六章 ノウアスフィアの悔恨

第15話 口頭伝承






 一つの街があった。

 ××府にある、未浜市という街だ。

 その街はたった一日で真っ赤に燃え尽されてしまった。

 他でもない、人の手によって。

 通称未浜事件と呼ばれる接ぎ木の会によって引き起こされた事件、

 いや、テロは前代未聞の人災と称される。

 生存者は絶望的だった。繰り返される報道には救助隊員の姿すらなかった。

 公的には。

 たった一人。救助された男の子がいる。

 公にはできない少年の身柄はある警察官に託された。

 情報は秘された。子供に罪はない。怨むべき男はもういないはずだった。

 主犯、接ぎ木の会幹部の男の遺体は確認されていない。

























「始めよう、俺の存在を」
























「シブヤ?」

 ある昼下がりに、ブルーノの怪訝な声が響く。

「あそこにはなんもないだろ」

「あるよ」

 反論したのはミサキだ。お好み焼きをひっくり返し、それを妙に手際よくヘラで切っていく。

 シブヤはアキバに付随する形で生まれたプレイヤータウンだ。最低限の街としての機能は備わっているが、今においてあまり意味がないのでほとんどの冒険者はアキバに寄り集まっていると聞く。プレイヤータウンというのを除けば、これといった特徴はない街のはずだ。

「あったっけ」

 新しい生地を作り混ぜ込み、鉄板へとたらした。

「放送局」

 そういえばあったなぁと呟きながら、ブルーノは席を立つ。その間に同じようにヘラを持ったメカギルマスがL2の代わりに鉄板の上で焼かれているお好み焼きを見守っていた。センジは熱で揺れる鰹節をじっと見つめ、やがて真似し始める。

 放送局とは言うが、実態は遺跡である。神代のはクズノハにもあったし珍しくも無い。

「そこにいたか」

「目撃証言がね」

 短い答えにブルーノは頷いた。

「どれだ?」

「バートリーとヴィルヘルム、そして」

 三人目。明星。

 話半分に聞いていた食堂の者たちが熱を湛えた。

 無様な理不尽な敗残を、なめさせられた覚えを忘れることはない。

「じゃあ、まあ、行くか」

 口調こそ適当に、ブルーノは確かな意思をもって決断した。

 どうせ他の選択肢はない。

 お好み焼きを食べ終えると、エビを最後に味わうように噛み砕き、ブルーノは皿を洗うために洗い場に立った。皿は紫苑やもみじ、クリスなどいわば精神的にしっかりした連中があつめてきてくれている。センジとか他の馬鹿は持つと割れるので触れないように厳命されていた。

 さっそく手を付け始めると洗い場の後ろでセンジが椅子を引っ張り出してきて、そこに居着いた。

「……何してるんだ?」

「大将見てる」

 何がしたいのかよくわからないまま、洗い物を片付ける。センジはその間、飽きもせず拾ってきた猫を嫌がられながら撫でて傷だらけになっていた。

 冒険者の体は良い。肌荒れがあまりないからだ。あちらでは、と思いかけ軽い頭痛が走る。それをこらえながら最後の食器を片付ける。

 白銀ホームはすでに通常営業とはまた違った動きをし始めていた。シブヤに待ち構えている才天もそうだが、典災が追ってこないとも限らない。

 だから念のためにレイド用の消耗品などの買い付けのためにミサキなどはマーケットに既に出ている。

 ブルーノもそのために外へと出た。向かうのはシノの工房だ。センジはいつの間にか姿を消しており、気にするだけ無駄だ。

 クズノハで木っ端微塵にされて以来、剣は安価な店売りのものを常用していた。それを大量に購入し、壊れるまで使い捨てるというものだ。以前から数本は持っていて、牽制などにも使っていたのだがなかなかこれがいいものだ。使い捨てにぶちまけたり、量産ということで手放し相手の意表をつけたりするし、壊れるまで加減無しで思い切り振れる。思い切りの場合、記憶が砕けるのが難点だが。

 そんなわけで天秤祭の月も専用装備を持っていなかったブルーノはようやく出来上がったという双剣を取りにいった。

 少し外れた場所にある工房から白い煙が出ている。いることを確認してから、ノックもせずに扉を開けた。

「L2?」

 いくつかの商品が並べられているスペースにいたのはシノではなく、L2だった。

「ギルマスか。丁度いい」

「嫌な予感がするので時間ずらしてくるわ」

 くるりと振り向いた先で扉がメカギルマスに閉められた。あの野郎ぶち殺してやる。

「そう心配するな。今回はそう危険じゃない」

「今回はとか言ってる時点でツーアウトなの気付けよ」

「はははデッドボール」

 何が。

 まあいいからと簡素な椅子に座らされ、取り出された何やら新しい靴を差し出される。

「履け。君のサイズにぴったりだ、28だぞ」

「なんで知ってんの?」

「寝てる時に測っただけだ気にするな」

「気にするわ!!」

 どうしてどいつもこいつも寝てる時に忍び込んで来たりするんだ。治安がくそすぎる。

 早くと促され、渋々履く。爪先を確認すると確かに合ってる。気味悪い。店内を歩いてみる。違和感はない。それが違和感だ。新しい靴は大なり小なり違和感がある。同じ種類だとかならば違和感が少ないのは理解できるが、見るからに先程まで履いていた型とは違う。

