第12話 different world






「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!! くっそ猫ぉ!!」

 ドレイクの乱打を銀次郎の刀がすべて阻んでいく。乱戦と化した戦場、銀次郎だけが高耐久の駒であるために攻撃を一手に引き受けている今の状況はまずい。

 出雲と水連は自らを守りながら銀次郎を支援するのに手一杯だ。このまま削れて生き落ちるのはもう少し働いてからにしたいところだが。

 仕方ないと銀次郎は刀を握り直すと、応じるように白髪がなびいた。

「情けないな、そんなもん?」

 言葉とともに降り注ぐのは悪夢の球体。着弾と同時にヤンキーたちを捕え、広がったナイトメアスフィアはシノのものより効果は大きく、八割ほどの移動速度を削いだ。

「アルファ!」

「だけじゃないんじゃよなぁ!」

 追加で来たのはロリ神祇官のハツネと、動けなくなった中学生の首を落としたシンゲンだ。

「邪魔くせえんだよ!!」

 なおもドレイクは吼え、驚異的な速度で迫ろうとするがアルファの前では無意味だ。

 クラウドコントロール、環境操作型と称される付与術師のスタイルがある。相手に不利益を当たえ、こちらに有利な環境を生み出すタイプのものだ。

 アルファは生意気なりにそれだけの実力を持った白髪。この程度の戦場、整えるには片手間で足りる。

 白い茨が巻き付き、ドレイクは自傷で抜けようとするも水連の茨が追加で巻き付いた。

「てめええ!!!」

 中二病が動く。派手にやったアルファにヘイトがたまった。だからそこに、待ち構えたシンゲンは踏み込み、一刀。

 ちっ、と派手な舌打ちをしたヤンキーが下がろうとするも銀次郎がドレイクに背を向け、大振りの一撃を振った。真一文に裂かれた自身の腹を見たヤンキーはごぶりと血を吐き、最後まで睨み付けながらも崩れ落ちる。

「銀次郎! 危ないのじゃ!!」

 殺人鬼が赤いまま走った。障壁を投げるが間に合わない。落ちる。これでいい、落ちるのは痛いが仕事は果たしたと燃えるクズノハを名残惜し気に見た。

 そこへ、

「封」

 柏手一つ。

 銀鈴の声が澄んだ。

 空から鳥居が落ちてきて、ドレイクを封じ込めた。

「っ、なんだこ」

「さようなら」

 鳥居が光り、内から鏡が現れたと思うと一瞬にしてドレイクを飲み込んだ。後に残るのは静寂と鳥居のみ。

「……味方か」

 水連が見上げた先に、その女はいた。

 白い髪で、狐尾族、巫女服を着ており、何より胸がでかい。

「私はブルーノさんの味方ですよ」

 アリアはお決まりの文句をいい、微笑んだ。ここにいる誰に向けるわけでもなく、いない誰かへと。

「と、派手に登場したのはいいですが私はもう退散します」

「は?」

「典災に見つかると面倒なもので……」

「おいじゃあなんでいま」

「本体はいませんし、よくわかんない変なうるさい武闘家ならとっても文句は言われないかなーと」

 一同は何とも言えない顔になった。一番文句を言いそうなアルファはなんだか目をそらしている。

「後は頑張ってくださいませ、白銀のみなさん」

 尾を揺らし、アリアは楚々として去っていく。それを見送ってしまったハツネはきーと腹を立てるが、シンゲンはそれを宥めている。

「しょうがない……固まって動こう。他のと合流目指しながら詰めていくんだ」

 偽物も死体も数を減らしていけば、戦場は変わっていくはずだ。

















 飛んだ斬撃がヤゼルに届かず叩き落された。

 構わず接近し剣を振ると何かに引き寄せられるようにして軌道がそれる。

 ヤゼルが使用するのは徒手空拳。ドレイクのようなものだが程度が違う。打撃は重く、フィジカルにおいては圧倒的だ。カホルのように変化などはせず、技として昇華された打撃がエドガーを襲う。

