第6話 命の終わり





 あのとき、私は確かに憧れた。

 画面上で動く彼女に。

 流れるコメントは誰もが彼女を見ていて、なんとかその気持ちを伝えようと、必死に打っていた。

 とてもきらきらとしたものをみた。

 だから、手を伸ばそうとして、私は。

 私は。

 私は、私となった。

























 西風の旅団がさった後、荒れたギルドビル内の掃除は夜という時間帯を無視して行われた。

 がれきの撤去と再利用が行われる中、なぜかエントランスホールの一角で炎上した。

「おーい、誰か水出してくれ」

 皆が一斉に盗剣士の水野を見るが、一拍を置いて違うなと首を振る。

「なんで今見たんだよ……」

「はいはい、だまって手動かしな」

 kyokaが折れた机を運んでいると、火元へとL2が近付いていく。

「任せろ私の氷でがきんと命を止めてやる」

「やめろ。お前の奴は絶対被害がでかくなるからやめろ!」

 ブルーノが何とか止める中、おいと呼ぶ。

「ミサキ! 水だせるだろ!」

「……出せるけど」

 嫌そうに腰を上げると、手招きされるままに近付いた。

「他にサモナーはいるでしょ」

「みんな上の穴ふさいでるよ」

 指さすと上の方からぎゃあとかわあとか聞こえてきたが、落ちてくるのは人間だけなのであまり心配はない。

「オルクスは」

「あいつはペット落ち着けてるから無理」

「…………」

 火は勢いを増していき、人身御供で時間を稼ぐかという話になってきており、ブルーノは着々と縛られている。

「てめえら離せこの野郎共!!」

「この男を生贄にします!」「神よ!」「神よ!」

「我が神、サウザンドストーンさまとワ・ラークーさま!!」

 しょうがないとミサキは杖を手繰り、床を打ち鳴らした。

「セイレーン」

 呼ぶと、水色の輝きを持つ魔法陣からそれが現れる。

「呼びましたか、ご主人」

 喋った。

「ペンギンじゃん……」

「……鳥綱ペンギン目ペンギン科オウサマペンギン属の海鳥だよ」

「コウテイペンギンじゃん……」

 頭部は黒く、首元が黄色がかっていて、お腹は白かった。

 ペンギン、もといセイレーンはきょろきょろとあたりを見渡して、ミサキを見上げた。

「何をすれば?」

「火を消してほしい」

 あそこ、と指さした先には括りつけられ生贄にされかけているギルマスがいたのでどいてもらう。改めて指さすとなるほどとセイレーンはてちてちと二本の脚を動かして歩んでいく。

「…………どっから突っ込んでほしい?」

「何も言わないでほしい……」

 死んだ目で告げるミサキに拘束を解かれたブルーノは首を振る。

「無理だろ……」

 だってペンギンだ。しかもセイレーンらしい。セイレーンってなんだっけ。

「どうしたんだよ」

「僕が聞きたい……この前言ったレイドのついでに水系でもう少しいいのがいいなと思って探してたんだ」

 ミサキの召喚獣は鳥系が占めている。攻撃は八咫烏、デバフは梟などだ。

「地底湖に行って、その中で座礁してた船を見つけたら……」

 あれだった。契約の時は姿を見せず、セイレーンと名乗ったらしい。男性のセイレーンは珍しいと思ったそうだ。

 ペンギンだった。セイレーンじゃない。

「自分、歌えますよ」

 話を聞いていたらしいペンギン、セイレーン、ペンギン……ペンギンが振り向いた。

「歌わなくていい」

 歌ったら魅了されて死んだりするらしいし。いや、だがペンギン。

 気になった。白銀も気になった。みんながちらちらと目配せした。

「ちなみにどんなの歌える?」

「基本ラブソングです。自分、愛の精霊なんで……」

「君は水の精霊だよ……」

 ペンギンが口からべっと水を吐き出し、鎮火させていくのを見て、ブルーノは無事な机の上でああだこうだと計算しているディーとライザーに振り帰る。

「そっちはどうよ」

「俺ら専門外だぜギルマス」

「案外楽しそうだろうが」

「ま、計算してりゃいいのは楽だけど」

「壊れた壁からだいたいどのくらいの火薬使ったかはわかったけどどうすんだよ」

「L2が出してくれって言ったからそっちに回してくれ。どうせ装甲の強化だろ」

 なるほどなーと二人はびっしりと計算式が描かれた紙をもってL2の方にいくと、ペンギンを見てびくっと驚いた。驚くよね。

 ギルドを見渡して、今日何度目かのため息をブルーノはついた。

「溜息ばかりだな」

「……八割はお前たちのせいだよ」

「残りは」

「俺自身だな」

 ふっとL2は笑い、座った。

「座って休憩したらどうだ」

「なんかまだあるんじゃないかと思って」

「ない。座れ。夜はまだ動けないし、もみじたちがマップを追ってる」

 ほら、と顎で隣を示されて、ブルーノはゆるゆると遠慮がちに座った。

 懐から水筒を出して一口水を飲む。それでも落ち着かずにいると、湯気の立ったマグカップが差し出された。

「ギルドマスターがそわそわしていてどうするのです。落ち着いて構えておきなさいな」

「クロ―ディア……悪い、助かる」

 落ち着いた様子のクロ―ディアからマグカップを受け取り飲むと、んぐっとブルーノは喉を鳴らした。

「ブラックか……」

「なんだ、ギルマス飲めなかったのか」

 悪いかよと悪態をつきながらもずずと飲んでいるのがまた面白い。顔を顰めているが、出された手前、手を加えるわけにもいかない。

 それを見ていたクロ―ディアがクスリと笑い、指を鳴らすとどこからともなく騎士の青年が現れ、ミルクと砂糖を勝手にいれだした。

「……」

 それに抵抗することなく、ブルーノは眺め、騎士が混ぜ始めたあたりで止めた。

「いいよ、混ぜるくらいはできるよ、アグリア」

「おや、私の混ぜに適いますかな」

 ふふんと胸をそらすがなんの自慢だと苦笑する。

 アグリアはクロ―ディアの側仕えの騎士のような真似をしていて、いや真似でもここまで来れば十分に本物か、付与術師の水連や神祇官の出雲までも乗っているために西洋の水戸黄門のようにも見えることがある。

「落ち着いたかね」

 エドガーがブラックコーヒーを飲みながら、こちらに近付いてきた。

「今から落ち着くところだ」

「それは失礼」

 少し甘いカフェオレを飲むと、先ほどよりもぬるくなっていた。それでも腹の底へと熱いものは流れていく。

「撃てず、すまなかったな」

「止めたのは俺だろ」

「形式的な謝罪だ」

 そうかい、と鼻を鳴らす。

 しばらく飲んでいると、上から数名降りてきた。

「ブルーノさん!」

 もみじだ。紙束を抱えて、駆け寄ってくる。

 それを見てエドガーとクロ―ディアは道を開けると同時、アグリアが机を移動させ、ブルーノたちの前に置いた。

 礼を言いながら、少女は紙束を少々乱雑に机の上に広げ、息を整える。

「紫苑さんの反応が止まりました」

 ざわりと作業していた白銀の手が止まる。脚立を抑えていた誰かがこちらを見たせいで手元が狂い、上の白髪がバランスを崩してとれた。

「どこだ」

 身を乗り出して、もみじが示すそこを見た。

 アキバよりも北、大地人居住区の一つであるアサクサ近く、

「ウエノ盗賊城址」

 ならず者たちが徘徊する、神代の朽ちた遺跡たちが残る場所。

 そこに彼らはいる。

「準備を」

「もう動きだしてる」

 ペンギンをまだ引き連れながら、ミサキはこめかみに手を当て、連絡を取り始めた。周囲の白銀が動き出し、しかしあぶれた者たちはさっさと休息を取りに入る。

「もみじ、よくやってくれた。助かった」

「私も一員ですから、当然です」

「ありがとう。各自、好きにしろ」

 おう、とかああ、とか了解だとか、わかったとか、好き勝手な返事をした白銀達が散っていく。

 残ったブルーノも、やることはない。今から動いても夜間の進行は愚策である。その愚策を取る馬鹿はどこにいったと後ろを見たら、センジはぐーすかと寝ていた。

「あの」

 白銀と入れ違いになるように、レーナたちが上から降りてきた。クリスたちも相応の準備があり、再襲撃もないとの判断がなされていたのだろう。

「今回は本当に」

「あなたたちのせいじゃない」

 突き放すようにブルーノが言うと、頭を掻いて言葉を探す。

 こういうのは苦手なのだ。人間の心だなんだとか、柔らかい場所とか、ふれたら泣きたくなるようなものとか、温かい気持ちも、伝わるおもいという幻想も、プラスもマイナスも、嫌いだ。