「何使った?」

「幻想級」

 だろうなと嘆息する。もう少し使うものがあるだろうに。

 こんこんと爪先を地面につけると、何かおかしい。

「足先に魔力を流してみろ。君ならできるだろ」

 冒険者は従来通りに戦う力を持っているが、細かい力の流れの制御はほとんどしていない。戦うという特技にそれは不必要だからだ。

 意識を集中させると、靴先からナイフが飛び出た。

「仕込みナイフか」

「好きだろ、こういう卑怯なの」

「お前の趣味だろ」

 くつくつと笑うのみで、L2は否定しなかった。とりあえず座って靴の見分をする。L2の制作なら間違いはないだろうが万が一だ。帰ったら噛んでいるかもしれないがミサキにも見せよう。

「これもう一回流したら戻るのか?」

 言いながら試す。

「ギルマスー? きたのかー?」

 シノが奥から顔を出す。靴にMPが流れ、仕込みナイフが凄まじい勢いで射出された。

 カッという音を立て、シノの頭長を過ぎてナイフが壁に突き立つ。

「そうなる」

「…………お前もっと早くに」

「こんの、クソ馬鹿共が!!!!」

 L2に対する文句はシノの怒声によってかき消された。










 店内で刃物を投げつけるなという正しい説教を受けた後、ブルーノたちは歩いていた。メカギルマスはシノの工房の掃除の生贄にされた。

「いい靴だろ?」

「あれのせいで怒鳴られたんですけど」

 おかげで武器を受け取り損ねた。シノは簡単にキレるしすぐに落ち着くからいいのだがその場でくれと言えるような度胸はない。

「まあ一時間後に取りに来ればいいだろ」

 時間をどうやって潰すかなとあてもなく歩いていると、見知った人間がこちらに歩いてくる。

「あ」

「おや」

 同時に相手も気付いたようで、向かってきた。

「久し振りですね、ブルーノ」

「どうも、高山三佐」

 D.D.D.の幹部の一人、高山だ。親しげな様子で話し始めた二人に、ついてきていたリーゼがちらりとL2に視線を投げた。

「やあ」

「こんにちは」

 同じ妖術師、しかも氷系を得意とする者同士それなりの交流はある。

「あのお二方、何かありましたっけ」

 アキバ一位の規模を持つギルドの副官と、一番あほなギルドのギルマスだ。接点は、まあギルメンの経歴からあるといえばある。

「ブルーノに一般常識を教えたのが高山三佐だ」

「は?」

 ギルマスなのに放たれた野生児のように一般常識がなかったのかと高山を見ると、彼女は誇らしげに頷く。

「経験上、一番良い生徒と言えるでしょう」

「いやいやいやいや、なんか誤解してますからねあの人……」

 いやなに、とブルーノは特に気負うことなく言った。

「記憶がなくてどこら辺まであるのかないのか見当がつかなかったから教師みたいな人がいないかって聞いて紹介されたのが高山さん」

「記憶がない……?」

 なんかいますごいことを言わなかったかとリーゼは他二人の顔を見るが二人の顔に動きはない。

「そういや高山さんはなぜマーケットに」

「七つ滝攻略戦の準備を」

 ああ、とブルーノとL2が頷いた。ゴブリン王の戴冠はまだ終わってないのだ。七割がた残っている。それも一割程度はどこぞの阿保共が暴れまわったせいで削れている。

 たしかクラスティ自らが率い、いくつかのギルドをまとめて討伐に向かうはずだ。

「貴方たちは?」

「ギルマスの武器の調達を。まだ難航しているようだ」

 なるほどと納得されるのを見てブルーノは先程起こったあれをすぐさま蓋をした。

「前段階として合同演習も開催されるのでよろしければ」

「あー……はい、前向きに……善処を……重ねます……」

 言ったら絶対碌なことにならねえなと思いながらブルーノは最大限濁した。

 二人が用事の途中であるというのに長話をするのもなんだと思いブルーノたちはすぐにその場を切り上げた。

 また、と言ってくれた高山に嬉しく思う反面、ブルーノの内心にあるのはどうしようもない墨汁みたいな黒さの淀みだった。

















「どうよ」

 どうもこうもないと答えたのはワイヴァーンから降りてきたアルファだった。

「最初に見た通りダンジョンになってる」

 苦労してこの体に馴染んだアルファは現実の体に合わせる気はないらしい。あちらに戻った時苦労するぞと言われれば言われるほど反抗したりするので冬は近いのに夏真っ盛りだ。

