三章 命の終わり(上)

第4話 ここにいる










「お前に命を与えよう」












「仮初の命を」














「ないはずの命を」




















「……あ、あなたは……」

 震える声で、震えるからだで、白髪の女は見下ろす男を見上げた。

 白い髪に、赤い瞳。

 恐ろしかった。

「誰ですか……どうして、私に命を……」

 男は甘く、冷たく嘯いた。

「俺は俺だ。ここにいる」

 さあ、見せてくれ。

 お前がお前なのか。























「なあ、無視しないでくれよ!」

「だ、誰ですか!?」

 アキバの街中で、一人の男が女性の腕を乱暴につかんだ。

 痩せた妖術師の男の目は鬼気迫るものがあり、誰もが物音に振り返る。

「ふ、ふざけんなよ! なんでこんな無視するんだよ!? こんな嫌がらせして何の意味があるんだよ! 俺たちうまくやってるだろ! なあ!」

「だ、だから誰なんですか、あなたは……!?」

 白髪の少女のアメジストのような瞳に怯えが宿る。

「だ、だれって……なにふざけてんだよ!!」

「い、いたいです……」

 その子の痛みを無視して、怒りに染まった男は怒鳴る。

「昨日も会ってたじゃないか! 円卓会議が出来たときだって毎夜毎夜、俺とデートしてさぁ!」

 やめてください、と身をよじる女性になおも妖術師は迫ろうとして、突き飛ばされた。

「な、お前!!」

 かっとして叫んだ先には太った守護戦士が、妖術師の前に立っている。

「あ、あなたは……」

 現れた守護戦士に、周囲の冒険者が武器を収めた。怯えていた女性の顔に少しの希望の色が浮かぶ。

「俺の彼女に何してる!!」

 だが、そんな希望も即座に打ち砕かれる。

「はぁ!? 彼女だって!? ふざけんなっ! あの子と付き合ってるのは俺だ!」

「ふざけてるのはお前の方だろうが! 嫌がってるのがわからないのか!」

 異様な光景を前に女性は訳が分からなくなった。

 彼女? 付き合っている?