 拳が最も有効な距離では分が悪い。後ろへと飛び退るが、エドガーの体がヤゼルの右手に吸い寄せられた。

 ぐんという浮遊感と加速する拳を前に身を畳み、すり抜ける。擦過音が駆け抜け、着地するとエドガーの頬に血の筋が走る。

「様子見はもういいな」

 ヤゼルが手をかざすと、地面ごと宙に浮き、玉のように集まり砕けた。エドガーの姿はなく、引き寄せられるのを引きちぎって回避している。

「貴様、引力を」

 言い終わる暇など与えずにごっそりと抉り抜かれた玉が移動した、いや、引力の中心が動き、地面がえぐり取られていく。

 早い。追いかけてくる引力を回避し、建物を駆けあがると、

「逃がしはせん」

 先回りしたヤゼルが震脚でレンガを叩き壊した。

 奴はいつの間に移動した。先程まで道の中央にいたはず。待て、ならば。

「己を引き寄せたのか!」

「正解だ、暗殺者」

 僅かな瓦礫を足場にし、ヤゼルへと突っ込んだ。引き寄せられるならばこちらから行くまでだ。

 そして、エドガーは地面へと再度叩きつけられた。

「がっ!?」

 容赦なく背中から叩きつけられ、肺の中から空気が絞り出される。

 腰を強く打ち付けた。受け身が間に合わなかったからだ。

 まさか、まさかだ。

 引力のみならず、反発までも身に着けているのだという理解をしたときには遅かった。

 体が浮く感覚がする。うまく動かせない。身体をひねろうとするが引力の方が強く、逃げられはしなかった。

「さらばだ、暗殺者」

 言葉とともに引力により加速した拳が正確にエドガーの顔面を抉り抜こうとし、

「!!」

 唐突にその腕が切り落とされた。

 不意に引力を失ったエドガーはくるりと猫のように着地すると、刀を振った馬鹿を見やる。

「なぜ貴様がここにいる?」

 かんかん、と不機嫌そうに下駄を鳴らし、武者はけっと悪態をついた。

「てめえが負けたらやばそうだなって思っただけだ。感謝しろよな、エドガー」

「増援か、せわしないことだな」

「てめえ大将の敵だな、俺がぶった切ってやるよ」

 エドガーの隣に着地したセンジは切っ先を典災へと向けた。

「いいだろう、二人まとめて――」

「二人? てめえは節穴か」

 眉をひそめたヤゼルはしかしすぐさま飛来する矢と雷を叩き落とす。

「これは――!」

「おいセンジテメエばらすんじゃねえよ!!」

「今の当たってたろうが!」

「当てねえほうが悪い」

 ぎゃあぎゃあと遠くからでも騒がしい非モテ二人が挟むように構えた。

「おいエドガー、早く立てよ」

「あれは引力と反発を使ってくるぞ」

「関係ねえ、斬る」

 攻め手はいくらでもある。

 典災程度、ここで斬るだけだ。

「私が合わせてやろう」

「うっせ、やんぞ」

 射手が構え、剣士が前を行った。


















 影が走る。

 クリスが盾で弾く。両に持っているのは盾。

 双盾を全力で操り、迫りくる影を捌き続けるも、手数も範囲もクリスだけは足りない。

「ぎゃあっ!」

「っ!!」

 弾いた影がいやらしく伸び続け、逃げている大地人の背中に突き刺さった。

 影が内部に侵入し、膨張。ぷっくり膨れた大きな影だまりはそのままはじけて、何もなくなった。

「クリス!」

 呼びかけにはっとしたクリスが迫る影を上から叩きつけた。やばい、勢いをつけすぎた。今持っている盾は片手で扱うには少々重い。故にコンパクトに振るい、最小限に動かし力を込めていたが、熱くなりすぎた。

 一哉が咄嗟に間に入り、影をぶん殴った。

「なにしてんですか!?」

「俺がカバーしなきゃ危なかったでしょうが!」

「タンクより前に出ないでくださいヒーラー!」

「お前ら前前前!!!」 

 オブリーオの悲鳴で三人が一斉に屈むと影が薙いだ。大きな口を開け、目玉もついた薄くなった影はすさまじい攻撃力を持っている。

「すいません、熱くなりました」

「いい、当たり前だ。関係ない人巻き込みやがって……!」

「ぷっ」

 義憤にヴィルヘルムが小さく噴き出した。

「……何がおかしい」

「いやぁ? 関係のない人間というのがおかしくてね」

 魔人は嘲笑を浮かべる。

「関係のない人間……関係のない人間、ねぇ。いやいや、それはまったく間違いなんだよ、冒険者」

「……何が言いたい」

 影が止まる。クリスを前にし、陣形を立て直す。クリスの影になるようにオブリーオが身を小さくし、一哉が斜め後ろで斧を担いだ。

「この異世界にいる限り、関係ないなんてことはありえないのさ」

「お前……いや、お前ら……何が目的だ……?」












「みーっけたぁ!」

 軽薄な声が降り注ぎ、バートリーへと巨腕がぶつかった。それをなんてことのないように吸血鬼は受け止める。

「それはこっちの台詞、だ」

 一音と共に剣を抜くと、カホルがひらりと避けた。後ろの建物群が余波で砕ける。

「おーマジおっかないわぁ。数出していこうや」

 ぽろぽろとカホルの掌から駒のような何かが落ちて、芽吹くように姿を変えた。現れるのは六体のレーナレプリカだ。以前のような自我はなく、他の道具と同じようにただ戦うしかない存在。あれはレプリカと言っても身体だけは本物の古来種だったのだ。それを容易く潰したブルーノ。記憶、虹、あれはまずい。そして目の前にいる才天も不確定要素として、邪魔だ。