 白銀の頂が固まっていたのはシブヤだ。おまけみたいに作られたプレイヤータウン。そこが今はダンジョンになってる。

 名称は叫びの塔。先行して入った水野たちが確認したモンスターは影に侵食された精霊や巨人、ボスランクモンスターの死骸たち。

 ここで何かをしているのはわからないが、証明するのも愚かしいほどにあたりだ。ここにいる。

「再戦と行こう」

 ブルーノが一歩踏み出し、確かな熱量をもって誰もかれもが続く。

 もう一度、もう一度だ。

 叩きつけられた事実に牙をむき、抗うのだ。

 このゲームはクリアできると、何度でもコンテニューしてでも、そうでなければここにたっていない。

 だから――、

「ふむ、面白そうなことをしているな」

 突然、そいつはやってきた。

 足音を一つも響かせず、白銀の後ろへと現れた。

「ヤゼル――!!」

 ブルーノが振り返る。彼を守ろうとクリスと銀次郎が前に出た。しかし、それらごとヤゼルは吹き飛ばす。

「がっ!?」

 手をかざす。ただそれだけのことで発生した初見のそれに反応することなど不可能に近い。あのエドガーですら反応できなかったのだ。

 不可視の衝撃に三人は強制的にダンジョンの中へと足を踏み入れることになる。

 飛ばされた三人。追うかここでヤゼルを止めるか、判断したのは一瞬。

 L2率いる白銀が即座に彼らを追いかけた。いとも容易く背を向ける白銀にヤゼルは容赦なく力を放つが、すぐに断たれた。

「――なるほど、再戦と言ったか」

 ダンジョンの入り口、認証の文字が浮き出る直前で、白の武者と黒の暗殺者が立ちふさがる。

「てめえを斬らねえと、俺が大将の剣じゃねえ」

「さあ、もう一度だ」

 ぶっ殺してやろう。

 直後、彼らはその力を存分に解き放った。








「チッ!!」

 舌打ち一つでブルーノが体勢を立て直す。受け身を取りながら、さらに半身を回転させ着地。

「ブルーノ!」

 L2の叫び声とともに足元の地面が喪失した。違う、なくなったのではない。黒く染まったのだ。

 ヴィルヘルムの影。溶けるように沈む。

「またかよ!」

 ミサキが簡易契約の札を飛ばした。必死に手を伸ばすもブルーノの頭を蹴り落とし、それが現れる。

「やあ、白銀の頂諸君! 典災に襲われて、お困りかな?」

「ヴィルヘルム!!」

 名を呼ばれた男は舞台役者のように両手を広げ、入れ替わるようにブルーノが影の中へと消え失せた。

 闘志が爆ぜた。力任せにフルアーマーのクリスがその大盾を魔人へとぶつける。

「人を守れよ、自衛隊員」

「だからやってるんですよ……!」

 握りしめた金具が歪むほどの力を込めて、クリスはヴィルヘルムに二撃目を入れた。だが所詮はシールドバッシュであり、影によって防がれる。目的は当然、ヘイト稼ぎ。

 盾が壊れる。ほとんど破損していない状態で二度使っただけだ。クリスの膂力か、ヴィルヘルムの影か判断はつかない。

 影が走った。至近で加速が乗り切る前の攻撃を手甲で叩き落す。鎧と自身の腕頼りの荒業だ。一哉に教えを乞うたのが幸いになっている。

 周囲の高所に白銀が展開する。一瞬で現れたように見えたのはクリスのおかげだ。大柄な体とヘイト上げの特技、大袈裟に立てた音と苛立ちを交えた演技。普段激情を見せない彼だからこその存在感。

 面白いとヴィルヘルムは笑った。なんだかんだ言って、我々は全員戦うのが楽しいのだ。だからこそ、十名を超えるパーティーの相手はしない。

 そして、そこにくるとわかっていた。だって、戦うなら、囲うなら高所を取るのは当然だからだ。

「楽しもうぜ、白銀の頂」

 笑みと共に高所だった建物が一斉に影へと溶けた。

「なっ!?」

 ただの建物ではなかった。ここにあるのはすべて、

「お前の影か……!!」

 同時に自身の影さえ膨れ上がり、ひび割れた様に無軌道に伸びる。

「飛べ!!」

 そういったL2の言葉に間に合ったのは何人かクリスが確認する前に攻撃が飛んできた。必中。動揺を突かれた。思い出されるのはクズノハでの大地人。突き刺さるだけならばまだしも、侵食されるようなものはまずい。