 なんのことだ。今付き合っている人は女性にはいなかった。

 そもそも、この二人の冒険者と知り合いでも何でもない。

 今日初めて見た。

 そして、話しかけられやんわりと去ろうとしたら腕をつかまれた。

 何が起きているのか、わからず、女性はそのまま言い争っている二人を置いて逃げ出そうとするが、腕をつかまれているままだ。

 力を籠め、振り払おうとしていると守護戦士に勢いよく引き込まれようとして、突然解放された。

「え……」

 汗ですこしぬめっていた手の代わりに、細い女性の手で握られている。

 間に割って入ったのは三人の白髪の冒険者だ。

「おやおや、女性相手にいけませんね」

 ねえ、と白銀の頂所属のクロ―ディアはやんわりと笑いながら、男の腕をひねる。

「いででででで!!」

 妖術師が締め上げられている守護戦士を見て怯むと、追い打ちをかけるようにkyokaがあぁ? と睨みを利かせた。

「ひっ!」

 腕を解放すると、二人まとめて逃げ出す。

 ふん、とkyokaが鼻を鳴らして、女性の手を握っていた白銀、長身の女性は腕を離した。

「大丈夫か?」

「あ、はい……ええと、あなたたちは……」

 長身の女性は安心を与えるために微笑んだ。

「我々は白銀の頂。私はヴィヴィアーノ、こっちの守護戦士はクロ―ディア、こっちのはkyokaだ」

 よろしく、と差し出された手を、女性はしばらく見て、慌てて握り返した。

「ありがとうございます……えと、私の名前はレーナって言います」

 そうか、と握手してからヴィヴィはむ、と何かに気が付く。

「あれ? どこかで見たような……」



















 七月、あの騒ぎからあれよあれよと一か月たち、今もなおはじけ続けるポップコーンが如きアキバの街に、一つの張り紙が出された。

 レベル40以下の全プレイヤーに向けて発された夏季合宿の知らせだ。円卓会議手動で行われるそれを見て、紫苑はおやと反応した。

 今の紫苑のレベルは42。もう少しはやければ参加できた。

 別に悔しくはない。離れた場所での合宿は興味こそあれど、参加せずとも白銀に身を置いていれば十分体験できるようなことなのである。

 先日はレイドの記憶がないとこぼしたブルーノを連れてフルレイド遠征へと行っていた先輩たちを思い返す。一週間という通常あり得ない速度で帰ってきたブルーノはやつれていた。原因はギミックの記憶と指揮の練習のせいだ。そのおかげあってセンジたちが盛り上がるほどのそれを手に入れたそうであるがブルーノ自身は元気がなく二日ばかり温野菜だけ食べて生きていた。

 初めてレイドが実装されたレベル帯は50ときいている。紫苑がそこまで届けば強制的にレイドへと叩き込まれるという予感があった。遠征も体験できるだろう。

 この夏季合宿の条件にあてはまるのはうちで言えばSAEKOともみじの二人程度。後はもう皆中堅以上の手堅さだ。二人に話してみようかと思ったが、真面目なもみじが毎日掲示板などを確認しないわけがない。すでに知っているだろうしそれならSAEKOにも共有されてる。何も来ていないのは夏季合宿に参加の意思がないということのはずだ。

「紫苑」

 後ろから呼ばれて振り返る。L2を認めると、掲示板の前から紫苑は外れた。

「何してるんだ」

「掲示板見てました」

 ああ、とL2が少しだけ油で汚れた狐耳を動かす。

「夏季合宿。話は聞いていたよ。参加したいのか?」

「僕は適正じゃないし、SAEKOたちもあんまりじゃないですか?」

「そういえば参加しないといっていた」

 やはり知っていた。L2はSAEKOの指導に当たっていたりする。基本的に手が空いているときにしか教えないらしいが。

「それに円卓会議主導ですからね……」

 参加しにくいです、と付け足すとL2はふと考えて頷いた。

「そういえばうちは傘下じゃなかったな」

 一か月前、白銀の頂はギルド会館の貸しギルドホールから夜逃げのようにさっさと逃げ出し、ビルを購入。深夜のお祭り騒ぎの裏で引っ越しを終えた。

 ブルーノ曰く、円卓会議設立ギルドとは真反対で最高だといっていたがよくわからない。彼は円卓会議を毛嫌い、いや忌避しているが、そのわりには料理教室の講師として行ったり労働力などの協力はしているし模擬戦なども参加している。特定の人物を避けているみたいだ。

「逃げてるのはブルーノだけだ。君は君で好きにすればいい」

「はい」

 頷いて、ふと紫苑は気になった。

「L2さんは何してたんですか?」

 よく油の匂いをややさせて帰ってきたり黒い汚れが服についていたりと、以前から気になっていたのだ。

「紫苑にはいっていなかったか? ロデ研だよ。私は開発が本分だからな、作業場ができるまでそこで……出来てもあそこはいろいろあるから入り浸るだろうが」

 ロデリック商会。円卓会議傘下ギルドにしてアキバ三大生産ギルドの一角だ。研究開発などの部門中心に大きくなっており、あの革命以降大盛り上がりなギルドの一つだ。

「なに開発してるんですか」

「爆発するやつ」

 すごいざっくりでとんでもないことを簡潔に説明してくれた。思い返すとブルーノの死因の四割は謎の爆発によるものだったりしたからそれのせいだろう。ちなみに四割はセンジによるもので残りの二割は味方からの誤射。意外なことにブルーノは敵対存在との戦闘で死んでいない。身内に殺されすぎともいう。

