第23話 問いつめられる桜子


 若宮麻里は教師・松井に呼び出しを受けた。

 要件は分からない。特に問題があった記憶はないが、なにか怒られるのだろうか。

 松井は学年主任だ。高校2年のクラスを受け持つ麻里たちのまとめ役である。

 彼にわざわざ呼び出されたのだ。生徒が何かやらかしてしまった可能性が高い。

 万引きだろうか。暴力事件だろうか。いじめだろうか。様々なことが考えられる。

 麻里の耳にはそういった話は入ってきていないので、何があったのかは想像がつかない。

 怒られる前から、あれこれ想像しても仕方ない。麻里は覚悟を決めて、松井の元に訪れた。


「これを見てくれ」

「写真ですか――あっ」


 映っていたのは、彼女の生徒である笹内はじめと、親友である神宮寺桜子の二人だ。

 駅前のカフェであ~んをしている。

 しかも、彼らが頼んでいるのはカップル限定のパフェだ。

 甘いものが好きな麻里もこのカフェに先日行ったが、その際にはこのパフェに非常に惹かれたものだ。独り身である己をどれほど恨めしく思ったことか。


「思春期の男子だ。年上の綺麗なお姉さんにあこがれる気持ちは分かる」


 松井が腕を組み、何やら頷いている。


「それにしても美人だ。俺がむしろ紹介してもらいたいぐらいだ」

「松井さん」

「あぁ、脱線したな。すまんすまん」


 相変わらず桜子は男の目を奪うらしい。

 かつては男に人気な彼女のことを羨ましく思ったこともあったが、彼女なりの苦労があることも知っている。

 あまりにしつこく言い寄られた結果、少し男性不信にもなっていたはずだ。

 にもかかわらず、この写真は一体どういうことなのだろうか。

 今すぐ問いただしたいところだが、グッとこらえる。


「俺は別に笹内が誰かと交際することは構わないと思っている。年上の女性が笹内には合っているのかもしれないし。ただ……笹内の家庭事情は複雑だ。彼らの交際で悪影響がでないか、見守ってあげてほしい」

「分かりました」


 松井の頼みに頷いた。

 それはそれとして、麻里は誓う。

 ――桜子をとっちめてやる!




    ◆




 その日の夜、さっそく麻里は桜子の家を訪問することにした。


「仕事は大丈夫だった?」

「うん、今日はあんまり仕事残ってなかったから」


 いきなりLINEで家に行くと送った。迷惑だろうとは思ったが、早急に確認しなければならないことがあったから仕方がない。


「お邪魔します……あれ?」


 麻里は自分の目を疑った。

 部屋が綺麗だ。床にはゴミや衣服が一つも落ちていない。

 事前にLINEで連絡したとはいえ、当日の連絡だ。しかも仕事中だったはずだ。部屋を片付ける時間はあまりとれなかっただろう。

 にもかかわらず、部屋は整理整頓されている。むしろ麻里の部屋よりも綺麗かもしれないほどだ。


「どういうこと?」

「何が?」

「なんで部屋が綺麗なんだ?」

「なんでって……掃除したから?」

「あり得ない。あの桜子が部屋を片付けるだなんて」


 はじめとの交際が桜子に良い変化を与えたのだろう。

 親友の致命的な欠点が改善されたことを嬉しく思った。


「ま、まぁ良いじゃない。それより、今日は突然どうしたの?」


 ソファに座り、本題へと移る。

 はじめと桜子の写真を彼女に手渡す。

 何気なしに受け取って写真を見て――石みたいに固まった。


「ご、ごめんなさい!」


 我に返った彼女は、すぐさま床に土下座した。




    ◆




 酔っぱらった桜子を、隣に住むはじめが介抱したのが始まりで、あまりの部屋の汚さに見かねた彼が、定期的に部屋を掃除してくれるようになったらしい。

 麻里はようやく部屋が綺麗になっていることに納得がいく。


「本当に、掃除だけだよな?」

「え、えーっと……」

「全部吐け」

「は、はいぃ!」


(……まじかぁ)


 全部話すように迫ると、彼女は諦めたのか白状した。

 案の定、部屋の掃除だけじゃなかった。

 家事のほとんどをはじめがやってくれているらしい。かなりの高水準で。


「2人は付き合っているんじゃないのか?」

「えっ!? 違うよ!」


 嘘をついている様子はない。

 肉体関係もないらしい。


(あり得ない)

 

 むしろ2人に肉体関係がある方が理解できる。

 思春期の男子と、暴力的な色気の持ち主の女だ。

 なし崩しで肉体関係になって、その代わりにはじめが家事をこなす。

 褒められたものではないけど、それならば理解できる。

 だが、2人は付き合ってすらいないのだ。

 とても歪んでいる関係に思えた。


「桜子、お前は最低だ」

「ぐっ……」

「お前は笹内に何を与えた。せめて対価として、その身体を使ってあげたらどうだ」

「な!? 教師が何言ってるのよ。このハレンチ教師!」


 純情な反応だ。男からモテる癖に、相変わらずそういったことには疎い。


「私は、お前ら2人が真剣に交際していると言うのなら口出しする気はなかった。でも、さすがに見過ごせない」

「私だって、このままじゃ良くないって分かってるよ」

「いいや、お前は分かっていない。もっと笹内のことを考えろ」

「でも、はじめくんは楽しいって言ってくれてるし……」

「それが本当だと言えるのか?」

「えっ?」

「笹内は一人で生きている。だから、誰かと繋がりが欲しくなった。そこをお前がつけこんだんじゃないか?」

「そんなこと……」


 何も言い返せないのか、桜子は黙り込んだ。

 親友を傷つけることに心が痛んだが、はじめの担任として、そして桜子の親友として、言うべきことは言わなければならない。


「お前は笹内にとって悪影響だ」

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