第5話 交戦






「ククク……無垢なる眷属よ……命を喰らい、災厄となるがよい……」

 召喚術師のオルクスは、センジが拾ってきた白い犬に餌を上げていた。傍らでは猫がぐるぐる唸りながら、オルクスの脚に体を擦り付けている。

「親愛を求めるか……それもいいだろう。貴様はそのうち、血を求め出す……!」

 抱きかかえて、撫でているとオルクスのズボンのすそを引っ張る力が同時に三つきた。見てみれば、普通の犬サイズにしているケルベロスが嫉妬している。

 オルクスは契約したときから変わらぬそのケルベロスを撫でてやる。

「その焦がれこそが終末への欲望だ……!」

 ペットたちと戯れ始めたオルクスをぼーっと眺めるブルーノの足元にご飯を食べ終えた犬がボールを持ってきた。ことん、と目の前で落とし、気付かないでいるともう一度くわえて、膝の上に落としてくる。

「投げてほしいのか」

 当然ではあるが返事はない。ただなんとなく、早く早くとせかしているようには見えた。

「ほれ」

 と投げてやると犬は勢いよくボールに向かって走り始めた。うまくくわえることができず、だかだかだかーっとそのまま転がして一人で遊び始めたのを見て、センジを思い出す。あの馬鹿もアキバ外でかっこいい棒を見つけて振り回しては棒がすっぽけてはブルーノの顔面に炸裂している。犬のほうがいいな。

 オルクスは現実ではブリーダーだったらしい。元々動物好きで、こちらでも色んな子と遊べるのが楽しいと大災害に巻き込まれた後にもいろいろ飼い始めた。そのうち、犬と猫は基本的にギルド内を自由にうろついている。

 白銀の頂ギルドビル、本拠地、ホーム、ギルド、呼び方は様々で好き勝手に呼んでいることが多い。元々の屋上の上に誰かが増築したり、地下を開拓しているせいで買った当初よりも広くなっているそこは名づけるのも馬鹿らしかった。

 そんなギルドの広い座敷で、ブルーノは机に肘を置いてつと視線を動かした。

「あの、夕食ありがとうございました。おいしかったです」

 ブルーノの近くに腰を下ろして軽く頭を下げたのはレーナだ。連れてきた連中はどうしたのかと思えば、まだ食べている。

「……気にしないでくれ。うちは数人分作って後はバトルロワイヤルだから」

「バトルロワイヤル……」

 白銀は所属人数が百人と少し。しかし、今現在も外が面白いからとかもう少し情報を集めるだとか、いろいろな事情によってアキバではないどこかで暮らしている白銀もいる。あれ以来、アキバを中心に動くのは関東当たりでは自然だが、ミナミやナインテイルではまた事情が違う。そのあたりの事情がそっちにとどまっている白銀kら集まる状況が実は好ましいところもある。

 さて百人という大台には乗っていないが、それでもフルレイドは余裕でくめる程度にはアキバ白銀は多い。滅多にギルドビルによりつかないメンバーであろうと週に一度やまばらにだが顔を見せに来るようになったのは、やはりブルーノのプロ顔負けの御飯によるものだ。

 稼いだ金貨、現実世界で言うところの給料、こういうと嫌悪感があるが、の使い道は食費だ。ここはとことん暮らすだけでは困ることは少ない。暮らすところも汚れたりすることに目をつぶれば野宿でも結構だ。

 日本人というのは食に飽くなき探求心ありとは誰が言ったものか。食うことに関して貪欲なものたちは浮いた生活費を食費に突っ込んだ。

 プロ級の料理の腕前、あまりある食費、白銀内で起きたのはギルマス飯の奪い合いである。

 怒った戦争は苛烈を極めた。適当に作ったギルマス飯を求め、ギルメンは荒れ狂ってはさらなる馬鹿センジになぎ倒され、集ってはなぎ倒され、果てには裏切りなど勢力争いなどということまで一日で進んだ。阿保である。

 それに切れたブルーノはその日の気分で何人分だけ作り、あとは純粋にじゃんけん勝負させ戦争を終わらせた。白銀の人数分つくるには手首が痛かったからである。仕事ともなれば慣れるであろうが作るのは趣味とリハビリと少しの義務感だ。全員に届ける義理もない。

 今日もブルーノの飯を奪い合った敗残兵たちは、それなりに楽しみながら自分たちで買い寄った総菜などを食べている。

 今日もギルマス飯にありつけているセンジとL2、ミサキ達は当たり前のように食べている。

 二食程度多めに作って、食うなよと釘を指せばいいだけの話だ。礼を言われる筋合いはない。

「ところで……なんでいるんだよお前ら」

 レーナの話を片す前に、ブルーノは気になっていたことを言った。

 その二人は食べていた唐揚げを置き、あるいは水をこくりりと飲む。

「なんで、と言われても、古巣に来るのは当たり前ではないか?」

「ブルーノさん……お忘れになったのですか……私に仰られたことを……あの日ブルーノさんは私の愛の言葉を……」

「囁いてねえ! 古巣だからって悠長に飯食ってんじゃねえよ!!」

 えー、と気にくわなさげに抗議したのはエドガーとアリアである。

 あの場から来たエドガーはまだわかる。しかし、急にわいてきておかえりなさい、ご飯にしますかお風呂にしますか、それとも……などと言ってきたアリアは理解できない。

「ほんとのこと言えよ」

「流れでついてきた」

「内側にいる男性の方を唆しました」

 ろくでもねえ。特に後者。先程から部屋の隅でオブリーオが泣いているのはそれが理由だ。謎が解けてすっきりした。童貞だから胸が大きいのに弱いのだろうか。

「私も助けたのに一口噛んだのだ。話くらい聞いてもよいだろう」

 そう言われるとブルーノは言い返すことはできない。言葉を詰まらせていると、アリアがええと頷く。

「私がいると夜寂しくありませんよ」

「うちの大将は夜寂しくてもお前なんかいらねえ」

「げぇっ! またあなたですか!」

「ぐるるるるるる!!」

 きゃあきゃあと騒ぎだした阿保二人を置いておく。

「なぜお前は戻ってきた」

 ご飯を食べ終えて、お茶を飲んでいるL2がそちらを見ずに問う。

「なに、白銀のことを耳に挟んだのでな」

 視線だけを動かした先にはミサキがいる。何食わぬ顔でこちらも食後のお茶を飲んでいた。

「ミサキ」

 名を呼ぶだけで、二人に会話はない。目を目が合い、やがて策士はわかったよと言った。

「余計な真似だった」

「もうブルーノに意地悪はよせ。モテない」

「好きだから意地悪してるみたいに言わないでよ……」

 小声のやりとりを、ブルーノは聞こうともしない。なんとなく、したことはわかる。理由もだ。

「一つ言い訳をさせてもらうと、君があそこまでやるとわかっていたら呼ばなかったよ」

 あそこまで。その物言いにエドガーが眉をひそめる。座敷でご飯を食べていた中で、遠征に同行していなかった者たちも同じような反応をした。

「何をした?」

「大したことは……して」

「したぜ。そりゃもうすっげえ」

 誇らしげにセンジが言うが、ブルーノをあそこに叩き落したのはこいつらだ。懐から一つの召喚笛を出すと、エドガーを始めとして数人が納得する。

「なるほど。想定外だな。ますます良い」

 完全に知識外のことをしている戦闘狂たちに紫苑を始めとする初心者三人とレーナは首を傾げる。説明を求めてもはぐらかされるばかりだろう。

「さて……そろそろ本題に入る前に……この人、有名なのか」

 ブルーノがレーナを示すと、むくりと先ほどまで転がり包まっていた布団が起き上がった。先っぽからアホ毛が出ており、何とも言えない。馬鹿っぽい。

「知らないんですかブルーノさん」

「知らない。ていうかお前なにそれ……誰……?」

「わからないんですか……?」

 わかるかい。

 はあ、とため息をはいて、ステータスを中止すると布団のせいで少し読みにくいが分かった。

「アルフォンスか」

「へへーん」

 なぜ誇らしげ。

 それも無理はないかとブルーノは思い直す。

 アルフォンスは引きこもりだ。現実でも、ここでも。

 こちらでは出れるかと思っていた彼女はどういうわけか、何処にも出ていくことはできなかった。絶賛センジたちが追い立てたり、何とかギルドビル内は縄張りだと認識をさせるという犬か猫かなんかみたいなことをしているが、半歩程度だと聞いていた。