「そろそろギルマスには形になると伝えているんだがなぁ……ああ、そうだ。ミサキも出入りしているぞ。共同開発もしてる」

「へえ、そうなんですか……ちなみになにを開発してるんですか」

「メカギルマス」

「メカギルマス」

 なんですかと視線で問うとL2は自信満々に答えた。

「ギルマスをメカにしたやつ」

 わからなかった。機械になって、ウィーガシャンと動くブルーノを想像してみる。

 …………あ、味方の誤射で爆発した。

 死んでる……予想以上にブルーノの命が儚い。

「すごいですねー」

 なんとなくで話を合わせると、L2がでも魂がどうたらと言い出したので聞き流す。たぶん聞いちゃいけないやつだ。

「そろそろ帰るか」

 ふと顔を見上げたL2がいうと、紫苑もつられて顔を上げた。

 時計はもう三時を回っている。

「はい」

 特に何もなく、白銀の日常は動いていた。





















 数度の剣戟を得て、猫人は剣を下した。

「ここまでですかにゃ」

「ありがとうございました」

 同じように剣を下げ、ブルーノは息を吐いた。

 アキバから少し出た先の森。敵性モンスターもまばらに存在していないそこで、二人は手合わせを行っていた。

 本日の料理教室、おやつであるチョコケーキを食べ終わった後の運動だ。以前の借りを盾にブルーノはわざわざにゃん太にお願いした。

「どうですかにゃ、新しい武器は」

 にゃん太の視線の先、ブルーノが鞘に直した不揃いの剣は以前のものとはまるで違うものとなっていた。

 剣と刀というのは同じだが、品質は圧倒的。

「以前のものより合いますね」

「それはよかったですにゃ」

 ほくほくと笑みを浮かべて、にゃん太は頷いた。

 記録の地平線、そのギルドマスターとは接近を忌避しているブルーノだが、同じ職業、サブ職を持つにゃん太とはこうして週に一回は顔を合わせている。

「あれからどうですか」

 何がと聞かずともわかる。記憶のことだ。

「てんでダメですね。遠征のときにも同じような期待をされましたけど……」

 記憶は一向に何の欠片も得ることはできないままだ。焦ることはない、とおもう。生きていけるし、生活の心配はしなくてもいい。

 ただ、何かが待っている予感だけがある。

「これは、ミサキ、ああうちのとも話したんですけど……」

 勿論素人の推測だ。こんなところに専門家などいやしない。

「単なる記憶喪失とはやはり違うようです」

「ほう」

「自分に関する記憶が失われているのはあり得ている話だそうで、社交的な部分も覚えていることもありえるようです。ただ、絶対にありえないのが俺自身の記憶だけでなく、俺が存在していたはずの記録も消えていることがおかしい」

 ブルーノというプレイヤーは以前にも確実に存在していた。90というレベルや持ち物からして、それは確定している。それなりにレイドにも野良としてか、あるいはギルドに入っていて参加しているのはレイドでのみとれる装備などからもわかる。