「誰のせいだとか馬鹿らしい。あれの襲撃は、紫苑の拉致は確かに君たちが来たからあったものだ」

 L2の言葉にレーナがぴくりと肩を震わせる。

「反撃すると、迎え撃つと決めたのはブルーノで、そうなるように言葉を出したのはエドガーだ。そして上層での指揮を果たせなかったのが私で、逃げられなかったのは紫苑のミス」

 それは、とレーナが口を開こうとするが、遮る。

「だがな、我々の家がこうまで荒らしたのはさらったのはあいつらだ。あいつらが悪い。そんなものは決まりきったことだ」

 だろ、と何か言おうとして止まっていたブルーノに問うと、うんうんと頷く。

「うん」

「まあすべてミサキが言いそうなことのコピーだがな」

「…………」

 こいつ……。レーナは苦笑し、じゃあと唾と緊張を飲み込む。

「明日、私も同行させていただけませんか」

「レーナ!」

 隣のアンリエッタが声を上げると、彼女は手で制する。まっすぐに、ブルーノを見ていた。

「連れていくメリットは」

「囮に出来ます。間違いなく、偽物は私に来る」

「根拠は」

「勘です」

 目と目があい、うんとブルーノはまた頷いた。

「死んでも知らない」

「はい、構いません」

「じゃあ今日はもう休んでくれ」

 ありがとうございます、と頭を下げて彼女は背を向けた。

「L2、悪いけど開いてる部屋を……」

「ヴィヴィ姐さんかkyokaと相部屋でいいだろ、任せろ」

 頼む、といって三人を見送る。

 そろそろブルーノも休もうとして、こそこそと転がってくる布団にぐるぐる巻きの星人がやってくる。

「ブルーノさんブルーノさん」

「どうした、アルフォンス」

 にゅん、と器用にアホ毛だけをだして、ぐるぐる巻きの布団は縦になって下半身を生やした。アルフォンスである。

「レーナちゃんと戦うんですか? あ、もちろん古来種の方と」

「そうなるだろうなぁ」

 ファンであるアルフォンスとしては微妙な気分なのかなと思うも、顔が見えないので判断できない。揺れるアホ毛だけだ。それを見てるとブルーノは己の頭頂部が気になる。

「味方のレーナちゃんの特技とかならある程度わかりますけど……」

 どうしますか、とアホ毛がクエスチョンマークを作った。

「……マジ?」

「マジマジ」

「教えてもらえるならありがたい」

 けど、とブルーノは聞いた。

「いいのか?」

「なにがです?」

 キョトンとした顔で首を傾げるアルフォンスに、ブルーノ自身も悩む。

「なんだ、ほら……お前の推しだろ」

 それを切り刻むために有利にしていいのかと控えめに言うと、アルフォンスはあーと少し考えた。

「んー……でも偽物……というか、えと……むーん……」

 数秒止まって、アルフォンスは動いた。

「ぼくはあんまり難しいこと考えられないですよ。難しく考えすぎたり、ふさぎ込んじゃうので、考えないです」

 どんなことを考えて、自分を今は責めたくないとアルフォンスは言っていた。外に出れたのだって嬉しいが、いつでも怖いのだ。ここは知り合いがいて、ギルメンがいる。怖くなったらしょうがないと誰かが助けてくれる。

 外には出れない。出たくない。怖くて仕方がない。

「でも外にいる人にはあんまり死んでほしくないので少しくらい手助けします。それだけじゃだめでしょーか」

 身を傾けて訊ねる布団は、表情が見えない。アホ毛だけがゆらゆら揺れているので、判別に困る。

「ほじくって聞いて悪かったな」

「いえいえ。ブルーノさんは疑り深いですからねぇ」

 にへへーと笑ったので、けっと鼻を鳴らす。

「それで、レーナの詳細は」

「ある古来種のアレンジです。パッケージにも……ああ、わからないんですっけ。じゃあまあざっくりと。エリアス――」

 英雄の殺し方を、ブルーノはききながら組み立て始めた。

 冷たく淀みなく。

 少女のすべてを飲み込む。


























 神殿で目覚めた太った守護戦士、グスタスは声にならない嗚咽を抱えて、うずくまった。

 死ぬ直前、死んだあと、起き上がる前。

 人目を気にせず、大神殿の前で、ぽろぽろと落ちる涙を揺れる視界で見ている。

 操られた、操られていた。そう死ぬ前に気付いて、後悔して、気味の悪い感覚で揺さぶられては、自分をいやというほど見せられた。

 嫌だった。もう死にたくなかった。

 もうすべて忘れていけると、ここにきたときは思ったんだ。

 現実とか言うクソみたいな、何一つ自慢できるようなものがないグスタスにとって大災害は救いのようにも思えた。

 変わったのは環境だけだった。それを教えられた。

 格好悪い。最低だ。

 この関係は内緒だといわれて舞い上がって、何かを探しているようなデートに何度だって行って、それが結局全部偽物だった。

 手が届かないものに届いたと勘違いした。

 くそ。

 くそ。

 ここに死はない。

 折れたらもう終わりかもしれない。

 終わりは、嫌だと思った。冷たくも暖かくもない、そこはただひたすらに息が詰まるほど、黒かった。

 何度もそれを見た。

 趣味を馬鹿にされた時や、体形で笑われていた時に。

 もう間違えないと思っていたのに、間違えたのかと涙がさらに零れる。

 情けなく声が出て、アキバをともす明かりが嫌で、嫌いで、大嫌いだ。

 ここでもこんな思いをするのか。

 疲れた。

 終わりはいやだ。

 でも、

 終わりは、そこで終われるのか。

 何かが切れそうになる。

 ここで一人終わっても誰も気にしない。

 そう思ったとき、すするような音が聞こえた。

 びくりと驚いて、ぐちゃぐちゃの泣き顔であたりを見渡した。

 人気は少ないが、何人かはいる。もっといると思っていた、大勢で笑われていると思っていた。そんなこと、いまはどうでもいい。

 振り返ると、痩せた妖術師がやはりみっともなく泣いて出てきた。

 見たことがある。

 自分は彼女に選ばれたと思って、思い上がって、偽物だったと叩き落された。

 お互いに見合わせ、その泣き顔が面白くて噴き出して、ぶははと笑い始める。

 あーあーと腹を抱えたその後に、グスタスは近付いて、手を差し出した。

「グスタスだ」

 涙にぬれた声はひどく情けない。

「モシキ」

 鼻水塗れの顔もひどいものだ。

 大神殿に向かって、歩いてくる武闘家の男が見えた。

 数人の、やはりどれも男は一様に情けない顔をしていて、無様でしかない。

 誰もが黙って、俯くことはない。

 同じ思いをした奴がいるなら、そいつらがまだ立つなら、まだ、

 まだ。

 それに、気付いたのだ。

 見たいものはまだある。

「まだ終われないよな」

 武闘家、イェーガーはそう言って、白く光る街の明かりを見た。























 その日、人知れず二つの村から人が消えた。

 跡形も無く、人だけが、消えた。










「おかしい」

 馬から降り、そのままブルーノたちはウエノ盗賊城址に突入した。

 アキバから近いダンジョンだ。初心者のためにあるダンジョンとも言っていい盗賊城址は現在、あの日エッゾに旅たつ時寄ってから、雰囲気が一変していた。

 夜になるとならず者や盗賊たちで溢れかえるここは朝だと敵も少なく、初としてはこれ以上ないくらいの練習場所となっている。

 だが、今は。

「なんなんだよ、これ……!」

 呻くディオファントスは目であたりを見渡しながら警戒する。

 どろりとした、重たい空気にミサキは顔を顰める。

 レーナとアンリエッタは陣形中央で顔を真っ青にし、吐き気をこらえながら進んだ。

 黒く積み重なる、肌にまとわりつくのは圧倒的な死の気配だ。死体も何も、モンスターの一体すら見えていないこの状況でなお濃密な穢れ。

「ライザー、紫苑はどこにいる!」

 ブルーノの声にここに来た理由を思い出したライザーがフレンド欄を呼び出し、紫苑の現在位置を確認。

「城址中央、その地下! ほらあそこ! 宝箱んところ!」

「知らねえよ!」

 そうだったとゲーム時代の記憶がないブルーノにはっとしながら答え、一行は直進した。

 敵はいない。

 ならば突っ切る。

 センジが先行し、誘導を行う。今回引き連れてきたのはハーフレイド分だ。フルレイドで押し入るほどではないという判断だったが、この異様な雰囲気。増援を呼ぶべきかと考え、見えぬ魔法陣を描こうとして、ブルーノがその感覚を捕えた。

