第14話 地平と頂











 二日目は初日より幾分かは落ち着いていた。

 大災害より初めての開放的なイベントということもあり、普段よりも騒がしかった街はようやく適正というのを見つけたらしい。

 それでも街のあちこちで人々の楽しそうな声が起きており、めでたいだとかたのしいとかそんなことを無責任に思うのに最適な雰囲気だ。

 水面下で何かが動いていることを把握していた。ミサキから伝えられたかの女の到来。すなわち、ミナミからの接触。

 それを親切に教える義理はない。それに腹黒眼鏡たちならば気付くのは造作もないことだ。

 少しの肌寒さを感じながら、陽光を受け、自身の体をもう一度確認しておく。

 眠気吐き気頭痛などはなく、身体的にも問題はない。

「快復したなー」

 ブルーノは今外に出ていた。

 アリアの陽光を受けたほうがいいとかいうアドバイスを真に受けたわけでもなく、理由は一つ。

「ブルーノさんはバニラでしたよね」

 両手にソフトクリームを持った女の子が、白い一つを差し出してくる。

「ああ、わざわざありがとう」

「いえ、お金出してもらってますから」

 受け取ると、残ったチョコのソフトクリームを少女は隣に座って味わい始めた。

 互いの距離は人一人分空いており、微妙な雰囲気だ。

 しょうがないことだなと思い、ブルーノもソフトクリームを舐め始める。

 この少女は水雲透。欺瞞の典災、カホルが生み出した偽物。

 戦闘する形式上、カホルが生み出したある一定の条件を持つ個体群を白銀はVと呼称した。

 そのVの一人だ。生み出されたVには今のところ個我は確認されておらず、思考し自立していたレプリカも他の個体、おそらく才天によるものだった。

 水雲透は他とは違った。それは彼女が元より自分が偽物だということを知り、すでに終わっていたからだ。

 やがていつか終わる夢だと彼女は知っていた。役割を終えたモノが続いているという矛盾。そこにブルーノが与えた衝撃により、目が覚めた、ということらしい。

「それで……こんな祭のど真ん中で良かったんですか?」

 水雲へと顔を向けて、ブルーノが訊ねた。彼女はソフトクリームを飲み込んで頷く。

「一度街を、いえ、この世界を間近で見てみたくて」

「一度と言わず何度でも見たらいいでしょうに」

「いいんでしょうか」

 作られた少女は自分の体を見下ろす。

「私は、存在していない。間違いそのものです。終わったんですから。そんなのが生きたように振る舞うなんて……」

「……好きなようにしたらいいんじゃないですかね」

「好きなように、ですか」

「少なくとも俺は好きにしてます。馬鹿と阿保と間抜けには振り回されてますけど、そのくらい騒いでる方がいろいろ考えすぎないで済むというのが最近分かってきたんで」

 どうでしょうとブルーノは言う。

「適当に馬鹿たちを利用して楽しんでは」

「……考えておきます」

 そうですかと言って、またソフトクリームを食べ始める。

 すべてから逃げ出したいと常日頃から思っている。それでも、しなければならないことがある。だからまだブルーノは存在している。

 彼女が存続を選んだ理由は以前にも告げていた、

「カホルが、死んだというのは本当ですか」

 黒いソフトクリームが少し溶けている。

「あのとき、ヘレルに殺されたというのは、本当ですか」

「いえ」

 短い断定に、水雲は彼の顔を見つめた。

「あれはまだ生きてる」

「まさか……」

 確かに、真っ二つにされたと報告を受けた。

「あれが死んだなら偽物が消える、かもしれないというのが意見の一つです。ゲーム時代にも何匹か雑魚を召喚するボスはいた。親玉を殺すと雑魚も死ぬ。大概は演出の都合とかだったりしますけど、そういう処理が入る。ボスが作った個体はまだ、消えてない」