 だが、フレンドなどがゼロなのはおかしい。誰の記憶からも、記録からもブルーノは存在していなかった。

 それに加えて、大災害が起きてから一週間というラグを置いて目覚めた、というより発生したブルーノの存在自体だ。

「まあ……こんなふうにあんまり役に立たないことばかりです」

 お手上げ、というポーズを示してブルーノは軽薄に笑う。にゃん太はふと迷うそぶりをみせ、やがて口を開いた。

「ブルーノ君、我が輩はおそらく君と話したことがありますにゃ」

「……それは」

「大災害の前の君ですにゃ。勿論、記憶はないのですにゃ。それでも、覚えがある」

 にゃん太が己をの掌を見た。そこに、何かが合ったのだろう。

 ブルーノも、にゃん太ももう失ってしまったのだけれど。

「同じ職業というのはそれだけで気にかかる材料です。気にかかれば目にする、耳に聞こえる、関わることもありますにゃ。だからきっと、君と話したことがあるはずですにゃ」

「…………そう、ですか」

 そのとき、にゃん太が耳に手を当て、空中に指文字でも書くかのようにメニューを操作した。念話が来たのだろう。二三話すと、彼はこちらを見た。

「もう夕飯の準備をする時間ですね」

 口を開く前に、ブルーノが言う。

「付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした」

「にゃー。若者の相手をするのもこうして手合わせをするのもなかなか楽しいですにゃ」

 また、と二人は手を振って別れた。去るにゃん太の背中を見送り、ブルーノは木に寄りかかる。

「そうか」

 あの人は以前の俺を知っている可能性があるのか。

 なら、

 なら。

 今の俺は、どうなのだろうか。

 元の自分の方が必要とされていたら、

 今の自分の方が必要とされたならば。

「……」

 頭を振って考えも振り払う。思考がうまくまとまらない。うまく考えられない。

 以前のブルーノと、今のブルーノ。

 直感で分かる。

 きっと俺たちは、別々のものなんだろうと。

「おーい、ギルマス」

 てちてちと猫人のシノが現れた。下げていた頭を上げて、いつも通りになんか用かという。

「おめえが武器振ってくるつって帰ってこないから見に来たんだよ」

「あー……そうだっけ」

 すっかり忘れてた。ケーキ焼いていたし、剣振ってたし。

「で、どうよ。長さはそれでいいか。他にもいろいろあるし、作れるけど」

「いや……これが良い。しっくりくるな」

 シノは白銀に所属する腕利きの武具職人だ。白銀内に普段はおらず、リアル嫁の所属しているギルドに身を寄せており、そこで白銀が注文する武具を作っている。彼の奥さん、ピノが経営するギルドも鍛冶系であり、半ば白銀の身内のような感覚ともなっていた。

「ん、そうか。武器のランクはもっと上げれる。今じゃちょっと厳しいだろうが、素材を集めたら持ってきてくれ」

 おう、と言ってブルーノは刀剣の柄に触れる。すでに手足の延長線上にあるかのように扱える武器は、ひどくしっくりきた。何の装飾もされていない、真っ白な剣ではあるがこれからだ。

「そういや代変えの剣はどうした」

「あ……えと……」

「まさか……」

「折ったのか???」

「あ、はい……」

 一週間の遠征。レイドボスの最終盤に剣が折れた。原因は敵の攻撃を読み切れなかったことである。真正面から斬り結び、なんとか生き延びたものの、剣は折れた。そのおかげで折れた剣を突き立てるなどということにもなったがそれを話せばシノは今以上に怒るだろう。

「お前、なにしてんだ!? あれほど武器は大事にしろって言ったのに!! くそぉ! いつもいつも白銀の連中はすぐにあれこれと痛ませやがって!! スナック菓子じゃねえんだぞ!!」

「はい……すみません……」

「ギルマスなら大丈夫だと思い込んでいたけどもう駄目だ! 一週間で武器の耐久はやたら減るし代変えは折りやがるし……ちくしょう……センジの馬鹿は三日に一回来やがる……」