「お前なんで出れてるんだ……?」

 すごいなというとアルフォンスは余計に身をそらせ、倒れ掛かるのを立て直す。

「なんとですね、ここに連行された時と同じように布団にくるまれてたらなんとかいけるとわかりまして!」

「ああ、だから……」

 そんな奇天烈な格好なのかという言葉を飲み込んだ。今更奇天烈な恰好が一人増えた程度でどうということはないからだ。

「あと推しに認識されたくないです。というか今ももう死にそうです同じ空気吸ってますか?」

「吸ってねえよ。布団がフィルターだろうが」

「フィルター越しに感じる……」

「引いてるからさすがにやめろ」

 レーナはそこはかとなく白銀から距離をとるが皆は最初から距離を取りつつもすぐ動けるような状況だ。ご飯時はバトルロワイヤルである。そうでなくとも、白銀ではない白髪がいるのだ。

「レーナ・ミリディエナ。うしみどき所属。ヘオス王国からの留学生で、日本への理解を深めるために配信活動を始めた。ただの留学生とクラスメイトにも説明しているが……?」

「……が?」

「まあたぶん偉いところのお嬢様でしょうねというのが共通の見解です」

 ふーん、とブルーノは彼女を見る。

「育ちのいいやつなのはまあわかるけど、お嬢様ってもう少し……」

 脳裏に走る、白髪の女の映像。彼女は全ての所作が美しかった。

「え、ああ、それは……ブルーノさん?」

 何かに耐えるように俯いたブルーノを気にして、アルフォンスが上半身に布団をくくり付けたまま覗きこむ。

「いやなんでもない……お前そのままだと存在がギャグだよ」

「へへっ、それほどでも……」

 ほめてない。

「そういう、設定だったんです」

 レーナがいえ、とかぶりを振って続ける。

「そういう設定を演じているんです」

 設定、とブルーノは確かめるようにつぶやく。ふむ、と目を閉じるのを見かねて、ミサキが助け舟を出す。

「YouTubeは覚えてる?」

「動画サイトだっけ。教えてもらったな」

「そこに投稿したりして、広告収入を得ている人間がYoutuber。これは三次元、現実の人間、その人自身がやってる。で、Virtual Youtuberは二次元、キャラクター、アバターを演じている人間がやってる」

「…………役者がそのキャラクターをアドリブで演じてるみたいなものか?」

「だいたいそういう理解で構わないと思うよ。僕もあんまり知らないからね」

「ふうん、じゃあなんで」

「たしなみ」

 そういうものかと納得しておく。

「それで……有名なのか? 何人か知ってるみたいな反応だったけど」

「当然じゃないですかっ!」

 アルフォンスは無視。

「オタクの割合高い。それにコラボイベント有ったから」

 コラボ? とブルーノが眉を顰める。

「半年前くらいだっけ? あったよな」

「クエスト内容みずに報酬ほしくて飛ばした」

「うわありえねえ」

「なんだよやり方はそれぞれだろ」

「どんなのだっけ」

「たしか古来種のレーナが危機に目覚めて、レーナじゃないかもしれない」

「なんにせようちの一人が目覚めて四人の同僚起こして、ボスを協力して倒す……だったかな」

 白銀の数名がわあわあと会話して、ああだこうだと繋がっていく。途中からコラボ装備の話やら服装とかあの子知らないとかだんだん道筋がそれていく。

「ああ、たしかに……そんな感じのイベントだったな……」

 そうだ、あのときは彼女が関わっていた分野でもあったし、当時としてはやはり新しい文化とのコラボは注目していたのだと思い出す。

 思い出す?

「ギルマス?」

 動きを止めたブルーノを心配して、誰かが声をかける。L2とセンジはそれに気が付き、ミサキは何気なく水筒を取り出し、コップに水を注いだ。

「まあ……なんとなくはわかったよ。だけどそれで、なんでああなってたんだ」

 何事もなかったように、ブルーノは再起動した。

 顔も知らぬ男性冒険者に詰め寄られてたことはすでに耳にしている。そして、もう一人彼女がいたことも。

「……わかりません」

 震える声で首を横に振るレーナに、ブルーノは弱る。

 何かが起きている、何かがおき続けていることは間違いない。

「仮に偽物とあれを決めつけよう」

 L2が皿を空にすると、人差し指を立てた。

「今ここにいるレーナ、君自身が偽物かもしれないが」

「おい」

「例えばだ。とりあえず、ここにいる君が本物だとする。あちらが偽物」

 いさめるとL2が少し悪戯ぽく口をとがらせるが、彼女自体気が気ではないだろう。

「今の君は演じているということを理解していた。だがあちらはどうにも理解していなかった様子だ」

 そうだ、とヴィヴィが頷く。

「見つけた、とも言っていた」

「以前から彼女を探していたんだろう。交際していたのは、情報収集のためかな」

 はい、と紫苑が手を上げる。

「以前、レーナさんの偽物を見てます。今思えば、ですけど」

「そのときは」

「男性と一緒でした。カップルみたいに仲が良かったです。離れるときに視線を感じましたけど……」

「やはり探していたのだろう。それで今日、見つけた」

 レーナを、本物を。

 だが、何のために。

「――――――!!」

 階下、いや座敷入り口の方から騒がしいもの音が聞こえてきた。座敷で食べていないものもいるからそれあたりだろうかと目を向ければ現れたのは見覚えのない冒険者だ。

「いた! レーナ!!」

「え、あれ!? なんでここに……!?」

 呆気にとられたレーナに近付く冒険者に、数人があ、と声を上げる。所属するギルドは同じだ。

「よりにもよってなんてとこにいるの……ほらもう帰ろう……!?」

 ギルドビルをこんなところ呼ばわりされて、数名が色めきだつが事実こんなやばいところなのでとりあえず収まる。

「ね、ちょっと待って」

「待たない! 待ちません! だってここ白銀の頂だよ!? それに外になんか人いっぱいだし……運営さんに関わっちゃ……いけ……ないって……」

 後ろに行くほど言葉が弱くなっていき、その人の顔は青ざめていく。何を言っているのか把握したのだろう。

「あ、はは……はははは……す、素敵なところですねぇ……いやぁ……こんな素敵なギルド……」

 誤魔化しているがもう遅いだろう。

「え、白銀って……あ! ど、どうしよう……いっぱいいっぱいで忘れてた……」

 二人を見ていたブルーノはアルフォンスに顔を近付ける。

「うしみどきってギルド?」

「え? いやいや、違いますよ。アイドルグループ? 事務所みたいなもんです。わかりますか」

「それはわかる」

 なるほど、運営から近付くなとNGを出されていたのか。白銀の頂というギルドは以前からどんなことしでかしてたのか知りたくないな……。

「えっと……」

「白銀の頂、ギルドマスターのブルーノです」

 礼儀正しく、目の前で下げられた頭を見て心配している同僚はぽかんと口を開けた。

「あ、え、っと……アンリエッタです……レーナと同じギルドで……迎えに来ました……」

 へ、へへと愛想笑いをして、

「お、お邪魔しましたー!」

 と、去ろうとする。

「白銀から出れないですよ」

「え」

「このギルドビル、外から誰でも入室可能になってるんですけど、出るのは管理者の許可がいります」

「え」

 白銀のギルドビル、ゾーンはそう言う設定になっていた。というかそういう設定にさせられた。来る白髪を決して逃がしはしないシステムは以前ブルーノが脱走した際に見直されたものであり、これのおかげでもみじは文句を言いながら入らざるを得なくなるという拉致監禁となっている。ハーメルンと同等な設定だが、もみじが脱退したところでブルーノ個人はそれだけで、あとは少しの援助位して終わりな気分だが当人は抜けていないので自由意志という奴だろう。

「な、なんで……?」

「さぁ……?」

 目をそらしながら答えると、アンリエッタは怯えた目になる。後ろにいるレーナも同様。周りの白銀は今更、という目で見ているが監禁実行犯はこいつらだ。

「や、やばいギルドだ……! つ、通報!」

 仰る通りで。

 わたわたと動くアンリエッタの手をレーナが止める。

「待って。ここで通報したらたぶん、あのことが」

「……この人たちは知ってるの?」

 こくりと頷く。

「あのこと?」

「偽物の、話です。今日みたいに直接絡まれたのは初めてなんですけど、以前からその、ストーカーみたいなのも出てきてて……」

 公、円卓会議に周知されるのはいやなのか。この無法ともいえる世界において、統治機構のような円卓会議に頼らないということは悪手でしかない。なぜ頼らないかは、やはり認知されることの問題か。

