起きろ、ジョージ

坂崎かおる

起きろ、ジョージ

 卒業試験の課題は「トコロ・ジョージを作る」ことであると教官から発表されると、さっそく教室の中にnoiseが走った。教官の話は続いているが、みな電子網に一斉にこの耳慣れない単語を調べ始めたからだろう。

「グレゴリオ暦の20世紀後半から21世紀の間に活躍したニッパンのtalentという職業従事者らしい」

 マグパイがさっそく僕に情報を寄越した。ニッポンね、と旧太平洋史の単位をとっていた僕は穏やかに修正した。

「talentってことは、何か特殊な才能があった人物っていうことだろうか」そうマグパイは言ったが、僕はかぶりを振った。

「どうかな。言語学的には輸入された単語は原語通りに使われないことがあるから」

「ティット、この情報を見ると、どうやら歌手だったようだ」

 マグパイが示した先には、「1977年(*1979年説あり)に歌手としてデビュー」と記載がある。詩も曲もどちらも作っていたようだ。音源がArchivesに残っていたので聞いてみる。

「slangが多くてよくわからないな」

 賭博に関する歌であることはわかるが、それと「Nánjīng」に何の関係があるのかがよくわからない。これは思ったより難しそうな課題だと考えたころで、「そう、複雑で、難しいのです」と、教官の言葉が割り込んできた。

「ぜひ皆さんには、なぜこの課題が出されたのかということをよく考えて、『トコロ・ジョージ製作』に取り組んでいただきたい」

 教官の言った通り、検索をかけてみると、単純な歌手ではないことがすぐにわかった。本を50冊以上書き、TVにも数多く出演し、自身の名前のついたshowも多数(しかも長期にわたって)運営していた。古物にも造詣が深かったらしく、収集品を展示できるような広い住居があったようだ。

「多くの才能があった超人的な人物、みたいな感じでやればいいんじゃねえの」

 知能側を担当する僕らのbuddyと組むのは、ルースターとヘナだ。このbuddyのつくる筐体はとても丁寧な出来なので、僕はちょっぴり安心していた。

「いや、そうとも限らない」

 慎重にマグパイはルースターの言葉を訂正した。「彼の作成した歌の売り上げ統計を見ているのだけれど、あまり芳しくはない。早期に廃盤になる場合も多かったようだ。音楽界に名を残したとは言えないな」

「本についても同様みたいです」ヘナが小さく付け足した。彼女はいつも虫の様な声でしゃべる。「いわゆる随筆や人生訓のようなものが多いのですが、売り上げとしてはささやかなものです」

「古物商のセンはどうなんだ」

「どうも商売として取り組んでいたようではないんだ」僕はArchivesの動画をみなに見せた。そこには、若い男性2人組に、自身のcollectionを金銭取引なしで渡す様子が映されている。「いわゆる、趣味というやつだよ」

「しかもこの趣味にかなり金をかけている。そしてそのために困窮していたという情報もない」

 マグパイはかなり考え込んでいるようだった。卒業試験の教官は大のニッポンびいきであることは知っていたので、課題はニッポン関連だろうと僕は勝手に考えていたのだが、この選択は予想外だった。ジェネラル・ノブナガなどの旧時代制作か、イチロやユヅチといった、能力特化型制作と踏んでいたのだけれど。

「まあ、知能製作の方はお任せするよ」

 ルースターは笑うように言った。彼はヘナとは違って声が大きい、というより騒がしい。「筐体は完璧にしあげるよ。見た目はcomedian風ってところだろ、楽勝だよ」

 とりあえず僕とマグパイは、Archivesの音声と動画を全て取り込むところから始めた。しかし、この時代は散逸が激しく、細かな調整はこちらで行うしかない。それでも、初日にArchivesの取り込みまで終わったので、いったん<くっきぃ缶>に放り込むことにした。

「まずは1977年から始めよう」

 速度をあげて僕らは「ジョージver1.0」の人生を見守ったが、結果は惨憺たるものだった。結局ジョージは歌手として大成してしまい、歌謡界の大御所として君臨し続けるという幕切れになってしまった。

「歌唱能力の調整がおかしいんだろう」

 僕はマグパイと二人でnoise検証を行った。結果、別人の「道」に関する長大な歌がジョージ制作と誤認されており、大幅なズレの主原因はこれであろうと結論付けた。

 それに加えて歌唱能力その他のperformance再調整を行い、もう一度<くっきぃ缶>に「ジョージver1.1」を放り込んだ。

 2回目は途中まではうまくいったが、1980年代後半で、完全に生活が成り立たなくなってしまった。資金調達がどうしてもできなくなったのだ。

「どの能力も中途半端な調整にならざるをえないんだから、当然だ」

 そうマグパイは慰めてはくれたけれど、僕としては少なからず衝撃だった。これでも知能調整には自信があったし、今まで認められてきたからだ。この能力値でどうして息長く、そして成功を重ねながら続けていくことができたのか、僕には皆目見当がつかなかった。