 さめざめと泣きだしたシノの背中を撫でる。うん、猫の毛。ふわふわ。オセロットはこの毛並み好きだろうな。

「悪かったよ……代変えの穴埋めはするから」

「あたりめえだ……」

 シノはすぐにかっとなるが、今日はよほどだったのだろう。ローにはいったようだ。

 まずは素材でも渡して機嫌を取ろうかと二人がアキバへ戻ろうとしたとき、

「…………」

 彼が来た。

 真っ黒な、男が。

「お前……!」

 シノが目を丸くし、男の姿を認めた。

「久しいな、シノ」



















 数分前のことだ。

 アキバの玄関口、ブリッジ・オールエイジスを通り、D.D.D.の一団を引き連れたクラスティが帰還した。

 団内での訓練を終えた彼は鷹のように目を鋭くし、足を止めることなく、真正面からD.D.D.の集団に怯まず向かってくる男を見た。

 目を引く男だった。貴族のような黒い服を身にまとい、立ち振る舞いは堂々としており、華やかだ。

 クラスティの脇に控えていた高山三佐が彼の正体に気が付き、わずかにギルドマスターに視線を向けたが、彼の目は男に向けられたままだ。

 反対に控えていたリーゼが止まらず、挑戦でもするかのように向かってくる男に何か言おうと前に出ると、クラスティに手で制され、元に戻った。

「相変わらずだな、   」

 クラスティにだけ聞こえるように、男は名を言った。

 地球世界での名を。

「そちらこそ。これからですか、    」

 殴り返すように、またクラスティは彼の名を告げる。

 短く、鋭く、何かが交錯し、ふと萎む。

 背後で、腕利きの何人かが気が付く。

 目の前に立つ、厄介な男の存在に。

 青い、真っ青な瞳がそちらを一瞥し、すぐにクラスティに、否、彼よりも先にいる男を見据えた。

「あまり邪魔をしないでもらえると助かる」

 では、と男はクラスティの横を通り抜ける。当然脇に控えていた高山とぶつかりそうになるが、二人は目を閉じることもそらすこともせず、いつの間にか通り過ぎていた。

 集団をいかなる方法でか違和を与えずに潜り抜け、橋を抜けていく。

「ミロード、彼は」

 ああ、と青年は眼鏡の位置を調整し、言った。

「厄介な男だ。いや、厄介なのは彼ではないのかもな……」

 それは、とリーゼが訊ねると、ギルドマスターは笑った。

「彼を興味を持った対象、」

 そう、

「白銀の頂ギルドマスター、ブルーノ」



















 苦虫をかみつぶしたような顔で、シノは突然現れた男を睨み付けた。

 鮮烈な、黒い男。しかし、瞳は青い。真っ青な瞳は直視すれば深い青空に落ちていきそうな予感さえ抱かせる。

 底抜けの恐怖。

 対峙するようにいるのは白い男。赤い瞳と白い髪だけが、揺らぎ、彼を見つめている。

「知り合い、か……?」

「あ、ああ……」

 その、とこぼれた言葉で、シノはなんといっていいのかわからず、視線が泳ぐ。

「初めまして、白銀の頂現ギルドマスター、ブルーノ。私の名前はエドガー」

 一息。

「白銀の頂の元ギルドマスターだ」

 ギルドマスター。存在、否、大災害に巻き込まれていたのかとブルーノは驚いた。

 ギルマスの席が空いていたのは大災害に巻き込まれず、新しい首を求めたものかとも考えていた。前ギルドマスターも当然いるだろうが、ブルーノは現在に追われて意識していなかったのだ。

