二章 幕間

第3話 円卓には座らない










「それで、平気だった? 紫苑君」

 店に並んでいるマジックアイテムを眺めながら、白髪の少年はうん? と聞き返した。

 だから、とショートヘアーの大地人の少女は言う。

「あれから大丈夫だった? 紫苑君、よくわからないうるさい冒険者の人に連れ去られたから」

 紫苑は、この大災害に巻き込まれてから、よくわからなかった。

 よくわからず、ふわふわとして、どうしたらいいかわからないまま、日々を過ごしていた。

 とぼとぼと道を歩いていて、大丈夫かとこの少女、ソフィアに話しかけられてから、彼女が出入りしている工房に少しの間置いてもらった。

 そうしてあの日、広場で衛兵と戦う男を見た。

 気が狂ったように、勝ち目のない戦いに挑む彼の姿に、紫苑は言葉に変えることができないほどの感情を抱いた。

 数日たち、工房の手伝いをしていた日に、突然現れた武者に紫苑はさらわれた。

 武者はセンジと名乗り、良い白髪だと紫苑をほめたたえ、拉致した。

 後は特に面白くも無く、センジが無理やり連れてきたことをギルドマスターにばれてしばかれ、その後紫苑は白銀の頂に入った。

 自分の意思かとギルドマスター、ブルーノに問われ、紫苑は頷くと、それで終わりだった。

 それから一週間。久し振りにお世話になっていた工房に顔を出していた、というわけである。

「うん、大丈夫。優しい人ばかりだから」

 嘘はついていない。優しい人は多い。評判通りに変人奇人が多いというだけで。

 よかった、と笑うソフィアに少し後ろめたさを感じる。

 からん、と工房のドアが開いた。

 いらっしゃいませ、とソフィアが言いながら寄りかかっていた机から身を離してきちんと立った。入ってきたのは一組のカップル。太った守護戦士と白髪の冒険者。

「君に似合うネックレスをプレゼントするよ」

「ほんと? うれしいなぁ……」

 ここはマジックアイテム販売店なんだけどなと紫苑が目を遠くしながら、それじゃと小さくソフィアに手を振る。彼女の師匠にもあいさつしたかったが客が来た以上、長居は迷惑だろう。

 唇だけ小さくばいばいと動いたのを見て、紫苑は店を出る際にカップルの女性の方を見た。

 ……あれ? なんだか、見覚えがある。

 背中くらいまでの白い髪に、アメジストのような瞳。

 前にも見た? いや、エルダーテイルでも現実でも見ている気がする。

 何だったかなと思いながら、あまり見てはいけないだろうと思い紫苑は外へと出た。その後ろ姿を、男性に気付かれないように、女の人はちらりと見ている。

 店に出て、迷わず広場へと出た。今日も太陽は雲にさえぎられずアキバを照らしており、環境記録が楽でいいと笑っていたL2を思い出す。

 L2は紫苑や同時期に入ったもみじ、SAEKOや高校生くらいの年の冒険者たちに勉強を教えてくれることもある。知識は偏っており、分野も限られているが紫苑には楽しいことばかりだ。偏ったのを見かねて、ミサキ、他大人たちが勉強会をしてくれることなどもある。ブルーノはいずれにも参加していない。記憶がないからだ。

 最初にそれを聞いたとき、冗談だろうと思ったがどうにも違うらしい。事実としてブルーノは何も思い出すことはない。

 今あるのは名前と、どうすれば記憶を思い出すかという思いだ。慌てず探すと本人はゆらりと構えているようだが、気持ちはやはり彼にしかわからないだろう。ブルーノの考えは白銀の誰にも読めるようで読めない。

