第21話 流行りのカフェ

 はじめくんにはいつも世話になっている。世話になりっぱなしだからお返しをしたい。

 そう思ったときに、取れる手段はあまり多くなかった。

 モノをプレゼントしようにも、中々受け取ってくれない。本人に聞いても、私のために家事をするのが一番楽しいと言われてしまう。

 何かできることはないかと考えていたところ、名案が思い浮かんだので実行に移す。

 駅前にある、スイーツが売りの若い女性に人気なカフェに2人で行った。

 

「連れてきてくれてありがとうございます」

「いつもお世話になってるから」

「ここ、前から来てみたかったんですけど、一人じゃ入る勇気がなくて」

「男一人じゃ難しいよね。私一人でも入りづらいし」


 辺りを見渡す。開店とほぼ同時に来たけれど、既に店内はほぼ満席状態だ。

 客層は大学生ぐらいの女性が多い。

 彼女たちを見て、眩しいなと感じてしまうようになったのは、私が既におばさんになりかけている証だろうか。


「ここに来ることができて嬉しいです」


 この前一緒に出掛けたとき、お店の前を通ったけれど、少し気にしている様子だった。

 はじめくんが甘いことを好きだと知っていたから提案してみれば、ドンピシャだったらしい。

 よくやった私。

 はじめくんはどうやら、何かモノを渡すよりも、一人で行きづらい場所に連れていくことが効果的なようだ。


「どれも美味しそうですね」


 パフェやパンケーキなどの写真がメニューに載っている。

 甘いものはそこまで得意じゃない私にとっては何も感じないメニューだけど、はじめくんにとっては違うのだろう。目を輝かせてメニューをめくっている。


「こっちもあるよ」


 通常のメニュー表とは別に、期間限定のメニューが3枚置いてあった。


「こ、これは……!」


 はじめくんがその内の1枚を見て目を奪われている。

 そこに書いてあったのは、『カップル限定ジャンボパフェ』の文字。

 写真だからはっきりとは分からないけれど、とんでもないサイズのパフェだ。

 値段も3000円だし、相当大きいだろう。


「頼んじゃえば?」

「いいんですか!?」

「いいよ。でも私、甘いものはそこまで食べられないから、ほとんどはじめくんに食べてもらうことになるけど、食べきれる?」

「もちろんです!」


 ジャンボパフェとコーヒーを頼んだ。

 私とはじめくんがカップルとして見てもらえるのかどうか疑問だったけど、店員はオッケーしてくれて安心する。


「一応、私たちのこと、カップルに見えたのかな」

「そうだと嬉しいです」

「そういえば、はじめくんは誰かお付き合いしている子はいるの?」

「いないですよ。いてたら、こんなことしてませんよ」

「そりゃそうか」


 ごもっともである。

 恋人がいるのに、違う異性の部屋で家事してます、なんてバレたら即破局だろう。


「はじめくんはどういう子がタイプなの?」

「よく分からないですね。ただ……僕を必要としてくれる人がいいです」

「じゃぁ私は合格だね」

「はい、満点ですよ」


 満点というのは、それだけ私の私生活がだらしないということだ。素直に喜べるものじゃないのが悲しい。

 はじめくんを必要としている選手権があれば、誰にも負けない自信がある。

 私はもうはじめくん無しでは生きていける気がしない。


「桜子さんのタイプはどんな人なんですか?」

「可愛くて優しくて、でも時々強引で……そんな人がいいかな」

「結構難しそうですね」

「あ! あとは私をイヤらしい目で見ない人がいい」


 私はガツガツした男が嫌いだ。

 自分のことを客観的に見ると、私は良い見た目をしている……と思う。顔も整っているし、体型も良い部類だろう。胸も大きい。

 だから積極的な男性たちがよく近寄ってくる。

 彼らも悪い人間ではないのだろうし、むしろ自分に自信のある魅力的な人物なのだろうけど、私は苦手だった。


「じゃぁ僕は無理ですね」

「へ?」