 まあ、と付け加える。

「あれはゲーム的な処理です。今はもう関係ない。ボスを倒して、イベントが始まるのを邪魔されないために雑魚は死ぬという処理。今はもうゲームじゃない」

 こちらは弱い根拠ですと弱々しく笑った。

「こちらは?」

「はい。もう一つは俺の直感ですけど、カホルは死の直前、致命傷を負い自らの死を意識した段階でおそらく掴んだ」

「掴んだ?」

 何を、と水雲は首を傾げ、ブルーノが孕んでいる空気に背筋を震わせた。

 冷たく、うらやむような羨望を纏っている。

「魂の本質です。あれの場合、魄の本質とでもいうべきか。まあなんにせよ、核心という奴ですよ」

 欺瞞は己を得た。それに触れたものは口伝や、世界のルールを歪ませるほどの力を持つ。

 あれを得たならば、きっと生きている。今もどこかで嘘をばらまいている。

「まだ終わってない……」

 少女の呟きに宿る感情は何か、ブルーノは考えるまでも無く知っている。

「続けますか」

「はい」

 欺瞞を殺すまで、偽物は止まらない。

「ところで」

 と、ブルーノは話を変える。

「街の感想はどうですか」

「……街の感想ですか?」

 急な転換に、水雲は戸惑いながらもあたりを見渡した。

「素敵な場所だと思います」

「……ですよねぇ」

 誰とも意見が合わないなと、ブルーノはそう思った。


























 そんな二人の様子を、ハンカチをかみしめながら見ている狐女の姿があった。

「あの小娘……! 私はブルーノさんとデートしたことないのに……!!」

「許せねえ……」「ギルマス殺す……」

「そういや昨日腹黒眼鏡がロリ二人連れてダンステリアでケーキバイキングしてたらしいぞ」

「は? もっと許せねえんだが……?」「後で殺しに行こうぜ!!」

 殺気立つ非リア二人からL2はすぐに興味を失った。阿保だ。

 同じく二人を見守っているミサキにその場を任せると、L2は離れていった。向かう先は一つ向こうの大通りだ。センジが軽い動きでついてくる。

「どした?」

「少し気になることがあるだけだ」

 ふーんとセンジは上の空で返事をしながら、刀の柄に手をかけた。大通りに出ると、先ほどの通りよりも多い人に表情を変えることはない。

 今日は展示が行われる予定で、人もそちらに集まっている。この多さはそちらに行くための通り道であるが故だろう。

 白髪ということが通行人に見られると、ひっと後ずさるように道を開けられる。それも一部の人間ではあるがなんとなく歩きやすくなった。

 ベンチが置かれているそこにたどり着くと、座りたい人間が多いというだろうに、誰も座っているものはいない。

 ぴくりとセンジが振り向いた。その視線の先に、それはいる。

「てめえ」

「わざわざ出迎えご苦労様、先輩方」

 艶然と年に似合わぬ笑みを浮かべたのは白い髪を伸ばした少女だった。

「プリマヴェーラ」

 こんにちは、と虐殺を引き起こした少女は何食わぬ顔でアキバの街を歩いている。

 小さな歩幅でベンチまで歩き、腰かけた少女は見つめる二人の視線を見つめ返す。

 似ているとL2は改めて思った。

 あの女にだ。

 かつて天才と呼ばれ、いつからか世間から姿を隠した天才。

 橋場春。

「そんなに見つめられたら思い出してしまうわ、あなたと初めて会った時のこと」

「っ!?」

 突如として告げられた事実に息をのむ。

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。私は記憶を見ただけよ。あのとき、彼女はあなたに興味を持ったの」

 これからはいる大学の先輩に、少し気になる技術力を持った先輩がいる。動機はただそれだけだ。

 それも少しの会話で脳の構造を把握し、飽きた。話をし続けることができるのは限られた人間だけだ。

 L2はそのことを知っていた。界隈では有名だったし、どれほど権威を持った人間でも、数秒すら興味を持たれない。

 話しかけられた時、嬉しくないわけがなかった。研究者として尊敬に値する人間だ。

 数分続けられた会話。打ち切られたそれはひどく悔しかった。

 彼女の後ろにいた誰かを忘れるほどに。

 白い髪の奥に隠れたあの男。

 彼を。

「……すぐに興味を失っただろう」

 与えられた衝撃から立ち直る。その返しすら、この女は読んでいる。

「ええ。わかっちゃったもの。でも悪く思わないでね、私を憎まないでね。私は彼女ではないもの」

「……本人じゃないな」

「ええ」

「なぜ記憶を見ている」

「繋がりが強いの」

「エルダーテイル、この世界は現代のその先にあるものか」

「あるいはその前かも」

 そうか、とL2は確信を得る。

「プリマヴェーラ、お前は」

 その体は、

 白銀姫は。

「あの女の生まれ変わりか」

 告げた一言にセンジが眉をひそめた。ブルーノが一人の女性と懇意にしていたのは知っていた。それが、これ? いや、とセンジは否定する。

 L2は生まれ変わりと言った。

「どちらが先なのかわかってないの」

 でも、と女はあの女のように引きつける笑みを浮かべた。

「正解ですよ、榎本流歌」

 出された本名に、顔を顰める。後ろにいるセンジは刀に手をかけ、鯉口を切っていた。いつでも斬りかかれるようにだ。この女は駄目だという直感。アリアにも感じた同種のものをセンジは抱いていた。