 ちょうどそのとき、広場にブルーノを見つけた。

「あ」

 鼻腔をくすぐる焼いた肉の匂いもだ。

 広場を改めてみるまでも無く、理由は分かる。

 一つの店に大勢の人間が今か今かと待ちわびながら並んでいるのはクレセントムーンだ。味がする、という基本的だが衝撃的な店のデビューに誰もがよだれをたらした。

 紫苑はまだ食べたことがない。センジは身内が買ってきたのをじゃんけん奪い合いで勝って強奪して食べていた。それを見ていたらやらないぞといわれた。

「ブルーノさん!」

 呼びかけながら近付いていくと、いつものコートと剣を身に着けておらず、紙に包まれていたのを食べている。

「あれ!? ブルーノさんそれ……」

「ん? ……なんだ紫苑か」

 ごくりと、クレセントバーガーを飲み込んでからブルーノはこちらを見た。

「クレセントムーンのですか」

「うん」

 また一口食べる。もぐもぐと口を動かしているブルーノは歓喜しながら食べている周りと対照的で、匂いさえなければいつもの味無拷問段ボールを食べていると思われるに違いない。

「並んだんですか」

 味がなかったこの世界に革命をもたらしたクレセントバーガー。その味にかぶりつくために大勢の人間は並び、待ち続けるが、今のブルーノの反応と普段の様子から並んでいる様子が全然思い浮かばなかった。

 なんというか、食べることに興味がない人だと思っていたのだ。味無だからというのも差し引いてあまり食べているところを見たことがない。

「並んでない」

 ならどうしてと答える前にブルーノは答えた。

「二日前、気晴らしに外行ったんだ。そのときに阿保みたいに俺はD.D.D.だっていってるやつらがいてさ」

「はい」

「センジがうるせえつって殴りかかって結果PKして満足してそこを知り合いに譲ったらもらった」

「……そう、ですか」

 うわあ暴力的……。

「美味しいですか」

「うまい」

 簡潔に答えて、ブルーノはまた一口食べた。表情筋は動いていない。おいしいとは思ってはいるようである。

「ただこれ鹿肉かなぁ……牛が少し離れてるから鹿とかにしてんだろうなぁ……」

「ブルーノさんわかるんですか?」

「……わかるだろ?」

 おかしいかとキョトンとした顔で聞いてくる。

「おかしくはないですけど……僕なんかたぶん食べてもお肉がちょっと違うなくらいで終わると思います。鹿とかわかるってブルーノさんもしかして料理人だったんじゃ……」

 かな、と言って、ブラックローズティーを飲んだ。

「貰った人に記憶がないならこれでもどうですかにゃって渡された。サブ職、料理人だしな。それが関係あるかどうかわかんないけど、そこからあたってみるのもありかもしれない」