「死ねボケ」

 七つの影が迫る。コンビネーション抜群の攻めにより、バートリーが崩される。そこ、と伸ばした腕が地面から生えた死体によって阻害された。

 クズノハに撒いている死骸がすべてではない。

「まだまだ在庫はあるんだよ」

 切り上げがカホルにあたろうとするが寸前で姿を小さくして回避した。レプリカの陰に隠れながら姿を変え、フェニックスの召喚獣を手から出す。

「燃えろ」

 斬り結ぶレプリカごとバートリーを焼く。ごう、と熱が眩くが影は依然消えず、レプリカが蹴り飛ばされた。ドッチボールが投げ飛ばされたかのような勢いにカホルは苦笑いしながら攻撃を続ける。

 形、姿を変え、手駒も増やして挑むもバートリーは崩れない。余裕だ。その余裕は己のスペックと、まだある死体から出来ているものだ。

 殺せるか?

 いやいや、殺すのさ。

 レプリカ二体を掴み、変化させる。生じるのは綺麗な水色の半透明な剣だ。聖剣だとか言われる剣かもしれない。由来はどうでもいい。

 それを振り抜くと爆発したように斬撃が生じた。バートリーが初めて両手で剣を握った。

 二撃目。合わせるようにレプリカが走る。死体がわいてレプリカを足止めし、剣を防いだ。

 三撃目。レプリカが組付き、それ事薙いだ。盾にされたぼろクズの残骸が投げつけられる。避けると斬撃が迫ったので受ける。

「これはまずいか? まずいんちゃう?」

「はははっ、こわーい」

 弾かれ、距離が開くとバートリーが大振り。屈んで避けるも損ねたレプリカが斬られた。残り二。だが、とカホルの手から駒が零れ落ち、ムカデと兎が這いずった。

 大蛇のようなムカデがバートリーへと巻き付くと兎が飛びかかる。

「しまいや!」

 レプリカも剣を上段に構え、合わせる三撃が吸血鬼へと降り注ぐ。

 直撃だ。バートリーは右腕を失った。インパクトの瞬間に攻撃をぶつけたのだろう。

「これであかんか」

 なら、と動こうとするががくんと力が抜けた。魂の使い過ぎ。さすがに五十の偽物はやりすぎたか。

 吸血鬼が左で剣を上げるのを見て、まずいとカホルは思うがそこに氷の槍が走った。

「L2か」

 呟くバートリーに氷が直撃、しなかった。フロストスピアは寸前で障壁に阻まれる。

「は!?」

 姿を見せたL2が驚きの声を上げ、戸惑いながらもミサキがフェニックスを放つもそれはあっさりと握りつぶされる。

 神祇官の障壁は似たようなものこそあれど、吸血鬼が使えるようなものではない。これも才天の力かとクロ―ディアが前に出、それを見た。

「貴様……!!」

 死んでいたもみじが、死体として起き上がるのをだ。

「冒険者もか!」

「っ、皆カホルがいな」

「よそ見したらあかんやん」

 ヴィヴィが声を上げようとし、足を動物のように変えたカホルが彼女にふれた。

「ヴィヴィ!」

 躊躇わずヴィヴィアーノは銃口を己の頭に向け、アサシネイトを発射。即死するとカホルは舌打ちし、kyokaが殴りかかる。

「殺す」

「うわこわ」

 けらけらと笑うカホルが攻撃をかわしていると横からバートリーが入ってきた。

「死ね」

「どいつもこいつも~~」

 互いを狙い合うような混戦が始まった。敵と味方が入り混じり、死体と偽物と冒険者が鍔ぜりあう。

「お前らは、」

 シノの死体が起き上がる。バートリーにバフが入り、押される。

「なんなんだよ!!!?」

 ミサキの叫びが響き、バートリーが笑う。

「僕らは僕らさ、人間」




















 人が死んでいく。








 人が死んでいく。










 人が死んでいく。









 大勢の人間が傷ついて、大勢の人間が死んでいく。

 その中心にいるのが彼らだった。

 才天。

 この世界においての異物。航界種たちと同じ、いてはならないもの。

 いや、存在できないはずの者。

 アイズは無数の死の上に立っていた。

 ブルーノも、命だった液体の上にいる。

「虐殺……? なんで……、どうして……」

「どうして? どうしてって……そんなの決まってるじゃない。私達のためよ」

 意味が分からなかった。

 私たちのため? 私達のためだって?

