第11話 懐かしい光景




「もうピアノ弾かないの?」

 病床の女は、寝たきりのくせになんでもないかのようにそんなことをきいて来た。

「……弾く意味なんかあるのか」

「んー、ないんじゃない? でも、私は好き」

 そうか、と頷く。そしてもう目を閉じている女に告げた。

「じゃあもう、弾くことはないな」

「………………」

 長い沈黙。背を向けて歩き出す。病室には誰も見舞いに来ない。

 目当てだったのは彼女の財産だけだ。

 なら、

 なら。

 楽譜を捨てた。

 燕尾服を脱ぎ、代わりに見目だけは良いスーツを選んだ。欲に目がくらんだ馬鹿を騙せるように。

「初めまして。私はこういうものでございます」

 そして、一つの家がつぶれた。ピアニストの小娘を引き取り、金儲けの道具にし続け、最後まで搾り取った家だ。

 詐欺師はつまらなさそうに札束を得る。

 それから、仮面をかぶり続けた。金を得続けた。人をだまし続けた。

 いつものように騙す。そのためにエルダーテイルを始め、馬鹿な連中につかまった。仕事自体は成功したが、エルダーテイルは続くようになった。

 大災害、恰好の働き時だ。だが、まあ、今回はやめておこう。厄介な鼻を持った馬鹿もいる。

「ピアノか」

 記憶を失った青年に、そんなことをいわれた。なんのことはない、自分がうかつだっただけ、そのギルマスの影が薄かっただけ。

「そうだ、変か?」

「いいや。別に、なんでもいいさ。そのピアノ使えるか」

「…………ダメだな、長いこと放置されてる」

 そうか、とその男はピアノに近付く。鍵盤にふれ、こちらを見た。

「整備できるやつを連れて来よう」

「……弾けるとは言ってない」

「弾いてみろともいってない」

 ただの気まぐれだと男は笑う。

 ただそれだけのこと。後は、飯がうまい。

 それだけのこと。

 それだけのことだ。












「それで? なんで僕なんだよ」

 連れられてきたバーナビーは不機嫌に腕を組む。彼の隣には同行してきたミサキ、エドガー、銀次郎の姿もある。書庫内のメンバーに前衛職がいなかったことや、水雲透が嘘をついている場合の武力制圧のためだ。センジやディー、ライザーなどといった数名はブルーノの傍にいる。

「君なら嘘ついてるかどうかわかるだろ。餅は餅屋ってやつだ」

 L2の言葉にバーナビーはさらに口をへの字に曲げた。

「嘘発見器扱いしないでほしいね。それに僕はこう見えても慈善活動家だぜ? 嘘なんてとてもとても」

「サブ職詐欺師だろ」

 ミサキの突っ込みにそうともいうとひとまず同意を示す。

「だけどこれは詐欺師しか受けられないクエストを取ろうとしてて」

「うるさい、はやくしろ」

 首根っこを掴まれ、モンスターよけの香が焚かれている臨時のテントに運ばれた。ふと掴んだ男に目をむけるとエドガーだ。

「お前嘘見抜けるだろ。僕いらないよね」

「ははは、私は貴様が嘘をついているかどうかの裁定のためにいるのだ」

 嘘発見器の嘘発見器ってなんだよ。

「それにブルーノのためだ」

「……はぁ。厄介な連中だな」

 息を吐いて、バーナビーは手を振り払った。それから服の襟を正し、今度は自分から歩き始める。

 テントを潜り、椅子に座りながら暖かい紅茶を飲んでいる少女を見下ろした。

「僕はバーナビー。ネゴシエイターとでも思ってくれ。こちらはエドガー。我らにとっての護衛」

 先に話し始めて、バーナビーは向かいの席についた。エドガーは二人を挟んだ机の横につき、顔を見えるようにする。あらゆる動きから探るつもりなのだろう。

「水雲透です。あの、ブルーノさんは……」

「彼の場所は明かせない。君はまだ信用できない。だから僕が来た」

 まあ簡単に言うと、

「何か信用できるような情報をよこしてほしい。双方の、目的のために」













「どうだった」

 出てきたバーナビーにL2が声をかけた。

「どうもこうも、相手は初心者で持札はあんまりない。僕じゃなくてもよかったさ」

 些か不完全燃焼そうなバーナビーはネクタイを緩める。

「あれが本物かどうかは別として、聞けたのは一つ」

「は? 絶対偽物じゃないですよ本物ですよ! 信じましょうよ!!! 透ちゃんですよ知らないんですか!?」

「うるせえ! テントから出て来い引きこもり!!」

「同じ空気吸うの解釈違いです!!!」

 テントがわあきゃあうるさい。水雲がきてからアルフォンスは目撃した瞬間泡を吹いて気絶し、テントへと戻ってから一度も外に出ていない。

「あれは無視しろ」

「あ、うん……」

 気を取り直して。

「水雲透が提供した情報は一つ。ある才天の居所だ」

「才天? 典災じゃないのか」

「どうやらね。少し臭いが……本人も知らないらしい」

 それを受けて、L2は少し考えた。カホルは記憶に介入してくるとブルーノは言っていた。ならば水雲の脳もいじられている可能性もある。しかしここで止まっていても無駄だ。障害は叩き潰すのみ。それに書庫で見つけた情報もある。

「いいだろう。話してくれ」

「そいつの名前はバートリー」

 死体を操る、吸血鬼。フルレイドランクの一番危険なモンスターともいえる。

「場所はマイハマ近くの街、クズノハ。マイハマと同様に生きた遺跡があって、影響を受けて栄えてる街」

 それなりの規模を誇っているはずの街だ。狐の伝承も残っており、それにちなんだクエストもいくつかあったはず。

「ギルマスに話通すのかい?」

「通さないわけにはいかないさ」

 彼はきっと一人でもたどり着く。今は大人しいが、きっかけは得た。それをミサキは見ていた。三人目の才天。アイズ。

「ところで、L2は先ほどから大事そうに抱えてるそれはなんだ?」

「ああ、これか?」

 と、L2はなんのタイトルも装丁もなされていない茶色の本を掲げた。

「才天の依代について書いてあったよ。おそらく意図的に仕込まれたデータだ」

「依代? データ?」

「開発者だよ。一人の天才が仕込んでた」

 白い髪の、天才が。

「それで分かったことだが、才天はまだ実装されていなかったNPC、モンスター、大地人、古来種を基にして組み上げられている」

「……誰に?」

「…………さあ?」
































「あなたの悩みは私が全部解決してあげる」

 また夢だ。

 背中に伝わる、温かくて柔らかくておぞましい感触。耳にささやかれる甘い甘い誘惑。

「俺の悩みは絶賛お前が生み出してるよ……」

 嫌そうにそいつはいうと彼女は微笑んでさらに身を寄せてくる。

 わずかに顔を横に向けるとそこに彼女の顔がある。

 赤い瞳がじっと静かに見つめている。

「     」

 いま、なんていった。

 おれは













「…………」

 ぱちりとブルーノが目を開ける。私室は暗い。明かりを消していてカーテンを閉め切っているんだから当たり前だ。

 ベッドから身を起こす。暗闇になれた目は殺風景な部屋をくっきりと映し出す。

 本棚と机しかない部屋だ。あとはベッド。たいてい執務室に詰めているから事足りるし、寝るのもあちらのソファとどっこいどっこい。

 これはもう寝れないなという嫌な確信。溜息を吐くと、なんとなく不平不満はこぼせたような気持になる。冒険者の体はもともと二日に一度寝れば済むような頑丈な体だ。けれど、最近は睡眠時間が少なくなっている。疲れていないとか不眠だとかそういう感じじゃない。必要なくなっているとでもいうべきか。目を閉じて、横になっているだけのことが退屈になってきた。