 そうですねと頷く。もぐもぐと食べているブルーノはふと一口いるかと差し出してきたので遠慮なくもらった。

 正直言って、これを食べて表情を動かさないブルーノさんはとんでもないと紫苑は思った。

 すごい、味がする。

 肉。

 トマト。

 レタス。

 ソース。

 パンズ。

 どれもが、現実と同じような肉汁と瑞々しさを持っていた。

 頬を緩ませて食べているともう一口と差し出してきたが、紫苑はえらく抵抗しながらも拒んだ。

 代わりにブラックローズティーを一杯もらって、息をつく。

 味がするってすごい。

 ずっと忘れていたような、たった一か月未満程度ではあるが、感覚を思い出す。

 クレセントムーンのおかげで、広場はずいぶんと活気が戻ったように思える。

 顔は幾分か軽く、店員に笑顔で送られアキバ外に出ていく冒険者が増加しているのだ。

 その活気とは裏腹にうす暗いものもある。今通っていた90レベルの冒険者は本来手に持っているべきではないものを少しだけちらつかせてしまい、わくせくと駆けていく。

 EXPポット。40レベル以下のプレイヤーにのみ配布されるアイテムで、取得経験値を増加させる効果を持つ。

 あれの供給元はわかっている。

 ハーメルン。

 初心者救済をうたったギルド。始めたばかりで右も左もわからなかったプレイヤーを、搾取している連中。

 紫苑よりも少し早くに入ったもみじという神祇官の少女はそのハーメルンにスカウトされている最中に、白銀に拉致された。

 どちらも傍目から見たら同じような悪徳ギルドだともみじが喚いているのは否定できない。紫苑も拉致された口だし、隣に立っているギルドマスターもそれだ。






「ハーメルンが拉致監禁してるのは明らかです!」

 数日前、白髪をおかっぱに切りそろえた生真面目そうなもみじは勢いよく机をたたいて叫んだ。

「どうして助けないんですか!」

 ギルド会館の中、白銀の頂が借りているギルドホールに犬のような声が響く。

 ブルーノはそれにびくりと体を刎ねさせ、うぇ? と間抜けな声を出した。

「なんのことだよ」

「だからハーメルンのことです!」

 ああ、とギルマスはあくびをかみ殺す。

「ハーメルンが私と同じようなプレイヤーを監禁しているのは明らかです! EXPポットの流通を見過ごしているのも、ただ見ているだけも、それを使ってレベル上げをしている人たちもみんな同じですよ!」

 ブルーノさん、ともみじはきっと睨み付ける。

「何もしないんですか!?」

 うだつのあがらないギルマスはううんと頭を掻いて、あたりを見渡す。

 L2は現在ロデリック商会に顔を出していて、センジは阿保なので散歩中であり、ミサキはどう対応するかと観察しており、その他もろもろはもみじの立てた音にビビって隠れていたり、クレセントバーガーを奪い合っていたと反応していない。

 味方がいない。

 はあ、とため息をはいてブルーノはあのな、と前置きした。

「助けたいなら勝手にやれ」

「……え?」

「一人で行け。別に白銀の人間を使っちゃダメとは言わないよ。ついてきてくださいつったら何人か行くだろ。でもそれで何するんだ。半端に問題起こして刺激して皺寄せが行くのはどこだよ」

 言葉を乱暴にしたブルーノは、先ほどよりもやり辛そうにううんと言って、

「皺が行くのは、帳尻を合わせられるのはいつだって弱い人間だ。監禁されてる連中の待遇は更に悪くなる。やって何になる。もう取り返しのつかないことをしてからあなたたちのために思ってやりましたつって許されるのか。

 後先考えずに動くなよ。なんとかできそうだって力を持ってるやつらに頼むのはいいよ。でも考えろ」

 自分がしたこと、して起きること、できないこと、できること。

「俺たちは正義面したギルドなんかじゃない」

 ただのギルドだ。

「やるなら好きにしろ。どうなっても俺は知らない」

 動くなら、

「全部お前の責任だ、もみじ」

 いつもとは明らかに違う、鋭く冷たい雰囲気を纏ったブルーノはそう言い切る。

 もみじは何かを言いかえそうとして、震え、そのままギルドホールから飛び出ていった。

「泣いてる」

「泣かした」

「……悪かったよ」

「いーけないんだいけないんだ! センジに言ったろ!!」

 うるせえと周囲に叫んでブルーノは胃のあたりを抑える。

「胃が痛い……」

 わあわあとはやし立てる白銀を背に、紫苑と同期のSAEKOはもみじの後を追った。入れ替わりに帰ってきたセンジがよくわからないうちにブルーノの首を飛ばし、部屋が血塗れになったのは無視した。

「もみじ!」

 駆けだしていた少女はふと止まって、木々が生えそろっている小さな林で足を止めた。

 何度か顔を拭う様子にSAEKOは黙って背中を撫でる。少しして、もみじは差し出された水を飲んだ。

「あ、ありがとう……」

「落ち着いた?」

 うん、と頷くもみじは少し目が赤い。

「ブルーノさん、ひどいですね」

「そう? あたしは思わなかったよ」

 え、と二人がドワーフの少女を見ると、ん? と首を傾げた。

「どうして?」

「紫苑くんもわかってるでしょ。ギルドが潰せないのは」

 それは、と言葉を濁すと、もみじが視線で問うて来た。

「……ギルドはさ、ギルマスが解散宣言しなければ潰れないんだよ。ギルメンがどれだけ抜けてもギルマスがいれば残り続ける。抜けるように解散するように嫌がらせとかすれば、いいんだろうけど、まあ運営に止められるしそうなる前にあっちは適当に逃げればいいだけ。形式では残り続けることになる。監禁やめさせるのもさ、ギルマスが拒否し続けて、ギルドホールから初心者たちを出さない設定にしたら後は……」