「ブルーノさん!」

「わかってる!」

 同じように彼女の異質な気配を感じたレーナは叫ぶ。

「総員警戒! 来るぞ!」

 乱れぬ動きで武器を取り出した白銀の前に、一つの武器が突き立った。

 崩落した後がある城の残骸、その穴から刀が降り注ぐ。

 ある種清澄ともいえるようなその画に、センジの全身が警鐘を鳴らした。

 刀。冷気。

 霰刀・白魔丸。

 ゲーム特有の広場。本来であるならば盗賊たちが集まり、夜にはダンジョンボスが出現するそこに刀が刺さった意味が示すのは他でもない。

「また来るぞ!!」

 刀を中心に氷が展開、塊の一部が砕けちり、白い髪の女が現れる。

「本体じゃない……!」

 レーナの断定にセンジが飛んだ。先制攻撃で一気に押し切る。消耗している場合じゃない。第二部隊が一斉に火力を集め出したその時、レプリカはぽつりとつぶやいた。

「私の名前はレレレレレレレレレ」

 壊れたカセットテープのような不自然な発声。存在そのものが揺らぐ、根底そのものが置き換わる、まるで現在から過去へと遡り、遡ったその時点から、今が作り替えられていくように。

「レレレれるるるるるるるるるるるるリリリリリリララララララララララリリリリリリリル」

 ル。

 じ、とノイズのように存在がブレた。

「わタしの、ナまえはぁ、ルグリウス」

 偽物は本物へと、反転した。

 レーナレプリカはコマ落ちのように途切れ、次に現れたときにはルグリウスへと変化していた。

「はぁ!?」

 ミサキが驚きの声を上げる中、センジは構わず切りかかり、氷壁の英雄は冷気と剣を遠慮なくぶちまけた。

「くそっ!」

 衝撃波と大量の雪時雨が叩きつけられる。後ろで構えていたものたちはその雪で視界が制限された。

 がん、と大きく弾かれた音がして、何かが隣を通り過ぎ行く。白と褐色。

「センジ!」

 ブルーノが後ろを振り返り、はっとしたように後退するとルグリウスが雪の中から突撃してきた。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 知性を感じさせない怒号を巻き上げながら、ブルーノとルグリウスが残骸から叩きだされる。

「ブルーノのカバーを!」

 ミサキが言いながら旋回し、急に立ち止まった。

 巻き上げられた季節外れの雪が、降り注ぐ中、城址を囲んでいる影がある。

「なんだよ、これ……」

 彼だけでなく、全員が気が付いた。

 残骸から顔を出している顔があった。口を縦にはりつけ、目を片方に寄せた魚みたいな顔。デフォルメされたカエルのように飛び出した二つの目に、挑発するように肥大した舌を出し、壁に張り付いている何か。犬のような三足、余った脚は尻尾のように見えて、頭と結合しているもの。引き伸ばされ、薄い手足をムカデのように四足で動く変態。二足でたち、異様に活発化した両腕と飛行機のような流線型の顔をもつ異形。

 異形、異形、異形異形異形。

 瓦礫の下から、陰から、それらは現れ、白銀を見ている。

「おいおい……こりゃ……」

「敵……だよな……」

 見たことも無い、エルダーテイルでは嫌悪感が掻き立てられるモンスターはあまり見かけたことがない。

 これらは、新種のモンスターか? ノウスフィアの開墾で追加された? ウエノ盗賊城址に?

 冷や汗が構えるkyokaの頬に滑った。

 ありえない。

 じゃり、と踏みしめた音を契機としてか異形たちが躍りかかってきた。最前にいたセンジがこともなげにそれを切り払うが、表情を変え、返す刀で攻撃を弾くだけにした。飛んだのは腕。鋭く研ぎ澄まされた蜂の針のようなものだ。

「悪趣味だな!」

 なんのことだとミサキが考えるよりも早く天井に張り付いていた個体がべちゃりと虫のように落ちてきた。

 陣形が乱れる。数が数だ、立て直しを指示しようと口を開き、フェニックスで火の粉をまき散らす。炎が舞い、異形が熱によりのたうち回る。

 そして、ステータスが見えた。

「……馬鹿な」

 記されていたのは、カレン。職業村娘。レベルは七。

 村娘、レベル七。

 気付いたのは全員、ほぼ同時だ。迎撃し、一人や二人程度殺して、ためらい、

「――――!!」

 ディーが迷わずに射抜いた。センジが切り裂く。L2が撃ち抜く。

「もう助からない!!」

 ならば殺せとミサキは叫んで、しかし目の前にまで届いた個体に弾き飛ばされた。レベルは小さい。大地人だとステータスは示しているのに、数値と実際の数値に大きなブレがある。

「ぐっ!」

「ミサキさん!」

 躊躇ってしまったレーナから漏れたのか。フェニックスを呼び戻し、焼こうと指を伸ばした先で、声がした。

「し……にたく……な……」

 い。

 唇の動きを呼んでしまい、止まる。意識がわずかに残っている。

 クロ―ディアの細剣が的確に横から命を貫いた。庇うように彼女はミサキの前に出て、立てますねと視線だけで言った。

 当然と行動で示す。

 ウエノ盗賊城址にならず者も盗賊もいない理由がわかった。商人たちが村から人が消えたと不思議そうに言っていたのもこれだ。

 何かが大地人を変えた。

 L2が無言で氷の槍を形成し、もう死んだ者たちへと解き放った。























 うす暗い城址地下、ぴちょんと昨日降った雨水がどこかから落ちた。

 階段から差し込む光と不規則に置かれた明かりは不安定な気分にさせる。

 そんな場所に紫苑は無造作に転がされていた。両手両足を縛られ、猿轡をかまされている。気絶させられてから、九時間。覚醒の時間が近付いてきたことにあたりをつけたサンタクロース姿の男は首をぐるりと回し、響いてきた衝撃に振り返る。

「お、来たか。随分遅かったやん、なぁ?」

 呼びかけた先、一人の男が階段を下りてくる。

 一段一段、存在を誇示するように靴音を響かせて、男は双剣を抜き、逆手で持った。

 差し込む逆光を受けて、男はより一層漆黒を纏う。

「自分、暗殺者やろ? なんでわざわざ大けな音たてて来たん?」

 へらへらとサンタクロースは挑発するように笑うが、男はごく普通に答える。

「貴様のような小悪党に策などいらん。正面から叩き潰し、蹂躙し、征服する」

 男の言葉は重く、力強い。

「随分な自信やなぁ……今から後悔しても遅いんやで?」

「その少年は戦った」

「あ?」

 サンタを無視して、男は階段を下り切る。歩を進めると、置かれていた明かりが徐々に男の顔を照らしていく。

「力量差に怯えず、最善を尽くした」

「で? それで負けて迷惑かけてたら世話ないよなぁ!? 無謀を称賛してどないするんや? みんなで一緒に挑めば怖くありませんかぁ? ひひっ、さっすがー! 一億も火の玉になりはるわ」

 けけけっと地下空間に響く笑い声を男は無視した。

 黒より暗い黒が明かりの下にさらされる、瞳だけが深海のような光彩を放ち、見るものに違いを見せつける。

「私は少年の勇気を称えよう。そして貴様の言う無謀とやらを変えてみせよう」

 構えのようなものはなかった。黒い暗殺者はただ立っている。

 それだけで、サンタクロースを怯ませるほどの威圧感を放つ。

「やってみろや、真っ黒ゴキブリ!」

「その口と、言葉、脳全てを切り刻む」

 強者、エドガーは静かに怒りをにじませ、二人は激突した。





















 城址外にまで吹き飛ばされたブルーノは全身を砂埃に塗れさせながら、勢いままに起き上がった。背中に痛みが残っている。先程城址から出る際に残骸の城壁にぶつけられ、砕いたときのものだ。碌に受け身をとれなかったせいで、痛んだ。現実のように。

 悪態をつきながら剣を突き刺し立ち上がると氷の剣が走った。上体をそらし、次撃をバック転で回避と同時に懐のスローイングナイフを投げつける。

 着地と同時にもう片方の剣を抜こうとするが、落としたことに気が付いた。

「最悪だ……なくしたらまたシノに怒られる……」

 後で回収するために総動員しようと決め、正面に構える死せる氷壁の英雄を見た。

 それからあたりを見渡し、白銀がいないことを確認。やる気満々で吼えるルグリウスを前にし、ブルーノは苦笑いを浮かべる。いつも衛士を相手に一人遊びみたいにやっちゃいるがあれは街中で大神殿があり、死んでもいい状況だ。今回のような状況とはわけが違う。

