第17話 LINE交換しよう


 圭吾くんたちの試合を見た後、家に戻った。

 僕の部屋に荷物を置いて、桜子さんに貰った合い鍵を使って部屋に入る。


「戻りました」


 玄関で帰ったと伝えるも返事はない。

 どこかにでかけたのだろうか。

 でも部屋のあかりはついているし、テレビの音も聞こえてくる。

 廊下をすすんでリビング扉を開けると、桜子さんがソファーで横になって寝ていた。

 テーブルの上には僕が用意した昼食の皿が置いたままだし、ビールの空き缶が3本置いてある。

 うーん。

 ご飯を食べながらお酒を飲んでいたら眠たくなって少し横になったら、そのまま寝て今にいたったパターンだろう。

 出かける前に、25歳だからそれくらいできると言っていたことも守れていないようだ。


「仕方なのない人だなぁ」


 幸せそうに眠りながら、お腹をぽりぽりと掻いている。

 まるで休日のおっさんのようだ。


「風邪ひきますよ」


 声をかけても帰ってくるのは「ママぁ」という寝言のみ。もう少し寝かしてもいいだろう。

 僕は桜子さんのめくれあがった服をもとに戻し、上にブランケットをかける。

 起こさないように静かに、机の上に置いてあったお皿や空き缶を回収し、食器を洗った。


「おはよー」

「おはようございます」


 食器を洗っていたところ、桜子さんが目を覚ました。まだ寝ぼけているのか、眠たそうに目をこすっている。

 僕は食器を流しに置いて、蛇口の水を止め、台所の下部棚の扉にかけてあったタオルを使って手をふいた。


「ママ!」

「えっ?」


 桜子さんが僕を、いや、僕の手のあたりを指さした。


「なんでしょう?」

「あっ、いや、台所のタオルで手を拭いてる姿がすごいママっぽかったから」


 えへへと照れている。

 僕には彼女の言っていることが理解できなかった。

 タオルで手を拭くことのどこがママっぽいのだろうか。




    ◆




 今日の晩ごはんはオムライスだ。

 桜子さんはご機嫌にケチャップでハートを描いている。


「やっぱりオムライスはハートでしょ」


 ソファーに並んで座る彼女は満足気な表情を浮かべている。

 桜子さんは僕の方に身体を寄せた。


「描いてあげる!」


 僕の分のオムライスにもハートを描きはじめた。

 桜子さんの肩が僕の肩に触れる。

 きっと桜子さんは何も意識していないだろう。

 無意識に引き起こされた突然の身体の接触に、なんだかドキドキしてしまう。

 桜子さんに抱きしめられたときよりもドキドキ感は強かった。


「できた!」


 僕たちはハートの描かれたオムライスを食べ始めた。

 晩ごはんのオムライスを食べながら、今日の出来事を話す。

 そして話題はスマホのことになった。桜子さんから見ても、今の時代にプライベートでガラケーを使っていることは珍しいらしい。


「私が買うよ!」


 スマホはあった方がいいというで、桜子さんが買ってくれるという。

 自分でお金を出すと反対したけれど、今回は彼女に押し切られてしまう。

 スマホがあった方が連絡がとりやすいから、ママになってもらうにあたって必要経費だという主張を覆せなかった。


「善は急げだね! 今日……は昼にアルコールを飲んじゃったから無理か。明日、買いに行こう!」


 燃えてきた、と言いながらオムライスをかきこんでいる。

 人のスマホを買うだけなのにどうしてそこまでテンションが上がっているのだろうか。

 

「ごふっ」


 一気にオムライスを口にしたせいでむせてしまったようだ。

 水の入ったコップを渡し、背中をさする。

 そんなこんなで、明日スマホを買いにいくことになった。




    ◆




 やはり、まずは実物を見るべきだということになり、家電量販店に車で行くことになった。いくつかのメーカーのものを触ってみたけれど、今までスマホを使ったことがない僕からすれば良く分からなかった。


「何か気になるものはある?」

「うーん……あっ、これ」


 見知った形のスマホがあった。


「それ私の使っているやつだ」

「桜子さんと同じものが良いです!」


 桜子さんが僕の頭を撫でた。

 もしかしたら小さいころにはあったのかもしれないけど、僕が覚えている限りでは頭を撫でられたのは初めての経験だ。

 不思議な、安心するけど少しむずがゆい感覚を終わらせたくなくて、しばらく桜子さんの手に身を任せていた。

 そして、さすがに黙っているのも不自然なほど時間が経った。


「なんですか?」

「い、いや、つい。なんでもない」


 なぜか動揺している桜子さんは、話題をそらすように自分のスマホを使って説明を始めた。キリっとしたスーツ姿で、商品について実演を交えながら話す姿は、まるでカリスマ販売員のようだ。