 素人に話をするのも嫌だろうが、ならばこちらに通した理由は何なのか。ちらりとkyokaたちを見ると、レーナたちに近付いてあれそれと世話を焼こうとしていた。この人たちならと頼られたか。ピンチの時に手を出したから、そんなものが出てしまう。

「これだけは先に行っておくけど、うちがギルド全体で動くつもりはない。いうことも聞かない連中ばかりだから。俺も関わろうとは思わない」

「…………はい」

「だけど、うちの馬鹿たちの誰かが動くって言うなら数人は動くだろうし、乗っかるやつもいる。一時期はレイドランキングの上位に上ってたとかいうのも聞く程度には武闘派はいるし、荒事はたいてい処理できる」

 だから、とブルーノは言葉を繋げる。

「あなたがどうしてほしいかだ。それを聞きたい」

 数名の視線がレーナに集まる。

「私は……偽物が……いなくなってほしいです……」

 その、と声が絞り出される。

「嫌なんです。自分と同じ声と形で、知らないところで知らない人と会って、私に感情を向けられるのは……」

 それは誰にでもある感情だ。

 置かれている状況こそ特異とはいえ、たとえどんな形で人気者であっても、一人の人間だ。

 不快なものは、消し去るべきだろう。

「なんとかしよう」

 ヴィヴィが簡潔に、しかし確かに応える。それにkyokaが続き、クロ―ディア、と女性陣が並ぶ。

 数人が集まっていくのをブルーノは遠巻きに見ていると、エドガーがこちらに来た。

「貴様はどうする?」

「俺は関わらない。退屈もしてないから」

 そうか、と黒い男はその中に入っていき、黒髪と叫ばれていた。黒い虫みたいな扱いだ。

 人にもまれて、アンリエッタがぺっと弾きだされる。関係者なのにとみているとよろよろとこちらに近付いてきた。

「その、一応お礼を……」

「うちのが勝手にやるだけですから。それよりも聞きたいことが」

「はい?」

「外に人がいっぱいってそれはどういうことですか?」

 白銀の頂周辺は廃墟が多い。そんな場所を選んだのは単純に阿保たちの騒ぎ声が近所迷惑にならないのを避けるためと、周辺被害を抑えるためだ。主に血飛沫とか臓物とか建物損壊とか。

 白銀があることから人気はさらに少なくなったりしていて、今は八時を回っている。人がいっぱいなんてことはありえないはずだ。

「え……普通にいろんな人がいましたよ? 数はちょっとわからないですけど……いっぱいは言い過ぎかもしれません」

「何人くらい?」

 鋭く聞かれたアンリエッタはなぜそんなことを気にするのかと怯えながら答える。

「七、八人くらい……? 白銀を見てました」

 ありえない、と言おうとして、ブルーノの全身が震えた。

 直感。

 同時にレーナも身をすくめさせる。

「どうしました?」

「……なんか来る。ミサキ、警戒出せ!」

 聞き返すことなく即座にミサキが立つと同時、白銀のギルドビルに爆発音と衝撃が駆け抜けた。

















 白銀の頂、ギルドビル上層から吹きあがる煙が消えていく。

 ビル上層の壁ごと吹き込んだ冒険者の残骸をおー、とお茶らけた様子で見るのは、赤い服で眼鏡をかけた青年だ。

「いやー、派手なもんやなー。こんな感じでええんちゃいますの?」

 ねえ、と問いかけた先には四人のレーナレプリカの姿がある。先頭に立っている個体が青年に視線を向けた。

「あなたは本当に私のことが好きなんですか?」

「えぇ!? そない恥ずかしいことここで言わせます? いやー、二人きりの時とかに聞いてほしいですわー」

 へらへらと笑う青年に、複数の冷めた視線が向けられ、

「あら? 真面目に答えるとこやった? ま、そらぞっこんですわ。レーナちゃんにめろめろよ。やー、いってもうた! 恥ずかしいわー!」

「貴方の言う通り爆破させました。下からは私のファンが行ってくれています。あなたは?」

「僕は後ろからついて行かせてもらいますわ。レーナちゃんも気をつけて。白銀は強いからね、しろーい玉みたいなお肌に傷ついたらいけまへんで」

 けけけ、といやらしい笑みを浮かべると、青年は召使のように頭を下げ、道を示した。

「ほな、お先にどうぞ」

 ふう、とレーナレプリカたちはため息をつき、ギルドビル上層に空いた穴へと入り込んでいった。

 青年をそれを見届け、入り口から堂々と入っていく、唆したファンたちを見て、にやにやと笑みを浮かべる。

「偽物やてわかってんのにあーんな見てくれだけの女に泣きつかれたらころっていってまうのも、悪い奴に騙される偽物のかわいい女の子も、ぜんぶぜーんぶ欺瞞や。けれど、まあそれこそ僕の本分やわな」

 さてさて、

「行きまひょか。見せてみろ、人間」

 災いは、既に動き出していた。































「どうなった?」

 即座に動き出す白銀のメンツに対して、座敷のブルーノを中心にして数人が固まる。センジだけが出入り口に近い場所で刀の柄に手をかけ、どっしりと座り込んでいた。

「上層の壁が破壊されたらしい」

「どうやって」

「数人がかりのスーサイドボムだ。さすがに何度かの爆発に耐えられるくらいの強度じゃなかったらしい」

 L2が趣味でいろいろ仕込んでいたが、あくまでそれは内側だ。外側について、完全に抜け落ちていたらしい。

「私の失態だ」

「誰も外からくるなんて思わない」

 だが、と食い下がろうとしてL2は飲み込む。今はそう言うことではない。

 結界で守られ、戦闘行為を検知するシステムと衛兵が仕込まれている都市内部でこれほどまで大きなことが起きることはまず予想できない。

「何か来たか?」

「…………上からは四人。下からは今十人を越えてる」

「下からも? 面倒くさいな」

 一階出入り口は常時誰でも入れるようにしている。酔っぱらったギルメンがいつでも帰ってこれるようにだ。それでなくとも、来客というのは存外多い。泥棒などの不届き物は白銀というある種のダンジョンに迷い込んできたことを思い知る。

 ギルドビルなど、空間で区切られているゾーンは不思議なつながり方をしているのがこの世界だ。しかし、無理やり壁などを開け、空間を繋げてしまった場合、そこから入り込むことができる。新しくできた出入り口という扱いになるのだ。そこには設定を再度施さなければ侵入し放題。