 ふとベッドの下に仕込んである剣を取り出した。記憶をほんの少し砕き、虹を乗せる。

 指先に当て、引く。つと赤い血が流れていく。

 その指先を意識し、また記憶を砕く。虹は単純な強化だけでなく、回復にも回すことができる。

 だが、傷は回復しなかった。

 否定の剣とヴィルヘルムは言った。

 ならば、これで。









「…………」

 剣を鞘に戻し、元の場所へとしまい込む。

 まだだめだ。

 まだ、だめだ。

 小さい子供のように毛布をかぶってみる。

 くるまって、耐えるように目を瞑った。

 眠気などきそうも無い。

 仕方なく部屋から出る。あてもないがあの部屋に戻るよりましだ。

 そうすると談話室から声が聞こえてきた。顔を出すと、ミサキ達がまだ起きている。

「まだ起きてたのか」

「ブルーノか。君こそ」

「話声が聞こえてきたんだよ」

「よく言うね」

 本を片手にL2が戻って来た。

「なんだギルマス、起きたのか」

「まあな。なんか食うか」

 小腹空いたから適当に作るついでに作ってやるというとL2はためらいなく頷いた。ミサキにも断る理由はないだろう。

 頷きを返し、ブルーノは厨房へと降りていく。

 あたたかいものでも、作って食べよう。

 冷えているから悪い考えがよぎる。

 そうすればきっと。

 でも、

 でも。

 気分を上げたからと言って、何になるんだ。































 L2が掴んだのは彼らの肉体の簡単な情報だ。あるもの端から端まで読んでいくという実にアナログなローラー作戦で得たのは少ない。

 死体卿、バートリー。永遠の命を得ようとしたあの死霊が原のクエストの流れを継ぐはずである未実装のクエストから引っ張り出された死の利用者。

 快楽公、ヴィルヘルム。狂った末に庇護すべきである大地人を絶望の底へと落とし込んだ古来種。

 白銀の姫、プリマヴェーラ。六傾姫の一人。文字通り世界を覆した運命の女。

 最後の一人。これだけ存在が示されているだけであり、ブルーノも見たという証言がある。

 才天は四体。どいつもこいつも厄介な性質を持っているのは嫌というほどに思い知ることになる。

 そして水雲が持ち込んだのはそのうちの一人、バートリーの居所だ。

 クズノハという街にあれは潜んでいるらしい。生きた遺跡と結界があるのにも拘らず、モンスターであるはずのバートリーは潜み、店で働いているとさえ聞く。

 そこに入るには今のままではだめだといわれたブルーノは大人しく待ち――、























 ブルーノの姿は、アキバから消えた。
























 いつものような毎日の中に少し多めの喧騒が入る。

 来たる戦闘のために補給など駆けずり回る様子は平素と変わらない。昼ご飯のために人気な店にかけていくのも、手合わせも、馬鹿みたいな騒ぎはいつも通りだが、厨房を覗き込んだ阿保からそれは足された。

 消えたブルーノのことは特に気にされていなかった、ということはない。ほとんどの人間がブルーノがいないことにまだ気付いていないだけだ。

 オブリーオはリシアのためにも厨房へといらぬ世話を焼きに顔をのぞかせた。昼の厨房に詰めているのは少ないというかほとんど一人しかいない。ブルーノだ。しかしブルーノの姿はなく代わりに。

「…………え?」

 見知らぬ女がいた。

 白い髪を一つにまとめ、手際よく野菜を切り、鍋へと投下していく。エプロン姿で厨房に立つ女性は切れ長の瞳を持っており、真剣な目で鍋を見つめていた。動く度に髪が揺れ、白いうなじをあらわにする。

 綺麗だった。容姿もさることながら、特に目を引くのはさらさらとした素晴らしい白髪である。伸ばされた髪は腰まで届き、その白さは何事にも代えがたい。

 ぼーっと見つめ、女性がこちらに向く気配を察知しオブリーオはそそくさと去った。

「なあ厨房にすげえ激マブいんだけど……」

「ふっる……」

 談話室に入るなり言った言葉にきつめのものが帰って来た。何人かが何事かと面倒そうに首を向けたりして、センジはなぜかその辺で拾ってきたかっこいい棒を持っていた。犬か。

「いやマジで、すげえ美人いる」

「白髪か」

「当たり前だろ」

 しゃあねえなとディーが見に行った。

「めっちゃ綺麗じゃん」

 帰って来た。

「だろ!?」

 わあわあし出したのを横目にカロスはさも面倒そうに立ち上がる。

「どこ行くの?」

「うるさいから帰る」

「えー、ぶるりんの御飯はー?」

 ぴたりと足を止め、渋々座った。

 何人かが厨房へ気配を隠しながら見に行っているとき、ミサキが騒ぎを聞きつけてやって来た。

「なにしてるのさ」

「めちゃくちゃ綺麗な人がおいしそうな料理作ってる」

「はぁ? ブルーノは?」

「あんなんより俺は綺麗な女の人につくってもら」

 言葉の途中でライザーの耳がそげた。

「…………」

 ふあーと退屈そうにあくびをするセンジに視線を移す。棒きれに血がついていた。

「くっつくかな」

「ポーションかけたら治んべ」

 料理できる女性なんかいたかなとミサキは考える。L2、kyoka、リシア、全員料理人ではない。厨房に立つのは少ない人間だ。主にブルーノ。彼専用に調整されたといってもいいくらいの厨房だ。なにせ使うのは彼くらいだから。あとはたまにやってくるシノの奥さんとか。でもあの人は白髪じゃないし。髪を伸ばした白髪かぁ、と思い視線を巡らせるとセンジがいた。いるからない。あとセンジは料理を作るとなんか動くので駄目だ。食べると即死するので兵器利用はどうかという話に上がったことがあるのだが核兵器のようなものなのでやめた。

 どうでもいいかとブルーノの私室に新しく見つけた面白かった本を置きに行く。

 ああだこうだと議論を続けている中、センジが鼻を鳴らした。軽い動きでソファから飛び降りて、食堂へと降りていく。御飯が出来たのだ。合図のようなそれに何人かが続き、オブリーオはついていった。気になったのだ。