 仲間が影に落ち、影が弾かれる。傍にいたクリスは攻撃にあてられた故に助かった。

「……大丈夫ですか」

 守護戦士の前に盾が突き立っている。それが攻撃を防いだのだ。投擲した盾を回収しながら、そいつは吐きそうになりながらも必死に立った。

「……そっちこそ大丈夫ですか」

「ぼ、僕だって、やるときゃやるんですからね!!」

 引きこもりのアルフォンスは見るからに蒼白な顔のまま盾を構える。後ろでL2が背負っていたでかい魔法鞄を無造作に地面へと放り投げた。

 ばちんと勢いよく開かれた鞄から、二体のメカギルマスが顔を出す。

「本気でやろうか」












 あの時、クズノハの街で、光を見た。

 天に突き立つ記憶の光だ。

 以前から構想はあった。それを実践できるだけの力も。

 足りなかったのは意思か、敵か。

 どうでもいい。

 ここにあるのはくだらないものなどではない。

 口伝というのは。

 口伝というのは、ある人によればくだらないものだそうだ。

 てめえのいうことなんか知ったものか。

 ここにあるのはただひたすらに、敵をぶち殺すためのものだ。








 攻めきれない。

 ヤゼルは絶えず重い一撃を放ち続けている。引きつける力により必中、必殺へと至った拳は敵へと届かない。

 なぜと思えば理由は簡単だ。当たっていないのだ。蹴りも殴りも、頭突きも衝撃すら。

 ヤゼルが使用しているボディのスペックはいわゆるハーフレイドクラスに相当している。相手はたった二人。数は圧倒的に足りず、レベルはヤゼルの方が上。

 なのに届かない。

 すべてたどり着く前に切り落とされている。

 攻撃が噛みあうごとに三者は加速していく。

「私の力は愛だ」

 大きく弾いたところで、ヤゼルはそう言った。センジは聞く耳持たずに切りかかり、瞬きする間にヤゼルは瞬間移動した。

「愛とは何だろうか。それを考えたことはあるかね冒険者」

「白髪のことだろうが!!」

 刀が走り、ヤゼルがそれを受け止めた。

「それも一つの愛だろう。しかし私が考えたものは違う。愛とは出会いだ」

 センジの体が浮く。ヤゼルの右手に引き寄せられるようにだ。待ち受けるのは直撃。だがそれをエドガーが防いだ。

 返す刃が愛を語る怪物へと迫る。

「愛とは別れだ」

 が、刃が弾かれた。勢いのまま後方へとはねたセンジが鼻を鳴らす。

「うるせえな」

「なるほど、出会いと別れか」

 あん? とセンジが二人を見比べ、とりあえず知ったような顔をしておいた。

「我が力は愛を体現する。出会いと別離。それを利用すればこんなことも可能だ」

 ぞるりとヤゼルの掌から怪物が現れた。質量を無視したモンスターの召喚だ。

 ダイアウルフの頭とトロールの巨大な体、クラーケンの触手、様々なモンスターがまじりあったそれはステータスが明滅し、混ざり合っていた。

「愛による融合、付け焼刃だな」

「でけえだけだろうが!」

 二人が走り出す。巨大なそれを目の前にしても怯みはしない。

 エルダーテイルにおいて常識ともいえること。それは原則としてレイドボスは巨大というルールだ。こうなった今でもそれは変わることはない。巨大ボスを相手取り、勝鬨を上げるのは白銀にとっては日常だ。ならばこの程度の巨体はひるむに値しなかった。

 繰り出した特技で怪物は傷つくが手ごたえに違和感がある。斬れていない、違う。体力が高すぎる。攻撃は通っているがレイドボスみたいに体力がありすぎるのだ。

 融合モンスター。いつどこでもどんなゾーンでも強力なモンスターが出現するという可能性だ。

 エドガーが体表を走り、切り刻むがセンジの攻撃と結果は同じだ。バグのような体力の高さはそのまま合わせられたモンスターの多さを意味している。

 センジが舌打ちし、着地と同時にハンマーのような重い一撃をヤゼルが叩きつけるがバック宙で回避。

 わずかな視線の交差。暗い笑みのヤゼルは冒険者を見下しているようだ。

 腕を構えた。別離だ。このままセンジを射程外まで吹き飛ばそうとし、目の前まで矢が迫ってきたことに気が付かなかった。

「な」

 間一髪それを弾いた。どこから矢が飛んできた。他の白銀かと警戒するが、愛の結晶もなにも感じ取ってはいなかった。エドガーは結晶に手一杯となっている。

「やっぱ弓矢は使い辛ぇな」

 センジの手には、弓が握りこまれていた。先程まで装備していたのは刀だ。攻撃的武士の基本装備の太刀。背には弓矢など背負っていない。

 メインウェポンではない弓矢であっても滴る魔力は幻想を意味している。強い武器は交換不能属性を付け加えられているのがほとんどだ。だからあれは他のものから与えられたものではないし、こんな状況で支援があるとは思えない。

 あの武器はどこから来た。

 センジは弓を無造作に投げ捨て、一足で距離を詰めた。

「やっぱこういうのだぜ」

 振りかぶる。無手でだ。何をしていると目で追った先に、ありえないものが握りこまれていた。

 剣だ。雷を纏った剣。武士は白兵戦全般の武器が装備できる。刀や弓だけではない。雷が走り、ヤゼルが後ろに回避した。剣の射程ではなくなる。だというのにセンジはさらに振りかぶる。