「ゾーン所有者権限で弾く」

 全員だ、とブルーノが指を動かそうとして、エドガーが口を挟む。

「いいのかね」

「何がだ」

「おっと、私は部外者だったか」

「飯食ったろ。代金は置いて行けよ」

 離れようとしていたエドガーがおやと笑う。

「君が頭だろう。考えないのか?」

「試すのはもういいとか言ってなかったか? 俺は向いてるやつがやるならそいつに投げるんだよ」

 元ギルマスはL2たちに視線をやる。彼女たちはただエドガーを見ている。もはやかつてのギルドマスターを見る目ではなく、ブルーノが求め大剣を出せと催促している。

「この手の攻撃を仕掛けてくる者たちは一度躱したところで再度攻めてくる。目的を果たすまでだ」

「根拠は?」

「経験だ」

 ブルーノは息を吸う。目を閉じて、開ける。そのときにはすでに切り替わっていた。

「センジ、L2」

 呼ばれた二人が反応した。

「侵入者をぶっ殺せ。上はL2に任せる。下は」

「任せろ、大将。すぐ首を持ってきてやらぁ」

 いらねえよという返事に笑いながら、センジは下へと移動する。

「ミサキ、連絡としてこっちに残ってもらう」

「了解」

「アルフォンス」

「ふぁい?」

 上半身布団引きこもり星人はくるりとこちらを向いた。アホ毛でどちらを向いているかかろうじて判断できる。

「念話で下にいる数人に呼びかけ」

 言う途中で下から無数の戦闘音が響いてきた。いうまでもなく、下に詰めていたものたちが戦闘を開始したのだ。

「……なくていいから部屋で震えてろ」

「望むところですよ!」

 引きこもりだから外にいるだけで大貢献なのだ。巣に帰れ。ごろごろと転がっていく星人を見送らず、ブルーノは続ける。

「上にいる銀次郎と、一哉、ディー、ライザーの指揮をとれ、L2」

「穴埋めは任せてもらおう」

「エドガー」

 静観していた男は急に呼ばれ、ブルーノを見た。

「なんだね」

「ふりかかる火の粉を払ってもらう。上に行って指揮を受けろ」

「フッ、面白い。良いだろう」

 L2が念話を複数に飛ばしながら出ていく。後に続くエドガーはどこか楽しげだ。

「レーナさん、アンリエッタさん。どうせあんたらが狙いだろうから守られてもらう」

「は、はい……」

 こくこくと数度頷くのを見て、視線をずらす。

「kyoka、クリスを呼んでくれ。ここじゃ防衛しにくい。訓練室で籠る」

 そのまま目を滑らせ、クロ―ディアとヴィヴィアーノにも同じ指示を出す。

「SAEKOともみじも呼べ。二人に上と下の戦況を伝えてもらう念話役をしてもらう。上には紫苑を行かせる。下は七市だ」

 移動しながら指示を受ける中、もみじとSAEKOが合流する。当然のようについてきたアリアにブルーノは振り向き、

「聞くのも嫌なんだけどどれくらいやれる?」

「あなたのためならどんなことでも」

「ついてもらう」

 はあ、と溜息をはいて、ブルーノはいうとアリアはよしと小さくガッツポーズをとる。

「よし。いいか?」

 ギルドチャットにブルーノが音声を乗せる。

「ここに入ってきたことを後悔させてやれ」























 ギルドビル上層、オセロットは焦りながら走っていた。

 爆破音と衝撃はすぐに届いた。近くに侵入者がいるのは当然。

 白銀の一員として、オセロットはセンジなどのように好戦的ではないしガチじゃない。そりゃたしかに戦えるのは戦えるが今は駄目だ。

 なにしろ装備がない。全部自室に置いている。そういうわけでオルクスが飼っている白猫を追いかけていつの間にか上層まで来て、襲撃があった今急いでどこかに避難しようとしている。

 まずいまずいまずいまずい。何も起きていないのだが心臓がバクバク言っている。

 嫌な予感がする。廊下の角を曲がって、五メートルも進めばエレベーター後が出てきて、それをぎゃりぎゃりと引っかかりながら退避すれば何も問題ない。

 問題ない。問題ない。

「あーもう嫌な予感するぅ……」

 胃がきりきりしてきた、と角を曲がればそこに、

「こんばんは」

 笑顔で微笑む白髪の少女がいた。

 全身の毛が総毛立ち、警報がぶちあがる。フロアも大熱狂。

「最悪!!」

 即座に反転。ダッシュで来た道を引き返せば先ほどまでいた空間が氷の飛沫を上げながら吹き飛んだ。

 氷の斬撃。相手のなかに妖術師がいてエンチャを受けている? いやでも一撃がおかしい。どうなってる。あれは近接職がさらりとあいさつ代わりに出せる火力じゃない。

 後ろからレーナが追いかけてくる。正確にはその偽物だ。顔は張り付いたように無表情で、口元だけが笑っていてひどく不気味。

 ギルドビル内の通路を知っているオセロットは数歩先をいっているが、あちらのほうが速度がある。森呪遣いにはきつい。

 六歩の距離。首筋につめたいものを感じる。

 直線距離。

 死の予感。

「…………っ」

「伏せろ!!」

 覚悟するなり声が来た。

 言う通りにオセロットはスライディングで姿勢を低く保ちながら滑ると、レーナが突如として壁から生えてきた刃に追突した。

 がん、という鈍い音が響いて、後ろに飛び退る。血はない。剣で防いだ。

 足を曲げ、再加速を行うが刃がそのまま壁を突き破り、一匹の猫人が来た。

「銀くん!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 雄たけびと共に一閃。レーナは衝撃で後ろに弾き飛ばされ、自らの剣を見下ろした。