 食堂には先にL2が座っていて、あろうことかその美女と話している。

「L2、その人と仲良いのか?」

「は?」

 とL2が呆れた顔でオブリーオを見て、それからその女性を見た。

「……ああなるほど」

 女性は首を振って嘆息しながら料理を置いていく。何度も繰り返している流れるような美しい所作でてきぱきと動いていく。センジが席について、はたと首を傾げた。

「大将、なんで女になってんだ?」

「……え?」

 L2とセンジを除く全員が固まった。

「………………え?」

 席についた女性はなんだと呆れたように息を吐いて、

「なんで気付かないんだお前ら……」

 と、女の声で言った。

「は……?」













「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」





























 起床し朝ご飯を作り、ギルドである限り発生する書類仕事を片付け、昼ご飯を作り、馬鹿と阿保と間抜けたちのしでかしたことへの謝罪周りへと赴き、夕飯の買い物をして夕食を作り、馬鹿たちの相手をしてから寝る。夜、寝きれずに起きているものたちにおやつなどを作って、日が明けるのを待つ。

 それが基本となるブルーノの一日だ。

 呼び出されたロデ研実験棟のとある部屋に入ると、暗幕が下げられていた。見れば外からも見えないようになっており、部屋には女性ばかりが詰めていた。入る部屋を間違えたかと思えば、見覚えのある白い髪がいくつか見える。

「来たか」

 L2がつなぎではないいつもの恰好で出迎える。

「何するんだ?」

「いつも通り実験だ。これ飲んでくれ」

 薬瓶を手渡すと用は済んだといわんばかりにL2はどこかへと歩いていくが、ふと振り返る。

「ああ、暗幕の向こうでだ」

「おいこれ……」

 呼び止めようとするも何も聞かずにL2は行ってしまった。この薬瓶に入っているのは多分……とそのとき扉が新しくがらりと開いた。なんだろうと見れば入ってきたのは眼鏡をかけた痩せた男性。

 ロデリック商会のギルドマスター、ロデリック。彼は部屋に入ると、おやと首を傾げ標識を見る。

「ロデリックさん」

「あ、申し訳ない部屋を間違えて……おや、君は」

 よく見る様にとデリックは眼鏡の位置を調整し、ブルーノを注視した。

「お久し振りです」

「ブルーノさん、これはこれはお久しぶり……でしたっけ」

「前回が……いつだったかな。二か月は空いているかと」

「そんなにですか……毎日忙しいし白銀の名前はいつも聞きますから。ところで今日はどのような用事で」

「さあ……実験だそうです」

 と、L2の方に視線をやると、研究者染みた男も後を追った。

「ああ、L2君ですか。彼女もよくロデ研に出入りしているみたいですね」

「お世話になっております」

「いえいえこちらこそ」「いえいえ」「いえいえ」

「おいそこ何をしてる。早くしろ」

 頭を下げ合っているとL2がとめた。それに苦笑しながら、ではとロデリックは部屋を後にする。

 ブルーノはもう一度瓶を見下ろし、暗幕まで歩いていく。

「まあ……為せば成る……か」

 ぐいっと瓶の中の液体を飲み干して、体中に痛みが走った。

「づっ……ぎっ……あ、あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



















「で、こうなった」

 もぐもぐとご飯を食べるセンジとL2の横で女体となったブルーノは変わらず呆れて息を吐いた。

「…………」

「…………」

「………………」

「なんか言えよ」

「いや……ギルマスずっと女のままでいいんじゃねえか」

「しばくぞお前……」

 包丁を掲げるとひいっとディーが怯える。いいからさっとご飯食えといわれるとそのまま食事にありつき始める。

「しかし……なんで女体化」

 思っていた疑問を口に出すと、ブルーノの代わりにL2が答える。

「バートリーのいる店が男性出入り禁止なんだ、従業員でもない限り。だから女にした」

「なんで今からやってんだ……」

「慣れるの速い方がいいだろう?」

 なあと聞くとブルーノは黙ったままうんともすんともいわない。

「しかしまあ、わかんなかったな。動作からして女の人だぜ。どうやってんだ」

「別に……ちょっと参考がいるからそれをもとにしてるだけだ」

「女か……?」「女の匂いしてきたな……」

「お前ら俺の今の姿ならセクハラで訴えられるからな」

「は? ギルマスはギルマスだろ? だったら別に……」

 オムライスを口に運んでいるkyokaがにっこりとほほ笑んだので黙った。

「それで、どうするんです。クズノハに攻め入るのは」

 クリスがごちそうさまを終える。

「明日の夜。ポーション類が少し心もとないから仕入れてる。あとは各自で何とか準備してくれ」

 できるだろ、と言外に訊ねるブルーノに、白銀は当然とやはり言葉なく答える。

「俺もなんとか準備はする」

 そういうと、クロ―ディアがブルーノの肩をつかみ奥へと連れていく。

「さあブルーノ。スカートの中が見えないような歩法を教えてもらいましょう。安心なさい、私も初めて習うのです」

「クロ―ディアはその年に……いや自由だな、うん自由」

「ええ、ええ。ミニスカートも試してみましょう」

「やだあああああああああああああああ!!」

 悲鳴が響いて、それきり聞こえなくなった。食事を終えた女性からそちらへと歩いて行き、ライザーが素知らぬ顔で行こうとしたので手と足を逆に付け替えられた。

「…………ギルマス、ミニスカになんのかな」

「…………どうでもいい」

「あっくんなんでいま顔赤くしふぶぉ!」

「あっくんて呼ぶな」

 残された阿保たちもゆるゆると準備に戻っていき、残されたのは動けないし自害もできないライザー。

「……あれ、俺放置? マジで?」

「ねえ、ブルーノ知らない?」

 ミサキがひょっこり顔を出すと、ぐろいライザーに顔を顰める。

「お、ちょうどよかったミサキ助けてくれ。ギルマス教えるから」

「ふうん」

「ギルマスは女体化した。にょマスになって奥でミニスカはいてる」

「…………かわいそうにね」

 ライザーに哀れみの視線を向け、ミサキがさっていく。

「…………………マジ?」

 舌を噛み切るのがまだ残されていた。

































「すごいな……」

 クズノハはマイハマの夜と同じくらい明かりが溢れていた。アキバには劣るが、あれは夜ごとに起きている冒険者がおかしい。

 大地人の街は基本的に眠らないことはない。それこそ冒険者などと溶け合っていない限りだ。

 そんな法則にもれず、クズノハも冒険者の姿が見えた。大地人でさえも顔を赤らめ、騒いでいる。

 その理由はこの町に輝く歓楽街。惜しげもなく魔石を使い、通りを光に染めているのはアキバと同じだが、なぜかこちらの方が下品だ。

 L2はそんな町の様子に顔を顰める。

「嫌な感じだな」

「何が」

 普段通りの恰好のL2に振り返ったのは女性用の服装をしたブルーノだ。これがなかなか似合っている。いつも袖を通しているコートではなく、白いロングスカート姿で腰に剣はさしていないが、スカートの内側、太腿のあたりに短剣を仕込んでいるのをL2は知っている。

