奇蹟を起こす糸切鋏
アタシは潜水艦になったせんすいかんから、冬壁の戦いを見つめていた。
開いたハサミをタコ足でがっちり掴まれたときはハラハラしたし、水面上に逃げたと思った冬壁がいつの間にかセーラー服を脱ぎ捨てて飛び込んできたのにはビックリした。
しかも朝と同じ白い競泳水着。イルカみたいに優雅に泳いで、ハサミを拾い上げるなり斜め上に突き出した。直後、バラバラになった機械の部品がぽちゃぽちゃと沈んできて、あの憎たらしいドローンをやっつけたんだと分かった。
今まで不気味なくらい滑らかに動いて襲い掛かっていた怪物が、そのタコ頭を戸惑ったみたいにきょろきょろと動かし、泳ぎを止めた。ドローンが壊されたせいなのか、夢から覚めたばかりといった感じでぼうっとしている。ゴリラロボもピタッと動きを止めていた。
その隙を突くように、冬壁が和ばさみを左手に握った。刃先が届く距離にはないけど、冬壁は怪物のタコ頭を切っ先で示しながらその刃を公園の海の中で静かに閉じた。
和ばさみの閉じたところから、ぴしっと水中にまっすぐな切れ目が走った。
違う、水が――海が割れた。モーセの奇蹟、みたいなことが起きた。
公園を沈めていた大量の水が真っ二つに割れて、その割れ目が左右に広がっていく――!
見えない壁でせき止められた水の層の谷間から、昼間の空が見えて小さな虹がかかっていた。丁度砂場の上のほうに浮かんでいた怪物が、べしゃっと叩きつけられた。アタシのいるせんすいかんも水の中から出て、「窓」が泡が弾けるみたいに消えた。
奇蹟を起こした白水着の天使が、自分で切り開いた谷間の底にスタっと着地した。
強制的に水揚げされたタコ野郎――顔面が完全にタコになってしまったから生首とは言えない――は自分の頭の重さでのろのろずるずると体をくねらせている。
右手に巨大なハサミ、左手に小さな和ばさみを構えた冬壁がタコ野郎に向かう。アタシは怯えたように体を引きつらせる怪物に、もう怖いとは思わなかった。
やっちゃえ冬壁、と声を掛けようとして、アタシは気づいた。止まっていたゴリラロボのカメラアイがギラっと光るのを。
「冬壁、後ろ!」
叫んだ直後、ロボットの腕の刃を、冬壁は右手のハサミで受け止めた。振り向きながら、しかも片手だったせいか危うく手から落としかける。
『なんとしてでもここで、君を潰さなくては……!』
ロボットが、ドローンから聞こえていた声でしゃべる。両手でハサミの左右のハンドルを握り直した冬壁が顔をしかめる。
「デカブツのほうに繋ぎ直してリベンジってわけね、しつこいのよまったく」
『君の発言は許可していない!!』
カマキリじみた刃の生えた腕を一度大きく振りかぶる。冬壁はハサミを開いてその腕を待ち構えた。よし、挟んで切っちゃえ!!
『今度は君が引っ掛かったな!』
ロボのもう一方の腕が大砲に変形していた。ゼロ距離で撃たれる。
バキッとイヤな音がした。エックス字形に広げていたハサミのネジとその周りが砕けて、分かれ分かれになった片っぽの刃が曲がって折れる。それを捨て、無事な方の刃で、落ちてくる刃と切り結んだ。
『これで
叫びながら両腕で切りかかってくるゴリラロボ。冬壁はハサミの片割れを両手で握って防いでいなすけど、何度も切っ先が肩や膝を掠める。明らかにヤバい。
しかもアタシは気づいてしまった。戦いの様子を見て勢いづいたらしいタコ野郎がじりじりとタコ足の忍び足で這いよっていた。冬壁の背後を取る。持ち上げたタコ頭がぐっと膨らむ。スミを吐く気だ。
危ない、ともう一度呼びかけようとしたとき、冬壁は一瞬後ろを確認して、切り結んだ刃を力いっぱい押し込みながら地面に沈み込んだ。バク転の要領で彼女が離れると、直前に発射されたタコ墨がロボの頭にぶちまけられ、空振りした刃が怪物のタコ口を切り裂く。痛みで動転したのか、タコ足が無茶苦茶にロボの腕に絡みついた。同士討ちのかっこうになる。
『馬鹿な、役立たずめ、ドローンさえ無事なら自在に操れたものを――』
罵る声を無視して、冬壁は黒い刀を振り回した。アイツが言ったようにハサミだったときのようには切れないらしく、切り裂くんじゃなくて叩きつけるようにしてロボットのブレードをへし折る。それから、タコ足をぐるっと裏返して頭を守る怪物に鋭く振り下ろした。衝撃がよっぽどすさまじかったのか、タコ足から力が抜けてぐったりする。気絶させたんだ。
『おのれ!』
ドロイドが、壊れた腕をそれでも大砲に変形させた。バチバチと火花が散って、いかにもヤバそう。発射された弾丸を防いだ黒い刃が、勢いで冬壁の手から飛んでいった。
無防備になった彼女に、ドロイドのカメラアイが笑うようにチカチカする。
居ても立っても居られなくて一歩踏み出したアタシの足が何かを踏んだ。ローファーの底が、ハサミを踏んでいた。冬壁が囮に使ったハサミが元の姿に戻って流されてきた、なんてことはそのとき気が付かなったけど、とにかくアタシはそれを拾いあげた。
「冬壁!!」
後先考えず、アタシはハサミをぶん投げた。
アタシを見た冬壁は目を見開いて驚いていたけど、まっすぐ伸ばした右手、指先が器用にハサミのハンドルの輪っかに収まった。ナイスキャッチ! 同時に敵が撃った。
キャッチの勢いのまま、指先でハサミを一回転させる――たちまち黒く染められた刃が大きく伸び、そのまま弾を弾いた。
次の発射なんか許さず、瞬く間に両刃がゴリラロボの太い胴体を挟み、一息に両断した。
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