 バートリー、ヴィルヘルム、アイズ、そしてあともう一人。

 たった四人のために、こんなことをしてる?

 馬鹿げてる。

「私達は生きたいの」

 みんなと同じように。

「ここじゃ長くは続かない。だから、変えなくちゃ」

「なに、を…………」

 知ってるくせに、と女は笑った。

「世界を変えるのよ。この世界と、現実を」

「は……?」

 訳が分からない、そう思いたい。

 そう思いたい。なぜわかるのか、嫌になる。

「みんなが生きていた現実に、このセルデシアを落とす。そうして世界を変えれば、私たちは生きられる」

 そう、きっと、

「モンスターも、大地人も古来種も。魔法も、剣も、ファンタジーが現実になるの!」

 そして、

「その世界で私たちは生きていく」

 嬉しそうに、嬉しそうにアイズは言った。

「…………世界を変えるなんて、無理だ」

「無理?」

 それはおかしいとアイズは笑う。

「世界はもう変わっているのよ、ブルーノ」

 三回も。

 世界変転。

 六傾姫が変えた。

 祈りが変えた。

 三度目は誰が変えた?

 亜人、

 冒険者、

 変転、

 航界種。

 途方もないスケールに、ブルーノは途方に暮れてしまう。

 思考が止まる。

 生きるために。

 世界を落とす。

「あ、あっちの世界はどうなる……セルデシアは、世界を落としたら、どうなる……」

「そんなこと気にするの?」

 うーんとアイズは人差し指を顎に当て、考えるようにした。

「いっぱい人が死ぬだけよ?」

「…………死ぬだけ?」

「ええ、心配しないで。大勢死ぬだけよ。なんてことはないじゃない」

 知らない人も、知ってる人も、平等に死ぬ。

 それに、ブルーノ。

「あなたは記憶がないもの」

 誰が死んだかなんてわからない。

「…………そんなに、生きたいのか」

「ええ」

「どうして……」

「明日が見たいもの」

「そのために、大勢殺すのか」

「当たり前じゃない。バートリーも、ヴィルヘルムも、ヘレルも、私も」

 大切な誰かを傷つけることになってもいい。

「生きるのよ、世界を砕いて、世界を飲み込んで、世界を」

 変える。













 この世界のことが嫌いだった。

 いつ滅んでいいと思っている。

 絶望した冒険者。

 惑う大地人。

 誰もかれもが下を向き、アキバは陰鬱な雰囲気を纏った。

 海外は荒れに荒れ、ヤマトは沈んでいる。

 美しいはずの世界が色あせて見えた。

 いいや、最初から美しくなどない。

 最初から希望などない。

 最初から間違っているのだ、何もかもが。

 歪んだ世界がまっとうであるはずがない。

 だから、どうなってもいい。

 もういいんだ。

 この世界とあの世界がぐちゃぐちゃになって、誰かが死んでも、消えても。

 俺には関係ない。

 俺には何もできない。

 俺が悪いのだから。

 もういなくなりたい。

 自分の記憶もいい。

 誰かなど意味のないこと。

 消えるんだから。

 全部、









 全部。








『あんたが大将だ!!』












 まだだ。





 まだ、やるべきことがある。





 果たさなければならない、使命がある。








 死を。













 否定を。

















 存在の否定を。
































「認められない」

 剣を握る。

「そんなものは認められない」

 臓腑が何かで燃え滾る。

「お前の生存は許されない」

 立ち上がる。

「許されない? 認められない? 誰が? 世界が認めないだとかいうのなら、一人の人間を生かさない世界なんて滅べばいいのよ」

「違う。俺がだ」

 この体では、戦えない。なじむまで時間がかかりすぎる。

 だから。

「俺は誰かと聞いたな。俺は何だと聞いたな」

 剣を自らの腹に突き刺し、ブルーノは叫んだ。

「ぐっ、ああああああ! あああああァァァァぁアアアアアアアアアアアア!!!」

 焼けるような痛みがほとばしる。

 だから、

「ここにいる俺が、何者かをお前達に教えてやる!!」

 虹が輝き、魂は燃え尽き始める。
























「なんだ!?」

 誰もが、それを見た。

 その光の柱を。

 外記が示したような柱。

「まさか」

 白狐は目を丸くし、彼のことを思い出す。

「大将……」

 死神は確信して、その光の柱を見た。

 クズノハで戦闘を繰り広げていた意志ある誰もが、それを見た。

 ふと光が消えた。

 奔流は途切れ、残るのは赤く染まった夜空。

「今のブルーノ君か」

 カホルが動く。火を腕で防ぎ、炎傷を負った腕を切り捨てた。

「さあ、どうだろうね」

「はっ、とぼけんなや、あの光は間違いなく」

 横からバートリーの剣が来る。上体をそらし、そのままバック宙で回避すると戦闘が再開される。偽物が追加され、死体が増え、白銀は不利になっていく。

 純粋に人数が足りない。レイドボスにおまけのザコ、といってもハーフレイドが混じっているという反則、に加え、スペックこそパーティーランクのボスだが攻撃を与えづらく、手駒を出してくる嫌な敵。