「視線」

 ああともううともつかぬうめき声みたいな相槌をブルーノはついた。まとわりつくような視線と酒気を嫌になるには充分な時間だ。

「エドガーも呼べばよかったか」

「冗談だろ。エド美だぞ」

 エドガーでも女体は試されたがなんか金髪ドリルのお嬢様が出来たのでやめた。声は普段より低く渋めの声になったので訳が分からなかった。それでいて動作は完全に女性だったので化け物としてロデ研で殺された。

 外観再決定ポーションは数も少なく、男性陣に高度な擬態などできるわけもない。ブルーノは才天絡みで必ず必要な存在なためダメであっても知識を叩き込まれる予定ではあったが何故か出来たためにいらないスカートで気を付けることだとかを叩き込まれるのみに終わった。喋り方などの参考があったのかと聞けば一人だけと答えるのみだ。少ないポーションの一本はエド美という化け物を生み出すために消費され、これ以上在庫の消費を恐れた結果、ブルーノのみが女体ということになった。

 バートリーが潜んでいる店に直接赴くのは三人。L2、ブルーノに、センジだ。センジは先ほどからずっと黙っていることを命じられてついてきている。後で肉を好きなだけ食べていいといわれたから大人しくしているが、たびたびブルーノに向けられる視線に威嚇していた。

「ついたな」

 大口を開けた、アキバ外では珍しいきちんとしたビルが建っていた。それも苔や草などが根付いた状態ではなく、神代のようにネオンのような魔石をつけてだ。

「大層な名前だ」

 女性のみが歓迎される夜の店と言えば、あちらでは散見できるが、こちらではここにしかない。

 つまり、才天バートリーが潜んでいるのはホストクラブ『reach heaven』だ。

「いらっしゃいませ」

 入るとボーイが頭を下げ、先導してくる。大人しくついていくと、ホールの様子が見える。

 客は冒険者の方が多い。大地人もいるが、身なりが良い。ということは貴族のお忍びということになっているのか。先月の会議と騒動の取りまとめとして今月、改めて条約締結の式典が行われる影響があるのか。

 ホストはなんかきらきらしてるのが多い、たぶん客がカラスなのだろう。

「口調、気を付けろよ」

「わかってるわ」

 釘刺しに女口調で答える。型にはまっているのが無性に嫌だった。

「こちらです。少々お待ちください」

 一角に案内され、ソファに座る。周囲がうるさいのに内心舌打ちする。当然なのだろうが頭が痛くなる。L2もそうなのだろう、顔を顰めている。

「気付いてる?」

「当然」

 センジもふんふんと頷いた。ここは戦闘可能区域となっていた。何の理由があってかはわからない。何か厭な予感がするのは確かだ。

 さっさと見つけて待機させてる白銀を突っ込ませた方がいいかもと考えていると、一人の男が傍に立った。ホストがきたのかと思うと、

「やあ。なんで性別が変わってるんだ、ブルーノ」

 髪を上げて、真っ白なスーツなバートリーがいた。

「いきなりかよ……!」

 三人が躊躇わず剣を抜こうとすると、バートリーがブルーノの首に迫った。

「っ……」

「手が早いな。それにここは戦闘禁止区域だぜ?」

「は?」

 こいつ何を言ってると顔を見合わせると、バートリー自身も向かった三人の反応に首を傾げた。

「何かおかしいかい?」

「いや……ここ、戦闘可能、だろ?」

「……なんだって?」

 そんなはずは、という言葉は途中できれた。

 バートリーとブルーノに突然、刺されるような鋭い感覚が差し込まれた。ばっと二人がある方向を見た瞬間に、

 店の外から地鳴りが響いた。

「なんだ?」

 ざわざわと騒ぐ客の中、少しのボーイや客たちがそれに気付く。しかし酒と場によって流されていく。

「何があった」

「典災……」

 呟いた言葉に疑問を持つより先にL2に念話が差し込んだ。

「どうした」

『エル、襲撃だ』

 偽物たちが現れた。

 水雲透が持っていた情報。それはカホルたちが襲撃を仕掛けることも意味している。だが、まさか被るのか、このタイミングが。

「ギルマス」

 呼ぶなりバートリーが動いた、いや後ろに飛び退った。

「厄介ごとばかりに巻き込まれるなぁ」

「お前らが厄介ごとだろうが」

 ブルーノの言葉に吸血鬼はその通りと笑った。

「それが今日は四人だ。四倍だぜ?」

「四倍?」

 意味が分からない言葉を理解しようとしてすぐにやめた。

「センジ!」

 呼ぶよりも早く武者はかけている。渾身の剣を振り抜くがバートリーはひらりとかわす。周囲から悲鳴が上がる。

「悪いが後でだ、今は――」

 あっちが優先だといって奥の扉へと身を滑らせていく。

「L2、外に出て他と合流しろ。センジ、追って殺すぞ」

「了解」

 L2がためらわずにかけていき、センジとブルーノが奥の扉へと走る。

 残された客と従業員たちはその後、外からの悲鳴に怯えることとなる。

























「菫星、さま……?」

 供贄一族の男は信じられないものを見たように目を見開いた。ぐりんと目玉が白目をむき、どさりと男は冷たい地面へと落ちる。

「ん? あー、あー、そういう名前やったか、こいつ」

 へらへらと彼では想像できないような笑みを浮かべて、菫星だった男は死体を踏みつけ、その装置へと近付いた。

 生きた遺跡群の一つ、クズノハの街に結界を張り巡らせている装置だ。魔力をみなぎらせ、モンスターたちを寄せ付けず、アキバなどの主要都市には劣るが衛兵たちを動かす機能も存在している。

 だが、結界が張られている場所もカホルの変身にかかればすり抜けられる。

「どうやって止めるんやろなぁ……ま、ええか」

 剛腕へと変化させ、それを思いきり装置へと叩きつけた。破砕音が響き、ちょうど転移してきた衛士たちの動力甲冑が動きを止める。

「さあ、才天。始めよか」

 生存戦争ってやつを。

 血まみれの遺跡に、笑い声が響く。

 クズノハの街の結界は機能を停止し、

 そして、偽物たちが街へと解き放たれる。


















「あ? なんだ、お前……学生か? 学生がこんなところにこんな時間にいちゃいかんぞぉ!」

 酔っぱらった男はしゃっくりをしながら制服の少年に話しかけていた。

 ゲームで制服を着ていたからと言って学生なわけないと冷めた頭でミサキは突っ込みをしながら、L2たちが入っていったビルの方面を見た。

 白銀のメンバーを街にばらけて置き、どこにバートリーが出ても対応可能な布陣だ。ミサキが担当しているのは街の端、キャスリングで即座に移動できる召喚術師が故に建物の上に鴉を置きながらの下での監視だ。