 大阪、既に在籍していた大学に天才が入学するというニュースを駆け巡ったのは忘れられない。あそこは設備も格も一流に届かないが、それなりのものだった。

 けれどそれだけで天才がやってくる理由たりえない。不明の入学だ。あの女はとうに大学など過ぎている。だというのに学生らしくなどといって来た。

 その理由は、彼の――――。

「っ……!」

 ぶつりと思考が痛みを伴って中断された。

「思い出せませんか」

「……何を知ってる?」

 痛み続ける頭を抱えて、L2はプリマヴェーラを睨み付ける。

「先輩よりも多くのことを」

「なぜ思い出せない?」

「もう無いからですよ」

「うぜえな」

 センジが刀を抜き放った。

「待て、センジ――」

「俺にはなんもわかんねえ。わかんねえから、大将の邪魔になるやつはとっとと斬るに限るぜ!!」

 武者が飛んだ。大上段からの斬り下ろしをプリマヴェーラへと叩き込もうとするが、それよりも早くセンジの体に無数の結晶が突き刺さった。

 撒き散らされる血液とそれでもなお前に振り下ろすセンジの刀がプリマヴェーラへと迫る。

 きん、と高い音がして刀が撃ち落とされた。一拍遅れて、人混みから悲鳴が上がる。衛兵は来ない。センジは既に体に亀裂が走っている。

「顔覚えたからな、覚悟しとけよ」

 それを最後に虹と消え失せる。

 女はため息をはいて、ベンチを見やる。

「これじゃあ休憩できないわ」

 くるりと女は背を向け、歩き出す。

 残されたL2は女を睨み付けていた。






























 すっかり日は暮れて、中央広場は無数の松明によって灯されていた。

 一番目立つのはやはり光の精霊によって照らされた四阿であろう。

 レイネシア姫が旧世界の装いをもって、この広場にいる人々の挨拶を待っている。

 夕餐会というより宴会になりつつある場にいる三分の一は大地人で、日本人である冒険者たちも最初は遠慮していた。

 きっかけとなったのはミチタカ達。それに続くように様々なギルドが、冒険者が、大地人が挨拶に並び始める。

 増える明かりに応じて楽しみが増えていくように思えた。警備についているアイザックもちょろちょろと誤魔化すように酒を飲んでおり、隣に居るレザリックに小言を言われているが、そのレザリックでさえも通りがかった人たちに勧められるまま飲み物を口にしている。

 しかし、その賑わいは唐突に途切れた。

 挨拶の列は段々と少なくなっている。挨拶を終え、はけていっているのではなく列からはぐれていくのだ。警戒をしていたクラスティが広場の方へと目を向けると、原因は列の最後尾にあった。

「おい、あれ……」

「嘘だろ」

「なんでここにいるんだ……?」

 困惑が広がり、注目が向けられる。

 ソウジロウが物珍し気に彼らを見た。

 白い集団だ。

 髪は皆白く、服装はばらばらだが決まって衣服の一つは決まって白い。

「白銀だ」

 誰かがぽつりと言った。

 戸惑いが広がるのも無理はないとブルーノは注目を浴び、内心ぶるぶる震えながら思う。

 円卓傘下でもなく、むしろ敵対的という噂さえ流れている白銀が、政治的にも重要な人物であるレイネシアに挨拶をする。ちょっとした事件染みた光景にも見える。

 どうすると警備の冒険者が顔を見合わせた。見ればブルーノの斜め後ろにはあちこちにがんを飛ばしている超問題児のセンジが見える。面倒事が起こる前にと動こうとした者たちをアイザックが止める。

「誰でも挨拶していいって掲げてんだ。今更下げるこたぁねえよ」

 なあ、と呼びかけた先、レイネシアが背筋を伸ばし、凛と白銀を見据えていた。おお、と感心されている当の本人は内心寝室で寝転がりたい衝動でいっぱいだ。

(白銀の頂!? あの!? 度々妖怪がほんの少しうれしそうに話したりしている!?)