 大振り。雷を走らせるつもりかと常識的に考えるがヤゼルは非常識を見せつけられた。

 派手な上着が翻り、束ねられた白い長髪が舞う。そうして見えたのは二メートルを超える大槍だった。優に射程範囲内のヤゼルに叩きつけられ、ここにきて初めての被弾を得た。

「貴様……貴様も世界を塗り替えるか……!」

「あぁ? 何言ってんだ? 何言ってるかわかんねえよ。ちゃんと俺にわかるように喋れ。大将はそうしてくれるし、他の奴らだってオルクスだってそう言うぜ」

 切っ先を向ける。また武器が変わっている。

「いや、喋んなくていいぜ。斬るからよ」

 軽い動きで地面を斬った。まずいと即座にヤゼルが飛ぶ。あれは。

 先ほどまでいた空間に斬撃が走った。突風が吹き荒れ、なんだと思えばセンジがその手に扇を持ち追いついた。

 風を起こす扇で己を飛ばした。

 攻撃が来る。防ぐ。

 一撃ごとに武器が変わる。どれもが一線級の武器だ。

 刀。

 剣。

 弓矢。

 槍。

 扇。

 鎖鎌。

 手裏剣。

 戟。

 ヌンチャク。

 ジャベリン。

 メリケンサック。

 レイピア。

 ドリル。

 ハサミ。

 妖刀。

 聖剣。

 鉄球。

 武士に装備できるあらゆる武器が、ヤゼルを確実に傷つけるだけの力を持った武器が、一振りごとに振るわれ、辺りに破壊をまき散らす。

「貴様は、なんだ!?」

 がん、と大きく弾く。もはや出会いも別離も存分に振るい、自身を引き寄せ、あるいは弾き、全力で相対している。

「言ったろうが、」

 禍々しい気配が抜かれた。

 それは何万も切り殺した快楽王が握っていた剣だ。

「大将の剣だ」

 振り抜かれ、空間ごと切り伏せた。

 引力を無視した斬撃。己の血が見えた。ヤゼルにとっては軽傷だ。体力的にも減ったパーセントは少ない。

 それでも、目の前にいるこれは。

 あまりにも驚異に思えた。

 白銀の頂に出会えば殺されるしかないといわれるほどのトッププレイヤーがいる。

 そいつは馬鹿でうるさくて面倒事しか起こさないが、とんでもなく腕が立つ。

 やりあえば傷だらけ血だらけになる。両者ともにだ。

 いかなる奸計もはまる前に一切を勘付かれ、台無しにされる。

 あるものは忌み嫌う。

 あるものは称賛する。

 あるものは馬鹿かと呆れる。

 そいつは、死神と呼ばれた。

 白い死神と。








 いつからこれができるようになってたかは知らない。

 どうでもいい。

 あるものが言うにはこれは研鑚の果てに行きつくものらしい。

 だがセンジはそんなもんした覚えはなかった。

 ただ毎日刀を振っていた、武器を振っていただけだった。

 口伝と呼ばれるものらしいとわかったのは天秤祭の時だ。口伝は白銀では珍しくない。

 実力が近いもの同士を隣で走らせるとタイムが伸びるらしい。そういうやつだろうとセンジは思う。

 なにせギルマスが大将だ。異様で異常で意外な自慢の大将である。それに引っ張られるやつはわんさかいた。

 矢の軌道を曲げたり、絵にかいたのを実体化出来たり、従者でもない他者を入れ替えたり、他職の特技をパクれたり。

 だから、まあ、どうということはねえ。

 それでも面白いと思った。

 こいつがあればもっと面白くなるんじゃねえかとぎらぎら、センジはまず刀を振るい続けた。

 刀は面白い。遊べる。だからこれだけで面白いと思っていた。

 もっとできると思ったのはクズノハでの敗北だ。ヤゼルに負けた。武器の切り替えを使わなかったからとかそういうのはあるかもしれないが。

 まあ過ぎたことだ。

 使っていいと決めた。できると思ったからセンジは振るう。

 自分の魔法鞄に雑多に突っ込まれろくに使ったことのない武器を十全に扱い、撒き散らしながらセンジは愛を叩き伏せる。

























 クリスは影になれていた。

 あの街での攻防は影の速度になれるには充分な時間だったが、横にいるアルフォンスは全くの初見で久しぶりの戦闘だ。いちいちひぃと小さく叫んだり無理ですとわめいたりと忙しい。

 いくつも赤い飛沫が飛ぶ。何度も体が裂かれる。そのたびに後ろに控えるアプリコーゼの反応起動回復が癒していくが正直言って足りない。それはコーゼも、その場にいた誰もがヴィルヘルムでさえ分かっていることだ。