 立ち回りでなんとかしのいでいるが回復も限界があるし、ミサキは本業ではない。

「エル!」

 眼前まで刃が迫ってきていることに今気付いた。考えに気を取られた。防御は間に合わない。落ちるか、と冷静に思考を走らせ、障壁が砕けた。

「悪い、待たせた!」

 銀次郎、水蓮、出雲、シンゲン、ハツネが声と共に駆けつけた。

「指揮に入る!」

「kyoka、銀次郎とポジション交代! シンゲン、前に出て壁を増やせ! あとはやりたいようにだ!」

 投げ出したともいえるような指揮だが白銀は自我が強い。無理に従わせるより自由にやらせた方がいいのは明白だ。これにあわせられ、ある程度いうことをきかせられるブルーノが羨ましい、やはり胃袋が肝心なんだろう。

「もみじ!?」

「シノ、お前!」

「バートリーに変えられてる! もう死んでる! もみじとシノはそこにいない!」

 戦えとミサキは叫び、バートリーが笑う。

「そこにいない? 冷たいことを言うじゃないか。ねえ、もみじちゃん」

 呼びかけた先、神祇官の死骸はあろうことか涙を流していた。恐怖を張り付かせた表情でだ。

 銀次郎の手が鈍る。やれ、やれ、やれ。やるしかない。ここで斬っても、死にはしない。だがそれは人を助けるという精神を曲げてでも、やることか。

「偽物だ。邪魔なんだよ」

 後方より現れたアルファが容赦なくマインドボルトを打ち出す。もみじへと突き刺さると、身をくの字におち曲げ苦しんだ。

「アルファ!」

「無様な姿をさらさせる方が酷だろ!」

 もみじが顔を上げる。視線が合う。

「っ!!」

 さらなる阻害呪文を練りあげるが、すさまじい勢いで距離を詰めるVに反応が遅れた。

「しまっ」

 アイドルの偽物が拳を振り上げ、そこに木が突っ込み、吹き飛ばした。

「遅れた」

 描き上げた木のイラストを破き捨て、カロスは建物から戦場を俯瞰する。

 ぐちゃぐちゃで醜い戦場だ。それを塗り替えようとまたもや筆を執った。

 カロスの口伝、画竜点睛は描き上げた絵を破壊することにより、具現化することができる。消費は大きさに比例するし、消費は大きいため二度使用すれば通常のヒールワークすら困難になるがカロスは元より戦闘が不得手。ならばぶっ放して囮になった方がいい。

