盗撮魔を捜せ
おれ、
だから頭の出来だってよくはない。成績はもちろん下から三番目以内をキープしている。
だもんで、今回の生徒会長サマの「お願い」は正直どうしたらいいのかさっぱり、お手上げだ。
だいたいどうやったら、誰にも気づかれないように女子のパンチラや着替えを撮影してるヤツを捕まえられるってんだ。
見せられた写真の中は全部ピントがばっちりパンツやらブラやらに合っていた。まぐれで映ったならもっとブレブレのはずだ。
ハナから狙ってその位置でカメラを構えていたとしか思えないワケだが、廊下なんかにうずくまっていたら誰でも気づくだろう。
着替えの場合は、写真の存在が発覚した後に女子更衣室を風紀委員が隅々までひっくり返したが、何も見つからなかったらしい。
中には非常階段の鉄板の隙間や、いつも鍵がかかっている屋上の柵の外側から撮ったとした思えないアングルのものまであったそうだ。
そんな立ち入り不可能なところから撮影するなんて人間業じゃない。そんなマネが出来るなんて、まるで……
「まさか
自分で口に出した言葉にそっとして頭を振る。
異質物。そう呼ばれるものの一つはつい数か月前までおれの体の中に確かにあって、それを狙ってきたとんでもない奴らと、これまたとんでもないオンナノコ二人がバチバチやり合うことになった。
まあフジモトが助かったのはアレのお陰でもあるが、正直また関わるのはゴメンだ。
仮に異質物だとしたら打つ手なしなので、ひとまずはここからの調査活動に専念する。待ってろ、さっさとはた迷惑なピーピング・トム(覗き野郎)をとっ捕まえて生徒会長サマに突き出して晴れて自由の身になってやる。
その日の休憩時間のほとんどを使って、おれは非常階段や廊下のすみなどを見て回った。
どれも生徒会室で見せられた盗撮写真の背景の場所だ。そのうち女子更衣室や女子トイレなんてまず入れないが、オープンスペースならワンチャンある。
盗撮野郎がカメラを仕掛けた痕跡がないか、あわよくば今日もそこにカメラが仕掛けられていないか、自分の目で確認しようと思ったんだ。
「ない……」
どこも空振りだった。現場を見て改めて分かったが、くだんの写真に写った場所とアングルを考えるとまず気づかれないのは無理な距離と位置だ。某アメコミヒーローの蜘蛛男みたいに張り付いたり、天井や窓の外から撮ったとしか思えないアングルもある。
もちろん手がかりなんてあるわけなく、ため息をついたおれの肩が重くなるだけだった。
放課後、運動部の声があちこちから響いてくる、体育倉庫裏。
「よう、定森」
制汗スプレーの香りと、その下からのぞく汗の匂いがした。顔を上げると、野球部の杉田がやってきた。意味深にニヤッとしながらおれの肩を小突く。
「お前がまだ買ったことないなんて驚きだな。学校じゅうもれなく一枚くらいは行きわたったと思ってたぜ」
「ああ、まあな。ちょい忙しくて知らなかった」
一方的にボコボコにされた『暴行事件』の煽りでおれは帰宅部であるが、最近はずっとフジモトの見舞いに行っていたのでウソは言ってない。
こうして杉田を呼び出したのは、おれもムフフな隠し撮り写真を堪能したいから……ではなく潜入捜査って奴だ。
「で、その写真ってお前が売ってるのか?」
「まさか。おれは連絡役だよ。買いたいやつと、」
おれはいかにも女子の盗撮写真が欲しい風を装いながら、杉田から盗撮犯の情報を聞き出そうと試みた。
「俺もあったことはないんだけどさ。買いたいヤツの情報と欲しい写真の条件……女子の名前とか場所とかを匿名のアドレスに伝えて、そんで依頼料とブツを指定の場所で交換するんだよ」
「へー、それっていつも同じ場所なのか?」
「それがな、すげーのは毎回取引場所が変わるんだ。しかも絶対風紀委員やセンコーに見つからないタイミングと場所なんだよ。ちょうど見回りが通り過ぎたときに置かれてるんだ。写真はもちろんだがあの回避力も神業だぜ」
自分のことのように誇らしげに話す杉田を見ながら、おれはふと気になったことを口にした。
「そういや、ブツは金と引き替えって言ってたけど、全部現像したヤツなのか? 今時メールやらクラウドやらでやりとりしたほうが便利だし見つかるリスクもないんじゃね?」
「バッカおめ、分かってねえなあ。データならSNSに上げる馬鹿が出て、あっというまにセンコーにバレるだろ」
「ああ、そっか……」
会長サマも彼氏のネット発言を監視していたわけだし、そういうこともあるか……と納得していると。
「それにこういうのはアナログな紙だからいいんだろ」
とびっきりスケベな顔をしていたので、肩をすくめておいた。
まあ、ちょっと分かるのは否定しないが。
「で、お前オーダーはあるのか?」
「へ?」
「だから、写真が欲しい女子だよ。誰でもいいなら安いが、どうせならカワイイのがいいだろ」
「あ、ああ、そうだな」
やべ、情報を聞くことしか考えてなかった。そういうウソつくムーブは用意してねえ。
「ん? ああそうか、お前はアイツだな、分かった分かった」
おれがあたふたしていると杉田は一人で納得しだした。
「な、なんだよ」
「なにテレてんだよ、藤元だろ? もうすぐ学校に来るから、アイツ目当ての依頼も出てくるだろうな。今のうちに予約しとくんだろ?」
「――は?」
フジモトが、盗撮される?
やっと元気になって学校に通えるようになったフジモトが、パンチラや着替え中の姿を撮られて、それを大勢の男子に見られる?
「おいどうしたよ、彼氏気取りで独占欲か?」
どうやら顔が険しくなっていたらしい。怪訝げに杉田が睨んでくる。
「あ、ああいやなんでもない、オーダーはもうちょい考えさせてくれ、一回クラスのキレイどころを確認してから連絡する」
「まあ、それでいいなら。でも早くしろよ」
「分かったよ、じゃあな」
なんとかその場は乗り切れたが、おれの頭はいっぱいいっぱいになっていた。
おれが盗撮魔をこのまま見つけられなければ、会長サマによっておれが盗撮魔と断定され、フジモトに軽蔑されるだけでなく。
復学したフジモトが、傷つけれてしまう。そう思うと、いてもたっても居られなくなった。
おれがなんとかしなければ。
おれはそのまま、フジモトがいる病院に向かって走り出した。
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