 相手は古来種。レイドボスじゃない。思考するレイドボスという過去最悪なバートリーではないのだ。パーティー一つあれば殺せる。

 手間取っているのはヴィルヘルムが今までにないタイプの敵ということだ。モンスターでもAIでもない。プレイヤーに近い動きで、モンスターより特異な能力を行使してくる。

「アル!!」

 盾の内側にもぐりこんだ影によって、アルフォンスの首が掻き斬られた。ひゅーと空気が抜ける音がして、涙がボロボロと落ちる。

 すごく痛い。親指をぶつけた程度の痛みらしい。これで。めっちゃ痛い。もう嫌だと二分も立たないうちに三万回は思った。でも泣くのは痛みだけのせいじゃない。

 何かが追いすがってくる。とんでもなくこわくてどうしようもなくて冷たくて冷たくて怖いものが。

 死と共にやってくる。あれが死なのかもしれない。違うかもしれない。死んだことないからわからないけど。

 カバーのためにクリスが前に出た。余計に傷が増える。意識が復帰するとアルフォンスは右に出た。

 横目で見すらせずクリスは復帰に気付くと、大地人の傷口から入った影が膨張したことがないのを確認した。侵食を伴う影は攻撃よりも付加しているせいか遅く、今あれにも使用している余裕がないと見える。

 影は広がっていて、打ち出される攻撃を左右でわけて捌いていた。どこまでが自分の防ぐラインかなどという確認作業はしない。久し振りの戦闘でも、初めての異世界戦闘でもアルフォンスは己をたがえない。

 これだけだ。これだけをずっとし続けてきたんだ。復活直後のデスペナがなんだ。そんなもんは技量でカバーだ。動けない体を無理やりに動かした。クリスとのレベル差は確かにある。それでもアルフォンスは、かつて白銀の頂でタンクを任されていた。馬鹿みたいにやり続けたレイドでどれくらい死んだと思ってる。こちとら引きこもりだ。朝も昼も夜もつらいことから逃げるために楽しいことやり続けてるんだ。

 ブランクが何だとあらんばかりに弾き続ける、防ぎ続ける。

 だが、これだけで勝てるほどエルダーテイルは甘くない。防御だけ伸ばしても攻撃がなければ意味はない。ゲームの鉄則だ。

 だからヴィルヘルムの笑いは消えないし、一秒が何分にでも引き伸ばされたみたいにコーゼはヒールワークをその場で組み替え続ける。これでいけるのかとじり貧状態を少しでも伸ばす。

 影は後衛には伸びていなかった。盾の内側などには潜り込んで、タンク二人を刺してきたが彼らより背中を通ることはありえない。

 いくつにも重なる弾く鋼鉄の音に、それが混じった。

「起きろ」

 L2の静かな声に重なるのは新しい金属音と駆動音。

 鞄が開き、起き上がるのは二体のメカギルマス。そしてさらに小さい機械兵だ。

「何をしようとしてるん、だ!?」

 目を付けたヴィルヘルムの影が走った。下からではなく後ろから上空を走ってL2へと迫る。影は地を這うようにこそ使われていたが、宙を走れないということではないのだ。クリスとアルフォンスが舌打ちし、カロスへと目配せ。

「させない」

 びり、と紙を破き捨てると一本の樹木が影を下から突き上げた。既に描いていた紙を破き捨てても効果はある。

 タンク二人の壁を抜けたのはその一撃だけ。攻めの厚さは苛烈さを増し、盾を破ろうとしてくる。

「エル!!!! 無理なんですけど!!!!!」

 アルフォンスの悲鳴に応じるように機械兵が駆動した。五体の機械兵は従者クラスであり、一体だけ使役できる召喚獣と同じクラスだ。しかしHPは低く、代わりにMPは高い。召喚術師が使うものより粗悪だが、それが五。メカギルマスもいれると七体になる。本来ならばありえないことだ。多数の従者クラスを使役できるものは限られており、それも一個の群として数えられるもので、それが個々として存在し、妖術師が扱うなど。

 それらが一斉に腕を構えた。目標は当然ヴィルヘルム。

「退け」

 クリスが声により勢いよく地面へと盾を叩きつけた。目くらまし。即座に反応し、影が一帯を薙ぐが離脱速度は速い。

 空いた射線は直線。

 詠唱はとうに終えていて、L2の掌からそれが投射される。

「フロストスピア」

 吐き出された八連の氷槍がヴィルヘルムを襲った。

「マジか」

 まったく同じ威力のフロストスピアが八個同時に叩き込まれ、氷霧でヴィルヘルムが咳込む。

 従者召喚。違う。あれはなんだ。あの特技は知らない。

 霧へと飛び込むのは後ろで戦線に参加できなかったリシアだ。晴れない霧の中飛び込んできたリシアにヴィルヘルムが笑う。

「おいおい、分が悪いぜ?」

 影が溢れ、リシアを斬ろうとするが、

「よそ見」

 短い指摘と共にオーブ・オブ・ラーヴァがきた。それを影で防ぐとリシアが詰めてくる。ここにきてアタッカーの盗剣士が滑りこんで来る、その意味はすぐにきた。

 反対から水野が来る。盗剣士二人。重なり合う攻撃範囲が意味することは一つ。盗剣士複数によって行われるタゲ回しだ。攻撃範囲を重ねて圧倒的な手数で削りに来る。

 リシアと水野、既に呆れるほど組んでいる二人は物足りなさを感じながらも攻め立てた。ここでギルマスが入ればより早く削れるのだが彼はいないし、才天に関してまともな思考回路を未だ持ち合わせていないことから、ない物ねだりなことは分かっている。