「カロス、切りすぎるな! 逃げる分を用意しておけ!!」

 注意に筆を止めた。カホルが駆けあがってきて、狙いを研ぎ澄ませるが横からリシアが弾いた。

「おー、カップル?」

「ははっ、うけるー。死ね似非関西人」

 大きい音が広場の方から響く。バートリーの一撃だ。大地を抉り、広範囲に死をばらまく。

 片腕を失ってなお、その力は健在だ。シノともみじの支援を受け、より厄介に稼働し続ける災厄に鍔ぜりあうことすらできない。

 カホルと引き離したのはまずい。クロ―ディアは己の失態を悔やみながらも上まで飛ぶことはできない。

 銀次郎とシンゲン、クロ―ディアという三人の守護戦士がひきつけ、補助を受けながら何とか抑え込めているのだ。拮抗は少しのことで崩れ去る。

 ダンスパーティーよりもがむしゃらに広場のみなは動き続ける。死が迫る、背中に這いずる濃厚な死が迫る。

 楽しそうに死体が躍って、偽物が狂ったようにはしゃぐ。

 血が舞う、肉がそげる。悲鳴さえ上がらない戦場の中、

「………………け、て……」

 僅かな自我が、

「だ、……れ……か…………」

 零れた。

 しょっぱい液体が頬を伝い、すぐにどこへなりと落ち消え行く。









 そして、一本の剣が神祇官の死体に突き立った。








「あ……」

 小さい体が震えた。感動や悲しみなど、感情によって動かされるものではない。

 ただ、眼球から脳髄へと侵入した異物により引き起こされたものだ。

 二本の不揃いの剣が突き刺さり、見上げた空には白い男が落ちてきた。

 軽い動きで着地した男は虹を纏い、首を刎ねる。

「遅くなった」

 すまない、と少女に言うが、言葉は届いたかどうかわからない。なにより、それは少女かどうかわからない。

「なぜ……」

 現れたそいつに、味方が何より動揺した。

「男に戻ってる……!?」

 誰よりも何よりも意味不明の怪物。

 冒険者ですらない。

「元の場所に戻れ、亡霊」

 そうブルーノは言い、敵へと剣を向けた。






















「逃がしたのか」

「ええ、まあ」

 血だまりの上にたつアイズは黒衣の男に頷いた。

「勝手にどっかいっちゃった」

「……そうか」

 音も無く、血に汚れることも無く男は歩き出す。

「どこいくの?」

「分かっていることを聞くな」

 去る背中をアイズは見送るつもりもない。

 そうとだけ呟いて、空を見上げた。

「好きにしなさい、ヘレル」


















「この異世界にお前らは必要ない」

 邪魔だというブルーノの断言に、はっとカホルが笑う。

「笑わせんなや、異物やて? そんなん言うんやったらお前ら冒険者も異物だろうが!」

 駆け下り、剣を振る。切り裂いたのはブルーノの残影。

「知るか。死ね」

「同意見だ」

 バートリーが後ろからきた。カホルはそれを体を変化させ避けると、止まっていた三陣営が動き出した。

 先ほどの戦闘よりも明らかに白銀の頂の動きが良くなる。指揮者の存在、モチベーションがあるだけで人は変わる。

「普段通りだ、ぶっ殺せ!!」

「アイサー!!」

 ブルーノの姿が消えた。どこへいったと探すもミサキが火の粉を振りまき、視覚のリソースを奪ってくる。邪魔だとバートリーが剣圧で一蹴すると、シノの死骸がぶっつりと倒れた。

「ブルーノ!」

 叫び、迫る男の攻撃を防ぐ。

 虹の光が舞う。がりがりと嫌な音を立てた剣は互いによって研がれ、熱を帯びていく。

「この異世界の話だけど、僕達はいらないんだよね。聞いた?」

「聞いたよ。だから言ってやるよ。お前たちはどこの世界にも居場所なんてない」

「手厳しいな!」

 弾き、地面から湧き出た死体がアッパー気味にブルーノへと襲い掛かった。体が浮き上がり、カホルへとバートリーは狙いをつける。

「おいおいここは共同で」

「死、ね」

 狙いの比重は八割が典災だ。どうあがいてもこいつら馬鹿とは相いれないのだ。白銀は理由こそ違えどカホルを優先する。理由は単純にむかつき度合いが高い順だ。L2の攻撃がとめどなく迫り続け、追い立てていく。

「待て待て待て! なぁブルーノ君!」

 一足で後ろへと飛んだカホルの足首に蔦が巻き付く。森呪遣い、カロスの仕業だ。

「このっ」

 ケルベロスが頭上から吠えたて、大口を開けた。ミツクビはどれもカホルを狙い尽くしている。オルクスの召喚獣だ。

「我が白き闇の恐怖を知るがいい!!」

 指先から駒が零れ、対峙するようにケルベロスの女が出た。両肩についた愛らしい番犬二匹が巨大化し、オルクスのものと競り合う。ついで現れるのは英雄と女騎士。剣を持った両雄が迫るブルーノへと襲い掛かるが、銀次郎とシンゲンが止めた。

 舌打ちした偽物にバートリーが剣を振り下ろす。なんとか防ぐが聖剣が叩き折れる。所詮は張りぼてのまがい物。

「ブルーノ!」

 クロ―ディアが置いていかれ、バートリーがフリーになった。追いかけようとするがトロールがここにきて召喚され、陣形を乱す。

 身を守ろうとしたカホルが手持ちの悪魔を変化させ、壁を作り出した。

 壁で今この瞬間、三つ巴の戦場が極めて簡略化される。

 バートリー、

 カホル、

 ブルーノ。

 頭三人が純粋な殺意をもって、ぶつかり合う。

 硬い音が響く。連続して、絶え間なく。

 三人の中で一番劣るのはブルーノだ。しかし彼を補うのは、虹。彼らに追いつく速度をもって追い立てる。

 守りはない。ただ攻めるのみだ。あるのは両手の剣と刀のみだが、ブルーノの剣速は二人のものよりも少しばかり早い。くわえて二人を巻き込める位置取り。一動作で二人を狙うために手数は有利になっていく。