 クラスティでさえ手を焼く猛獣の軍団だと思い込んでいるレイネシアは極めて平静を装う。隣には黒剣がいる。周りにもいっぱいだ。安心。

『そういえば彼らは街中で突然刃傷沙汰を起こし、あまつさえ衛兵と対等に殴り合ったとか』

 ふと妖怪のいっていたろくでもないことを思い出し、顔色がほんの少しだけ悪くなった。

「見ろよ、白銀のギルマス――」

 ふと広場の中で嘲りが零れる。はっ、という笑みが続くことはなかった。

「?」

 隣に座っていた男性がぐらりと後ろに倒れ込んだ。ミチタカがなんだと見れば首筋を打ちぬかれ、もがいている。

 射角から計算して屋上を見ればそこに、非モテがいた。

 ぱきんと虹になった男の末路を見て、馬鹿にするような雰囲気は一斉に消えうせた。

 姫は笑顔をひくつかせ、ミチタカは嘲った男を馬鹿にした様子で鼻を鳴らす。

 別に白銀事態をああだこうだという分にはあいつらも自覚があるために同意したり笑ったりで済ませる。

 だがギルドマスターを馬鹿にした場合、奴らは報復を果たすまで許さない。果たした後もガンを飛ばされ続けることは覚悟した方がいい。

 それほどまでに今代のギルマスは信頼されていた。

 そんなことを目にしたレイネシアの前に、並んでいる人間を結果的に押しのけてきてしまった白銀は四阿にたどり着いた。

 頭を下げ、話し始めるとレイネシアの印象はそれほど悪くないものへと変わる。

 まずブルーノは明らかに緊張している様子だ。レイネシアに、というわけでもなく周囲の注目が嫌らしい。

 ブルーノについてきたのはわずか二人。辺りに警戒心むき出しのセンジはアイザックに喧嘩を売ろうとし、後ろに見ずにブルーノが放り投げたスルメを頬張って満足している。もう一人のカロスという男性は短く名前を告げたきり黙ってレイネシアを観察していた。一部の騎士たちや貴族から感じられるいやらしさはない。かといって熱に浮かされたものたちのような視線ではない。芸術品の美しさを何とか物にしようと観察しているみたいだと感じた。

 四阿に来なかった者たちは散らばり、各々の知り合いの元や宴の中へと溶け込んでいっている。固まらず、紛れ込むような白銀は聞くような無鉄砲さは感じられない。

 恙なく終わり、ブルーノが去っていく。カロスももう用はないといわんばかりに待っていたリシアと共にどこへなりと消えていった。オブリーオがそれにショックを受けて固まったが誰も気にしない。センジはなぜかアイザックの真似をし出して警備についているがどう考えても不審者一号である。

 宴は何事もなかったかのように、騒がしさを取り戻した。





























 広場を見下ろす空中歩道にも明かりはあった。

 周囲に指示を念話で飛ばしながら、合間にミノリと会話しているシロエのものだ。

 途切れ途切れに話しながら二人は広場を見ていた。何事もなく、平和に続くレイネシア姫の挨拶は途中見知ったギルドのおかげで騒がしくなったが落ち着いている。

 人気のない場所だ。だからシロエはここを選んでいるのだろう。辺りを見ながら静かにできる。広場の喧騒を遠巻きにしながら、蛍のようなマジックライトに照らされていた。

 そんな場所に足音が一つ。

 極力押し殺したようなそれを聞いて、ミノリが立ち上がる。

「あ、あの……シロエさん……」

 半ば怯えたような表情のミノリを見て、シロエも立つ。

 足音の主を真正面から見据えた。

 彼は少しづつマジックライトに照らされ、やがてその白いコートをむき出しにする。

「初めまして、記録の地平線ギルドマスター」

「初めまして。白銀の頂ギルドマスター」

 互いの名を呼ぶ二人のギルドマスターは、ただ静かに視線が交差させた。


















 失礼しますと頭を下げて、ミノリは何か飲み物を買いに行った。

 残った二人は目をそらすことはない。普段、いかなる親しい相手でも五秒は目を合わせることができないブルーノにしては珍しいことだった。

「どうぞ、おかけください」

「いえ……すぐに帰ります。そのつもりで彼女を行かせたのでしょう、シロエさん」

 そう、この話し合いは長く続かない。

 こうして呼び出しに応じてくれた時点で最大限の譲歩を引き出したといってもいい。

 相手はあの白銀の頂、ギルドマスターだ。シロエは白銀という組織のことをきちんと理解していた。どういうギルドで、何をしたいのか、どれほど騒がしいかうるさいか周囲に炎をまき散らすか、どんな人間がいるか。

 例えば今広場で四阿に上って即刻引き倒されたセンジ。フルレイドボスとの戦闘開始前カウントダウン最中に隣に居た野良冒険者に喧嘩を売り、売り返されとっくみ合いの喧嘩を始め、レイド開始直後の範囲攻撃で全滅させられた話など。

 L2は普段こそ落ち着いたように見えるが何かにつけては発明の礎にしたり、冒険者を生きたまま建材に使ったり生体兵器や自律AIの開発など奇想天外なことをし続けている大災害以後名を伸ばす狐。

 規模こそ小さいが深刻な議題にも一時とはいえ、討伐の冒険者依頼さえ出されたディオファントスとライザー。酔った勢いでオープンボイスチャットで熱唱しログアウトする七市。エルダーテイル公式生放送でただのオタクとかした水野。