「レイドボス相手に孤軍奮闘……? 馬鹿だろ、クソゲーかよ」

 だが剣を鞘に納めることはなく、戦うために上体を前に倒した。やれるだけはやる。

 ルグリウスは吼え、前進してくる。ぼん、と爆発のように加速したかと思えば、真実それは着弾により引き起こされた爆発だった。

「なっ」

 なんだとわずかに見えた射角を追っても、紛れているのかわからない。遠い場所からきたものか、フロストスピアのような結晶がルグリウスを貫通している。

 それから立て続けに二連撃。ルグリウスの行動を抑制し、速度が落ちた。これならば、相手どれるか。どこからかわからない援護ありだ。

「どこの誰かなんなのかわからないけど、やるしかねえよな」

 痛む背中のまま、自らを奮い立たせ、ブルーノは前に出た。
















 伸長した斬撃を一足でかわし、エドガーは天井を蹴りつけて接近した。すぐさま反応したサンタクロースは伸ばした左手とは打って変わって、右手を太く硬く膨張させて殴り抜く。ひらりと身をかわし、転がると同時に飛ぶエドガーは目を細めた。

 先ほどから攻撃の方法が一貫していない。腕を変形させた身長の斬撃、膨張圧縮した打撃、枝分かれした広範囲の斬撃、身体の一部を打ち出す射撃。

 自らの体を変化させている。こんなものは冒険者にもモンスターにも見た覚えがなく、類似のものでさえありえはしなかった。

 新規モンスター? 否だ。地上での改造された大地人やならず者たち、レーナの偽物たちの説明がつかない。

 ならば、こいつは、

「――!!」

 蛇のように変化した腕をよけるが、迫って来た。それを蹴り落とし、エドガーは確信した。

 異常存在。エルダーテイルでも、現実でもない、第三の存在。

 向かってくるエドガーを前に、サンタクロースは少しも怯みはしなかった。接近されても、にやにやとした意地の悪い笑みを消すことはなく対応する。

 現在盤面を動かしているのは彼の方だ。エドガーは動き回り、好機を待っているが、晒す隙はすべて対応できる。右腕を使っていれば左腕が、両腕を使っていれば両足が、両足も両腕も無ければ体のいずれかを変化させ迎え撃つ。

 彼の司る力は欺瞞だ。偽物の記憶を対象に与え、その記憶をもってして過去を塗り替え、改竄し、今を再構成する。誰かの記憶を、魂を、偽りとして植え付け、共感子から侵食する。

 大地人や盗賊たちは偽物の過去を与えられ、遡り決定した。今の自分をだ。過去はさかのぼってこそ、今を作り上げるように脳髄が帳尻をあわせ、形成される。

 確固たる過去、記憶などは存在しないのだと彼の能力は嘲笑う。

 醜い体へ、ひん曲がった四肢へ、言語を持たぬ脳みそへ、無茶な変更により当然肉体は死亡し、残り火のような魂は偽物の指令に従う。

 彼のために動く死屍となるのだ。

「大層な口をきいたけど」

 男は突然口を開いた。にやにやとした笑みをはりつけ、とかく人を傷つける言葉を口ずさむ。

「お前は偉そうなこというてたけど、母親に殺されかけた男がなにいうてんねんって感じやわ」

 エドガーは答えない。

「小さい時、お前を連れ出して二人で出かけたとき、あの母親はなんていった? なあ、なんて言いながらお前の首を絞めた!?」

 知り得るはずがない出来事にエドガーの息が詰まる。

 それは、そのことは現実でさえ知るものはエドガー本人、母親、父親、兄の総一郎しかいなかった。

 あの日、母はピクニックだといってエドガーを連れ出し、

「お前の母親は、お前を憎んでた」

『お前さえいなければ』

 自分さえ。

 過ぎたはずの光景が戻ってくる。

 頬に落ちた涙。かすむ視界。のしかかった母親。青い空。泣いている母親。

『ごめんね』

 視界の端で、好きだった小さなハンバーグが地面に転がっているのが見えた。ひいたレジャーシートの外に落ちて、もう食べられなくなった。

 息が出来なくなって、もがくこともできなくて。

 エドガーは、江戸川才三は、死へと近づいた。

 父親はろくでなしで、金と権力こそ持っているが人として最低だった。五人の正妻、三人の妾。三番目の妻が才三の母親だった。

 母が首を絞めていると、忘れ物を届けに来た兄が駆けつけ、助けてくれたそうだ。後から聞いた。何年も後から。

 母はその後、隔離入院させられ、成長するころには関係も良好となっていた。そう、心中しようとしたことなかったように。

「お前の母親はお前を憎んだまま死んだんや」

 下卑た笑み、エドガーの動きがぶれる。

 なぜこいつは、知り得ないことを知っている。

 魂に土足で入り込んでこれる。

「もう一度言ってほしいですか」

 双方、予測できない方向から声を浴びせられて、エドガーの隙が塗りつぶされた。

「あなたの言っていることは全部偽物だ」

 目を覚ました紫苑。背後から響いた声を二人は判断し、真実紫苑は目覚めていた。十時間の睡眠と考えれば上等なものだ。声は出るようになっており、四肢こそ動かせはしないが新入りと言えど、相手を挑発するような気骨はある。相手を挑発する、侮辱するような発言はブルーノがたまに使う手である。紫苑は白銀から吸収して成長していた。

 意識を取り戻した紫苑はすぐに現状を把握し、エドガーの援護となることを望んだ。殺されても、逃げれる。その場合、紫苑の救出という白銀の当初の目的は果たされることとなり、残りのお礼参りに全力を傾けられる。最も、最初から彼らは手を出した者たちを許す気はない。

「だって、あなたの言葉は」

 存在は、

 命は、

「全部偽物ですから」

 いつもと変わらぬ様子で、紫苑がにこりと微笑した。そう見えるように笑った。演技だ、がらじゃない。けれど、エドガーとの攻防を続け、離れた紫苑をきちんと確認するすべがない男は、

「じゃかましい!!」

 激昂し、鞭のようにしなる腕を振った。鞭は先端が音速を越えることもあり、肉を裂くことができる。サンタクロースの先端はとげに変化させられており、釣り針のように肉に食い込むようになっていた。

 届く寸前、腕が断ち切られる。

 エドガーが斬った。紫苑にヘイトが向いた矢先、暗殺者は距離を詰める。

「なっ!?」

 目にもとまらぬ速さでクイックアサルト。つなげてパラライジングブロウ、デススティンガー、デッドリーダンス、アクセルファング。

 潰す。その一念にエドガーが染まった。

 最高速度、最高火力、暗殺者としての本懐を遂げていくエドガーはなおも加速した。

「こ、の……!! がぁっ!!」

 カホルが自らの腹から棘を打ち出すが、

「遅いな」

 叩き潰された。

 早すぎる。なんだ、こいつは。

 斬撃がサンタクロースを削っていく。

 体力バーが減っていく。すさまじい勢いで、冒険者ではありえない体力が削られていく。

「終わりだ!」

 エドガーが最後の剣を振り切ろうとした。

「エドガーさん!!」

 紫苑の鋭く注意を促す声。視線からして後ろ。

 刹那、背後にはどす黒い笑みを浮かべながら、文字通りの手刀を振り下ろすサンタクロースの男の姿があった。

「――――!!」

 何が起きた。振り下ろされた攻撃に合わせ、構えた双剣が叩き落されていくのを見ながら、エドガーは思考を加速させる。

 偽物、フェイク。欺かれていたと理解するのは早い。しかしどこで、と思い返しはっとした。最初に切り落としたあの腕!

「なるほど」

「死ねや」

 突き立つのは変形した腕。貫かれたのはエドガーだ。

 鮮血がしたたり落ちる。

 左脇腹がそっくり抉り抜かれ、左肘もわずかに持っていかれていた。

「え、どがーさ」

 悪意は止まらない。突きこまれた腕が真一文字にエドガーの体を薙ごうとするが、

「?」

 動かない。なんだ、と男は疑問し、言葉を失った。

 血が止まっている。むき出しになっている白い骨を覆い隠していた血液が止まっている。

「っ!」

 エドガーは笑っていた。絶対致死圏に到達しながらなおも笑う。

「筋肉に力を込めれば止血できる」

「お前……!!」

 常識を超えた非常識的な強さ。おぞましいまでの人間としての強さを、エドガーは持っている。

 危険を感じた男は腕を抜き、後退しようとするが。

「抜けへん……!」

 何も腹の中心に、肉がある中心に腕があるわけでもないのに、脇腹の力によって腕が抜けない。内部で形を変化させるが、抜ける原因とはならない!