 カホルが邪魔なブルーノを落とそうとするがバートリーが防ぐ。その隙をブルーノが狙い、崩れたところをカホルを狙うが息の合った掛け合いのように続く。

 体の変化、純粋な身体能力、攻めの厚さ。交差する三つの力は互いに傷つけあい、加速していく。

 片腕であろうともその強さを発揮し続けるバートリーに、彼を追い詰めるために力を使い込んだカホル。体を変えるために虹を消費したブルーノ。

 誰もが安くはない消耗をおいながらも、止まらず腕を振った。

 生じる高速のやり取り。挟まれたブルーノが器用に両の相手をし、横薙ぎの一撃を飛ぶが避け損ねる。右肩が抉られ、力を失うが虹を纏うと元通りに動いた。

 伸びる腕が鞭のようにしなり、先端を鎚に変え飛んだブルーノにたたきつける。斬撃が生じ、鎚が裂かれ、ブルーノが内側へと飛び込む。

 間合いの内。だがカホルの両手に近付くということは直接改変が可能ということ。剣を振り下ろすとそれにあわせた変形により、刃が食い込んだ。

「残念」

 ぴたりと手が張り付き、欺瞞が流れ込もうとして、カホルはフラッシュバックを起こした。

 脳裏に焼き付いた白い少女と、引き起こされた痛み。

「づっ!!!」

「死ね」

 内側から焼けるような痛みが走った。虹の斬撃、否定の剣。

 バートリーが剣を振りかぶる。死を身近に感じる。

 死ぬ? 笑わせるな。まだこんなにも楽しいのだから、人を喰うってことは。

 ぶちりと斬撃が走ると同時に頭部が飛んだ。手ごたえがない。

 飛んだ頭から質量が溢れ、体を形成。バートリーの体に手が触れる。

「さようなら、死者」

 欺瞞に塗りつぶされる、











 直前、それがきた。











「は――――?」

 ぷっつりとバイオリンの弦のようにカホルの腕が断たれる。

「ぼくのうで……は? どうなってんねん……」

 呆然としながらカホルは自らの腕を見下ろし、バートリーとカホルの間に割って入ったものをブルーノは見た。

「……なんだ、お前」

 黒衣の男だ。被ったフード。椅子に座らされた男。

「才天……!!」

 はっとしたブルーノが憎悪に塗れ、虹を解放した。

「お前がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「くだらない」

 ぱしりと剣が掴まれ、そのまま握りつぶされる。

「随分遅かったね」

 バートリーが問うと、男は鼻を鳴らした。

「来る予定はなかった」

 壁が崩れる、トロールが倒れた。

 孤立が終わり、白銀が目にするのは腕を失った怪物たちと、向かい合うブルーノと謎の人物。

「ギルマス!」

「来るな!」

 駆けつけようとした白銀を叫び制した。

 こいつは、この男は。

 最初に見た。

 椅子に座ったまま寝てる男の近くにいた。

 あの時。

 四人。バートリー、アイズ、ヴィルヘルム、足りない一人。

 それがこいつ。あのときの人影は、才天。

 あの椅子にいたのは当然。

「お前のせいで!!」

 剣を失ってもなおブルーノは敵へと飛びかかった。剣がなければ爪で抉る、爪が剥がれれば腕、腕がなくなれば足、足がなくなれば食らいついて殺す。

「哀れだな、ブルーノ」

 手を振る、それだけでブルーノは吹き飛ばされた。手を地面にたたきつけ、なんとか踏みとどまるも指が折れ、爪が何枚か剥がれた。関係ない。

 前進する。

「ヘレル!!」

 叫んだ瞬間、ブルーノの四肢に結晶が突き刺さった。

「はいはい、叫ばないの」

 ふわりとヘレルの傍へ着地したのはアイズだ。

「アイズ……!」

「逃げたら駒が浮くでしょうに」

 歯ぎしりをすると、歯が砕けた。それほどまでにブルーノは憤怒に塗れている。

「ギルマス!」

 彼の前に銀次郎とクロ―ディアが立つ。L2とミサキが横につき、ポーションを傷口にかけ、結晶を抜き取ろうとするが、ブルーノは構わずに無理やり動こうとして結晶に体を破られる。

「ブルーノ、落ち着けよ」

「黙ってろ」

「おい、ふざけるなよ。死に急がせるために来たわけじゃないんだ」

 ミサキの静かな声をブルーノは睨みつけたが、やがて落ち着きを取り戻した。

「……悪い」

「いいさ」

 内心、こうも変わるということに辟易しながらミサキは正面に立つ三人を見る。

 才天だ。そして真ん中にいる先ほどヘレルと叫ばれた男はレベルが150。ノウスフィアの開墾で追加されたモンスターを素体にしているのか、まったくの未知でありながら、妙な既視感がある。