 それにしても、なぜ。

 なぜこのタイミングでブルーノの前に現れた。

 白銀の頂に最もふさわしくない、黒く染まった髪のまま。

「ほんとに、ギルマスなのか……」

 シノに訊ねると彼はこちらを見て、頷いた。

「そうだ、あいつは言葉にするのも嫌なほどだが元ギルマスで、裏切者だ」

「悲しいことを言うな。私は今でも貴様たちのことを思っているのだぞ」

「うるせえ! 髪黒くした裏切り者が何言ってやがる!!」

 あ、やっぱり黒髪だから裏切り者かぁ。

「これには深いわけがあるのだ、シノ」

「なんだと……!?」

「黒もいいかなと染めたらそこをセンジに見られてギルマスであることをぶちっとされたのだ」

 くそみたいに浅いのでブルーノは帰りたくなった。

 さて、とエドガーは青空を見ていたブルーノへと視線を向ける。

 見られている。それだけのことで、ブルーノの体は警戒のために、震えた。

 思わず剣の柄に手をかけた自分に気が付き、小さく気取られぬように舌打ち。

 センジやあのアキバ五大戦闘系ギルドのギルドマスターであるクラスティ、アイザック、戦闘時のソウジロウと同じような気配。

 勝てない、と思わされた。この時点で勝敗は決している。

「ほう。実力差がわかってなおかね」

 それでも、ブルーノは気が付けば笑っていた。苦笑いなどではない、好戦的にだ。

「何しに来た、エドガー……さん」

「エドガーでいい」

 簡単なことだとエドガーは人差し指で、ブルーノをさした。

「君を確かめに来た。白銀の頂、そのギルドマスターにふさわしいか」

「今更かよ」

 ブルーノが馬鹿にしたように笑う。

「その通り。私は少し寄り道をしていてね。その間に君は何をなしたのかを把握していない。だから確かめさせてもらうとしよう」

「ギルドの奴に聞けよ……」

 起きてすぐススキノに行ったとか、先週遠征レイドに放り込まれたなどいろいろ聞けるだろうに。

「残念ながらそれはかなわない。私は白銀の皆にフレンドを切られていてな、連絡が取れない」

 さわやかな顔でかつてのギルメンから信頼度が地の底に落ちたことを告白された。

「君自身に示してもらおう」

「……もし、示せなかったら?」

 予定調和のように訊ねると、帰ってくる言葉は当然馴染のものだ。

「君はそこから退いてもらおう」

 白銀の頂。ギルドマスターの地位から蹴り落される。

 ふっ、とブルーノが笑い、いいだろうと言葉を発した。

「では」

「ああ」

 エドガーが柄に手をかけた。

 双剣。

 奇しくも同じ、二刀流。

「――ギルマスの地位はあんたに返す」

「は?」

「……!?」

 二人が固まる。

 シノがんが、と驚きで外れた顎を戻して叫んだ。

「はぁ!?」

「なんだと……?」

 いや、だからとブルーノが頭を掻きながらもう一度言う。

「俺、白銀のギルマスやめるんでどうぞ……」

 おつかれさまでーすと頭を下げてブルーノがいそいそと帰ろうとしたのをシノが思い切り掴んだ。

「おいおいおいおいおいおい!!! 待てよギルマス!! はぁ!? はぁ!!? はぁぁぁ!!?? 今何つった!?」

「え、だからやめるって……痛い痛い揺らすな揺らすな吐く吐く吐く!」

 冒険者の全力で揺らされた暫定ギルマスは残像を出しながら揺らされ、はっとして止めると木にもたれかかる。

「な、なんで!? おめえ先週もレイドいったじゃん! ていうかここで落ち着くかみたいな雰囲気出してたじゃねえか!」

「いやぁ……考えてみたらギルマスになったのノリだし……自分でもわけわかんなかったし……白銀に空席あったからいるかだったから本物帰ってきたら偽物はポイじゃない?」

「おめえは偽物じゃねえんだよハゲ!!!!」

「はげてねえ!」

 きしゃーと威嚇したシノと言い合いを始めるブルーノを見て、エドガーが噴き出した。

「ふっ……くくっ……」

「何笑ってんだこのサラ黒野郎!!」

 すまない、と笑いながらエドガーはなんとか抑えて、咳払いをした。

「それでこそだ」

「は?」

 シノに胸元を掴まれたまま、ブルーノは聞き返す。

「面白い。さすがセンジが認めるだけのことはある」

「はい?」

 嫌な予感が猛烈にした。

「貴様はすでに身も心も白銀の頂だ……」

 なにいってんだこいつ……。

「私は去る。好きにしたまえ」

「は!? おい待て。ギルマスに戻れ!」

 踵を返してどこかに行こうとしたエドガーの服の袖をつかむが、そのブルーノも後ろからシノに掴まれた。

「ふざけんな! ギルマスがギルマスだろうが!!」

「ほら見たまえ! シノがこんなにも止めている! 素晴らしいな……! まさしく白髪愛……!」

「あぁ! お前も脳みそが白銀なのかよ!」

「ギールーマースー!!」

 感激し、涙を流すエドガーといつものように瞬間湯沸かしが如く切れるシノ。

 それに挟まれたブルーノは泣きそうになりながら、三人は団子状態のままアキバへと進んでいく。

 その様子を見た他の冒険者はちらりとそちらを見て、

「いつも通りあいつらうるせえな……」

 と、戻っていった。




























 レーナに身覚えがあるヴィヴィは違和をおいておき、とりあえず白銀のギルドビルを目指すことにした。

 そこならば落ち着いて話もできるし、戦力はすこぶるほどある。彼女にもギルドがあったが、場所を突き止められたくはない。

 白銀ほど悪名高いのならば、あとをつけられても中にいる連中のおかげで手出しはできまい。

 しかし、とヴィヴィは考える。円卓会議が設立され、ある程度の取り決めがなされてなお、このような事態になるだろうか。それほどまでに恋だなんだは狂わせるというのは知っているが、なにかおかしいと勘は告げている。