 数合わせに誘われパーティーに入ったらいつの間にか組織のボスへと昇り詰め、ぽいして捨てるエドガー。あまりにも切れやすく入店しただけで切れたシノ。

 まだまだいるメンバーの中で、一番厄介なのはブルーノだった。

 大災害直後から現れた誰も知らない冒険者。一切の過去が不明の冒険者は普通ならば大事になる。

 しかし彼が拾われたのは問題ギルドの白銀の頂だ。彼は円卓が手出しできないギルドで力をつけ、干渉を拒みさえする。

「では前置きはしません。ブルーノさん、協力していただけませんか」

 申し出にブルーノはぴくりと体を反応させた。

「協力、ですか」

 同じ言葉を繰り返したのに混じっているのは自嘲だ。アキバにおいて有数な情報収集者にそんな申し出をされるほど、白銀はもっていない。

「うちにそんな価値あるとは思えませんがね」

 できるのは暴れるといったことくらいだ。それも五大戦闘系ギルドの内、四つ抑えてる円卓に望むものなどありはしないだろう。

「いいえ、貴方たちは、貴方はそれを持ってる」

 自嘲の念は顔から消えて、警戒が出た。目付きを鋭くさせ、普段から想像できない刺すような冷たい雰囲気を引っ張り出す。

「大災害、この事態を引き起こした可能性がある第三者の情報」

「――――」

 やはり、やはりそれか。白銀唯一の特権。それは典災との遭遇だ。情報を引きずり出す可能性がある、それも巻き込まれた誰もが目の前にちらつかされれば飛びつかざるを得ない類。