「この!」

「遅い」

 攻撃しようとした始点にエドガーが手を添え、サンタクロースを思いきり殴り飛ばした。

「と、いったはずだ」

 頭に衝撃が走る。頬に直接的な打撃が叩き込まれたの初めてではない。一哉の本業であるプロボクサー、それ並みの、いやそれ以上の威力で脳を抉られた。

 エルダーテイルにおける攻撃手段をエドガーはずっと疑っていた。いや、攻撃手段だけではない。移動方法や技術、呼吸法などもだ。建築や料理、そういった技術はこちらで花開いた。ならば、戦闘技術もより高い練度で繰り出されるのではないかとエドガーは、自由に動き奪い斬るブルーノを見て思いついたのだ。

 結果は、これだ。

 容赦のない打撃が、サンタクロースを蹂躙する。打撃は全身の駆動でさらに勢いをつけ男へと連打されていく。

 体の内部から衝撃が発生していく。打ち上げ花火のフィナーレのように咲いていく衝撃に、男はふらつき、筋肉の固定が解けた。

 しめた、と男は思うが、血にまみれる視界で、エドガーがわずか一足で接近するのを見た。

 滑るような特徴的な方法で接近する強者を前に、サンタはここが正念場と定めた。もはや体力も魔力も少ない、次こそ打撃で捕まればデッドエンド。

 来るのは全身全霊の一撃。ならば、絞り出すのは紛れもなく渾身の力。

 昂る魔力を感じ取り、エドガーがさらに加速した。

 振りかぶり、叩き込むのは最大の一撃。これ以上なく澄んだ殺意の下、暗殺者は絶技を放つ。

 アサシネイト。

 音を置き去りにした絶殺はいともたやすく男を貫通し、

「!!」

「ざーんねん」

 脳髄を貫かれた男はげヘラと笑い、風船のように割れた。

 跡形も無く目の前から消失した男を前に、エドガーはコンマ一秒にも満たない速度で、計算。そして天井に空いた穴を見上げるとそこに、

「さいならー」

 するりと絹のように穴に吸い込まれていくのを見た。

 追おうとするが、この傷では外に出た瞬間、元大地人たちに殺されるのがおちだ。

 仕留め損ねた。わずか一秒程度、エドガーにとっては長く睨み付けてから、紫苑の元へと駆け寄った。

「平気かね、紫苑君」












 迫りくる大地人たちに応戦する白銀の頂は物量の前に歯噛みした。

「ああくそ! もう少し呼べばよかったよな!!」

「もう遅い! 一応呼んでみるか!?」

「来る頃には終わってるよ!」

 背中合わせのミサキとL2はそんなことを叫びながら、元大地人を蹴散らしていく。

 質はそうでもない。だが数だ。百を超える総数はそれだけの人間が死んだことを表し、当たり前だがそれだけの数を食い破らねば終わらない。これがクエスト途中の通り道であったり、駆け抜けるべき場所であったのならばセンジを筆頭に妖術師で穴をあければ簡単に通っていくことはできただろう。だが今は陣形さえ整えられておらず、防衛戦のような形になっている。

 やがて元大地人たちが割れて道を作った。

「来ました……」

 レーナが神託を受けたかのように呟き、その人間擬きたちの真ん中に、レーナレプリカは立っていた。

「ようやく……」

 目に涙さえ浮かべたレプリカは瞬く間にレーナに近付き、周囲がわずかに止まった。

「止めろ!」

 水連が直感で叫ぶが、レーナが手で制する。それでも動いたkyokaたちを元大地人が阻んだ。

「そこを、どけぇぇえええ!!!」

 渾身の打撃を叩き込んでいくが、破れない。

 円形舞台の中央にいるかのように、彼女二人を観客たちが取り囲む。騒々しい観客たちは警備を突破しようとするが届かない。

「私は、私に戻れる……!」

 レプリカが手を伸ばす。

「レーナ!!」

 アンリエッタが叫ぶが、レーナにはもう聞こえていない。

 ただ、目の前にいる恐ろしいほどの自分を見つめていた。

 頬に両手が添えられる。魅入られたように互いの目は離れず、互いの姿を映していた。

 そしてゆっくりと、額が合わせられ、



















 瞬間、
























 伝播した。

 伝心した。

 通信した。

 浸透した。

 拡散した。


















 つながった。





















 レーナと、レプリカの記憶が。

 電撃のように鋭い痛みが走る。

 虹の光。

 二次の光。

 三次のそれと交わり、確かに時刻は時計は回って、秒針は重なり合った。

















 そして、






















 そして。























「――――!!!」

 ばちりと、レーナが弾かれた様に後ろに下がる。

「いま、のは……!」

 しびれるからだをこらえながら、今掴みかけたそれを、知らない男の人に抱きしめられた感触などを思い出して、レーナは吐き気をこらえた。

 混線した? そうとしかいえない。共鳴、感応、なんでもいい。

 確かに今、記憶が。

 よろめくレーナは情報量を処理しきれず、浮上した不快感をこらえながら、なんとかこらえる。

「うそだ」

 レプリカは、頭を抱えていた。

「うそだ」

 同じ言葉を繰り返す。そこに、尋常ではない気配を感じ、一歩下がる。

「わたしは……わたしは……」

 震えた声。上げた顔には、

「…………」

 涙が流れていた。

「うそだ……どうして……わたしが……」

 レプリカは泣き笑いのような顔になって、表情を崩す。

「私は……存在しない……? レーナ・ミリディエルが……?」

 私は、偽物?

「え……?」

 レーナが言葉を失った。

 だって、それは、当然のことだ。存在しない、あり得ない役柄を演じる。それがVtuber。視聴者はそうであるという共通の現実、仮想現実の下に見ている。

 レーナ・ミルディエルなどという女は実在しなかったのだ。少なくとも、この大災害が起きるまでは。

 レーナはレーナを演じていただけだ。そりゃ自分の性格を混入していることもあった。だが、存在しなかった。

 ありえなかったのだ。

 しかし、ここにレーナ・ミリディエルは存在する。エルダーテイルに元々いた存在、ここで生きていたという情報を、記憶をもって、世界線を越えて、エルダーテイルに迫った危機を解決するという使命を与えられて、コラボしていた。

「うそだ……うそだ……なんで……どうして……どうして」

 それは呪いの言葉だった、眠りの言葉だった。

 すべては存在しない。全部嘘だ。

 留学生? ならばその国はどこにある。応えることなどできない。

 レプリカは眠らず、否、眠っていた。だが起こされた。そのとき、あのサンタクロースが笑った。

「違う……私は、わたしはぁ……!!」

 頭の中に、記憶が渦巻く。戦った記憶を、仲間と一緒に。

 配信して、ライブも、ライブも。

 でも、あるのはそれだけだった。生活していたはずの記憶はすべてなかった。

 偽物。

 本物から流れてきた記憶に、知りたくもないことがたくさんあった。それらはすべて、自分を演じた自分。

 偽物。

「違う違う違う違う違う違う違うどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてなんでなんでなんでなんでなんでわたしは、あああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!!」

 絶叫が響き渡る。

「あーらら、ちょうどええ按配やないの」

 そこへ、けらけらと笑い声がした。楽しそうに楽しそうに、心の奥底からサンタクロースはひときわ高い崩れた建物の上で足をぶらぶらさせて、見下ろしている。

「てめえ、紫苑をどうした!」

 センジがすっ飛んでくるが、男はうげえっと口から小さなこけしのようなものを三体吐き出すと、すべてが元大地人たちに変形して、阻んだ。

「お前が元凶か!」

 ディーが矢を番えるが、元人間に邪魔される。

 彼らは勢いを増し、白銀の頂をレーナたちから、サンタクロースに近付けさせないように暴れ始める。

「レーナちゃん、ようやく気付いたんやなぁ」

「カ、ホル……あなたは……」

 息も絶え絶えに名を口にしたレプリカに、男は身をくねらせた。

「ふふふふ、名前覚えてくれてるなんて嬉しいわぁ……ま、それが本物やったらやけどな」

 男は嗤う。

「お前のすべては偽物。感情も意思も、全部与えられたものだ。お前なんか生きていない」

「違う、私は……!」

「否定したくなるのもわかるさ」

 くつくつと喉を鳴らし、雰囲気を一変させた男は冷酷に告げた。

「でも、その意思も、思いも偽物」

 だって、

「君に植え付けたのは僕やもん」

「は……?」

 喋り方が元に戻った男は語る。

「冷静に考えてみいや。初めて見た景色はなんでっしゃろ」

「そ、れは」

 思い浮かぶのは月。夜、白い髪の、赤い目。

 その後に、見えたのは。

「緑の髪……」

 赤い服。

「ぼーくーや、僕。命を与えられてぼーっとしてたところに僕がちょーっと指向を与えたげた。元に戻ろうとする中にな。でも役に立ったやろ? 童貞の相手するのは気持ち悪いのは抜いてな」

 かははと笑い声が響く。

 与えられた? 形作られた指向?