 状況はまずいどころじゃない。ボス四体がたまっていて、今は静止しているが雑魚と中ボスがうようよしてる。

 こちらはハーフレイド程度の人員。あちこちに溜まってるが合流にせよ時間がないし、ボスはまだ二体いる。

 絶望的だ。

 だがまだ、ブルーノは立ち上がろうとしているし、こちらだって終わったと認めていない。

「クソゲーだな」

「知ったことかよ」

 ぺっ、と口の中に溜まった血と歯を吐き捨て、L2はミサキの悪態に言いかえした。

「全滅上等だ。何回死んでやり直してボス殺したと思ってるんだ。俺達で倒した時なんか脳汁ドバドバだろうが」

 状況は違う。ああ、わかってる。だがそんなことはどうでもいいんだ。

 やるんだよ、戦うんだ。

「僕のこと忘れんなよ、糞共!!」

 カホルが叫び、才天へと迫るがわずか一撃で下半身と上半身が分けられた。

「う、うそや……こんな、こんなん……」

 現状を信じられないまま、カホルが落ちる。嘘、欺瞞。典災は核心に触れるが、ヘレルは一瞥すらせず白銀を見た。

 復帰したブルーノが、予備の剣を抜く。それを合図として、冒険者は無謀へと挑む。

「無駄なことだ」

 光が翼のように広がり、

 クソゲーに蹂躙された。

 もはや冒険者だけが、この世界の主人公ではないのだと、宣言されるように。



























 空が白んでゆく。

 悪夢のような街から離れたアキバ、夜と朝の境目をもみじは走った。

 目指すのは大神殿だ。見かける冒険者は急いで走るもみじを訝し気に見るが気にする余裕はない。

 息を切らしながらも止まることはなく、大神殿に入る。

 無数に並ぶ石棺のような石壇が、嫌いだった。

 静かで、冷たくて。

 見たものはすべて自分の後悔ばかり。

 だから死ぬのは嫌だった。自分を見せられたくない。

 自分が嫌いだ。一人は嫌だ。ちゃんとしないと。

 ちゃんとしなくちゃ、いい子にしてなくちゃ。

『お留守番しててね』

 と妹の手を引いてどこかに行く両親の姿を思い出す。

 死と記憶が満ちているくせに、蘇るそこはひたすらに静かで。

 そこに、白い髪の集団がいた。

 全滅した。

 白銀の頂が死ぬことはよくある。負けることもだ。

 だが、こうも敗残したのをもみじは初めて見た。

 センジは黙っている。L2は何を考えるわけでもなく天井を見ている。

「みなさ――」

 重い空気の中、呼びかけようとして止まる。

 一つの光が蟠り、一人の男が目覚める。

 白い髪、白いコートを身に着けたその姿は。

「ギルマス……」

 誰かが呟いた。

 顔を伏せた男は動かず。

 扉で立ち止まっていたもみじが踏み込んだ。

 ……熱?

 大神殿の中は冷たい。だから、なんだと疑問に思い、それの正体を見る。

「まだだ」

 顔を伏せた男は、センジは、L2は。

 その場にいた誰もが、

「まだ終わってない」

 まだ勝負はついてない。

「俺たちは死んだ」

 だがどうした。

「まだ戦える」

 燻っている。

 感情を爆発させる時を待っている。

 以前、白髪じゃない人間に言われたことをセンジは思い出していた。

 何が白銀だ、黒剣にもシルバーソードにもD.D.D.にもホネスティにも西風にも入れない灰色の連中のくせにと。

 大勢に疎まれていた。好き勝手にやっているのだから、当然だろう。言ったやつは血祭りにあげて橋につるしてやったが。

 燃え尽きた、何かの灰。

 白と灰色は違う。違うんだ。銀色とも。

「俺達は白銀の頂だ」

 宣誓を、

 宣言を、

 再戦を。

「あいつらに地獄を見せてやる」

 大神殿に、朝日が差す。























 人気のなくなった街で、欺瞞が息をする。

「なるほどな……嘘、嘘かぁ……」

 やがて笑い声となり、より歪んでいく。















 夢を見るんだ。

 存在している夢を。

 五体は思うように動き、芳醇な世界に生きている。

 両親がいて、学校に通って提出課題に家で悩まされている。

 素晴らしい夢を。

 そして、その横に、

 何度殺しても殺したりないほどに憎んだ、白い髪の女がいた。

「ヘレル」

 呼びかけに、黒衣の男は目を開ける。

「寝てたの?」

「ああ」

「夢を見た?」

「…………いや」

 何も見ていないと、ヘレルは彼を見る。

 眠りこけている彼は、腹まで消え失せている。

 時間は、もう、

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