 第三に限らず、第四までもいることまでは隠し通せているのか。いや、と否定する。この場においてシロエは第三として括るつもりだ。

「協力と言いましたね。そちらからは何を提供させてもらえるんですか」

「戦力を」

 黒剣もD.D.D.も西風もホネスティも、記録の地平線も。

「当然情報共有も行わせていただきます。白銀全体と協力するのではなく、ブルーノさん個人としてでも――」

「断らせていただきます」

 最後まで台詞を聞くことなくブルーノは打ち切った。

「俺達は見ての通り、社会だとかみんなの輪から弾かれた。今更戻ってこいとか言われたところで戻る義理はありません」

 拒絶したのはそちらだ。問題行動を起こした我々にも非はあるが、最初に矯正しようとしたのはどちらだ。

「それは僕達も同じです」

 ここにいたのはただインドア派の青年だった。

 拒絶された苦い思い出。なんとか混じろうと無理をした記憶。

 誰もいない部屋で、孤独を耐えようと夜の街を歩いて疲れた末にたどり着いた公園。

 一人で見た景色に何を見出す。

「それでも何とか生きていこうと手を」

「いや、違う」

 ブルーノにも覚えがあった。でも違う。そうじゃないんだ。

 二人の囚人は外を見たという。

「同じじゃない。同じなんかじゃない」

 一人は星を見たらしい。

「なぜ円卓を作った。なぜ円卓を作れた」

 もう一人は。

「それは……」

 自分で居場所を作れたのだ。弾きだされた先に自然と集まったのではなく。

 ならば、

 ならば。

 同じなどとは言わせない。

 シロエは目の前の青年を見る。

 目立つ白という服装を身に着けているのにどこか印象が薄く、うまく記憶にとどめておくことができない。

 わかっていた。今までの態度から協力できないことは。

 それでも何か手を合わせられたらと、手を伸ばした。

 ブルーノは目の前の青年を見た。

 眼鏡を身に着け、目付きが鋭いはっきりとした印象を持つことができる男だ。

 以前のブルーノは知らない。

 茶会のシロエというのは知らない。

 互いに知っているのは白銀の頂ギルドマスターのブルーノと、記録の地平線ギルドマスターのシロエだけだ。

 手を合わせることはできない。ブルーノの先に待っているのは確かな破滅だ。それにつき合わせる気などない。好きに生き延びていろ。

 組織が複数あることに意味がある。ミナミのような進化も一つの可能性だ。

 組織から零れ落ちた誰かを、また違う組織が受け止めることができるから。

 多様性。

 リスクヘッジ。

 増えること。

 その意味。

 生きること。

 円卓は白銀を否定しない。

 白銀は円卓を否定しない。

「大災害直後のアキバを、貴方はどう見た」

 うずくまるばかりの冒険者たち。

 冒険者同士、大手ギルド間での摩擦。

 いがみ合い、嫌な雰囲気に満ちたいらいらするアキバを。

「俺は当然だと思った」

 ブルーノの言葉にシロエが反応する。

「僕は……格好悪いと思いました」

 訳も分からぬ状況に投げ出され、膝を折りうずくまるだけうずくまった後、救いの手がないことに気が付いた人間たちは徐々に歪んでいく。

 それを当然だと、ブルーノは諦めた。

 そんな状況は許されないとシロエは断じた。たとえそれが人として当然だとしても、好きなアキバがそうなるのは許せない。

 それを当然だと、シロエは諦めなかった。

 今のような光に照らされ、大地人とも友好を結び、手と手を取り合う。そういう当然を選んだのだ。

「俺はアキバが、この世界も大嫌いだ」

「僕はアキバが、この世界が大好きです」

 それが分かれ目。

 埋まることのない差だ。

 ただ、それだけのこと。

「さようなら、シロエさん」











 去るブルーノの背中を、シロエは見つめていた。

 残念だという思いはある。だがそれだけを気にしても仕方がないと冷静に切り捨てる。

 白銀の頂にはある程度の親しみを持っていた。

 それの原因が茶会に準ずるものか、シロエの本名のせいかはわからない。

 脱力も虚脱もしなかった。彼に影響を受けることはない。アキバの街にさざ波を与えることはあっても大きな波になることがないのはわかっていたのだ。

 彼らが今日レイネシアとの挨拶に出てきたのはシロエの呼び出しが原因だ。騒ぎによってブルーノが接触したことを塗りつぶそうとしたのだろう。

 協力することがないのは交渉の前から九割を越えていた。それでも呼びかけたのは見ておきたかったから。

 もう彼の背中は見えない。

 初めて見た光景は同じでも、目指す方向は違う。

 地平線まで歩いていくものと頂上を目指して昇るものはもう、交わることはない。















「アーちゃん久し振りやねぇ」

 先ほどまでショーに出ていたマリエールは広場で布団にくるまった奇怪な物体を撫でていた。

「えへへ、久し振りですぅ……ママ……」

「ママじゃねえだろ」

 直継の突っ込みに布団の先っぽから出てるアホ毛ガツンと突き立った。

「は? ママですけど!? 甘えてるのが羨ましいんですか!? これは僕という子供の特権ですけどね!!」

「羨ましくねえよ!」

「あら、アルフォンスじゃありませんの。久し振りですね」

 わあわあしているとヘンリエッタもやってきた。なぜか肌がつやつやしてるのはアカツキを散々可愛がったからだろう。

「わあヘンリエッタさん! 久し振りですねぇ、撫でてください」

「お前さ、遠慮ってねえの? 三日月同盟の新人みんな引いてる祭だぜ?」

「知りませんよおぎゃってるのにどうして他人を気にしなくちゃならないんですか?」

 今年から入った新人たちはうわあ……という顔を隠そうともせず、布団星人を見ており、昔からアルフォンスを知っている者たちも同様に引いていた。

「そういやお前外出て平気なのかよ」

 アルフォンスと直継は大災害以前、仕事が忙しくなる前に交流があった。当時引きこもりではなかったアルフォンスにタンクとしてレイドにおける立ち回りを教えてもらったのだ。