「偽物と接敵した。食い散らかす」

 念話で状況を伝え、刀を構える。

「離れると危ない」

「了解了解。援護したげる。威力期待しないでね」

 助かるというように銀次郎は頷いて、前を見た。ありがとうくらい言えばいいのになと思うオセロットは目の前に立つそれを見て、考えるのを切り替える。

「こんばんは、猫の人」

 レーナレプリカはにこやかに笑い、表情をすぐに冷たい物へと変化させた。

 お、から始まる雄たけびを上げながら銀次郎が爆発したような加速をもって前へと出る。

 直線。周囲への配慮を極限まで薄めた銀次郎は、戦闘時センジよりも恐ろしい存在へと変貌する。

 初撃は自動車事故のような騒音を立て、ぶつかりあった。

 お互い前へ前へとアクセルを踏み込むような斬撃を叩き込みながら、回避も防御もかなぐり捨てて行く。銀次郎に脈動回復を投射しながら、オセロットは押される銀次郎を見た。

 相手に切り込み、決して引くことがないはずの銀次郎が押されている。しかも片手装備のラウンドシールドも装備していない守護戦士に。

 両手大盾装備のクリスや、白銀最強のセンジに押し負けるところならば何度か見た。しかしレイドボスでもない相手に負ける銀次郎にオセロットは、

「銀くん……!」

 名を呼ぶ。

 猫はこちらのことなど意にかけず、下から痛烈な一撃をもらい、体が浮いた。

「がっ……!!」

 下からの突き上げ。見えたのは氷だ。そしてそこでようやくレーナレプリカの装備している武器にオセロットは呻いた。

 霰刀・白魔丸。氷壁の英雄、ルグリウスの装備。

 なぜそんなものを装備している。

「ァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!」

 銀次郎が咆哮した。くの字に曲がった体を無理やりに跳ね起こし、レプリカが怯む。

 くるりと身を回し、壁を切り裂くのをかまわず横に刀を薙ぎ払う。

 もはや斬るというよりも抉り削りこんでいくように壁をもぎとり、レプリカに斬撃が走る。

 押し返した。

 ぺっ、と血を口から吐き出し、銀次郎が詰めた。

 荒々しい攻防を再開しながら、残った理性で銀次郎はまずいと状況を理解する。

 一時的な押し返しだ。基礎ステータスが違う。

 鍛え上げ、エンドコンテンツに挑み、磨かれた銀次郎でさえ押されるこれは、目の前に立つレプリカは、

「…………!!」

 刀が跳ね上げられた。強引な、切り上げによってだ。

 こいつは、規格が違う。

 単なる一でおさまらない。

 モンスターなどにもランクはある。個人で対処できるもの、パーティー単位で対応できるもの、レイド単位で立ち回れるもの。

 こいつの表示は単なる冒険者、守護戦士ではあるが、背後にいたオセロットはそれを読み切る。

「古来種……!」

 貴き血族。蒼い血。

 冒険者でも、大地人でもない、英雄の一種。

 偽物は偽物でも、イベント用のもの。

 うめくオセロットの声に、銀次郎は苦いものを噛んだように眉を顰め、それから。

 笑った。

 上等だと、狂戦士はかち上がった刀を思いきり上に振り上げ、天井に突き刺した。

 レーナレプリカが唖然とした表情でそれを見送ってしまう。

 銀次郎は深く突き刺さった刀を頼りに体を持ち上げ、身をたたみ、全体重を乗せた蹴りをレプリカへと放った。

 埒外の攻撃をまともにくらい、吹き飛んでいく。追撃に出ようとしたところにオセロットが呼び止めた。

「銀君! 念話!」

 凄まじい形相で睨み付けそうになるが、念話という単語で何とか理性を五割程度に戻して、銀次郎は意識せずに念話をうけた。

「なんだ」

『勝ったか?』「まだ」『ならちょうどいい。偵察の紫苑から聞いたからいろいろ理解している。タイマンでは削るのはきつそうだ』

 よって、とL2が面白そうに笑った。

『策戦勝ちと行こう』

 がらがらと壁に叩き込まれたレプリカが起き上がってくる音。

「早く言え」『後ろに下がって一つ目の角を曲がれ、直進して水色の表札が掲げられてるのがアプリコーゼの部屋だ。開け』

 アプリコーゼの部屋。それだけで事情を理解した銀次郎は刀を一度押し込み、抜いて後ずさった。

「なんて?」

「コーゼの部屋」

「ああー……」

 理解したオセロットはそれで、と先を促す。レプリカはこちらを見ている。

「喋ったら舌を噛む」

「へ?」

 なにを、と言おうとする前にオセロットは急に来た浮遊感になすがままにされる。

 銀次郎がオセロットを抱き上げて、そのまま後ろへと走り出す。強風のような乱暴なスタートにオセロットは悲鳴すら出せず、固まるが二秒後に。

「な、へ、あっ!!?? ぎ、ぎ」

「喋るな!」

 怒鳴られ、オセロットは叱られた猫のように今度こそかたまった。

 景色が一瞬で過ぎ去っていくが、すいつくようにはなれないのはレーナレプリカだ。

 抱きかかえられ方が完全に米を担ぐような体勢で、若干の不安があるがこの速度に紛れてどうでもよくなる。驚異的なのはレーナレプリカの速度とその操縦性だ。

 銀次郎は毎日歩いているようなギルドビル内部を初見であるはずのレーナレプリカは完全に追従してきている。

 古来種の異常に怖気尽くも、実際に相対した銀次郎は折れてなどいない。

「投げるぞ」

「へ? ぐぎゃっ!!!」

 いきなりぶん投げられ、視界がぐるりと回った。停止と同時に投げられたせいで勢いはより増して、オセロットは壁にたたきつけられた。

 同時、銀次郎は屈み、右の刀で勢いを殺しながら反転。

 レーナレプリカと目が合う。

 なぜ止まる。疑問が目に浮かぶが、策ごと叩き潰すという意思が古来種に宿った。

 ノブに手をかける。

 剣の柄に手が触れた。

 互いが交差する直前、扉を思いきり引き開けた。

 レプリカの前に突然出現する扉。目くらましと判断したが、本命は左側面。

 次の瞬間、ススキノでブルーノを巻き込んだ雪崩と同等のゴミ袋達がレーナレプリカを飲み込んだ。















 戦闘中だというのに、わなわなと震えながら先ほど響いてきた振動をアプリコーゼは見上げていた。

「い、いまの……いまの……」

 襲い掛かってくる冒険者を片手間に跳ねのけながら、うぎゃああああとか細く叫ぶ。

「わ、わたしの……片付いた部屋が……」

「え、片付いた? 本気で言ってる? 真面目に?」

 倒した机の裏に隠れていたバーナビーが思わず顔を出す。

「か、片付いてたかも……?」

「開けた瞬間どばって出ただろうなぁ……巻き込こまれたら即死。頭蓋陥没全身複雑骨折臨終」

「ひええ……」

 怯えるアプリコーゼにあんたの部屋だよと横目で見るが、悲しんでいる施療神官に届きはしない。

「ひどい……だれが……」

「L2じゃないの? こんな倫理観ゼロのやつ。ギルマスは倫理まだあるし」

 結構ギリギリないと思うが味方の尊厳はセンジ以外無視しないはず。

「これから掃除するところだったのに!」

『紫苑たちがな』

『絶対途中で投げ出されていただろうな』

「片付くかもしれないじゃない……」

 念話で回線を突然つなげてきたブルーノとL2にコーゼは弱りながら言い返すも、どこまでも言葉は弱い。

「そこか!」

「っと」

 机に溶岩が叩き込まれ、バーナビーが飛び出した。痩せた妖術師は顔を真っ赤にして次の詠唱を始める。

「おいおい、俺はただの詐欺師であって戦え――」

 氷の槍が叩き込まれるが、それを壊れた机の破片でそらす。

「ませんよ!」

 破片をそのまま投げつけ、向かってくる盗剣士に懐から取り出した指揮剣を向ける。

「直接やり合うのは苦手なんだぜ?」

 エントランスの扉が再び勢いよく開いた。

 増援に白銀は戸惑わず、所属も性別も職業もばらばらな冒険者たちは勢いづく。

 いったい何人、彼女を取り戻すために参加しているのか。エントランスから正しく進入した彼らは関西弁の冒険者に、あのレーナが誘拐されていると聞いて立ち上がった者たちだ。白銀の頂という破天荒な連中たちがついに誘拐にまで手を出したとなれば、正義がざわめくのも道理だ。

「やってやらぁ!!」

 武闘家の男は入るなり叫び、十名程度のばらばらな冒険者とやり合っている白髪たちを見て、血の気が引いた。

「行くぞ!」

「まっ」

 武闘家を押しのけるようにして、前に出た武士は静止をきかない。静止とすら気付いていない。

 伸ばした手が不格好に伸ばされたその時、武士の腕が落ちた。

「は……?」

 ことんと落ちる腕を見て、武士は突き立つ刀をただ眺める。

「なんだ、こ――」

 言葉は最後まで続かず、上から落ちてきた白い物体に断ち切られる。

 上半身と下半身がぶった切られ、しばし別れていた。

 最期まで理解できなかった武士の死体に降りた白い人影は、にやにやと笑い刀を引き抜く。

「遅れちまった。よーし、遊ぼうぜ!!」

 白髪を後ろで括った褐色の武士。

 金色の瞳が、エントランスの冒険者たちに畏怖を与える。

「し、死神……!」

「白い死神、センジ……!」

 白銀の頂で存分に悪名を轟かす最強。それを見て、武闘家は叫んだ。

「お、おまえは……!!」

「あん?」

 センジが武闘家を見ると、目を細め、首を傾げる。

「……なんか見たことあるな? うーん……誰だ……? パンツ?」

「イェーガーだ! どっからでてきてんだよパンツ!!」

 あ、あー? となんとなくセンジは思い出したような気分になる。たしかススキノ脱出の時に切ったような。うん、思い出せない。だが話を合わせておこうと思った。

「遺言か? よし一秒は覚えてやる。いってみ」

「短ぇんだよ!!」

 センジにしては最大の譲歩だ。遺言じゃないなら、とセンジはとん、と軽い動きでイェーガーとの距離を詰める。それに反応できていなかったものは皆、その速度に戦慄した。

「邪魔」

 刀がイェーガーを切りおとそうと迫るが、咄嗟に彼が叫ぶ。

「ま、待て待て待て待て! 待ってくれ!! 俺はもうあんたの強さは分かってる! だから話を聞いてくれよ!!」

 ぴたりと刀が止まる。いつでも振り切ることができるままだが止まった。センジが飽きるまでだがはなすことはできる。

「お、俺達は拉致されたって聞いたレーナちゃ……レーナを助けに来ただけだ! 白銀だって知らなかったんだ俺は!!」

「ふーん……」

 戦いながらその話を聞いていたリシアはほーんと人知れず相槌を打っている。

 拉致。白銀ならばありえそうだ。それに、こんな程度のファンなら簡単に騙せそう。

「おめえあいつのファンか……」

「わ、悪いかよ!?」

 顔を赤くしながら怒鳴ったイェーガーはちっとも怖くない。

「そんで?」

「へ?」

「そんで? なんだ? 俺達があれをさらって?」

「ほ、ほんとにやったのかよ……?」

「俺ぁ知らねえ。お前らがきたから斬ってるだけだ。邪魔だから」

 簡単に言うセンジにイェーガーは冷や汗をかきながら両手を上げる。

「俺は……あんたたちがやるにしてももっとうまくやると思ってる……だから」

 降参だと手を上げ、イェーガーは後ずさる。

 どうしたもんかなとセンジは刀で肩をたたく。やる気がそがれた。少なくとも一度斬った雑魚を斬る気はだ。

「お前、それ誰に聞いたよ」

「へ? ああ……関西弁の……男だ。名前は……名前が思い出せねえ……」

「は?」

「う、うそじゃねえ! 緑色の髪をしてて! 赤色の上着を着てた! 雪の意匠がちりばめられてたよ!!」

 必死に叫ぶイェーガーの様子から嘘は感じられない。

「しゃーねえ。今回は見逃してやるよ。隅っこで座ってりゃ問題ねえよ」

 こくこくと怯えながら、イェーガーは指示通りに部屋の隅っこにいき、体育座りで待ち始めた。その様子を見届ける義理も無く、センジは新たな冒険者を切りに前に出た。

 そのときだ。

 エントランスの扉が開かれた。

「すみません、通報を受けてきたんですけど」

 幕末の志士のような恰好をした青年は、困ったように笑う。

 複数の女の子を引き連れて。

「こんな状況、見過ごせませんよね?」

 すらりと引き抜かれる刃。

 十一ギルドが一つ、西風の旅団。

「おもしれえ……!!」

 死神は、剣聖の登場になお笑う。


























「平気か」

「うん」

 あふれ出てくるよくわからない物品たちの上に、銀次郎とオセロットはやっとの思いで立った。

 結局開放の流れにダメージがないとはいえ巻き込まれた。

「俺は増援に行く。オセロットは」

「私はもう無理かな。武器取りに行くのも無理そうだし」

 じゃあ、とどちらかが口を開いたとき、がさりと銀次郎の後ろで物音がした。

「ぎん――」

 ゴミ山の下から出てきたのは、ひしゃげた頭蓋のレプリカだ。耐えていた。いや、ちがう。損壊し、へこんだ頭部は致命傷だ。ならばこれは、延命に近い。どうしようもない死が訪れてもなお動く。