 クズノハには遺跡がまだ活動しており、そのためか地下にも通路がある。神代の面影を色濃く残しているホストクラブには当然その通路は通じている。だからこその配置。

「どうなる……」

 呟いた後ろで、水音がした。

 ばしゃりという嘔吐物にも似た、水気を含んだものが落下する音。

 勢いよく振り向くと、酔っぱらった冒険者が落ちていた。

「――――っ!」

 息をのみ、瞬時に構える。

 竹刀袋を投げ捨て、抜身の刀身を構えた男子学生にミサキは目を瞠った。

 ありえない。ここは結界が張られて――、

「いや、嘘だろ……!?」

 戦闘不可ゾーンを示すアイコンが消滅している。それが示すことは一つ。

「結界の停止……!?」

 いうなり男子学生が加速し、ミサキを切り裂いた。しかし血飛沫は上がらない。そこにミサキの姿はなく、かわりに鴉が炎で斬撃をせき止めていた。

 入れ替え転移で建物の屋上に上がったミサキは異常事態を知らせるべく信号弾を打ち出そうとするがそれよりも早く悲鳴が上がった。

 一か所ではない、複数、街前提でだ。

「まさか……」

 途端にパーティーチャットに無数の音声が流れだす。どれもが現れた想定外の襲撃者に関する報告。戦闘音が届き、途切れるものさえいた。

「ブルーノ!」

『典災の襲撃だ。襲撃のタイミングがあっちと被った! 相手は――』

 先ほどの男子学生が壁を駆けあがり、ミサキへと迫ってくる。

『カホル率いるVだ。先に行っておくが今回を逃す気はない』

 鴉を呼び戻し、炎をぶつける。怯んだがわずかだ。負傷を気にせず薙いできた。それをよけるために屈むと、学生を背後からkyokaが蹴り飛ばす。

「無事か!?」

「なんとかね!」

 応戦体勢を取り、瞬く間に混乱に包まれた歓楽街にギルドマスターの宣言が響く。

『殺せ、バートリーも、カホルも』

 大地人も冒険者も才天も典災も関係なく、命を奪い合う。

















 今までの暗い通路ではない、広い場所へとセンジとブルーノは出た。

「駅か!」

 線路の先は瓦礫で崩れているが確かな面影がある。地上へと上がる階段の前には、

「バートリー!」

「しつこいな、君らも」

 吸血鬼が剣を抜くと同時に疾走した。センジがすんでのところで防ぐもフィジカルの差で吹き飛ばされる。

「セ――!」

「よそ見」

 振り向こうとしたブルーノへと剣撃が迫った。

 レイドランクモンスター、それもボスレベルの攻撃は付与術師が援護している守護戦士が受けても二割の体力が削られる。防御してもだ。五度受けるだけですぐさま死に至る攻撃を後衛が必死に回復し、つなぎとめる。その間に攻撃職が畳み掛け、なんとか倒しのける。

 それがレイドランク。エルダーテイルにおいて花形レイドであるフルレイド、バートリーはそれだけのフィジカルを全力で振るい、叩き落そうとしてくる。

「――――!!」

 がきりと剣が止まる。受け止められた。風圧でブルーノの長髪が揺れる。ぎりぎりと剣同士が鍔迫り合っていた。

 剣とブルーノの体にまとわれるのは虹だ。記憶を砕き、対する力を手に入れる。

「そういうことか、面白い」

 薙ぐような一撃を叩きつけるように上から潰した。馬鹿みたいに重い。攻撃を防ぐたびにバートリーは笑みを濃くしていく。

「いいね、ブルーノ! 面白いぞ!」

 高速のやり取りが続き、バートリーの余裕は崩れない。一撃交わされるごとにブルーノは自分の体を呪った。

 噛みあわない、足りない、まだ、まだまだまだまだ、調整が済んでいない。筋量の差だ。男と女、当然の性差に心の中で舌を打つ。男性の体は初速は遅く、代わりに重い。反対に女性の体は初速が出るが軽い。その軽さも冒険者という状況においては関係ないが、意識あるときからここに馴染んでいたブルーノにとってこの差は他の者たちよりひどくのしかかる。

 コンマ一秒、コンマ二秒。もはや達人や機械でなければ判断でき得ないようなわずかな感覚のぶれがブルーノを阻む。

 攻めには移れない。相手の速度が段違いで虹の制御が思ったよりも手間取る。これも未だ馴染んでいない。

 攻撃を耳がかすめた。血が飛ぶ、その先にセンジが飛び込んでくる。刀が二人の間に差し込み、避けすらしないバートリーはそれを手で受け止めようとするが、異音が走った。

 滴り落ちる赤い血。

 バートリーが受け止めきれず、斬れた。驚愕、気を取られる隙間にブルーノが蹴りを入れ距離をとる。

『どうよ大将』

『上の状況がキナ臭そうだが……プラン通り最初は俺らで削る』

 そもそもバートリーを釣り、みんなでボコる作戦だったのだ。いまここにL2がいない以外変更はない。

「成長してるんだ」

「俺は最強だぜ」

 刀と剣の切っ先が向く。バートリーが試すように何度か手を確かめるように動かす。

 さてどうするか。このまま相手をしてもいいが上が気になる。妙な気配がいくつも動き、典災がきている。ブルーノを掻っ攫われても面倒だ。

 ここは、

「逃げだ」

 背を向け、ためらわずにバートリーが走り出した。

「は!?」

 急な逃亡に面喰らってしまうがすぐに復帰し、センジとブルーノが追い出す。

「待てコラ!!」

「待つわけないだろ」

 階段を五段飛ばしで駆け上がる。十段飛ばすバートリーはすぐに道を曲がった。ドリフトのように曲がろうとするがブルーノが突然弾き飛ばされた。

 横にいたセンジはためらわずにブルーノをひっつかんで、ぐるりと回って隣の壁にたたきつけた。

「……いってえ」

「わりぃ、蹴りゃよかった」

「これでよかったよ」

 半ばめり込んだ体を引きずり出すと、ブルーノを殴り飛ばした者を見据えた。

 四つ腕の怪物。名前はバークでレベルは六十二。ハーフレイドモンスター、ダンジョンの中ボスとして見かけるよくあるモンスターの一体。

 普通と違うのは付与されたアンデッド属性。

「バートリーの死体か……」

 厄介だ。目の前の敵に対してではない。バートリーの死体操作が、ハーフレイド程度のモンスターなら配下に出来るという点についてだ。放置しておけば厄介になる、既に厄介となっているのか。