「あ……」

 突然零れたのは呟きだ。レーナの声に何があったのかと振り返る前に、角から一組のカップルが出てくるのを見た。

 全身が総毛だつ。浮かれた様に腕を組んでいる男女の片割れは、白髪の少女である。

 こちらを見るその目は、アメジストの様だった。

「っ!」

 なんだ? なんなんだあれは。

 これは。

 レーナと瓜二つの女性がいる。

 親しげに笑っている顔がこちらに向き、

「ひっ……!」

 一瞬で感情が抜け落ちた。

 腕を解き、困惑する彼氏を置いて、それはこちらに歩を進める。

「君は……なんだ……?」

 問うヴィヴィの前にkyokaが立つ。武器をつけてはいないが明らかな戦闘態勢だ。レーナをかばうようにクロ―ディアが移動した。

 向かい合う。

 それは首を傾げて、決まりきった文句のように、言葉を発した。

「私はレーナ。日本に来た留学生です。ふと思い立って配信を始めてみたんです」

「お前……真面目に……」

「真面目? 真面目ですよ。でも、こんなことに巻き込まれて、私どうしたらいいのかわからなくて……」

 でも、

「見つけた」

 視線の先には、レーナがいる。最初から、あれはレーナしか見ていない。

「違う! 私は留学生なんかじゃないっ! 私はただの……」

「違う?」

 ぎちりと、それが異質な音をたて、接近する。

「なっ」

 kyokaをすり抜けるようにして、ヴィヴィの隣へ。瞬きするような一瞬で。

 静止のために振り帰るが遅い。クロ―ディアが止めようと動く。

 それさえ超えて、それが怯え、足を止めてしまったレーナに触れる寸前、

「ッ!」

 剣が突き立った。

 たじろぐ両者の間に黒い男が降り立つ。

「お前……!」

 久しく見ていなかった男に、ヴィヴィは目を見開いた。

「私の仲間に何か用かな」

 エドガーは不敵に笑い、それを睨み付けたまま、腰の双剣に手をかける。

 レーナと瓜二つのそれは目の前に現れた男を見て、ちらりと分けるように突き刺さった剣を見た。

 エドガーの腰にある剣と、突き立つ剣は違う。それに投射方向とエドガーが来た方向はまるで違っていた。

 最低二人の増援。戦闘禁止区域のアキバで、ためらいなく武器を抜き、敵かもしれないものを切り捨てるだけのことができるものが二人はいる。

 じとりとレーナを見て、それは軽い動きで後ろへと飛んだ。黒い男が追おうとするが、通りへと響いてきた大音量の鉄の音で止まる。それも同じだ。

 何の音かと思えば、クロ―ディアが呟く。

「衛兵の戦闘音……」

 重なる金属の音はまさしく、

「戦ってる……」

 ありえないものを聞くようにレーナが怯えの含んだ声でつぶやく。怯えが伝播したようにそれは白い霧を巻いて去る。

 誰も動かず、奇妙な邂逅の終わりを見届けた。

 エドガーはふむと頷き、振り向く。

「さて、これはどういうことかな」

「いやいや、あんたこそどの面下げて……」

「kyokaさん」

 クロ―ディアが窘めると、kyokaが不本意そうに下がる。年上に食って掛かるほど考えなしではない。

「彼女、レーナさんを白銀へと案内する際に襲われそうになりました」

 ふん、とエドガーは観察するようにレーナを見て、あのレーナかと呟く。

「え……?」

「ヴィヴィアーノは知っているだろう。kyoka……は畑が違うか。リシアの方が詳しいかな」

 はてなを浮かべる面々を無視し、まあいいと打ち切る。

「それでエドガー。あなたはどうしてここに」

 どことなく鋭い言葉の中にいくつもの意味が込められている。

「なに、ブルーノと帰ってきたら少し騒いでいるような音が聞こえてな。介入しただけだ」

 そのとき、シノがこちらに走ってきた。

「終わったかよ」

「ああ。ブルーノは?」

「死んだよ」

 簡単に告げられた言葉に、白銀は納得する。また衛兵と殴り会ったのだ。

「戻るのに五分はかかる。先に白銀に帰っておこう」

「五分? 蘇生はもっとかかるのではなかったか」

「うちのギルマスはなんでか知らないけど復活が早いのよ」

 kyokaのどことなく自慢げな回答にエドガーはさらに興味の色を濃くした。

「とりあえず戻ろう。そこで君の話を聞かせてもらう」

「はい」

 ヴィヴィの言葉にレーナが頷き、白銀一行は去っていく。

 取り残されたカップルの彼氏だけが、事態を飲み込めず、ただ困惑していた。

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