エピローグ「黄色いせんすいかんにのぞみをのせて」
潮騒と海鳥の歌。そしてからりとした太陽の光が肌を灼く。どこまでも蒼い空、どこまでも
波しぶきを立てて進む船の舳先、その柵にもたれて、私は思いきり伸びをした。お父さんが好きだった銘柄の缶ジュースのプルタブを開けて、眩しい太陽に右手を伸ばして、にっと笑ってみせる。
いよいよ待ちに待った時が来た。見上げる空も、足下の海も、祝福してくれているようでワクワクする。
綿あめみたいな雲の白――その間にアタシは、艶やかな黒髪と黒い翼を広げる天使の姿を見つけたような気がして、瞬きをする。
すぐにその天使は見えなくなった。気のせいだったかもしれない。
けれどそれでもいい。アタシはますますニッコリした。
気のせいでも、アタシは彼女にもらった希望――のぞみに力をもらっているから。
「マミ主任、油売ってないで早く!これからあの子のデビューなんだから」
デッキに出てきたスタッフが私を見つけて口を尖らせた。彼の南国育ちの褐色の肌に汗が玉になって浮かんでいる。アタシのルーティーンでチームを待たせてしまった。
「ええ、すぐ行くわ、チャーリー」
手にしていたオレンジジュースを飲み干してから、軽く手を振って歩き出す。それから、ジャケットの内ポケットに入れた壊れた鋏をそっと触った。
――見ててね、お父さん。アタシの夢、叶えて見せるよ。
――見ててね、冬壁。アタシの天使。
ウラシマ7000。宇宙以上に未知の、人類最後のフロンティア、7000メートル以下の超深海の有人探査の為に開発された最新潜水艇。
それに乗り込むのはアタシではないけれど、船上からウラシマをサポート、指示を出すオペレーターチームのチーフに任命されたときは本当に嬉しかった。
あの公園での出来事の後、必死に勉強してきた努力が報われた、そう思ったからだ。遠く日本にいる母さんにいの一番に知らせると、涙ぐみながら喜んでくれた。この調査を終えて休暇をとれたら、一緒にお父さんに報告しようねと約束した。
迎えにきたチャーリーに続いて司令室に向かうと、クレーンに固定されたウラシマ7000の船体が見えた。
鮮やかな黄色の塗装、可愛らしい丸っこいフォルム。チャーリーたちはサンダーバードみたいだ、って言ってたっけ。アタシはというと、あのせんすいかんを思い出していた。お父さんのお墓参りのときは、きっとあの公園にも行こう。
メンバーがしゃれて『ブリッジ』と呼んでいる司令室に入ると、研究メンバーが一斉にアタシを見た。モニターに広がるのは、黄色い潜水艦と、その下の紺碧の海。
万感の思いを込めて、一度強く息を吸う。それから声を張り上げた。
「さあ――いよいよ航海開始よ!!」
苦楽を共にしてきたクルーたちが歓声を上げ――せんすいかんは、出航していく。
【黄色いせんすいかんにのぞみをのせて 編 完】
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