「僕も年ごろですから、時々桜子さんをそういう目で見てしまいます」

「うぇっ!?」


 焦って変な声がでた。

 はじめくんはたまに爆弾発言を平気でぶち込んでくる。


「そうなの?」

「……はい」


 顔を赤くして頷いている。

 可愛い。

 私は悪戯したくなり、シャツの第2ボタンを外して、胸元を強調してみた。


「わわっ、何してるんですか!?」


 しばらく私の胸に目を奪われていたけれど、我に返って顔をそらしている。

 肩も凝るし、男たちからいやらしい目線を向けられて鬱陶しいけれど、同時に自分の胸に自信があるのも確かだ。

 動揺しているはじめくんを挑発する。


「そういう目で見てもいいよ?」

「や、止めてください。セクハラですよ!?」

「――ッ!」


 グサッ。

 その発言は、心に突き刺さる。

 心に大きなダメージを負い、机に突っ伏して額をうちつけた。


「さ、桜子さん!?」


 上司のセクハラ発言を嫌っているのにもかかわらず、またはじめくんにセクハラしてしまった。

 私は最低だ。

 でも、はじめくんが可愛すぎたのが悪いと思う。

 私は悪くない!


「ごめんね。私が言いたかったのは、はじめくんは誠実だし信頼してるから、そういう目で見られても嫌じゃないよってこと」


 セクハラを誤魔化してうやむやにしたころ、ジャンボパフェとコーヒーが届く。

 でかい。でかすぎる。

 カップル限定と銘打たれているけど、2人分には到底見えないサイズだ。

 4人がかりで食べてなんとか食べきれるぐらいだろう。


「それ……食べきれるの?」

「当たり前じゃないですか」


 何を当然のことをと言わんばかりに首をかしげている。

 小さい身体に入りきるとは思えないけど、彼が自分の胃袋を見誤るとも思えない。

 本当に食べきれる自信があるのだろう。


「カップル限定のパフェなので、良かったら桜子さんも食べてくださいね」


 スプーンはパフェに2つ刺さっている。

 カップル限定のパフェを一人で食べるのもおかしい気がしたから、私もちょっとずつ食べた。


「はい、あ~ん」

「へ?」

「カップル限定なんだから、これくらいしとかないと変な目で見られるでしょ」

「確かに、そうですね」


 はじめくんは恥ずかしそうにしながらも、私の差し出したスプーンを口にした。

 小さくてかわいくて、まるでリスみたいだ。

 私は昔、リスを飼いたかったのだ。


「あ~ん」


 追加であげれば、また口にしてくれる。

 餌付けしているようだ。まぁ実際には私が餌付けされているのだけど。

 そして、はじめくんは結局ほとんど一人でジャンボパフェを完食した。

 

「たくさん食べてたけど、本当にお腹大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。甘いものは別腹なんです」


 別腹という量ではなかったように思う。

 それでも、胸やけしている様子もないので嘘ではないのだろう。驚きである。

 少し休憩して、カフェから出ようとする。


「えっ?」


 ――麻里!?

 見知った顔を発見してしまった。

 麻里が一人で来ている。そういえば、大の甘党だったなぁ……。

 こんな場面を見つかってはいけない。


「どうしたんですか?」

「いつも飲みに行ってる友だちがいたから、見つからないようにしようと思って」

「もしかして若宮先生のことですか?」

「……えっ?」

「あそこに座ってる若宮麻里って、はじめくんの高校の先生なの?」

「はい。僕のクラスの担任です」

「……うわぁ」


 まじかー。

 顔から血の気がひいていく。

 彼女は仕事熱心な人間だ。教え子のことを大事にしている。

 私はそんな麻里の教え子をたぶらかしている存在なのだ。

 これは非常にまずい事態だ。

 私たちは、麻里に見つからないように隠れてカフェを後にしたのであった。

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