 続けなくてもわかった。ただ死んだり帰還呪文を使えばアキバの神殿に戻れる。それがわかるまで、恐慌状態に襲われるであろう初心者たちが気付けるかどうかだ。

 それに、とSAEKOが話を続けた。

「ギルマスのあれは多分周りへの牽制もあったと思うよ」

「牽制……?」

「そ。うちは馬鹿ばかりだから、もみじが言う前にもなんとかできないかみたいな動きがあったぽいんだよね」

 そんなことが、と紫苑は驚く。聞いたことがなかった。素直にそう言うとだろうねと彼女は笑う。

「あたしは師匠筋がL2……さんだからミサキさんもいてそういう話がちょっと聞こえてくるの」

 なるほど、と紫苑は納得した。ちなみに紫苑の師匠に当たる人物はセンジであり、そういうことに関してゼロに等しい知識である。代わりに直感で正解まで抜けていくので周囲はたいてい追いつけない。

「ギルマスはもみじの直談判を利用した。周りに動いていいが最後までしっかり自分で持てって」

「見せしめ……ってこと?」

「言い方……」

 でもそういうことですよ、ともみじがこの場にいないブルーノをにらむように言う。

「きちんと最後までやりきれないなら、あたしもなんでもかんでも手を出すべきじゃないとおもう。うちはそんなギルドじゃないしね」

 白銀の頂は、良いことをするだけじゃない。

 一番面倒くさそうなことに突っ込みそうなセンジも今回は興味がなさそうだ。

 ギルドを牽引するのはたいていの場合センジだ。うるさいために、被害がでかいために、なんか面白そうだからと周囲が引っ張られて動く。

 L2は騒ぎを大きくしたりして、ブルーノが事態の収拾を図り、なんだかんだとミサキが文句を言いながらそれを手伝うことが増えてきている。

 白銀には幹部という概念はない。だが周囲から見れば、そしてギルド内の立ち位置から見れば幹部であるといえる人間は先ほどあげた通りだ。

 白い死神、センジ。

 白狐、L2。

 この二人。L2の補助に白き策士、ミサキもいる。

 ここには二つ名持ちは多い。ディーやライザーなど、恋人たちの狩人や救世主、非モテ、妬み糞野郎、陰キャ、馬鹿阿保など多くの罵倒がある。

「見せしめだったらよりひどいよね」

「だから言い方」

「でもそういうことだよ、紫苑君」

 ううんと紫苑は唸る。確かにそうだし、もみじを泣かせたわけだしとちらりと見ると、

「泣いてません」

 というので、まあそういうことで。

「もみじが決めることじゃないの?」

「それも違う気がするんですよね……」

 とにかくブルーノはひどいことをしたな程度に落ち着こうとして、向こうから呼ぶ声が聞こえた。

「ブルーノさんの声だ」

「よし、文句は直接」

 SAEKOは新人のはずなのにどうして白銀ぽく直線なのだろうかと紫苑は考える。

 ざくざくと土を踏み鳴らしながら、ブルーノがきた。彼はもみじを目にするなり、頭を下げる。

「すまなかった。言い過ぎた」

 その、と続けようとしたのをもみじが止める。

「顔を上げてください」

 顔を上げるなりビンタが飛んだ。ぱぁんと破裂音にも似た音がする。

「よくやった」

 ふん、ともみじが自身も少し痛かった手を抑える。

「ブルーノさんがやってることは大体分かったので別にいいです。私は泣いてないですし」

「……ビンタは?」

「むかつきました」

「…………もみじの決めたことならまあいいけどな……」

 ブルーノはいててと頬をさする。

「ギルドに戻ろう」

 そう言って、手招きをして歩き出す。

 それに続きながら、SAEKOはそう言えばと話し出す。

「ギルマスが人でなしで思い出したんだけど」