 元に戻ろうとする意志も、全部、足りない何かを補おうとして。

 だれかのたいおんを。

「――――うっ!!」

 口元を抑え、レプリカは座り込んだ。男はそれに耳を澄ませるが、水音が聞こえないことになんだと興味を失った。それでも、彼女の目から涙は流れている。

「あんなことこんなことして、滑稽やったなぁ。全部君が本物やって言う前提で動いてた。全部全部偽物やのに、おもろくてかなわんかったわぁ。だって君、なんか、ひっ! ははっ! ああ、すまんすまん! ごめんな、真面目やもんな。ぷっ! ひひっ!!」

 あははははと男は耐えきれずに大口を開けて笑いだす。

「はーあ、結構楽しませてもろたわ」

 ほんでな、

「もうええわ、君。汚れてるし」 

 偽物やし、意味ないわ。

 全部。

 この思いも、意思も、すべて、プログラミングされた。

 そうであれと、さいしょから。

 涙がこぼれている。

 それすらも、無機質な数字の羅列の結果だ。

 げらげらげらと、男は嗤う。最後に楽しんで楽しんで。

 捨てる。

 ああ、

 ああ。

「いや……」

 もうすべて嫌になる。

「いやぁ……!」

 手の中には剣。

 目の前で、気配があるのを思い出して見上げた。

 自分と同じ顔。

 自分のオリジナル。

 演じている、演じていた。

「おわりたい……」

 もういやだ。

「しにたい……」

 偽物はもう全部、自分という存在が嫌になった。

「死んで」

「え?」

 呆然とする本物に、剣を振りかぶる。

「とめろ!」

 誰か叫んだ。

「レーナ!!」

 アンリエッタの声が響く。

 スローモーションに見えるがすべては一瞬だ。

 陽光を反射する剣先が見える。

 い。

「どきなさい!!」

 クロ―ディアが必死になれ果ての群れへと突っ込む。その様子をゲラゲラと笑っている男へと、槍がつき込まれた。

「おっと、もう出てきたんかいな!」

「貴様!!」

 エドガーがそこらに落ちた槍を不格好に抱え、紫苑に支えられながら現れた。

 けど、すべて状況を破壊するものにはならない。

 鏡写しのように、レーナは思った。

 嫌だ。

「死にたくない……!」

 生を望む。死を望む。同一の体を持つ二つは相反する望みをもって矛盾した。

 終わりはもう変えられない。

 剣が迫った。

 死。

「…………!!!」

 レーナは目を瞑らず、最期まで睨みつけようとした。

 その眼前に、刃が突き立つ。

「――――っ!!」

 レプリカが急停止、さらに後ろへと飛ぶと先ほどまでいた場所に刀が突き刺さった。

 不揃いの二刀流。

「来たか!」

「おせえんだよ!!」

 生存を望む意思が間違っていないか、見定める審判者かの様に白い男は降り立った。

「ブルーノさん……」

「お前……お前……!! お前のせいで、私は、命を……!!」

 レプリカが吠え立てる。

「なんや、あいつは……」

 サンタクロース姿の男は心底不快に顔をゆがめた。

 白銀の頂ギルドマスター、ブルーノは周囲の視線を気にせず、剣を取った。


  






「なぜ私に命を与えた!!」

 怨嗟を孕んだ怒号がブルーノへと浴びせられた。レプリカは思いに引き裂かれそうになりながら、剣を強く握りしめる。

「お前のせいで、私はこんな目に……!!」

 涙が一筋零れ、どうしようもないそれを抱えた偽物は問う。

「なんだお前は。俺はお前など知らない」

 が、帰って来た言葉は女を呆気に取らせるには充分だった。

「嘘だ! 確かにお前だ! 白い髪に赤い目! 黒いコート……」

「見ればわかるだろ」

 ため息をはきながら、白いコートをはためかせる。服装だけでは確固たる証拠にはならないことは分かっている。そうでなくても、ブルーノの心底呆れたような態度に、レプリカは言葉を失う。

「なら、お前は……なんだ……?」

 その言葉に白い男は明らかに眉をひそめた。

「何をしに来た……命を与えた始末をつけに来たんじゃないのなら……」

「理由は一つ。一つだけだ」

 ただひたすらに冷たく。

「邪魔だ。お前を否定してやる」

 構えもなにもない男の一言にレプリカは警戒度を増させた。ぞくりとするような殺気が左手から放たれている。

「それにさお前。死にたいなら一人で死ねよ」

「あいつは、私だ」

「いや、お前はお前だ」

 睨むような視線をそのまま返し、レプリカは構える。

 なぜ上空から突然現れたのか。配置していたレプリカの一体が一番の脅威となるような冒険者を排除したはず。この男が一番の脅威と判断したのか。

 わからず、考えることもやめ、目を閉じ、開けた。わずかな調整。

「あなたが私を邪魔だというのなら、あなたも邪魔だ。私は、私を殺し、死ぬ」

「何度だって言ってやるよ。お前はお前だ」

 グリフォンの羽根が落ちると同時、二人は踏みこんだ。

 攻撃が交差する最中。レプリカはルグリウスと変じた同胞がどういう末路を迎えているのか、知る由もなかった。あれは今、無数の結晶に貫かれ、死体は虹へと帰っていた。ブルーノを援護したなぞの射撃、あれの正体は結局わからぬまま。

 そして、グリフォンの羽根が落ちた意味を知るものはこの戦いを目撃している中で、白銀の頂しか把握できていない。初心者であるレーナたちも、配信に写っていたリスナーたちが騎乗していた生物という知識止まりだ。

 エルダーテイルをある程度進めたモノならばすぐにわかる。レイドというものに憧憬を抱くものならば、メンバーを集めることさえできない冒険者たちからは嫉妬さえ向けられるアイテム。

 騎乗生物グリフォンを呼び出すことができる笛はあるレイドを突破したものにしか与えられないアイテムだ。

 ブルーノはただ料理や気性などによってここ一か月で白銀の頂に信用を得たわけではない。

 彼は確かに示したのだ。指揮者として、指揮官として、ギルドの集団を率いることができる存在だということを。

 日本に二百人程度しかいないといわれるグリフォンの笛保有者、最も新しき翼を分け与えられたものとして。

 攻撃が交差する。一合目は力任せの一撃だ。当然のように古来種のレプリカが勝る、が嫌な感触に顔を顰めた。

 なんだ。弾かれたか。否とレプリカは己で否定する。確かに真正面から打ち合ったはずなのに、ブルーノには相殺を越えたダメージが入っていない。

 二合目、三合目。打ち合うごとにブルーノの気味の悪さは加速した。攻撃を重ね、互いを知るように繰り出す連撃はあっという間に数えるほども馬鹿らしくなるほど積み重なる。

 ブルーノは二刀流。攻撃速度においてエルダーテイル内で最速職ともいえる盗剣士。その中でも他に類を見ない不揃いの二刀流と言えど、その速度と技術はすさまじい。

 センジ、銀次郎、クリスなどという馬鹿力、馬鹿防御と打ち合ううちにブルーノは異常ともいえるほどの剣裁きを手に入れた。敵の攻撃を的確に打つというものだ。故に、彼の斬撃は威力を喰う。打ち合えば削られることは確実の威力を押さえつけることができる。防御よりの技術。

 対しレプリカは一刀。剣を正眼に構え、王道的な剣術で相手を苛烈に追い詰めていくのが基本。筋力と速度、圧倒的ともいえるほど真正面から押し切るタイプ。ブルーノのような絡め手とは噛みあうように斬撃が重なる。