 離れている間に引きこもりと化していたのは驚いたがまあそういうこともあると飲み込むと、聞こえてきたのは白銀に入っていて大災害以後外に出るとゲロるということである。

「最近平気になってきたんですよ。布団にくるまって外を見ないようにしてブルーノさんに運んでもらえたら三十分は外で活動できます」

 それは平気とは言わない。まあ本人がいいならいいかと嘆息すると、布団で視界が塞がれているはずのアルフォンスがあ、と声を上げた。

「ブルーノさん」

「お前何してんだ……?」

 至極まっとうな問いかけで姿を見せたのはブルーノだ。

「おぎゃってます」

「あ、そう…………」

 心底理解不能という顔をして、マリエールたちに向き直る。

「うちのが迷惑かけてすみません」

「いやいや、世話んなったしこんくらい平気平気。むしろもっときてもええで。せや、ブルーノやんも撫でたろか?」

「遠慮しておきます」

 断ってから、アルフォンスを担ぐとブルーノは直継とヘンリエッタに頭を下げてから去っていった。

「ママー!!」

 うるさ。

 それを見て何名かの白銀も動き出すが、広場に残って騒ぐ者もいた。L2はロデリックと話をしているし、シノはミチタカやアメノマのメンバーと難しそうな話をしていた。

 センジはいの一番に両手いっぱいに食べ物を抱えてギルマスの前へと飛び出した。

「うちな、最初のころにブルーノやんのこと見たことあんねん」

「へ?」

 唐突に、マリエールが言葉をこぼす。

「…………」

「…………」

「…………」

「……続きは?」

「え? ないよ?」

 そう……ときょとんとした顔のマリエールから顔を背ける。

「ほんま、ただ、見たことあるって言ってみたかっただけや」
























 夢を見る。

 かつての夢を。

 苦しんだ現実の夢。

 それはきっと自分を作り出した、どうしようもないものだ。





「それでさー、お兄ちゃんが言うんだよ。そんなもんして何になるって」

 くすくすとクラスメイトが笑う。いつものグループだった。

 何の話だっただろう。

 もう忘れた。

「ほんとひどいよな。オレもさー」

 笑いながら話そうとして、周囲の女子から表情が抜け落ちていることに気が付いた。

 体温が下がって、しんとした空気が降りてくる。

 ああ、やらかしたという雰囲気。胃に重く冷たく沈み込んでくるあの空気だ。

「千明ちゃん、その『オレ』っていうの変だよ」

「え?」

 そうだよ、と他の子たちも言い出した。グループのリーダー的な存在が口にすれば、それについてくるのは当たり前だといえた。

「変って……」

 生まれてからずっとこうだった。幼稚園の時も、小学校の時も。誰も、気にしなかった。

 いや、気にしているものはいただろう。面と向かって言ってこなかっただけで。

「望田さんのために言うんだけどね。女の子は『オレ』なんて言わないよ」

 もっと、私とか、あたしとか。

 男だらけの家だった。私と言えば笑われた。

 今度はオレと言えば、控えめに、あなたのためにと否定される。

「そう、だよな……」

 うん。

 飲み込んで。

 いいもしれない空気が、そこら辺に漂っている空気が、

 普通という空気が、俺達の喉を締めてくる。

 的確に、適確に、正確に、正鵠に。

 呼吸が、しにくくなる。

 真綿で首を絞められているみたいだった。

 その日から、望田千明は息がしにくくなった。








 お前たちを普通にしてやると。

 お前たちを正しく教育してやると。

 世界は、そう言いだした。















 夢を見る。



 姉は言ったらしい。

 志乃ばかりだと。

 年の離れた姉は優しかった。

 優しく見えていた。

 ようやく生まれた男の子である志乃は持てはやされた。

 姉は構われず、弟ばかり。

 どうすればよかった。

 どうすればよかった。

 そればかり考える。

 わかってる。両親が悪いのは姉も、志乃も、わかっていた。

 それでも考えるんだ。

 夜になると考えは止まらない。

 いいことは何一つなくて。

 悪いことばかりで。

 それでも、血を分けた、唯一、両親よりも近い存在のことを考える。

 俺さえいなければ。

 俺が生まれてこなければ。

 父は、母は。叔母も叔父も、親戚連中は。

 姉のことを見ていてくれたのか。

 俺の、せいで。

 だから俺は、家を出た。







 嫌になる世界から、逃げ出した。

 逃げ出した先にもそんなものは転がっているのに。
















 夢を見る。






 くそみたいな親父だった。

 母を殴り、妹を怒鳴りつける。反抗した蘭蒲を蹴り飛ばす。

 いつも酒の臭いをさせて、テレビに喚いている物体を親と呼ぶのも嫌になる。

 それが終わったのはいつだっただろう。よく覚えていない。

 ともかく、それが終わって、母は再婚した。今度の父親は、まともだった。

 逆らわないように、息を殺すように蘭輔は生活した。まともが、いつの間にか壊れることを知っていたからだ。

 うまくやっていたつもりだった。やっていたつもりだったんだ。

 自分だけを見ていた。今度はそうならないようにと。

 だから妹が突然入ってきた父に拒否反応を起こしていたことに気がつけなかった。

 馬鹿だった。

 泣きながら妹は母に癇癪を起こす。父のいないところで。

 嫌だと。父親は嫌なんだと。

 外だと父親の年齢に近い男性を怖がることはなかった。だが、内にいると妹は怯えた。

 気付いてからは痛いほどに反応がわかった。父が動く、それだけで妹は震えた。

 段々と、それは大きくなり、父にも伝わる。

 母は妹に泣かれてから、迎えにいくとき、足が止まるようになった。医者が言うには精神的な理由らしい。

 新しい父はどうしたか、覚えていない。

 結果的に良いことにはなった。妹は父に懐き、母は経過とともに回復した。

 無事に育った蘭蒲は家を出て歌手になった。それなりに売れて、というには過小評価が過ぎるほどには。

 帰らなければと思う。ファンのためなどではなく。

 ただ家族のために。








 目の前で起きている大災害から目をそらす。

 そこで尽きる命を正面から見据えぬまま。






















 夢を見る。






 制服を着て、鞄をもって、家を出る。

 そんなことができなくなった。

 手が震える。

 ノブを握れない。

 力が入らない。

 どうしようもなく、外へ出ることはできなくなった。

 クラスメイトの笑い声。馬鹿にするような声。