 銀次郎が素早く刀を抜きながら振りかかるが、体が折れてもレプリカの方が軽装で早い。

 冷気を纏った剣が走る寸前、黒い影が舞い降りた。

「すまない、遅れた」

 とん、と軽い動きでエドガーは銀次郎の前に立つ。

「おい、エドガー!」

 警戒のために叫ぶが、黒い暗殺者は後ろを向くことなく、ふっと鼻を鳴らした。

「いらぬ心配だ」

 レプリカが唐突に崩れ落ちる。首からぼとりと綺麗に落ちて、自身の首が落ちたことさえ把握していない様だった。それからきょろきょろと目を動かし、理解せぬまま、息絶えた。

「……相変わらず早いな」

「それほどでもない。攻撃速度で言えばブルーノの方が早いだろう」

 さて、とエドガーはレプリカの死体に近寄り、ルグリウスの刀を拾い上げた。

「オセロット、これをもって――」

「ああ、それはだめ」

 声が響くと同時、エドガーの腕が切り落とされた。

「!?」

「お前!!」

 声だけで分かる。先程そこで死んだはずのそれが、新たにきた。

 侵入者は五人。レーナは偽物がいると。紫苑が見たレーナ。ブルーノが見たレーナ。

 最低でも三人はいる。

 ならば。

 銀次郎が怒り、攻撃するよりも早くエドガーが体当たりでオセロットを倒す。

 すべては一瞬。

 再度出現したレーナレプリカが霰刀・白魔丸を掲げ、

「――――」

 まずいと判断した銀次郎は一瞬で繰り出す特技を切り替えた。最大火力のそれから最大の防御へと。

 薙いだ。

 凄まじい剣風が吹き荒れ、ギルドビル上層の一角が吹き飛んだ。












 風穴があいた壁、散乱するゴミ。

 その中から、銀次郎はその白い毛並みを汚しながら顔を出した。

「ぎんくんいきてるー?」

「なんとか……そっちは」

 よっこいとオセロットは顔を出す。

「こっちも。叢雲なかったら死んでたね」

 範囲攻撃さえ切り裂く、武士の最大の防御。叢雲の太刀。その絶大な効果のかわり、再使用規制時間は一刀両断に次ぐ大技だ。

「うわ、銀君お風呂入りなよ。めっちゃ汚れてる」

「エドガーは?」

「そこらへん」

 雑だ。まあいいかと思っていると、エドガーがアプリコーゼの部屋だった場所から出てきた。

「やれやれ。まさか飛ばされるとはな」

「チッ、生きてた」

「なんだ貴様。庇ってやったというのに」

 ひらひらと手を振るエドガーにオセロットは口籠る。

 一撃の瞬間、叢雲を起動したより前にタックルで倒したのはそれが理由か。

「アタッカーのくせに」

「あとはゴミのおかげだな。コーゼはいまだに片付けが出来んのか」

 はあ、とため息をはき、埋まっている銀次郎を掘り起こしながら、彼は話す。

「レプリカは」

「去ったよ。白魔丸を回収してな」

 私たちには目もくれずに。

「この状態じゃ援護も足手まといか」

「そろそろ終わるだろう」

 だな、と銀次郎は頷きながら、オセロットを掘る。

「立てるか」

「うん」

 手を差し出した時、突然銀次郎が庇う動きをした。

 訳も分からず、なすがままにされるとエドガーが片腕で剣を手にかけた。

 ごう、と突風のように何かが駆け抜ける。

「え、なに……いまの……」

 困惑するオセロットを置いて、二人の男はむき出しになった夜空を見ている。

「まさか、今のは」

「くそっ!」

 エドガーにしては珍しく舌をうち、笑い声が響く夜空へと近づいた。































 十字路にレプリカが入ってきた。

 待ち受けるのはL2。

 誘導された場所。限られた射線上。

 絡みあう視線、L2の掌から氷の槍が現れ、鋭く飛ぶ。同時、右の通路から固定されていたL2の杖からも、遠隔起動でフロストスピアが出る。

 射程持ちの長所は離れた場所から攻撃できること。そして、十字砲火による火力の集中。

 弾道を修正するように添えていた左手の中にあるスイッチを押すと、ブルーノから散々いらないといわれ続けていた壁が開き、魔法陣が展開。左の通路から雷の弾丸が、後ろの通路から風の刃が射出。

 対するレプリカは笑むことすらなく突撃することを選んだ。右手を振り、水の刃を作り出すと中央部に差し掛かると共に切り裂いた。

 左で弾丸を切り裂き、レプリカは直進。流れる動きで直前の氷槍を落とそうとするが、

「――――!」

 直後、通路の天井と床を貫き、矢と雷がレプリカを砕いた。

「っ……え……?」

 確定的な死は止まらず、氷と風にレーナレプリカは沈む。

 左右前後、上下による六方向攻撃。上と下にいるディーとライザーは普段どうしようもなく情けなかったり馬鹿だったりするが、リア充を殺すためならば神でも殺して見せる。あとは騙されたり、大切なものを傷つけられた時もだ。大半はしょうも無いことだが。

 その作戦を伝えられていた、伝令役の紫苑は駆け抜ける狙撃音を聞き終えると、念話を呼び出した。

「もみじ、上は一人潰した。レプリカだ。あと三人。適宜連絡する」

 さて、とこそこそと天井裏を盗人のように動こうとする紫苑は不意に肩を叩かれた。

「どーも」

 聞いたことも無い声が後ろからして、紫苑は即座に天井裏を踏み抜いた。紫苑ほどの40レベルでも踏み抜けば衝撃で外れるような造りになっている天井裏はあっけなく抜けて、紫苑はごろごろと転がりながら、振り向く。