 その後も何日か知能調整を続けたが、結果は芳しくなかった。

 ルースター達との筐体適合もうまくいっていなかった。彼らはさすがに丁寧にジョージの外見を模して筐体を作成したけれど、適合結果はマイナスを更新し続けた。特に感情と表情筋の適合が大きく足を引っ張っていた。

「お前らの調整が悪いんじゃねえの」

 珍しくルースターが憎まれ口を叩いた。人の能力を無根拠に否定する言い方で、さすがにマグパイも言い返した。

「君らの眼球運動だってちょっとお粗末じゃないか。古物について語るときは伏し目がちになるのに、君たちの筐体だと凝視しかできないんだよ。ジョージは何かをまっすぐ見つめるということはしないんだ。これじゃあジョージの複雑な感情は表せない」

 ジョージの調整は、Archivesの再取り込みも何回か行ったので、既にver7.9まで繰り返されていた。僕らは残りの日数も考え、仕方なく教官に助言を乞いに行った。減点対象になるが、完成しないよりかはましだ。

「ニッポンには『葉を見て木を見ず』という古い言葉があります。それを思い出しなさい」

 さすがに漠とした物言いだったので、ヘナが続きを促すと、教官はやれやれというように継ぎ足した。

「あなたたちは電子網しか見ていないのでしょう? Dead Mediaも覗いてごらんなさい」

 Dead Mediaを電子化する第二次グーテンベルク計画は、「過去の情報の変更が容易である」という理由からずいぶん昔に凍結されていた。そのため検索の手間がかかるが、この際贅沢は言ってられない。

 検索は日単位の作業になった。「紙を捲る」という肉体的動作は予想以上に負荷がかかったが、ジョージの本の多くは電子化されておらず、情報量は格段に増えた。

「基本的にジョージは怠け者で遊び人だという姿勢なんだろう。だから知能の値が見かけ上どれも中途半端になってしまうんだ」

 最後の日にマグパイはそう結論付けた。僕も同意見だった。例えば『毎日、言い訳』というMediaには「怠ける」ことに関する言説が出てくる。ジョージは仕事をしなければならないのに趣味に時間をかけてしまう自分を前書きで嘆き、忙しい朝の時間にする水浴びがin luxuryだと詩によんでいる(P6-7)。

「だけど、これは姿勢に過ぎない」

 僕が頷くと、マグパイは続けた。「ジョージは求められてこういう姿勢を続けていたんだ。このテリーという同業者は『retired life study(適訳なし)』というMediaの中でジョージのplayfulな態度を天性のものだと称賛している。「理想の父親」というcontestにも常連だ。彼の価値は彼自身が決めていたんじゃない。社会が決めていたんだ」

 そこまで結論が出れば、あとは簡単だった。僕らはジョージではなく、<くっきぃ缶>の方に調整をかけた。<くっきぃ缶>は教官が用意したものだ。答えは目の前にあった。

 試験最終日に、ぎりぎりで僕らはジョージを提出した。教官は満足そうに頷き、締めくくりの講義が始まった。

「ティットとルースターたちのbuddyの製作が一番この課題を理解しているものでした」

 拍手が教室に響きわたる。衣擦れのような柔らかい音だ。「マグパイ、あなたはこの課題の真の意味はなんだと思いましたか」

「ジョージの生きた時代は、過大な社会性を求められる時代だったということです」マグパイは堂々と頭を上げて発表した。「ジョージ自身がどの程度自覚的だったかはわかりませんが、彼のtalentは社会が求めるものと見事に適合しました。それは異常値ともとれる適合なので、正直に言えば我々の価値観からすると理解はしがたいです。しかし、その齟齬を考えることがこの課題の意図だと考えました」

「その通り。木を見つけましたね」

 教官は続けた。

「超個人主義時代の我々からすれば、社会の適合という価値観は無意味に思えます。そのため、つい筐体や知能値の方ばかりに気をとられます。しかし、歴史を学んでいく上で、<くっきぃ缶>の値自体を自明と受け取ってはなりません。それすら研究対象にしなければ、彼らが滅んだ理由など導き出すことはできないのです」

 最後にこんな言葉を紹介しましょう、と教官は話し始めた。

「この時代のニッポンには“空気を読む”という表現がありました。これは、社会の情勢を見て、自らの値を変えていくということです」

「天気を読むことと似ていますね。表現も意味も」

 ヘナが呟くと、教官はその声を聞き逃さずにっこり微笑む真似をした。

「そうですね。雨の日に帽子をかぶるように、社会の天気を読み、自分の値を変えることが求められたのです。<くっきぃ缶>の値が毎日変わるなど我々には想像もできないですが、なかなか素敵な言葉です。この先、我々にも必要になってくるのかもしれません」

 それから、僕らのつくったジョージがUnder Groundに放たれる日が来た。

「起きろ、ジョージ」

 マグパイがそう言うと、ゆっくりジョージは目を覚ました。しばらく僕らの顔を伏し目がちに見ていたが、やがてUnder Groundに消えていった。Under Groundには、ジョージと同じように、作られた人間たちが暮らしている。きっとジョージも、そこで幸せな人生を送ることだろう。


〈了〉

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