 まあいい。

「そこ退けよ、くそったれ!!」



















 飛び出してきた狐尾族のVを銀次郎が斬った。手ごたえはない。こんとせせら笑うような声と共に後ろに現れる。背後を斬ると距離を取られる。

 だがその距離は。

「――――!!」

 きん、と納刀の音が響くとばっと血が咲いた。ぐらりと崩れたそいつはピースサインをしたまま砕け、泡と消える。

 数が多い。三十、四十、いや五十程度はいると考えた方がいい。どれもが特殊能力を持っているが能力にはムラがある。

 面倒だと考えながら銀次郎を移動していくと、目の前を何かが横切り、露店へと叩きつけられた。露店は粉々に壊され、もうもうと立ち込める煙の中ふらりと立ちあがる大きな人影が出来上がる。

 刀の柄を握るとばたんとそれが倒れた。耳が長い、ハーフアルヴ、いやエルフの……ガタイがいい、しかしスカートをはいていた。オカマか、オカマでいいのかこのゴリラ。

「おいおいおいおいおいおい!! 一発で当たり引けるって俺やっぱついてんじゃねえか!? なぁ!!!」

「お前……!!」

 後ろから響いた声に銀次郎が振り向くとそこには、

「クソ猫ぉ!! ぶっ殺しにきてやったぜ!!」

「ドレイク……!!」

 片手に女を掴んで、殺人鬼が吼えた。

 因縁の到来に銀次郎は総毛立ち、雄たけびを上げながら飛びかかった。

「あんときの仕返しをしてやるよ!!」

 ドレイクが叫んだその時、ぴくりと掴まれた女が動いた。

「は――?」

 裏拳がドレイクへと叩き込まれ、筋肉質な体が容易に浮いた。銀次郎は空中で急停止をかけ、踏みとどまり、目の前の光景を直視する。

 ドレイクを殴り飛ばすほどの膂力。ポニーテールを揺らしたその女はどこからか金属バットを取り出して、ヤンキーのように肩にあてた。

「っ、V」

 いうなりヤンキー女が来た。一足で距離を詰める。バットと刀がかちあい、盛大な金属音を響かせる。

 野球でもたしなんでいる様子は振り方してからない。マジの喧嘩殺法とでもいうべき攻撃に銀次郎は真っ向から競り合った。

 我流のスタイルなどエルダーテイルでは当たり前だ。誰が効率的な戦い方などでいるだろうか。現実では圧倒的にただのオタク共が多い。例外としては一通りの格闘技をマスターしているエドガー、野生動物染みた直感とタンク兼アタッカーの役割さえこなせるセンジ。

 この二人と散々手合わせをしていて、第二隊のメイン盾を引き受ける銀次郎はこの程度で屈しはしない。

「俺を忘れんなよてめえらぁ!!!」

 暴走列車の如くドレイクが追突してくる。拮抗した鍔迫り合いを中断し、横から割って来たドレイクの攻撃を捌くとヤンキー女の打撃がかする。避け損ねた。ドレイクが詰めてくる。乱れたところの集中狙いは定石だ。

 己の失態を呪いながら回避しようとするも拳打の方が早い。

 しかしそれよりも早くドレイクの腕を白い薔薇がからめとった。

「この魔法……!」

 静止した間に後退すると同時に小刀を投じ、ドレイクに巻きついた茨を裂くと、破裂し固定ダメージを与える。

「クソ付与術師!!!」

 ドレイクが咆声すると銀次郎の後ろに二人の支援職が降りてくる。

「ようやく兄貴以外と合流できたと思ったらあいついるのかよ……」

「俺らそんな恨み買うことしたっけな……」

 出雲と水連だ。出雲が障壁をドレイクに投射し、水連が支援を開始する。

「状況は見てのとおり、乱戦だ」

 ゆらりとまた別方向から現れる現実の仮想染みた恰好をしたVたちが追加された。今度は邪気眼でも背負ってそうな中学生とこれまた金髪の中学生。

「どこもそんなものか。嫌になるな」

「殺してやるよ、クソ猫!!!」



















「ミサキ、どうなってる!?」

 クラブから抜け出してきたL2となんとか合流を果たしたミサキ達は状況の確認を急いだ、が。

「みんなばらばらだ。各地に配置してたし戦闘で場所が変わってる。戦闘音からしてどこにいるのかはわかるが、何処に誰がいるのかはわからない……」

 ビルの屋上から見る景色は悲惨の一言に尽きたが、まだ一角だ。町全体に戦火が広がるわけではない。しかし、巻き込まれた大地人は確かにいて、在野の冒険者たちも突然襲い掛かって来た偽物に抵抗している。

「ブルーノたちは?」

「ギルマスはバートリーを追った。センジと一緒だから問題はないだろう。問題なのはむしろこっちだ」

 火の手と悲鳴、破壊は徐々に拡大していっている。

「ともかく、目についた敵を片っ端から排除していくしかないな。バートリーたちへの対処もそれから――」

「L2、ミサキ……あれ……」

 kyokaが青ざめながら指差した先を二人は見た。

「ああくそ! 動くよなそりゃ当然!」

「ギルマスたちはどうなった……?」

 悪態をつきながら、三人は屋上から飛び降り攻撃を開始する。

 彼らの眼下では、地面が盛り上がり、死体たちが踊り上がってきていた。

 偽物と死体がクズノハの街に解き放たれる。

 Vと死体が争い始めたところに横槍を入れた。アタッカー、タンク、サポート、バランスは良いし熟練だ。死体を片付け、Vに取り掛かろうとするもすぐに死体が生えてくる。

「多いな……」

 偽物も多いが死体はその三倍くらいは上がって来た。ちょっとしたゾンビパニックものみたいな光景になる、そこに仮装したような冒険者やVがいるために馬鹿げたハロウィンの出来上がりだ。

 楽しくないのは相変わらず多い人混みとすべて本物で、命の奪い合いというところ。

「エル!」

 L2に迫るゾンビが弾かれた様に違う方向へと注意を引き付けられる。氷の槍を叩き込むと簡単に沈黙した。

「クロ―ディアか!」

「私もね」

 ヴィヴィアーノが撃ち漏らしを仕留め、合流した。移動しながら敵の排除を繰り返していく。合流を目指すのが優先だが街の通路で十二人程度の集団戦は厳しいか。そうなると個々のパーティーに分けて連携しながら対処するべき――。

