序 一歩戻る(後)

 高校の正門前に立ち、私はクラスメイトの行動を予想してみる。

 私のスマホに例のアプリを入れてみた。ダウンロードしたばかりなので、投稿の際に使える加工編集のアイテムは初期セットのみ。ユーザー名は適当に『乙女座の女』にする。深い意味はない。

 アプリが使えればいいのだ。アプリ内の検索であの投稿を見つけ出す。


 だが、あの投稿が見つからない。

 今度はクラスメイトのユーザー名で検索をかける。何のひねりもなく、本名でヒットしたぞ。やはり相当バカだな。

 たしかあいつはあの投稿にチェックを入れて公開設定にしていたはずだ。 

 あの投稿は見つけられなかったが、投稿主にもチェックを入れていたらしく、なんとか見つかり助かった。


 『私を見つけて』? 妙な名前だな?

 プロフィールには何も書いてなく、投稿主への評価も最低ランクとかなり酷い。


 小学生レベルの問題しか書けないのかとか、品性を疑うレベルの気持ち悪い投稿をあげるな、とか評価コメントは辛辣を通り越してかなり酷い。単純に言えば、荒れてると言える。

 まぁ、あの問題を考えて投稿する時点でこの評価は仕方ないとは思うのだが。


『さて、何か手かがりはあるかな?』


 どうやら正解した投稿問題は非公開にしているらしく、私が見ることができる問題はまだ解答者がいないものだけだ。

 投稿時間が古い物から順番に見ていくが、大抵は路地裏の片隅を撮影し、小学生レベルのくだらない暗号文をくっくけただけのもので、しかも撮影場所はかなり遠いようだ。


 三十分も経てば確認作業が苦痛になってきた。正門前でスマホを触り続けるのにも疲れてきた。

 残りは家に帰ってからにしようと決め、スマホを通学鞄に入れる。そしてクラスメイトが向かったと思われる撮影場所に向かうことにした。


☆ ★ ☆


 私があの時予想した撮影場所は学校の最寄り駅付近の雑居ビルが立ち並ぶ一角にある。ビルとビルの隙間を縫うように存在する細い道を抜けた先のぽっかりと空いた空間。そこには大正か昭和の時代に作られた茶色く錆びた変なポスターがビルの壁に飾られており、薄暗く不気味な雰囲気がある。

 あの個性的なポスターはあの道に入らなくても見える位置にあるため、この辺で生活する人は大抵は知っている。


 その不気味な場所に着いた。学校の最寄り駅付近だし、そんなに時間が掛からないのはいいことだ。

 早速記憶を頼りに撮影された細かい位置を推測してみる。ただ、太陽の光が少ないせいか、少し視界が悪い。

 あのポスターが画像の左側の端に、しかも半分見切れていたから…。

 ポスターを目印にスマホを構えてみる。

 

『んー? 別になんともないな』


 名探偵のように何か閃いたり、手かがりを得た感覚がない。

 そのはずなのだが。


 一歩戻る


 あの暗号文に添えられていたヒント。それをなぜか思い出した。

 そして思い出すクラスメイトのバカな行動。

 ぐるぐると頭の中を駆け巡り、私の体を突き動かした。


 後ろに一歩、足を下げてみる。

 踏んだ土が柔らかく、踏んだ感覚がふにゃっとしていた。明らかに他とは違う!

 私は足元を見た。そこだけどうも土の色が違うような気がする…。

 頭の中に浮かんだ予想に吐き気がしてきた。

 私はその土を掘り返すことはせず、駅前の交番に駆け込む。交番にいた人は最初はまったく話を聞いてくれなかったが、アプリを見せ、先日のクラスメイトとの会話を説明し、なんとか説得に成功する。

 警察署から何人かの警察官がやって来て、私の案内であの不審な場所に連れていく。どうやら警察はクラスメイトがどこに行ったのか、具体的にはわかっておらず捜査が行き詰まっていたらしい。あの投稿、消されていたから調べようがなかったと……。今はアプリの開発元に問い合わせ、投稿主の情報の提供を頼んでいる最中なのだとか。

 私の案内した先に他の手かがりがあると思ってくれたらしい。


 私は何があるのか分からないからと言われ、あの場所から少し離れた、ビルとビルの間の細い道に入る一歩手前で待機している。

 警察官たちが険しい顔であの場所を取り囲む。一人がシャベルでその場所を掘り返し始める。


 十数分後、警察官たちが騒ぎ始めた。

 怒号、指示出し、一人が交番に戻っていく。あ、無線で応援を呼び始めた。


 ああ、あのクラスメイトは死んでいたのか。

 少しだけ生きているかもと期待したけれど。


 私のスマホに通知が来る。


『なんだよ……これ……』


 私の呟きにそばにいた警察官が眉をひそめる。


 通知はあのアプリからだった。どうやらあの投稿主から個人メッセージが私宛に届いたらしい。

 メッセージの内容は実にシンプルだった。


『あいつはすぐに負けたけど、君は大丈夫だよね? じゃあ、次の問題を出すよ!』


 人一人を殺した疑いがある人間とは思えない明るい文章に怒りを覚える。


 あのクラスメイトと特別仲がよかったんけではない。そいつの名前だって今日、やっと意識したレベルだ。

 こんな見え見えの怪しい罠に引っ掛かるぐらいバカだが、こんな風に死んでいい人間じゃないぐらいは分かる。


 自然と歯がガチガチと鳴る。スマホを握る手にも力が入る。

 姿の見えない犯罪者に怯えるのは私の性分じゃない。


 叫ぶ。外聞とかそんなのどうでもいい!!


 野生の怒り狂った獣のように吠える。叫ぶ。


 言葉にならない怒りを叫びだした私に警察官が本気で引いているのがわかる。突然の異常事態と私の奇行に少しずつ集まっていた野次馬たちも引いている。


 そりゃ、そうだろう。見た目、黒髪ロングの清楚系女子高生が怒りの雄叫びをあげるのだから。そしてスマホを鞄に入れてから強く右手を握りこぶし、自分の顔を殴る。



『ぜってぇ、ぶん殴る!!』


 私は犯人を許さない。

 自分自身、月島礼も許せない。

 だから自分を殴った。そうしないと怒りは大きくなる一方で落ち着けないから。下手をすればこの怒りが悲しみに変わって、それに突き動かされて自殺してしまいそうだから。親を悲しませる行動を許さないために。

 そして私は責任を持って犯人を見つけ出して、一発殴らないといけない。

 クラスメイト、間宮太陽くんの仇を取るために。


 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。まずは警察に身柄を拘束されるんだろうか。でも、それ仕方ないか。



 これは高校生探偵の物語ではない。ただただ、犯人への怒りに突き動かされた人間の物語である。


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私、月島礼が君を見つけると断言しよう 聖堂天音 @Amane-Seidou

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