 しかし、誰もどこにもいない。

「こんばんはぁ」

 振り返るまでも無く背後に紫苑は払うが、にたにたと笑うサンタクロースは後ろにひょいと避けた。

「いきなりひどいなぁ」

 くつくつと喉を鳴らし、サンタは紫苑を見た。

「でもまあちょうどええわな。ついてきてもろて、ええよな?」

「誰がっ、行くか!」

 紫苑が琴をかまえ、エレガントアクト。音撃がサンタに直撃。回避率上昇が紫苑自身にかかり、一目散に後ろに駆け出した。

「いったぁ……」

 ふっ、と影が地面に落ちる。背中に衝撃が走り、床へと叩きつけられる。なんとか前へと進もうとするが横腹に蹴りを叩き込まれた。九の字に体を折り、せき込む。

 目の前がにじむ。邪魔だ。涙なんて出すな。

「っ!」

 動くよりも、サンタが早かった。琴を蹴りつけ、紫苑の腹に蹴りを叩き込み、ぐりぐりと爪先をみぞおちへとねじ込む。

「痛いのはいややろ。おじさんに任せときゃええねん、ほーら大丈夫」

 ポケットへと手を突っ込んで、持たされていた火昌の欠片をサンタへと叩きつける。少量の欠片たちは爆ぜても爆竹のようなドッキリにしか使えないが、一瞬のスキを作れる。

 今のうちに。足が離れた間に紫苑は全身を動かし、前に出ると右手を慣れた動作で念話を呼び出す。

「ざーんねん」

 右手をひねりあげられ、

「やめ」

 驚くほど乾いた音が響いた。

「ッ…………! ッ……!!」

 痛覚抑制が働き、痛みは親指をぶつけた程度のものだが、目の前で折られて平気な人間は少ない。

 喉が閉められ、音がなる。それに気を良くしたのかサンタは折れた手をとる。

 痛みの部位は認識できている。痛みの程度だけがひどく抑えられている。まだ、動かせるがとられたせいか、直後のおかげか、曖昧にしか動かない。

「痛い? 痛いか? そんなにいたないか? でも痛いよなぁ」

 ぱき、ぱき、と小気味いい音とかゆみのような痛みが連続して、紫苑の指が順番におられていく。そのたびに紫苑は自覚し、身をよじらせ抵抗する。

「痛いよなぁ。ごめんなぁ、ごめんなぁ」

 呪いのように、本当に気を使っているような声色で、しかし少年を嘲笑い、男は骨を折っていく。

 恐怖が紫苑の腕を焼いた。このままでは、このままじゃ、なにをされるかわからない。

 誰か。涙をためる目が助けを求めてもがく。

 悲鳴だけが喉を覆う。

 嫌だ。

 何もできないのは、嫌だ。

「だーれも助けに来ん。だって、お父さんもそうやったやろ」

 紫苑の動きが止まった。

 それは、

 そのことは。

「きついお母さんとお父さんは君のことでもめて、お父さんは付き合いきれんくなった。君のお母さんは君の成績しか見てない」

 くすくす。

「お父さんはな、もう面倒くさくなったんや。お母さんも、君のことも。最後に会って、いうてたことはぜーんぶ、嘘や」




『またな。少しの間、離れることになる。すまないが、かあさんを』




『頼む』




 脳裏を、思い出がよぎる。

 なぜ、それをしっている。

「捨てたんや。全部。誰もたすけにこん。だーれも、君は」

 くすくすくす。

「一人や」

 そして火が付いた。

「貴方は誰ですか」

「あぁ?」

 骨の音が止まる。

「貴方は、誰ですか」

 再度、紫苑は同じことを問うた。

「僕か? 僕ぁ、ただのぶいちゅーばーのファン。ものごっつファンでなぁ、オフで会ったりして……ふふ、これはオフレコやったか」

「貴方の言ってることは全部嘘だ」

 あの日、父は離れていった。

 けれど、けれどだ。

「父さんだけが出て行ったのは僕が残るって決めたからだ。僕自身が、もう少しだけ頑張ってみるって決めた」

 それを、

「貴方という大嘘つきに、欺かれてなるものか!!」

 父は紫苑を連れて行くといった。だがそれに反対したのは確かに紫苑なのだ。

 もう少しだけ、もう少しだけ。

 意味のない期待かもしれないけど、やってみたいと思った。

「……へえ。ま、その通りや」

 けろりと、サンタは己を認める。

「僕こそ欺瞞。でもな、彼女とやらしいことしてたり、君に助けが来んのはほんま」

 残念残念と目を弓のようにして、満面の笑みを浮かべるが、紫苑は折れてなどいない。

 骨なんて、たかだか右腕程度、くれてやる。

「いいや、偽物だ」

「笑わすな。どつくで」

 靴底が紫苑の喉を踏み込んだ。

 喉奥で血の味がして、たまらず咳込むがその口に靴を突っ込まれ、歯を何本か踏みおられる。

 口の端から血が流れてなお、紫苑は嘘つきが言葉を捨てたことで笑う。

 何某かをサンタが言おうとしたとき、いきなり男が飛びのいた。

 空を切るのは一発の拳撃。明らかにただの打撃音ではない音に、さしものサンタも目を丸めた。

「うざったいなぁ……ええこと思いついたのに」

 ゴングも何もなく、一哉はファイトポーズを取り、サンタへと突撃した。

 見た目以上の素早さで接近した一哉はジャブで牽制、すかさず懐に飛び込みフック、ラッシュをかける。

 鉄が肉を打つ音が響き、液体が落ちる。

「なあ、ちょい手加減……」

 言葉を聞かず、間合いを詰めた。合わせ、サンタが腕を振るがフェイントに引っかかり、揺さぶられ、がら空きの胴に数発。

「かっ……!」

 よろよろと後ずさり、男は垂れた液体を拭った。

 容赦なく叩き込まれる拳のすべては殺傷能力を持っている。どれもが、重たく鋭く、相手の身体を傷つける。鉄甲などというぶっ黄なものを身につけていたら尚更だ。

 そもそも、ボクサーの拳というものはグローブなどを巻かなかった場合、人を壊すだけの威力がある。グローブをつけているのは自らの拳の保護のためと、相手を傷付けないようにするためだ。グローブは面積を広げ、衝撃を大きくしさえすれど、相手の体を破壊することはない。

 現実において、自己防衛でさえ過剰防衛にもとられかねないプロボクサーの拳は、殺人をたやすく行う危険性がる。

 だからこそ、一哉は正しくこれを使うと決めている。

 正しい時はいまだ。

 外敵を、害を、白銀から排除するために。

 潰す。

 身を倒し、行った。

 小細工なしの一撃を一哉は放つ。それを見たサンタがカウンターを狙う。

 狙いは顔面。着弾場所さえ分かっていれば、容易く返せる。

「――――なっ」

 カウンターのために腕を置くよりも早く、一哉の拳がサンタの顔面に叩き込まれた。

 サンタは情けなく後方へと吹き飛び、揺れた脳で何とか起き上がる。

「は、はやすぎんか……真面目にさ……」

 折れ曲がった鼻から血がだらだらと流れる。それを嫌そうにもち、べきりと元の位置に治すと、サンタは笑う。

 そして、彼は構えた。

 両手を顔の前にして、拳を握りしめる。一哉そっくりのファイティングポーズに。

「だいたいわかった。ほな、やろか」

 付け焼刃のものか。何か異常なものを感じ取りながら、背後の紫苑に気を向けた。体力が減り続けている。おそらく骨折がスリップダメージとなっているのだ。

 急がなければ。身を沈め、行く。

 踏み込み、そして相手の間合いに飛び込んだ。

 ばき、と視界が歪む。

 顎が揺らされ、一打目。ジャブ。

 懐にもぐりこまれフック。

 同じ。

 ガードが解けたところに数発叩き込まれ、

「簡単やなぁ」

 サンタクロースの拳が、腹をぶち抜いた。

「……お、まえ……」

 一哉が最後に見たのは、心底馬鹿にしたような、紅い紅い笑顔だった。

 こいつは害だと直感した。

 拳を引き抜き、血だまりに沈む。

 紫苑へと歩むと、サンタクロースの脚がつかまれた。意思だけが残っている施療神官は、意識を失っても守ろうとしていた。

「うっわ、意味ないわぁ……君の共感子つまんなさすぎやろ」

 足を踏みにじり、サンタクロースは紫苑を担ぐ。

 ぎこちない手つきで、念話を繋ぐ。

「ああ、レーナちゃん。撤退しようや。おもろいものが出来たんや。え? なんやほんまに攻略できると思てたん? あかんあかん、こんな巣におったらあかんわぁ。撤退や撤退」

 へらへらと男は笑い、念話を切る。

「この中に何だか変なのもいるし……ふれんほうがええわな」

 上階から響いた斬撃を聞いて、サンタクロースは笑みを深くした。












『紫苑が拉致された!!』

 数十秒後、血が絡まった声で、一哉は叫んだ。

 パーティー内チャットに伝わる音声は、参加しているメンバーの鼓動を跳ね上げさせるのには充分だった。

 消費型蘇生アイテム、帰り道の小瓶による自動復活は三割程度まで体力を回復し、デバフをおいながらもリジェネがかかり、四十秒後にバフもデバフも回復もすべて剥がされるというアイテムだ。