 速度と威力。二刀と一剣が剣戟を響かせる。

「この……!」

 振り下ろしが地面へと叩き込まれる。ブルーノはひらりと身をかわし、勢いのまま斬りつけるが剣が防ぐ。

 偽の記憶を植え付けられた元人間も、白銀も、サンタクロースの男さえも、舞台上で立ち回りを続ける二人の邪魔はできない。邪魔はさせない。

 多く、ボスモンスターの場合、複数人で挑むことが前提となっている。理由は勿論一人で勝てないからだ。しかし、奇特な人間はいる。エルダーテイルという人気ゲームならば尚更。

 ボスモンスターを一人で討伐するという奇特な人間がいるというのは当たり前だ。ましてや、変人揃いの白銀の頂ならば。

 ソロボス討伐において、他人は邪魔な存在である。というより介入できない、させないのが当然。一人で相手のパターンを読み切り、攻撃を捌き、忍耐のように斬撃を叩き込み続ける。

 半端な味方、攻撃、援護などは狂いとなる。秒針のように繊細な体力調整を狂わせる原因は取り除かれるべきだ。

「ステータスは私の方が……!」

「上なのに? 笑わせんなよ」

 鼻を嘲るように鳴らして、足で瓦礫を蹴り上げ目潰し。

「っ!!」

「ステータスが強い方が勝つっていうなら俺たちは負け通しだ」

 双剣が叩き込まれる。まともに一撃が入った。相手よりステータスが高い、なんていう事態はほとんどない。レベルが低いから勝てなかった。笑わせるな。それなら九十という限界で負けたとき、あいつには勝てないと諦めるつもりか。

 レベルなどただの挑戦権に過ぎない。認可を通すためだけのものだ。必要なのはただ技術と工夫と運。気持ちなどはいらない。気持ちで勝てるなら常勝必死だろう。

 レプリカの胸から血がしたたり落ちる。傷口は深いが減った体力は少ない。古来種というのはくそだとブルーノは唾を吐くが、

「いつものより弱いな」

「…………!」

 彼が気まぐれに斬り結んでいるのは衛士。埒外の怪物。自分でも斬っている理由はわからない。ただ、遊んでいるだけだ。

「殺します」

「死ぬんじゃねえのかよ」

 レプリカの周りに冷気がまとわりついた。特技の開陳。そこで彼女は気が付く。

 ブルーノがいまだ特技を使用せずに、自分の動きだけで戦っている問うことに。

「アズールエペ、クアドラブル!!」

 展開される四つの蒼剣がブルーノに叩きつけられる。冷気を纏ったその刃は不浄なものを切り裂くときこそ威力を発揮する。

 走った斬線と煙からブルーノは無傷で踊り出てきて、そこに氷弾が連続で叩きつけられていくがすべて斬り落とす。

 接近。蒼い光を纏った斬撃。

 それも叩き伏せられた。

「トライフェスタスラッシュ!」

 三角形を描く三連斬は丁度間中を抜けられ、返しが来る。それを弾きながら次の技を練り上げた。

「ミリディエルエペ!!」

 剣が光により膨張し、何倍もの長さを得る。振り下ろされた大地を抉り抜く斬撃。軽い動きで近付いたブルーノはレプリカの二の腕あたりを打った。

「っ!」

 攻撃の始点。どんなものにもある予備動作。そこを抑えられればどんな行動も起きる前に止められる。今のは隙が大きすぎたと反省しながら氷の盾でブルーノを締め出す。

 盾を砕きながらレプリカは突貫。魔力を纏った突撃があたりを巻き込むが、白い男は脚を振り上げ、あろうことか剣の腹を踏みつけた。

 ガガガと叩き伏せられた剣先が地面を砕き止まる。十字の斬撃が走り、レプリカは何とか身を躱した。

「なぜっ!」

 展開されるは三つの弾丸。水と冷気のあわせをもって打ち出されるが、弾かれる。

「どうして防がれる!!」

 激昂と共に叩きつけられていく古来種特有のでたらめな攻撃をブルーノはすべて的確に対処していく。

 もはや処理と言えるまで自然に捌けている攻撃の嵐を前にしながら、ブルーノは昨夜のことでひきつった笑いを浮かべた。

「お前、どうしてそんなことまで覚えてるんだ?」

 味方の古来種、レーナの特技と効果、モーションなどを把握し覚えていたアルフォンスに聞き返すとあの引きこもりはこう答えた。

「だって、その……動くじゃないですか?」

 当たり前だ。

「スカートなので見えるかなって」

「……」

「いえ、見たくないんですけどスカートがふわっと……見えたら嫌なんですけど、いえ見えたらうれしいんですけど」

 記憶から閉め出し、ブルーノは前へと飛んだ。

 来た、とレプリカは笑い、居合斬りのような体勢へと移行する。

 速さ勝負。強引なステータス勝負へとレプリカは持ち込む。なおもブルーノは接近をやめず、付き合うように加速した。

 来る。

 来た。

 僅かな一瞬。鞘の代わりに冷気を走り、加速した斬撃は確かにブルーノの残影を切り裂いた。

 当たったと感触は伝わるが、目の前では時が撒き戻るかのようにブルーノは一方しろに戻っていた。

 ライトニングステップという特技がある。前方への強制ダッシュとそれに伴う一時的な攻撃バフ。左右キーによる入力でカーブが行うことができ、上級者は左右のステップが可能なものだ。

 今ブルーノが行ったのはそのステップを強引に後ろへとかけること。ありえない特技の挙動にレプリカは目を見開く。本来の挙動よりずいぶんと離れたモーションのおかげで、バグったように後ろへと滑ったせいで時が戻ったように見えたのだ。無茶な挙動により、ライトニングステップ本来の移動距離よりずいぶんと劣ったそれは何よりも厄介なディレイという行為となる。

 畳み掛けるようにクイックステップで近付かれたときには反応することはかなわなかった。

 特技をついに使ったブルーノが起動するのは当然特技。距離を詰め、レプリカの手首を上から貫く攻撃は本来相手の喉元を突き刺すレイザーエッジ。

 相手の喉元、つまり首を狙う特技。首、というのを拡大解釈し、手首へと攻撃部位を動かした。拡大特技、いずれ誰かが気が付くその技術をブルーノは惜しみなくひた隠しにして扱う。

 柄を押し込み、地面に剣が縫い付けられる。まだ片方の手が、剣を握っている手が空いているが拡大特技と手首に走る痛み、視覚的なおぞましさが伴い、レプリカの体はほんの一瞬止まってしまう。

 それだけで充分だった。剣の柄でレプリカを殴りつける。振りはコンパクトに、的確に顎を打ちぬいた攻撃はレプリカの脳を揺らす。

 かくんと折れる膝に少女は困惑しながら抗おうとするところに第二撃。飛び込んできたのは靴の底。蹴りだ。ご、と明らかな鈍い音がしてぶれる。

 ブルーノが接近しながら左手を伸ばした。麻痺から治りかけたレプリカがのけぞろうとするも手首から嫌な音と感触が這い上がってくる。内側から削られるようなそれは手首に穿たれた刃だ。怯えのまま後ろへと流れようとしたのが回避行動となるが、がくんと一気に頭が下がった。同時に感じたのは頭皮が引っ張られる感覚。

 長い髪を巻き取るように掴んだ左手に引き寄せられ、飛び込んでくるのはブルーノの膝だ。

 膝蹴りが一度、二度、叩き込まれる。揺れるレプリカの視界、飛び込んでくる恐ろしい打撃の合間に彼女は見た。

 人の奥底に眠る獣性。誰かを傷つけるのを待っていた底辺の人間性。

 殴り、斬り、殺しあうための理由を探していた獣はついにエルダーテイルで手に入れたのだ。

 正当にするための理由を、暴力の理由を、殺人の理由を、誰かとの殺し合いという理由を。

 ブルーノが笑っている。レプリカだけがそれを見ている。だが、なんとなく誰もが気付いているものだ。いつだか殺人鬼がその匂いを嗅ぎつけたように。

 戦闘を楽しむという異常行為。

 そしてその異常は白銀の頂では異常とはされない。なぜならここは、元よりはみだしたものたちが行きつくところであるからだ。

 四度目の膝が入ったところで、えぐれいく手首をちらりと見たレプリカは意を決し、自ら勢いよく手首をちぎった。半ばから断たれた手首はもはや感覚がなく、ぶらりと垂れ下がる。

 今はこれで構わない。睨み付けると同時に周囲の冷気が力を帯び、槍と化した。古来種レーナにはなかった力、サンタクロースに植え付けられた思考外の刃がブルーノへと踊りかかる。