 いつの間にか周りにいた客たちも桜子さんの即席の講演を聞いている。驚くことに店員も加わっていた。良いのかそれで。

 

「ありがとうございます!」


 店員が桜子さんにお礼を述べていた。

 桜子さんが説明していた商品が大量に売れたらしい。これでノルマとおさらばだ、と感激している姿は涙を誘う。

 ちなみに僕もそのノルマに貢献した一人だ。


「はじめくん、そんなに大事そうに抱えなくても壊れないよ?」


 帰り道、スマホや契約書類の入った紙袋を胸に抱いていたところ、桜子さんに言われた。

 壊れそうだから抱えている訳じゃない。


「嬉しかったんです。だから、大事にしたくて」


 親しい人からの贈り物が、こんなに嬉しいとは思っていなかった。

 まだ使い方もよく分かっていないけど、大事にしたいと思う。

 桜子さんが使い方を教えてくれると言っているから、ありがたくその言葉に甘えるつもりだ。

 目指せスマホマスター!




    ◆




 僕はガラケーを使っていたし、パソコンも使うことができる。

 結局、スマホはその2つを合わせたようなもので、使い方の習得にはそこまで時間がかからなかった。

 引き継ぐデータもほとんどなかったので、乗り換えは比較的スムーズにいったはずだ。

 

「あ、LINEだ」


 スマホにメッセージの着信を知らせる音が鳴った。

 LINEの使い方は、良く使う機能だからということで、桜子さんが特に重点的に教えてくれた。

 今では単純なメッセージのやり取りぐらいならできるようになった。

 メッセージの送り主は見なくても分かる。桜子さんしか登録していないのだ。


『ママ、もう寝た?』

『まだ起きてますよ』

『私もまだ起きてる! おやすみ、ママ』


 桜子さんとLINEのやり取りをしているけれど、うーん……眠い。

 明日も学校があるし、朝には桜子さんの朝ごはんや弁当を作る必要がある。

 いつもならもう寝ている時間なのだけれど、今日はまだ眠れていなかった。


 何度目のやりとりだろうか。

 10分か20分おきに、もう寝た?というLINEがくるので、寝るのがしのびない。

 その後も何度かLINEをしたけれど、やがて限界が来て、僕は桜子さんに返信をしようとして意識を失った。

 人生初の既読スルーだ。


「ごめんなさい!」


 翌日の朝、僕の顔を見た桜子さんが一番に謝罪した。

 僕とLINEをできることがうれしくて、夜遅くまでLINEをしてしまったとのこと。


「嫌だったら僕も返事しませんよ。楽しかったです。でもまぁ、これからは深夜には返事しないことにしておきます」

「うん。ほんとにごめん」




    ◆




 寝不足で重たい身体に鞭打ちながら登校する。

 クラスに入り、御厨さんの元へ向かう。


「ねぇ御厨さん」

「なんだ?」


 突然話しけられたからか、御厨さんは少し驚いた様子だ。

 僕はポケットからスマホを取り出して、彼女に見せた。


「LINE交換しよう」


 昨日、彼女にLINEを交換しようと言われたけれど、僕がスマホを持っていて交換できなかった。だから、学校についたら最初にお願いすると決めていたのだ。


「えっ、笹内くんって意外と大胆!?」


 御厨さんの友人の立花さんが驚いている。

 他のクラスメイトたちもざわついていた。

 そんなに驚くことなのだろうか。


「こいつ、スマホ持ってなかったんだよ。だから買ったら教えろって話してたんだ」


 御厨さんがそういうと、みんな納得したらしい。

 ざわつきは収まったけど、かわりにみんながLINE交換しようと言って集まってくれた。

 一斉にみんなが来て、僕は混乱してしまう。見かねた圭吾くんがフォローしてくれて、圭吾くんが場を収めてくれた。


 LINE内で作っているクラス用のグループに入れてくれるらしい。

 そんなものがあったのか。

 グループに参加すると、みんなが僕を歓迎してくれる。


 僕はスマホを胸に当てて感謝した。

 なんだか、このクラスの一員になれたような気がする。

 これも全部、桜子さんとの運命の出会いのおかげだ。


「もうちょっと考えろよな、バカ」


 グループではなく、個人からメッセージが届いた。

 相手は御厨さんだ。

 考えなしに動いてしまうことが自分の欠点だと言っていた御厨さんから、もっと考えて動けと言われて、思わずクスっと笑ってしまう。

 彼女に顔を向けると、ふんと目をそらされるのであった。

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