「うん……」

「冒険者の中には桁違いに良い人もいるらしいよ」

「どんな人なんですか?」

「なんでも怪我した大地人に無償で治療して雇ったりして、サブ職業レベルあげてあげたりしてるんだって」

 へえ、と言いながら紫苑はサブ職業のレベル上げについて少し考える。

「名前は」

「確かアスクラって言ったかな……施療神官」

 ふーんと興味なさげなブルーノの相槌と対照的にもみじは人の優しさに感心しているようだった。こうでなければとか思っているのだろうか。

「ブルーノさん、いつまで頬をさすってるんですか?」

 ここでの痛みはあちらのようではない。ミサキの言を借りるならば、痛みを認識できる程度のかゆみと言っていた。無痛じゃない。痛んでいる箇所を認識できる、そこがみそだとも。

 だから音と比例して痛いようにはなっていないのだ。いかに大袈裟に血が出ても中身が出ても骨が折れてももげても取れても、せいぜい親指をぶつけたくらい。

「うーん……なんか、痛みが……」

 言いかけて、ブルーノは止めた。

「いや、振りをしてるだけだ」







「紫苑さん!」

 広場の出入り口から、もみじが来た。SAEKOも一緒だ。

「ソフィアさんに会えましたか……あれ、ブルーノさんどうしたんですか」

「バーガー食べてた」

 もう食べ終わった紙をもみじに見せると、

「え……」

 絶望したような表情を見せた。

「ギルマス食べてたの? 食に興味なさそうなのに」

「SAEKO、オブラートに包んで言おうね……そっちは何してたんだ」

 こっち? とSAEKOは抱えた荷物を示す。

「狩りの帰り。換金してたんだけどここら辺に紫苑が世話になってたって人がいるから別行動してた」

「ああ。あのおばあさんところ」

「知ってるんですか?」

 それより、とブルーノははぐらかす。

「バーナードにもうとられないようにしろよ。俺はもうギルドホールの掃除するの嫌だからな」

「注意するならあっちにしてくださいよ……」

 バーナードというのは白銀にいるサブ職業詐欺師のカスである。先日新人三人のもうけをちょろまかそうとしてセンジに見つかり、そんじょそこらのことでは死なない冒険者ならではの視覚的な拷問を受けた。肉を剥がれ、骨に文字を刻めつけられる感覚はおそらく忘れることはできないだろう。

「そりゃそうだな」

 お茶を飲んで、ブルーノはふと呟く。

「もうそろそろ、アキバの嫌な雰囲気も終わるだろ」

「え?」

 紫苑がそちらを見る。

 ブルーノはいつもと変わらず、目付き悪くクレセントバーガーを見ていた。

「誰かが動いてる。センジもL2も勘付いてる」

 だから、

「ハーメルンも、ギルドの格差も終わりだ」













 翌日、円卓会議が設立された。
















 その日から始まったお祭りのような騒ぎだった。

 革命が成功したような、今までの湿気た空気を弾き飛ばすような馬鹿騒ぎは大地人にも冒険者にも平等に振る舞われる。

 久しく嗅いでいなかった御飯の匂いが鼻腔をくすぐる中、ブルーノはまるで浮かれず、両親が死んだかのような沈んだ顔で歩いていたら、知り合いに呼び止められ、いろいろ話をしていたら、

「なんで料理してんだ俺……」

 炊き出しのような形で、バーガーのパテを作らされていた。

「なんでも好きなもの食べていいよ」

「ほんと!? うれしい!」

 痩せた妖術師と背中くらいまでの白い髪の女のカップルが通り過ぎていくのを恨めしそうなのも隠さずじとりと睨む。なんだろう、どこかで見たような気もする。アメジストの瞳だ。