 父の怒鳴り声が聞こえた。扉を無理やり開けられて、髪を掴まれた。

 ぶちぶちと何本か引きちぎられた音がして、外へ出たと自覚した瞬間に視界が明滅して吐いた。

 家から出ることはできなくなった。やがて、段々と、その範囲が狭まっていく。

 自分の部屋だけが小さな楽園。インターネットが通っている液晶が窓になった。

 ぬくぬくと、腐り落ちていくような感覚。

 どうしようもないと羽山薫は布団にくるまった。

 外に出ることは、きっともう、ない。

 わたしはやくたたずだから。







 だというのに、足は外へと動き出す。

 腐っていく自分の場所を見つけたはずなのに。


















 夢を見る。




 ピクニックに行こうと母が言った。

 ランチボックスに才三の好きなものを詰めて。

 そんなことを言う人ではなかった。

 母は優しかった。優しかったが、自分で料理を作る人間ではなかった。

 変だと思ったが、機嫌を損ねても嫌なので黙った。

 連れていかれた先はどこだっただろう。

 一面に広がる花畑。思い出したかのようにぽつんと置いてけぼりにされている小さな池。

 それを覗き込むと、自分が映っていた。

 酷く楽しそうで。

 その隣に、母が映っている。

 母はふと笑みのまま近付き、肩に手を置いた。

 そっくりだと、父にそっくりだと言い、そして。

 母は才三を池の中に落とした。

 突然の出来事にパニックになった。もがき苦しみ、たくさんの水を吸い込んでしまう。

 池は小さく、当時の自分でも足がついた。だがパニックのせいで思うようにいかない。

 滑って太陽が水面に揺らぐ。

 それでもなんとか才三が縁につかまる。

 おかあさまと呼ぶと、母は言った。

 おまえさえうまなければ。

 そうして母は才三の頭を押さえ、池の中に沈めようとする。

 どうやって助かったのは覚えていなかった。

 それ以来、母の姿は見ることなく、使用人に育てられた。

 私はいらなかったのだと、そんなことを自覚した。





 有り余る能力で、人を導き、道を進んでも、事実は変わらなかった。














 夢を見る。






 少し神経質な母親。

 煩わしいことをさけたい父親。

 テストの点数がほんの少し下がった。それで母はひどくなる。

 父は何も言わなかった。

 面倒だったのだろう。

 ずるずるとそんなことが続く。

 答案用紙で紙飛行機を作る。それを飛ばそうかと思ったがやめた。

 きちんと戻す。

 投げることなんてできない。自分の性分的に。

 似合わないことはする者じゃない。

 少しすると、離婚することを告げられた。意見を求められたが、どうしようもないことはわかっていたので頷いた。

 やめてといっても、無駄だ。これ以上長く続けて何になるのだろう。

 高校に上がると同時、自分のパソコンを買ってもらった。たぶん初めて親に何かをねだったのかもしれない。

 もう、覚えていない。

 父がやってきてセッティングをしてくれた。

 デスクトップ上に躍ったアイコンを見て、紫苑は思わず父を見た。

 勉強はするようにと父は言った。

 負い目だろうか。わからない。

 エルダーテイルというゲームで、紫苑は世界へ繋がりだした。















 夢を見る。

 夢を見る。

 夢を見る。

 誰もが等しく、夢を見る。

 身じろぎをして、嫌がるように。

 幼い頃に感じたそれを。

 自分の始まりを、始点を、原始を。

 どいつもこいつも見事に何かから弾かれた者たちだ。

 みんなの中にはもういれない人間たち。

 白い髪を寄せ集めて、無様に滑稽に徒党を組む。

 天秤祭二日目が終わったアキバの街で、ヴィルヘルムは風を受けていた。

 夢を見ないまま、誰かの夢を見せながら。

 もう才天に夢は必要ない。夢ならば、叶える途中だ。

 憧れに向かって後は突き進むだけ。

 自由に手を伸ばし続ける。

 たとえ何万、何億の人間が死んでも。

 我々は己の目的へ進み続ける。

 それだけが存在意義なのだから。

 街にとっての休息は、終わりを迎える。



























 夢は見ない。





 両親と血の繋がりはなかった。

 それをいつ知ったのかはわからない。死んだことにより記憶が欠けているのではなく、本当に覚えていないのだ。

 特に衝撃も無くやはりという思いも無かった。ただそうなのだなと思っただけのこと。

 育ててくれたことは感謝している。呪うことなど何もない。出てくるのは謝罪と感謝だけだった。

 それでも、この世に産み落とした実の両親のことだけは未来永劫許すことはない。

 お前たちのせいで、俺は苦しめられている。

 生きていることは苦しかった。隣に絶世の美少女がいて、将来働かずとも豪遊できる未来が確定していても、自分を認められない。

 自分を殺してやりたいと思ったのは百や二百では聞かない。何度死んでも許されない。

 地獄の業火で焼き尽くされても贖えない。

 死んだ人間に報いるまで苦しみ続けるしかないのだろうと思う。

 俺の人生は十五年前に終わっていた。

 警察官の父と料理研究家の母に拾われたあの日より前。

 真っ赤に燃え尽された、あの街で助け出されたあの日から。

 疲れた。

 死にたい。

 両親に申し訳ないが、俺にかけられた感情だとかお金だとか手間だとか。

 そんなものは全部無駄だったんだ。

 何もできないまま、何もすることも無いまま、無意味の証明を。

 死ぬことはできなかった。

 あの女が呪いをかけた。

 死なないでと。死ぬなと。

「お前は、どうして俺に構う」

 何の価値も、何の意味も無い、ただの燃えカスに。

「お前は俺に何を望んでる」

 どうして何かをしてくれる。

 子供が欲しいのか。そう聞いたことがある。

 だったら作ったら俺を解放してくれ。

 殺してくれ。

「お前は……俺をどうしたい」

「あなたはどうしたい?」

 いつもと変わらぬ様子で、春は問い返す。

「死にたい」

 橋場和人の望みは叶えられることはなかった。

 現実という、くそのような世界では。

 生きてと願われた。

 それはどうしようもなく、絶望の言葉だった。



































 死を恐れ、






 恐怖を知り、






 明日を望み、






 存在を叫ぶ。











 そして、命を否定する。

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