フジモトはおれが守る

 数ヶ月前、馬鹿デカいハサミを振り回す黒髪の看護師と白髪に黒ずくめの死神みてーなヤツとあまりに長い一日を過ごした病院。

 おれの体が良くも悪くも普通に戻った後は、ひたすらフジモトに会いに来続けた。

 もう通いなれてしまった病室の扉を開ける。


「無事か、フジもっ……」

「バカ!ノックくらいしろっ!」


 剛速球で飛んでくる枕。

 どうやら、お仕着せから私服に着替える途中だったらしい。窓からの光に照らされたフジモトのあらわな背中が一瞬だけ見えて、中身がぎっしりつまった質量がおれのキドニーに突き刺さる。


「うぐっ」


 膝を折りかけて、投げた反動でスリッパが滑って、彼女の体がバランスを崩すのが目に入った。


「うわっ」

「危ねえ!」


 おれはあのとんでもない一夜と同じくらい焦って駆け出した。

 なんとか間に合った。フジモトの頭をかばい、おれが下になる形で受け止める。

 代償はおれの足先から脳天までを突き刺す衝撃だった。投げ出した右足の小指がベッドの脚に直撃したらしい。


「いってぇえええええーー!!」

「ちょ……大丈夫なの?」


 おれの胴の上でフジモトが顔をのぞき込んでくる。痛みでブラックアウトしかけた視界で見上げる。白すぎて心配だった小さな顔には赤みが差しいて、密着した体からはしっかりと心臓が脈打つのが伝わってくる。

 気がつくとおれは放り出していた腕を、その背中に回していた。

 真下から藤元を抱きしめる形になったことにも気がつかず、深く息をする。清潔なシーツに消毒液の匂い、それから至近距離で感じるフジモトの髪の、よく分からないシャンプーの香り。

 

「ちょっと、放してよ」

「ああ、すまん……ただ、治ったんだなって思ったらつい」


 彼女の体は温かい。少し前までは考えられないほどに。

それがどうしようもなく嬉しくて、つい力を込める。


「もう、ばか」


 フジモトは一度だけ、おれの胸を軽く小突いた。


「で、どうしたの慌てて」

「ああ、いや……」


 おれは口ごもる。正直に話していいものか?

 盗撮魔が好き放題している学校にお前は戻るんだ、と? 

 フジモトも隠し撮りのターゲットで、そういう目で見られるんだと?

 いや、ダメだ。せっかく楽しみにしているのに。


「いや……なんでもねえよ。ただ、学校で誰かにいじめらそうになったら言えよ。おれがぜってー守ってやる」


 そう、今度こそ。


「なにそれ。またアンタがボコボコにされるだけじゃないの?」


 いいながら、彼女はおれの腕をどかして起きあがる。

 呆れた顔で笑うフジモトを見て――

 改めて、守ろうと誓った。



 守る、と誓った。

 そのはず、だったのだが。


「なんだよこの写真!?」


 火曜日の朝。下駄箱に入っていた茶色い封筒の中身は、どこかの女子生徒からのアツアツのラブレター……ではなく。

 そこにはおれとフジモトが病室の床で抱きしめあっているようにしか見えない様子が写っていた。

 あの病室には他に誰もいなかったはずなのに。

 同封されたコピー用紙には新聞や雑誌から切り抜かれた文字で、


『手を引け さもなくば この写真を ネットに 拡散する お前の動きは筒抜けだ』


と書いてある。


「脅迫だと……」


 どうすればいい、このままだと、復学したフジモトが盗撮されてしまう。かといってこんなどこのどんな写真でも気づかれずに撮影出来るヤツの裏をかいてシッポを掴むなんて、できっこない。隠しカメラには女子の盗撮の他に、こんな風に敵を脅して行動を縛る効果もあったなんて。

 バレたらこの写真がネットで世界中に出回る。

 そうなったらおれはともかくフジモトはどうなる!?

 学校じゅうで揶揄からかわれる、だけじゃすまない。ネットに出た写真でおもちゃにされてしまう。

 どっちを選んでもフジモトは辱められてしまう。そんなの、ダメだ。だけどおれにはどうすることも出来ない。

 どうにかできるとすれば、それはあのとんでもない二人くらいしか心当たりがない。

「でも、どうやって連絡したらいいんだ!?」

 タイムリミットは後四日。ほぼ詰んだ状態で、どうしたらいいのだろう。


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