「エル」

「なんだ」

 ミサキがフェニックスに指示を出しながら言った。

「他の奴らも呼ぼう。白銀だけじゃなくマイハマの知り合いとか、この状況が続くなら結構まずい。外から呼んで包囲戦でしめたほうがいいだろ」

「そうだな。そうするとしよう。kyoka、悪いが上で呼んできてくれ」

「ほいほいっと」

 迫る妖精を蹴り込み、死体を足場に跳躍。あっという間に屋上まで登ったkyokaは動きを止めた。

「? どうした?」

「いや……その……見覚えがある暗幕が……」

 暗幕? と疑問符を浮かべたL2たちはビルが並ぶ通りを抜け、広場に出た。

 そこで見たのは、星も月も無い夜だった。

「まさか……!」

 急いで開いたメニュー画面で転倒しているのはシステム的宣言。

 ゾーン脱出不可。出入り禁止の結界。

 こんなことをできるのはあの魔人しかいない。

「ヴィルヘルムか!」

 言うなり二か所で爆発のような衝撃が噴き出した。

 片方は黒い何かがせり上がっている。

 もう片方は、

「結晶……?」

 透き通るきらきらとした結晶が街へと降り注いでいた。月光を反射し、加速をもってクズノハを侵害している。

「まさか……」

 城址でのルグリウスとブルーノが戦ったとき、彼は何か結晶のようなものが援護してくれたと語っていた。

 彼に味方をする異常。才天はなぜかブルーノに好感を抱いている。

 白銀の姫。

 六傾姫の生まれ変わりと才天の少女。

「三人もここに……」

 街は戦場として加速していく。
































「あらら、ひどいなぁ」

 散々な現状を見下ろしながらカホルは屋上の縁に腰を掛けていた。

 偽物が溢れ、死者が溢れ、冒険者が走って、大地人が駆られていく。

 現状を把握できない人間から消えていく有様に耳を傾け、カホルは満足げに微笑んだ。

 冒険者が死んでいく。光が現れ、自分の中が満たされていく。創造者たちなどに分けることなく、自分の中に人の魂が飲み込まれていく。

「可哀想になぁ、死にたくないし見たくもないし忘れたくもないやろうに……」

「カホル」

 重く黒い声が後ろに現れた。

「来たか、ショタコンおじさん」

「たわけが。意味があっておらんわ」

 双剣を抜き、暗殺者は静かに構えた。

「以前の雪辱を晴らさせてもらおう、貴様の首でだ」

「やってみぃ、エドガー君」

 踏み込んだコンクリに亀裂が走った。踏み込みの分だけエドガーは加速し、視界から掻き消える。

 見失ったカホルは即座に腕を伸ばしあらゆる角度へと斬撃を入れるがどれも外れ、斬られた。触手を切り裂かれ、接近されるもその斬ったものが破裂し、エドガーに破片が突き刺さる。

 それすら気にせず突っ込んでくるエドガーに対し、カホルは地面へと剛腕を振るった。

 建物が呆気なく倒壊し、粉塵が舞う。

 落ちていく中、瓦礫を足場にしエドガーはためらうことなくカホルへと剣を振るう。

「なん、でわかんねん!」

 確かな感触と叫び声が響く。次撃へとつなげようとするも落下が早い、いやカホルが落ちて行った。

 高所から叩き落された石片の数々が地面へと墜落し、煙が立ち込める。どこへ、とさ迷わせた視線の背後から煙が動いた。

 ほぼ反射的にエドガーが振り向き、剣を振るおうとし、

「――――」

 止まった。

「エドガーさん!」

 紫苑が、そこに。

「バァカ!!」

 ぐにゃりと紫苑の顔が歪んで、腕が鞭のようにしなった。よけようとするも遅く、脇腹が抉られる。

「貴様……!!」

「騙される方が悪いやろぉ。しかしまあ、似てるやろ? 君の好きな紫苑くんにさぁ!」

 せせら笑うカホルが加速した。今度はL2に変化し、かざした腕の先からフロストスピアを打ち出す。

 変身だけでもなく、特技の模倣という埒外の所業。限界を超えた、典災の躍動だ。

 氷が叩き込まれ、冷気に満ちる中、カホルはその姿のまま耳に手を当てる。

「おやおや? あらら、もう死んじゃったんか。いきなりこれやもんなぁ。よっわ――」

 氷が一拍遅れて斬られた。

「あ?」

 とん、と軽い着地が響き、後ろから剣音が鳴る。

「それだけか?」

 真似事だけかという問い。

「てめ」

「ならば脅威ではない」

 振り向くより早く、斬撃が走った。

「かっ――!!」

 前回のように逃げることは許さない。続いて繰り出すのは必殺だ。

「アサシ――」

 お決まりの一撃が閃くと同時、エドガーは地面へと叩きつけられた。

「――――!?」

 ついで大砲のような衝撃がエドガーとカホルの中間へと着弾する。

「遅い到着やなぁ」

 ひび割れた地面の上に立つのは紺色の外套を身にまとった威圧的な男。

 この気配。この百を超えたレベルは。

「これでも随分急いだんだがね。私が駆けつけなければどうなっていたか」

「阿保言え。余裕で耐えれたわ」

 どうだかと鼻で笑う男はややあとこちらに向き直る。

「それでこの男か?」

「ちゃうちゃう。ブルーノ君は白くて覇気がないやつや」

「ではこれは何かね」

「邪魔もん。相手しといてくれん? 僕が捕まえに行くから」

 仕方ないと男は肩をすくめるその横をエドガーは駆けた。

「行かせるわけがないだろう!」

 剣が走り、カホルをとらえようとした瞬間に軌道がぶれた。

 引っ張られるような感覚がして、強引に曲がる。

「っ、貴様か!」

「無論」

 男が迫り、打撃が腹に叩き込まれた。刃を合わせるが勢いは殺せず、骨が歪む。

 宙へと投げ出され、体勢を立て直そうとするも飛んだ男に蹴り落された。建物を突き破り、酒瓶を叩き割ってエドガーは止まる。

「ほんじゃ後は任せた」

「待」

 開こうとした口に靴底が容赦なくぶちまけられた。

「名乗ろう、我が名はヤゼル。愛の典災」

「私の名はエドガー。紫苑大好きクラブ会長兼江戸川財閥専務、並び江戸川第三財閥代表取締役」

 参る。















 影が人を殺めていく。

 結晶が偽物を押し潰す。

 死体が立ち上がり、冒険者も大地人も偽物も関係なく襲い始めた。

 魂と魄が消費され、浮く共感子は奪い合われる。

 才天と典災。二つの異形による奪い合いだ。

「お前は……!」

「おや、白銀か。いいだろう、相手をしてあげよう」

 クリスと一哉、オブリーオの三人がヴィルヘルムと接敵した。白銀は各地に散らばり、合流を目指しながらも溢れる敵への対処を求められる。在野の冒険者たちもそれにならっていくが状況は芳しくない。