 パテが終わると戦場と化した調理場は外だというのに熱気が押し寄せてくる。バーガーが終わり、代わりにスープなどの料理を提供するようになり、ブルーノは無のまま入る注文通りに作り続けた。

 戦場がやや落ち着き、今のうちに問休憩に入らされたブルーノはまだやらされるのかと愕然としながら適当に地べたに腰を下ろして汗をぬぐう。

「申し訳ないですにゃ」

「いえ……流れでしたから……」

 どうぞとにゃん太が差し出してくる水と鳥の串焼きを受け取る。

「どうして俺がこれを……」

「料理ができる料理人というのは貴重ですからにゃ」

「そうですけど……」

 だからといって、なぜ記憶喪失にやらせるのかと猫人を見る。

「何かして記憶を取り戻せるきっかけとなればと思ったんですにゃ。しかし、君は予想以上に出来てしまい……」

 ぽんぽんと手際よく、何千何万回こなしていたかのようにさばいていくのは予想外だったらしい。あれよあれよという間に戦力になったわけだ。

 申し訳ないですにゃとにゃん太は頭を下げる。ブルーノはさすがに申し訳なくなり、立ち上がる。

「やめてください。助かったのはこちらですよ」

 料理の仕方を覚えている。身体が、いや魂だろうか、呆れるほどに繰り返している動作は身についていた。

 包丁を持ち、調理場に立てば自然と体は動いた。知らぬレシピを思い描ける。それを実現できる技術も持ち合わせている。

「しかし、君の腕前は相当ですにゃ」

「にゃん太さんには及びませんよ」

 謙遜も何もなく純粋にそう言うと、にゃーとそれなりの年齢の盗剣士は鳴いた。

「そう言ってもらえるとは嬉しいですにゃ。何か、思い出しましたか」

 本命はきっとこれだったのだろう。

「そう、ですね……なんとなく、ですけれど料理をするのは気分がいいです。それをおいしいと食べてくれる人がいるのも」

 誰かのために、作り続けていたような気がする。

 誰だろう。

 白い髪。

 赤い目。

 なんだ? 記憶が、欠けている。

「ブルーノさん?」

「え、ああ……すいません、ちょっと頭痛が」

 大丈夫ですかという問いに平気ですと答えながら、ずり落ちるように座る。調理場からセララという少女の悲鳴が聞こえてくる。にゃん太は行くかどうか迷うそぶりを見せ、

「行ってください。俺は平気ですし……その、疲れたのでこのまま帰ります」

「お気をつけて。お礼はまた今度に……」

「あ、そうだ」

 にゃ? と戻ろうとしていたにゃん太が足を止めて、こちらを向く。

「円卓会議設立お疲れさまです……大変なのはこれからでしょうが……」

 素直に称賛などを送ればいいのに、いらぬものを付け加えてしまう。そのことにブルーノは一人顔を赤くして、後悔する。

「頑張ったのはギルドマスターですにゃ」

 ありがとう、と礼を告げにゃん太は今度こそ戻っていった。

 ギルドマスター。

 記録の地平線。

 就任挨拶をしていた、あの眼鏡の男。

 直感にも近いものがひらめいた。

「そうか」

 付与術師。

 全力管制戦闘。

「あの男か……」

 成立させたのは。

 ブルーノは空を見上げて、笑った。

「気が合いそうにないな……」

 ようやく、自覚出来た。

 両親が死んだような沈んだ顔をしていたわけを。

 目付きがより険しくなってしまうわけが。

 アキバ、いや、

「エルダーテイルが嫌いなのか、俺」

 祭のような雰囲気も、活気付いたここも、冒険も、依頼も、大地人も、すべて。

 偽物が受け入れられているみたいで、腹立たしい。

 溜息を吐く。

「馬鹿みてえだな」

 それを吐き捨て、ブルーノはよろよろと立ち上がった。

「あんた、そこの兄ちゃん」