 届かずともこれで後退を。そう思ったのが間違いだったかもしれない。近付かれた時点で挑み続けるべきは格闘戦だったのだ。

 白い男はあっさりとユニコーンジャンプで背後へと飛び移る。その手には剣しか握られていない。右手の剣。欠いた状態ではレプリカに勝てない。

 左手が伸びる。先ほどまでレプリカの手首を貫いていた剣へと。振り返ることなく伸ばした手はこちらが反応するよりも早く。

 触れた。それだけで、二刀流の判定。

「――――――」

 空間を歪ませる、無数の斬線が走った。ばっと血が飛び散り、レプリカの背後にいくつかの斬撃が刻まれる。

 エンドオブアクト。終わりには、御似合いだ。

 崩れ落ちるよりも先にブルーノが剣を振った。

 一閃。

 とどめというには過ぎて、慈悲と呼ぶには冷たい。

 それでもレプリカは最期に何事かを呟いた。

「……り…………ます……」

 困ったようにブルーノは眉を顰め、顔を見てなおのこと困った。

「殺したやつに礼なんて言うなよ……」

 闘争には熱を、

 それでも死にはせめて安らぎを。

 レーナの体を暖かい何かが降り注ぎ、覆った。姿は見えない、匂いも何もしない。

 その何かは柔らかい布のように纏わりつく。一筋の涙が分けもわからずレーナの瞳から零れる。

 ブルーノが彼女を抱きとめようとしたとき、それが来た。










 レプリカの死体にブルーノが触れ合おうとした瞬間、降りてきたそれが掻っ攫った。

「お前、今更なんだ」

 敵意を込めた目で睨む先に、レプリカを抱えた雪の紋章がちりばめられた真っ赤な服を着た男はいる。

「そういう君こそなんや? ただのランク2にしてはおかしいやろ」

「聞かれたことに応えろよ、欺瞞風情が」

 言ってから、ブルーノは自分の意思とはかけ離れ動いた唇に戸惑った。

 今なんと言った。この体はなぜそれを知っている。

 男は目を見開き、鼻を鳴らす。

「どうにも僕らだけやないみたいやな……それに君はあまりにも不安定で、敵対的……ここで終わらせた方がいいか?」

 べきり、と男の腕が音を立てて黒い鱗を生み出した。やがてそれは肩に伝わり、全身に幻想級に等しいほどの魔力を渦巻かせるが。

「――――!!」

 飛来した結晶を、彼は腕を振り防いだ。

 じろりとそちらに目をやるも、視認できる範囲には認められない。

 ルグリウスの時の援護射撃。あれがあるならば、やれるか。

 剣を構え、ブルーノはじりと足を踏み変えた。

 プレッシャーをかける。ここで必要なのはそれだ。やり合えばただでは済まないと思わせる。

 男は数秒にも思える一瞬で、変革を解いた。

「やめや、周りにうざいのがおるし……弾切れやな」

 見れば周りの改造された人間たちは排除されている。

 代わりに、背から翼を生やし羽ばたかせた。

「今回は引いたる。君らの勝ち」

 でも、とひひひと笑う。

「この死体は貰ってくわ。君が捨てたもんやろ?」

 笑いながら浮上する男にブルーノが剣を投げつけようと加速した。

「ほなまた会おうや。これだけは真実やで、この欺瞞、カホルの名に誓ってなぁ!」

 投射された剣を避け、カホルは空に消えていく。

 白い男はそれを見送ることしかできなかった。



















「はーあ、どっこいしょ。えろう疲れたわほんま」

 どさりと冷たい石の上に死体を投げ出した。白い髪は所々赤く濡れており、口は半開きで瞼さえ閉じていない。美人も形無しだとカホルは薄ら笑いを浮かべる。

「随分楽しんだようだな」

 暗がりの中から男が現れた。ストールを揺らしながら現れる姿は式場が良く似合いそうだ。

「まだまだ、これからやろ。どや、これで便利な手駒作れるんちゃうか」

 そう言いながら爪先でスカートを持ち上げ、下ろした。生きていなければ面白くない。

「それは努力次第だろう。ときにカホル、村を二ついきなり消すのはやりすぎであろう」

「あーん……?」

 首を傾げ、はてと悩めば思い当たることがあった。ウエノ城址のものだ。

「あ? いやいや確かに一つは消したけど二つやるほど溜まってへんわ」

 いくらか怪しげにカホルを見た男はやがて顎に手を当て考え始める。

「ああ、せやせや。妙なことが起きてるついでに一つ思い出した」

「なんだね」

「僕らともちゃうどうにも変な奴がおったで。白銀の頂のブルーノっちゅうやつや」

「どのように」

 問われたカホルはおどけるように肩をすくませる。

「古来種を単騎で殺した。いくらなんでも駆け引きと技で有利とれる言うても古来種やで? それを一人でつぶし切ったのがおかしい」

 そう、レプリカが精神的に不安定でも、あれはやはり異常だったのだ。

 例外。虹。同種の可能性。それらを見当しようとするもカホルは興味がない。問題はあれが邪魔かどうか。

「もう一つ消えた村……おかしな冒険者、か……私たちの理解の外に何者かたちがいる可能性……」

 ふっと男は笑みを浮かべる。

「愛しいな、この世界はおかしなものばかりで」

「それは僕らも同じやろ。はぐれものやねんから」

 災いは人知れず笑い、やがて来る相対へと歩を進めていく。



























 三日後、今度は自主的に白銀を訊ねたレーナは外壁にとりつき、ああだこうだと修繕強化を施し、なぜか階層を積み重ねていっているのを見て呆れた。

 ぎゃあぎゃあと騒がしい中、呆気に取られていたところ、目立つ黒を見つけた。

「紫苑、おかえり。どうかね、お茶でも」

「エドガーさんどうして今日もいるんですか……?」

 疑惑と困惑の目を紫苑が向けると、エドガーはふと考えた。なぜここにいるのか。

「ふっ、まあいいではないか」

「あ、そうですか……お茶はいいです」

「ではお小遣いをやろう。金貨何千枚がいいかね」

「いりません! そんなにいただけません!!」

 なんだか顔がいい顔無しみたいなことをしてる元ギルドマスターがいた。エドガーはあれから白銀にふらふらと訪れたりしている。

 紫苑にフラれ、こちらに気付いたエドガーはこちらにやってきた。

「何か用かな」

「あ、えっとブルーノさんたちに改めてお礼を伝えに来たんですけど……」

「ブルーノならばいない。そして伝言を預かっている」

「伝言ですか」

「ああ。『あなたまで礼など言うな』と」

「…………」

「私は何が起きたか粗方見たつもりだよ。彼が最期に駆け寄り何をしようとしてたのかも」

 あのとき、ブルーノはレプリカを抱きとめようとしていた。冷たい地面を最期にさせずに。

「それでも彼は自分が殺したと決めたのだよ。それに礼も感謝も謝罪もいらんだろうさ」

「…………はい」

 目の前で、ブルーノは自分にそっくりな私を殺した。

 ブルーノが怖くないといえばうそになる。戦い笑うさまは確かに背筋が凍るほどに怖かった。

 しかし、最後の介錯は。

「あいつは君に対して負い目を背負っている」

「え? ど、どうして」

「なに簡単だ。君の成長できる機会を奪ったという負い目だ」

 それはどういうことかと聞こうとして、エドガーは笑った。

「自分との対話だ。得られるものはあっただろう、そういうことだよ」

 ああいう機会も成長のためとなることもあるのさと暗殺者は言って、ふと向き直った。

「これからどうするつもりかね」

「まだ、考えている途中です。こちらだと配信なんてできないですし……」

「歌うのならば酒場くらいは紹介しよう」

「あ、ありがとうございます。でも、どうして……?」

 簡単なことさとエドガーは前置きをする。

「君の所属グループを運営している会社に我が江戸川グループは出資をしているから、ここでイメージダウンなど困るのだよ」

 これからもよろしく頼む、と手を振ってエドガーはどこかに去っていく。

 言葉を飲み込めぬまま、精査して、

「えええええええええええええええええ!?」

 白銀のギルドビル前に、レーナの叫び声が響いた。





































 とある街で、二つの暗がりで、死体が二つ出来上がった。

 一つは殴打による殺傷。

 一つは刃物による殺傷。

 殺人鬼は二人、あざ笑うように人を殺し舐めていく。

 そして、その中の死体が一つ。

 むくりと起き上がる。

「さあさあほらほら、死んでも働いてもらうよ」

 僕のために。

 そう笑う男の髪は白く、瞳は血のように赤かった。

 災いとはまったく違う、彼らが動き出す。

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