 いまだ腹に穴をあけ、口から血を吐きながら一哉は言葉を続ける。

『俺がミスした! 敵は赤い服を着て、緑の髪色をしてる眼鏡の冒険者らしき人物。紫苑は喉を潰されて身動きが取れない!』








『紫苑を殺す』

 たった一言、念話にエドガーの言葉が乗った。

「え?」

 レーナが思わず、念話を受け取るミサキとブルーノを見る。もみじもSAEKOも思わず二人を見ていた。

「死んでも復活できる」

「で、でも」

「よく考えろ。紫苑は喉を潰されてる。その状態で拉致されたら」

 帰還呪文が使えない。

 連れ去られた先で殺されでもしない限り。

 事態を把握したもみじの顔が血の気を失う。

 そんなことをするのかという思いもよぎるが、侵入してきた彼らは異常で、壊れているのは確かだった。

 死ぬ。

 エルダーテイルにおいて、死は逃れる行為ではない。むしろ、直面する行為だ。レーナはそれを知ってか知らずか、ただ顔を俯かせる。







 そしてエドガーは飛び出した赤い影へと狙いを定めた。

 投擲用の剣ではないが、エドガーほどのレベルと技術ならばアサシネイトで紫苑ごと敵を打ちぬける。

 夜闇を笑う赤に剣先がとらえ、

「――――」

 柔らかい明かりをこぼす、民家を見た。

『やめろ! 殺すな! 撃つな!!』

 ブルーノの叫びが念話に突き刺さる。

「ブルーノ、なにを」

 ミサキが訓練室で隣のギルマスを見た。

「その先には家がある! だったら撃つな!!」

 明かりがともっている。

 大地人も、冒険者も、この町で生きている。

 冒険者の視力で、カーテン越しに揺れる影がエドガーには見えた。

「ここから、こんな場所から攻撃できるとわかったらアキバは荒れるぞ!」

 アキバは結界に覆われ、安全が保障されている。衛士や暴力行為検知システム。その穴を突くような今回のものは決して公にしてはいけない。

 何より、攻撃を放ってしまい、誰かを傷つけたのならば。

「――――」

 エドガーは揺れる剣先を迷いなく、下ろした。剣をしまい、念話のために右手を耳に当てる。

「やめだ」

 その言葉に応じるように二つの白色の影が白銀から躍り出た。レーナレプリカ。接敵しなかった二人。

 遠ざかっていく赤い影を見送りながら、エドガーは目を伏せる。












「くっそが!!」

 ブルーノが怒りに任せ、訓練室の壁に怒りをぶつけようとするが、寸前で止められた。

「物に当たるな。格好悪いよ」

 ミサキがそういって、深く息を吐いたブルーノの手を離す。

「今の方が格好悪いだろ……」

 そのまま壁に寄りかかり、ずるずると座り込む。

 俯いたギルマスは動かない。

「君が撃つなと言わなかったら僕が言ってたよ」

「……ああ」

 なんとか言葉を絞り出したブルーノはそのまま、敵性反応はギルド内になし、エントランス側のものも片付いたという報告を受ける。

「……負けだ」

 その言葉に、誰も答えるものはいなかった。

「ブルーノさん」

 もみじが遠慮がちに声をかける。

「エントランスで、ブルーノさんを待ってる人がいます」

 目を閉じ、それからまた目を開け、立ち上がる。

「わかった。行く。クロ―ディア、ヴィヴィアーノ、悪いが壁の補修だとか……いや、被害の確認しといてくれ。レーナさんたちは引き続きここで待機を」

「はい……」

「クリス、kyoka。また来る可能性は低いが頼む」

 重い足取りで、ブルーノは訓練室の扉を開け、何かに気付いたように足を止め、振り向かずにいった。

「もみじ、SAEKO、紫苑の位置を確認し続けて」

「はい!」

 返答をうけ、ブルーノは訓練室から出ていく。

 それにミサキとアリアがつづく。

「負けだよな」

「まあね」

「初めての負けだ」

 ああ、とブルーノは呟き、後ろ暗い笑みを浮かべる。

「やり返してぶっ殺してやるさ」

 ああ、いきぐるしい。



















 戦闘痕が残っているエントランスに向かうと、おーという気楽な声とともにセンジが手を振り上げた。

「大将、待ってたぜ」

「お前が呼んだわけじゃないだろ……お待たせしました」

 変わらないセンジに呆れながら、ブルーノは向かい合って座っている青年に頭を下げた。

「西風の旅団局長、ソウジロウさん」

 いやぁ、と青年は苦笑いし、手を振る。

「待っていませんよ、白銀の頂ギルドマスター、ブルーノさん」

 改めてフルで呼ばれることにブルーノはなれず、身じろぎした。それに苦笑した理由もわかる。

「俺の名前が知られているとは思いませんでした」

「ブルーノさんは有名人ですよ」

「白銀が、でしょう」

「それも勿論ありますけど、頭をなくしたギルドが立て直されたというのは珍しいことですよ」

 返答に困る。実を言うと、というか当然だがブルーノは何もしていない。ギルドマスターとしての責務というものもギルドビルを買うために金を集めたりしたくらいであとは料理を適当に作ったり殺されたりレイドに拉致されたり殺されたりしていただけだ。

「円卓会議の傘下に入らないと表明したのも有名な理由の一つです」

 それも返答に困るもので、円卓の十一人のうちの一人に言われると冷や汗が噴き出てきた。

「ソウジ、もう……ってまだ挨拶の途中かい?」

「ナズナ」

 仕方なさそうにソウジロウの横についたのは狐尾族の女性だ。見覚えは十分にあったし、うちの連中から聞いてもいた。

「しょうがないね。珍しいし有名人だもの」

「ゆ、有名人……!?」

「大将だからな……!」

 やかましい、牢獄常習犯。

「円卓嫌いって有名さ。隠すならもう少しうまく隠しな」

「……気をつけます」

 さて、とブルーノは一通りのことの顛末を聞く。西風から説明しようかと申し出があった断った。

 エントランスで冒険者による襲撃があり、下にいた白銀達が応戦。数分後、西風が通報を受けて来訪。話を聞かずセンジとソウジロウが交戦。呆れたナズナが襲撃側の冒険者におかしなステータスを発見、状態異常回復呪文で治療し、戦闘が鎮火。

 今に至る、と。

「……お前ら落ち着いて見れなかったのかよ」

「戦闘中に相手のステ把握してってのは難しいし、排除っていったのギルマスだよ」

「……そうでした」

 すみませんとブルーノは素直に後始末しているリシアに頭を下げるとよろしいと片づけを再開した。アプリコーゼは部屋の隅でそれを眺めている。涙目なのは多分汚部屋爆弾されたからだろう。

「通報というのは誰から?」

「悪いけどそれは明かせないね。匿名ってのはこっちでもあるのさ」

 当然かとブルーノは頷いて次にいく。

「で、今回のこれどうするつもりですか」

「どう、といわれても今回みたいなのは僕達も初めてなんです」

 それはそうかとブルーノは少し考え、言葉を作る。

「今回の件は外に漏らしたくないです。うちのことを隠すつもりはないです」

 ただ、

「ギルドビルの外壁破壊、あれだけは外に漏らすわけにはいかない」

「外壁破壊?」

 話すと、ソウジロウはすぐに言った。

「隠すべきでしょう。これが広まれば、アキバ内に火種を与えることになる」

 隣のナズナも頷く。

「となると、情報偽装はあまり得意じゃないので別の方を呼んでうわさを流すことになりますね。シロ先輩か……」

 ブルーノがぶんぶんと首を横に振る。

「クラスティさん……は忙しいですから……ううん」

「ま、そのあたりはすぐにってわけにはいかないから一旦持ち帰るってことでいいんじゃない。問題は」

「流す噂の内容ですね」

 つないだ言葉にナズナが頷いた。

「うちが全部被りますよ。L2が爆発させたとかでもいい」

「ならその線でちょっとあげてみる。そっちにも協力してもらうけど」

「当然」

 じゃあ、そういうことでと細かいことを少し話してから、ふとソウジロウがブルーノを見た。

「今回の通報で、レーナさんという人が拉致されている、という話がありました」

 それは本当ですか、と柔和な笑みを浮かべて、問う。

 背筋が震えるほど、いつもと変わらぬ様子のまま、青年から冷たい気配が漏れた。

「拉致なんて、まさか。保護ですよ」

「そうですか。じゃあ、そうですね、何か困っていることは」

「何も。うちの問題になりました」

 聞いたソウジロウは満足そうに頷き、立ち上がる。

「では後日に」

 にっこりと人懐こい笑みを浮かべ、西風の旅団は去っていった。

 はー、とやはりブルーノはため息をはいて、

「円卓会議やだ……」

 と、呟いた。

 顔をすぐに上げて、息を吸う。

「やるか、再戦、リベンジ、雪辱戦、略奪」

 なんでもいい。

「負けたら今度は勝つさ」

 だろ、と呼びかけた先、白銀の頂は燻り、燃える時を待っていた。

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