 キルゾーンは長く続かず、フロストスピアで千切られた影が、再使用規制時間を終え力を振るい始める。あっと言う間に二人の立ち位置は影に奪われる。ユニコーンジャンプでは離脱不可、ライトニングステップはブルーノのように後ろへと加速できない。

 詰みだとヴィルヘルムが一撃を入れようとするがクリスが入った。すぐに始まる攻防の連打にあわせ、盗剣士は離脱しようとするが影の手数はクリス一人では応対できない。

 だからというように新たに八門の攻撃呪文が爆ぜた。断続的に続くそれはL2のものだ。影は守りに回さざるを得なくなり、盗剣士は後退ではなく背後へと回った。

 これにより正面にクリス、前方後方にL2たちの火力、後ろに盗剣士と囲まれる。背後二人は回復を受けることができなくなり、攻めも減るが意識を裂かざるを得なくなり、ヴィルヘルムの処理能力を奪う。加えて打ち出され続ける八の妖術師の特技。攻めに回していた影は守りに回っていく。

 クリスはしかし甲冑の下で冷や汗を流す。この攻めの追加でも、影は攻撃に回ってくる。それだけの膨大な量。

 L2が力を回し、機械兵たちへと並列に呪文指示を飛ばしていく。

 腹が立った。

 これしかないというわけじゃない。

 リアルが楽しくないというわけじゃない。両方楽しい。充実してるとも言っていいだろう。最近はごっちゃになったが、まあどうでもいい。

 代わりはないのだ。二つとも得がたく楽しい。

 これしかないわけじゃないが面白いもので負けるのはむかつくんだよ。

 面白いもので、楽しんだもので、負けるのはむかつく。

 自分にだ。己の不甲斐なさに。たかがゲームとかいう奴は捨て置け。このゲームを選んだのは、やり続けるのは私だ。

 こうすればよかった、ああすればよかった。後悔という死は幾度となく襲ってきた。

 プレイでも、記憶でも、死ねば否応なく思い出させられる。

 正解はないのだ。迷いながら悔やみながら進むしかない。今だって、この戦いの意味を考えている。

 本当に、これがギルマスのためになるのか。

 目の前の敵を屠り続けることが、彼の助けとなるのか。

 言うまでもないが、L2はあの青年のことが気に入っていた。初めからそうだが、今はもう少し意味が違う。

 半年も一緒に生活し、戦い続ければ意味は否が応でも変わる。

 クズノハで冒険者たちだけがもはやこの舞台に上がっているのではないと、叩きつけられた事実。

 そうか、軽んじているように見られていたのだとL2は初めて理解した。

 では、次の手を持って食らいつこう。

 いいとこ見せて最終回に出てやろうじゃないか。

 空蝉模倣。

 そのための口伝。センジのように気付けばなんということはL2にはできなかった。だからこれは研鑚の果てだ。ミサキのような自らのメインではなく、サブへと注力した結果、生み出した唯一。

 多角的に繰り出される波状攻撃に一切手加減はない。目の前の敵を焼き尽くすのみだ。合計八の呪術攻撃は生半可な敵では防ぎきれないが、対するヴィルヘルムはこちらと同じ多方面へと対応可能な力を持っており、その処理能力はこちらを越えている。

「カロス!!」

 だから一気にこじ開けるのみだ。

 再度呼ばれた絵描きは憮然とした顔で一枚の絵を引き裂いた。それより爆ぜるのは樹海。一時的に凄まじい量の緑が開け放たれ、一切が押し流される。

 応じるように影が爆発したように溢れ、迫る何もかもを斬り飛ばす。木々の間を走り、水野が接近。上空からヴィルヘルムに降下するが防がれた。同じように行ったリシアも同様だ。

 突き出した影に血を吐き、二人は笑った。

 とぷんと聞き慣れた音が聞こえる。背後、対応するために影を動かそうとするがその影はヴィルヘルムが作り出したものではない。

「どーも!」

 オブリーオが影から沸き上がる。彼の口伝だ。追跡者が持つ隠形術を彼だけのものへと昇華させた。影となり敵を欺くためのもの。一度だけの奇襲はこちらの兵を減らし、押し負ける可能性も高くなる。それでも背後からの全く予想外の攻撃というのは影を扱う才天にとって致命であった。

