を疑うってことか……?」

 ゆらりとセンジが立ち上がる。

「い、いやいやいやいやそうはいってないじゃない。ただ、その、ほら、本当なのかなってちょっと思っただけで!」

 ギルマス飯を疑うのかとあらぬ方向から抗議の声が上がり、ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。

 騒ぎの中、紫苑は少しだけ考えた。

 記憶が戻ったのは本当で、影響を受けない理由。

 ミサキや、L2のような思考の飛躍。

 様々な分野でここでも勉強を続けている紫苑は、既に逸脱したものへと進化していた。

 本当に、本人なのだろうか。

 いや、と考えを打ち切る。

 もしそうでも、面白いとかこの人だとかギルマスだとか思うのは、彼だけだ。

 魂の欠片、才天の殺害を望むブルーノ。

 そのことにセンジは厄介を感じているが、どうこけて、バッドエンドに行こうとしても、

 俺が首根っこひっつかんで誰も泣かねえ奴にしてやる。

 そうじゃなきゃ、面白くねえ。

 そう思い、騒ぎの中に飛び込んでいった。

















「雰囲気、変わりましたね」

 水雲透の言葉に、ブルーノは首を傾げた。

「そうですかね、うちの奴らにはあまり変わらないと言われるんですが」

 はて、と考えるふりをして、辺りを見た。

 月に一度というペースで動き回っているここは変わらずだ。十二月も、動くことになる。

「記憶を取り戻したと聞きました」

「ええ。なんとかね。おかげでいま、わりと充実してます」

 水雲は思わずブルーノを見た。彼の顔はここからじゃ見えない。隣り合っていても身長差のせいで見えないのだ。

「そう、ですか?」

「実はあなたのファンだったんです」

「え」

 まじまじともう一度ブルーノを見た。こちらを見ていない。

「それは……その……どうも……」

 ファンだった、ということに少し引っ掛かりを覚える。

 あ。

 そうか、と水雲は納得する。

 私はもう終わったから。

 あとがきまで見たのだろうか。見届けたのだろうか。自分自身、あまりよくわかっていない。私と彼女は違う。私は私で、彼女は彼女。繋がりはあるし、同じものだけれど。

 はぐらかすように、水雲はあたりを見る。

「もう私は才天の情報持ってませんよ」

 最初から、逃げてきた時点で一つしか残ってなかったのだ。接続を斬って残ったものがあれだったというだけ。

 でも、まだ感じ取れたものがあった。白銀もそういう情報を得ていたために、今回準備を進めていた。

「バートリーの情報をもらいましたからね。返さなきゃ」

「……そうですか」

「殺しますよ。あれらは邪魔だ」

 誰にとっても、俺にとっても。

「取引しましたし、うちの連中も被害をこうむってるし、ファンが数名」

 彼らは都合のいいように扱われている。たとえ偽物でも、幻想でも、いい気はしない。

 それはあのレプリカの時から、感じていたことだ。だから終わらせた。あの死体から続く、望まないシリアスも終わらせるべきだろう。

「それに俺はどうやらあなたと似たようなものです」

「え……?」

 五つの人格。終わったAI。

 魂の欠片。

 その大元は。

「あ、なたは……」

 絞り出すような声で、水雲透は呼びかけようとして、何もかける声を思いつかなかった。

「俺は偽物でした」

 物語で、仮想で。

 この目の前にいるのは。

 いや、どちらも同じこと。

「貴方の願いを叶えましょう、水雲透」









 彼女が去った後、ブルーノは一人屋上に昇っていた。

「サインとか貰えばよかったかな……」

 いやでもな、と考える。悩んでいるのは一般的なオタク的な事情ゆえだ。

 実際だとすげえ。すげえ。すげえしか出てこない。いいものだな、と満足したように一人頷いて見せるが唐突に表情を消す。

 こみあげてくるのは虚しさだ。演じて何になる。

 自分が自分である。時間を止める。過去は過去のまま。

 自分を変えたくない。

「…………」

 見上げた空は蒼かった。

 眩しいほど綺麗な空はいらない。

 こんな空を認めはしない。

 風が吹いた。冷たい風だ。

 生きていることは無駄だ。

 生きていることは間違いだ。

 繰り返す。

 何度でもそれを繰り返す。

 全部無駄だ。

 底冷えしていくような体は、風のせいなのか。

 春はいらない。

 ずっと、冬のままがいい。

 何もかも、終わるような、そんな日々が恋しい。

 そのとき、念話がかかってきた。

「……はい」

『今大丈夫ですか』

「大丈夫ですよ、シロエさん」






















「見つけた」

 無数にいる、虚ろなそれらを侍らせた緑髪の男はあん? と男の方を見た。

「なんやて?」

「見つかったというべきかな」

「だからなんやねんな」

 いやなに、と愛は笑う。

「北へ来るようだ。彼らも、監査者も」

 ずっと遠巻きながらに感じていた鬱陶しい気配。

 我々という異常を見ていた愚者。

「……へえ、そらぁ、ええ話やな」

 にやりと、欺瞞は嫌らしい笑みを浮かべ、レプリカの死骸だったものを見た。

「ここらで掃除しとこか」






























 二次と三次はもう一度交わる。






 これも、誰かの掌の上なのか。






 物語の中で、彼らは








 現実に

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