 帰ろうと足を動かした矢先に、話しかけられ立ち止まる。

 声の方向を見れば、白いスーツを身にまとった男がいた。

「さっきの飯うまかったぜ」

「はあ……」

 バーガーを手に持ったまま、ずんずんとどこか肉食獣を思わせる歩みの強さでブルーノに近付く。

「あんたの奴が一番うまかった。それを伝えたくてな。正直言って料理でこんなに感動できるたぁ思わなかったよ!」

 ばんばんと肩を叩かれ、称賛される。相変わらずはあとブルーノは繰り返し、ぎこちないながらありいがとうと笑って見せた。

「でも、俺のよか……なんで俺が作ったのが」

 わかるのかと男を見ると、彼はグラサンを少し下ろしてはっと笑う。

「うめえもんがねえかちょっと食べ比べてるだけさ。注文のタイミングで誰がつくって誰の手元に来るのかは勘だな。で、あんたのが一番うまかった。猫人のやつは二番目だな」

 何なんだろう、この人はと警戒しながらもブルーノは男の名前を初めて確認しようとすると、男はするりと離れた。

「そんだけだ。じゃあな。俺と同じ人間に会えてよかったぜ」

 一方的に別れを告げ、男は去っていく。

「……なんだったんだ……」

 同じ?

 肉食動物みたいな男と、自分が?

 何言ってんだかとブルーノは思い、すぐに忘れて帰路につく。

























「円卓会議ねぇ」

 ミサキが配られたビラを明かりに透かして呟いた。

「みんな好きだね、円卓」

「騎士だからだろう」

 対して面白くなさそうにL2はいって、同じベッドに腰を掛ける。

「引っ越し先はすぐに決まってよかったじゃないか」

「うちのね。円卓会議には参加しないって方針だし」

 それにと天井を見る。上の階に、彼の部屋がある。執務室と私室だ。特別に二部屋あるのはギルドマスターの特権である。

「ギルマスが税の徴収にはっきりノーっていったから」

 円卓会議、その設立においてブルーノは何か思うところがあるようだった。

 傘下に入るか否か、お祭り騒ぎの中に白銀は新作の料理をもぐもぐ食べながら会議を敢行したところ、どちらでもいい派閥が多かったが、始めてギルマスらしくブルーノは発言した。

「円卓会議傘下にはならない。税の徴収も癪に障る。俺たちはやりたいことをする。ギルド会館から出れるだけの金はあるから引っ越そう」

 そうして、円卓会議発足発表初日にして白銀の頂は夜逃げのようにすたこらさっさとやはり騒ぎを起こしながらギルドビルを買い、引っ越した。

 やはりビルは値が張ったがどうせろくでもない使い方にしかならぬし、誰かが一発当てて増やしたり減ったりし続けるのだ。

 なかなかいい使い方だとミサキは思う。特に個室があるのがいい。

 うん、と意味も無く頷いて、笑う。家のような場所だとベッドに寝転がる。

「そういえば円卓の騎士たちにはブルーノという男がいた、とされるものもあるんだよ」

 へえ、とL2は興味をもって目をこちらに向けた。

「円卓の騎士は十二人。ガラハッドは十三番目の誰も座らない席に座った。まあこれは関係ないね。円卓とされていないものもいたりと二次創作みたいなのがいっぱいなんだよね、アーサー王物語は。

 彼の物語は典型的なフェア・アンノウン。素性がわからない、または隠している無名の美青年を主人公とし、本名の代わりにあだ名をつけられた主人公が冒険の末に愛を得たり、高貴な血筋であることを認められる話だ。

 ブルーノは城にきて、ラ・コート・マル・タイユ、不格好なコートとケイ卿にあだ名を名付けられる。サイズの合わないコートをは父の形見で、敵を討つまでコートを着直さないと決めたからだ。ブルーノ・ル・ノワールという本名よりもこちらで知られる。