 ホストクラブ前広場、そこでシノともみじは急停止した。

 息を短く吐き、何とか落ち着かせようとする。

「やあ、白銀の頂」

 現れたのは、バートリー。補足されてしまった。

『もみじ』

 シノが念話で囁く。

『俺が数秒引き付ける。後は、』

 わかるなと言葉を切った。

 でも、と抗議しようとしたもみじは他に何もないことを理解している。どうせ死にはしない。だから、でも、死ぬのは。

 嫌だ。

 誰だって、あれを何度でも味わうのは嫌だ。たたらを踏むもみじをよそにシノは前に出て、杖を振りかざした。

「ナイトメア――」

「今急いでるんだ」

 詰められ、シノの腕をおもむろにつかんだバートリーはそのままねじった。自身の腕がばきばきと捻じ曲がるのもかまわずに投射された呪文はシノの腕の中で暴発する。

 破裂したナイトメアスフィアは範囲指定型の呪文だ。至近のバートリーにも勿論精神雷撃が炸裂し、移動速度低下を引き起こす。

「今急いでるって聞こえたよね?」

 にこやかに笑い、拳一つでシノの頭蓋が陥没した。カエルみたいに潰れた猫の頭がひどく滑稽だ。

「ひっ……!」

 漏れた悲鳴。もみじは逃げられなかった。聞きつけたバートリーはこちらを見る。その視線を受けたとき、後悔があふれ出てきた。

 どうして、どうして私はいつも、不出来で、ちゃんとしようとしてるのに。

 スイッチが入りそうになった思考ごと、護符を握りしめた。

 そんなことを考えている場合じゃない。なんとかしないと、なんとかして。

 なんとか。

 わずか一足で、目の前にバートリーが来た。

 呼吸を忘れる。

 見惚れるほど白い肌に、赤い瞳。

 ちらりと見える犬歯。

 目を奪われた理由は綺麗だからだとかそういうことではない。

「どうして……」

 似てる。

 嘘だ。違う。

 バートリーが手を伸ばす。そうすれば触れられる距離にいた。

 伸びた手が、頭に置かれる。

 違う、違う。

 ありえない。

 その魂は、彼に似ていた。

 ギルドマスターに。

 落ちた果実のようになったのはその直後であった。


















 地下に蠢いていた無数の敵のせいで、センジとはぐれた。

 なんとか地上に這い上がったブルーノは懐かしい光景を見ることになる。

「たすけてください冒険者さま!」

「うるさい! こんなのはしらない! こんなクエストは知らねえんだよ!!」

「誰か! 誰かぁ! 妻が下敷きに!!」

「やだ! やだやだやだ! お願いしますたすけ」

 人が死んでいく。

「おい押すなよ!」

「この町から出ればいいんでしょ!!」

「だからあの影が邪魔なんだよ!!」

「早くしろよ!!」

「化物だ! 化物が来たぞ!!」

「どけよ!!」

「ねえ子供がいるの押さないで!!」

「押すなやめろ!! 触ったら、ぎゃあああああああああ!!」

 建物が崩れて、あちこちで靄がかったように空に煙が飛んでいる。

 頭が痛む、吐きそうだ、気分が悪い。

「なんなんだ……なんなんだよ……」

 呆然と空を見上げていた男がぐったりと倒れた。頭がなくなっている。

 反対だと思った。ザントリーフと反対だ。

 蹂躙されているのがどちらかの違い。そして大地人が魔物たちに襲われて死んでいくのも、この世界では当たり前だった。

 サバイバルだとエルダーテイルの落とされた冒険者の誰かが言ったらしい。

 馬鹿なんだろう。

 いつだって死はすぐそばにいるのに。

「おとうさん……おかあさん……どこぉ……?」

 泣きじゃくる、青いリボンを付けた子供が目に入った。

 逃げ惑う大人たち。縁もゆかりもない男がその少女を抱き上げて、一緒に逃げようとするが少女はびっくりして暴れた。無理やりにでも抑え込んで走る。

 追うように鳩の群れが現れる。Vだ。

「逃げろ!」

 誰かが逃げる一団の中から引き返した。囮になるのだ。

 木をもってどうせ死ぬのだからと命をなげうつ。

「うわあああああああああ!!」

 その叫びにどんな意味が込められているのか。

 鳩が迫る。

 時間を稼ぐんだ、何秒でもいい。無駄にはならないとそう自分に言い聞かせた。

 眼前へと迫った時、そいつは死にたくないと思った。

 そしてその時間稼ぎは呆気なく終わりを迎える。

「逃げろ!!」

 投じられた剣が鳩を貫く。ブルーノが男を押しのけ、未だあがく鳥を踏みつぶした。

「冒険者様!」

「早くしろ!!」

 男の背を見送ることなく、鳩の死体が消えていることに気が付くとその場から飛びのいた。

 脱出マジックにでも使うような西洋剣が先ほどまでいた位置に突き刺さり、着地したところへとフラスコが投げつけられた。

 割れたフラスコが一瞬で空気に反応し、空気が膨張、爆発を引き起こす。ライトニングステップで後ろへと飛びのくと、二人のVが姿を現す。

 白衣の女といかにもマジシャンな女だ。

 どうでもいい。刀を放り投げると、二人の女は突然の行動に目を奪われた。武器を捨てるという致命的な行動。ブルーノは身を前に倒し、行った。

 時間をかけている暇はない。

 アルフォンスが言うにはこの二人は見たまんまマジシャンと実験好き。何かをされるより早く取る。

 はっと気が付くマジシャンの横で未だ目で追っている白衣の女の首へと剣を容赦なく突き刺し、引き裂いた。信じられないものでも見るかのように呆気を取られた表情のまま、皮が伸びていくのから目をそらしマジシャンが振るうステッキをよける。

 遅い。

 ステータスの振り方がとがっているのか能力のせいかどちらでもいい。返すステッキよりも早く斬る。感触は呆気ない。

 ばっと視界一面に白が咲いた。やかましい羽音と共にだ。

 マジック。小さな靴音が響き、まだ生きていると悟る。

 羽音に紛れ、かしゃんとガラスが砕ける音。白衣の置き土産とわかると同時に、鳩ごと爆炎に飲まれた。

 上がる火の手と周囲に巻かれた焼けたゴムの匂いでマジシャンは彼が死んだと判断。後ろを向くと、どんと体が押された。

 よろけ、何かと見れば体から剣が生えている。虹が生じ、視界が二つに分かれた。縦に切られたんだとわかるもすでに遅い。

 まだ燃える火の中から、所々燃えているブルーノが出てきた。

 一回死んだ。復活は問題なく使える。何の記憶を失ったかはわからない。

 まだ死んでアキバに戻るわけにはいかない。とりあえず誰かと合流をと歩を進めた先で、見覚えのあるものをみつけた。

「…………」

 青いリボンだった。血だまりの中に落ちていて、その近くには当然。

「くそが……」

 無数に突き刺され、血が噴き出た死体たちがあった。

 そして、その少女は無数の死体の上に、血の汚れ何一つない状態で立っていた。

「アイズ」

「こんばんは、ブルーノ」

 ずたずたにされた死体は結晶が突き刺さっており、アイズの周囲には結晶が漂っている。

 ルグリウスとの戦闘の時、援護したのは間違いなく。

「お前……何してる……」

「わかってるくせに」

 くすりと少女は笑い、まだ動いているものに手をかざす。すると槍のように鋭い結晶が生まれ、突き立った。

「ちゃんと有効活用しなくちゃ」

 もう動かなくなった者たちから何かが漏れて、アイズに集まっていく。

 それは暖かかったり、冷たかったり、柔らかかったり、硬かったり、その人だけが得ているものだった。

 虹。

 魂。

 つまり。

「分からないふりしてる、和人に言ってあげる」

 これはね、

「虐殺っていうの」

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