 刃を閃かせた。アサシネイト、絶対の一撃。L2の空蝉模倣はこの仕込みのためのもの。斜め後ろに陣取った盗剣士は圧をかけるため。

 この一撃のため。描いた図面はL2の手の内にある。

 ぎゃりと異音が立った。

「危ないじゃあないか、脇役くん」

 ヴィルヘルム自身が影を纏って、攻撃を防いでいた。

「お、前……!!」

 オブリーオがなお構えた。次撃を繰り出そうとするも、

「影纏――昇脚、ってね」

 嫌な音が響く。影を纏った一撃はオブリーオをゆがめるには充分。瞬間、オブリーオの裂けた服から何かが零れた。

「脇役が、死んだらこうなんだよ!」

 高い音と光がまき散らされる。閃光手榴弾。光を蓄える収光石を使ったL2の発明品。

「くっ!」

 強い光に飲まれ、影が一時的に消えた。

 そこへ、アルフォンスが盾をぶん投げる。

 今度こそ魔人の横っ面を張り飛ばす。

 攻撃が通る、今だけ、がら空きだ。

 樹海が消滅し、射線が通った。

 L2の魔力が回り、形となる前。

 すべてがスローモーションに見えた。

 鮮明に克明に、否が応でも見せつけられる。

 ヴィルヘルムの不敵な笑みを。

「暗剣よ、」

 影の魔人は虹を纏い、恐怖を示す。

「覆い尽くせ」 

 そして、ゾーンが影に覆われた。

 天も地も、何もかも平等。

 心臓へと手を伸ばす。突きこんだ腕を引き抜き、

 黒い剣が姿を現した。



















「くそ……」

 影に飲まれ、ミサキ等数名はランダムに飛ばされた。幸いここはレイドダンジョンでもないためにはぐれてもなんとかやっている。

 その中でミサキだけが一人、地下通路を走っていた。影にくわれた時、一人だけはぐれていたのはミサキだけだ。他はほとんど手の届く範囲だったはず。後ろに一人はぐれた様に陣取っていたのはヤゼルに対しての警戒だ。最強ともいえる二人が漫画一二でも押し負けた際、援護しようとしていたのが裏目に出た。

 暗い中を進んでいくと冒険者に出会う。いつぞやのドレイクたちのように汚染されたものたちだ。何かの違和感があるのは彼らが所有している装備のいくつかがテストサーバーでしか目にかからなかったものであるせいだ。

 思考も鈍く、いつもの対人のようなひりひりした浮かされる感覚はない。それでも強敵であることに変わりはなく、ミサキは自身の口伝を解放した。

 自らの体に従者を宿し、腕が鳥のように火の羽根を纏う。妖術師並みの火力を一時的に発揮したのに呆気を取られた彼らは次々に撃破されていく。

 火力はいいが、目立つのと消耗が激しい。身体に熱がこもる。固まるよりはましだが、肌が焦げるのはいただけない。

 合流を急がなければと足を進める。フレンドリストの機能は頼れない。何かに阻害されてバグっているのだ。

 地下通路からそのまま上に上がればどこか分からない建物に入った。生きている遺跡、いや、ここがシブヤの電波塔か?

 もう少しきておけば分かったなと思いながら進む。

 ふと魔力の流れを感じた。

 少し迷ってからそちらへと走り出す。

 シブヤの放送局遺跡。生きてはないはず、というのがいつ頃からか囁かれていた噂だ。特に用もない電波塔に噂の信憑性も確かめずに放置していた。

 そこに才天が目撃されている。嫌な予感がずっとしていた。

 彼らは何をしようとしている? 世界を合一、いや、もう一度大災害を引き起こすというのならば一体何が。

 そして、ミサキはたどり着く。

 扉を開けばそこは開けた舞台劇場だった。

 そこには電波塔の根源である機材室もある。あふれ出る魔力の波動にミサキが息をのんだ。

 満ちるような幾何学的な模様と、昇るような虹色の光。

「なんだ、これ……」

 あのとき、クズノハの街で見た光の柱のようなものが溢れ続けている。

 あり得ない。だって、これは。

 虹の泡沫がミサキの手に当たる。蛍の光のようにそこら中に浮いているものだ。

 その中に見えたのは、

 これは、

 クズノハの、景色。

 虐殺以前。

 青いリボン。彼が終わった後、話していた。

「これ、全部……」

 綺麗だと思ったものはすべて、

 奪ったものだ。

 冒険者のものもある。見覚えのある顔が浮かんだ。L2だ。あれは、そうだろう、だって、そうではなければおかしい。

「僕の記憶か……!」

 呻くようにミサキが漏らす。

 虹に満ちた劇場。

「見過ごすわけにはいかないな……」

 手をかざし、皮膚を焦がす。

 躊躇いはない。あってはならない。

 収束した火を虹溜まりへと放つ――。









 が、それは唐突にかき消された。

 気が付けば舞台上に黒衣の男が立っている。

「ヘレル……!」

 才天の長。

 あのとき、突きつけられた事実。

 ヘレルは興味なさげにミサキを見て、仕方なさそうに腰にさしてある一本の剣へと手を伸ばした。

「運がないな……」

 最大にして未知の怪物と、たった一人でミサキは対峙した。

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