 彼の話は一人でライオンを狩り、騎士に任命された日から始まる。黒い盾への挑戦を受ける騎士を探しに来た、罵倒という意味をもつ名前のヒロインが現れ、ブルーノは受ける。彼女は当然だっさいコートを着た騎士を罵倒する。ブルーノは挑戦のため彼女と旅に出るんだが、まあ彼は負け続ける。道化の男にしか勝てなかった。

 ある日、物語の中では基本的に悪役として描かれるモードレッド卿がヒロインと会話して、彼の剣が未熟なのではなく不得意な馬術でしか勝負されないというのを知るんだが、ヒロインは考えを変えずに罵倒し続ける。

 その後、ブルーノは五対一という不利な状況におかされ善戦するも敗北。牢屋にとらわれたところをモードレッドと入れ違いに参戦したランスロットに助け出される。城に帰ったブルーノは円卓に座ることを許可され、ヒロインと結婚。実はヒロインはブルーノが死なないように罵倒し心を折ろうとしていたことが発覚……みたいな話」

 話を聞き終えたL2はふん、と面白くなさそうにそういうものかと呟く。

「ギルマスにはヒロインもいない。コートもぶかぶかではない」

 だが、とL2は言う。

「奇妙な符号はあるものなんだな」

 彼は、どうなるのか。

 二人の策士でさえ、わからないことだった。





























「や、やめ」

 ぐしゃりと、騒ぎの外で誰にも気付かれないままにハーメルンの冒険者が血溜まりに沈む。

「俺ぁよぉ、ずっと待ってたんだ」

 べきり。

 声にならない悲鳴が絞り出される。

 痛みはない。

 痛みは、ない。

 痛みはないが、痛がらない理由はなかった。

「人を殴りたいって思うのは、俺が思うにみんなが思って、持っていることじゃねえのか?」

 なあ。

 ぐしゃりと千切れた。

「みんなそうだ」

 めきゃ。

「みんな待ってたのさ」

 ごきゃ。

「俺も待ってた」

 べりべり。

「ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっげ、げほっ! げほっげえっ! ずっ! ずっとずっとずっとずっとずっとずっと!!」

 途中で飛んできた歯が口の中に入ってむせるがそれでも男は続ける。

 白いスーツがぬれていく。

「人を殴れる機会ってやつを! 人を殴っていい理由ってやつを!」

 でもなぁ、と男はシュレイダの頭を持ち上げた。

 その手は、所々さかむけて、血だらけだった。白いものが見えてさえいた。

「違ぇだろ? なーんか違和感があるんだ。確かに楽しい。でも、でもな」

 俺の望んでいるものじゃない。

「は……?」

 じゃあ、とシュレイダは絶望の中、思う。

 おれたちがなぐられているいみは、ないのか。

「悪いことした人間は殴っていいって世間様は思ってる。でも違うよな? 悪いことしても人間は殴っちゃいけねえんだ。わかるよな? お前たちが初心者にいろんなことしててもさ、わかるよな?」

 な、と同意を求められて、はいとシュレイダの隣の男が頷き、

「よし! お前いいぞ!」

 蹴りが一発。男はぐるんと飛んで、歯をまき散らしながら沈んだ。

「ひっ……!」

「いいかぁ? シュレイダ君。俺が思うに、悪いことしたやつをなぐっても気持ちよくねえんだ」

「え……? え?」

 男は笑い、飲んでいたビール瓶を壁にたたきつけた。

 割れたビール瓶が鋭利に尖っている。

「や、やめ……」

「心配すんな、これが最後だ」

 肉にガラスが食い込む。

 路地裏に、死体だけが転がる。

 鼻歌交じりの男は月夜を獰猛な気配で蹂躙する。

「いいねぇ……ついに出来てるんだ、人殺しが……」

 夢見た舞台で、殺人鬼はクリスマスの朝を迎えた子供のように、心の奥底から、微笑んだ。

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