第16話 もう一度
吹っ切れたのだろうか。
サッカーのことはレイラにはよく分からなかったが、この前の試合のときよりも山本が輝いているように見える。
一流のスポーツ選手というのは人を惹きつける存在なのだと、山本を見ていたらなんとなく分かる気がした。
「凄い、凄いね!」
「分かったから落ち着けって」
こいつはなんでこんなにはしゃいでいるんだ。レイラはため息をついた。
笹内のことは、いつもつまらなさそうにしている、投げやりに生きている人間だと思っていた。
だが実際はどうだ。ずいぶんと感情豊かじゃないか。
勝手に決めつけて嫌っていた自分がバカみたいだ。
(生意気なことには変わりないけど)
「あっ!」
レイラが笹内を見ていると、笹内が驚きの声をあげた。
彼の視線の先を見れば、ちょうど山本がディフェンスの間を抜けてシュートをしたところだった。
ボールは弧を描きながら、キーパーの手の横をすり抜け、ゴールネットに突き刺る。
「「おぉ!」」
観客たちが歓声をあげる。
隣で笹内が小さい身体で飛び跳ねて喜んでいた。
シュートを決めた山本のところに選手たちが集う。
本当の試合なら、点を入れられた側は即座に点を取り戻そうと次のプレーに向けて動くだろう。でもこれは引退試合だ。相手チームの3年生たちも、山本の元に集まっていた。
「おい山本、俺らに華を持たせろよ」
「そうだそうだー!」
3年生たちは笑いながら、山本の坊主頭を軽く叩いている。
もちろん虐めや暴力になるような強さではなく、あくまでじゃれ合いだ。
「すんません。でも俺は全力で勝ちに行きます!」
「生意気だぞ」
「泣いてわびろー」
「先輩たちが心置きなく引退できるように。全国への切符を勝ち取れることを示してみせます!」
山本の掛け声とともに、1・2年生チームの選手たちは走ってポジションへと戻った。
彼らは敵チームをしっかりと見据え、1点も与えはしないという気迫を出していた。その様子は既にただの交流のための試合ではない。公式戦にも勝るとも劣らない戦意だ。
置き去りにされた3年生たちは驚いている。
彼らにとってはインターハイも終わり、最後に楽しく後輩に後を託すための試合だったのだろう。
でも後輩の頼もしい姿を見て、彼らも気合を入れる。越えるべき高い壁として、今一度後輩たちの前に立ちはだかった。
「あいつら、泣いてるのか」
「遠くからだからはっきりとは分からないけど、多分そうかも」
「バカばっかり」
頼りになる先輩たちとのサッカーがこれで最後なことを悲しんでいるのかもしれない。3年間汗水たらして努力したことを思い出しているのかもしれない。
1・2年生チームも、3年生チームも、みんな涙を流しながら戦っていた。
攻防は一進一退。互いの意地と意地をぶつけあって、どちらも譲らない白熱した試合展開となっていた。
クラスメイトの山本がいる1・2年生チームに勝ってほしい。でも引退する3年生チームにも負けてほしくない。どちらかを選んで応援することは困難で、だからレイラはどちらも応援していた。
「あれ、御厨さん。もしかして泣いてるの?」
「うるさい。黙って試合を見てろ」
サッカーって面白いんだな、とレイラは思った。
日焼けを避けるため、屋外でのスポーツはなるべく避けていたし、今後もやりたいとは思わないけど、今度サッカーの試合がテレビで放送されてたら見てもいいかもしれない。
◆
彼らの真剣勝負は2対2の同点で時間切れとなった。
これは引退試合だ。引き分けのまま終わるという選択肢もある。
でも誰もがPKでの決着を望んだ。
2対2だ。先週の公式戦と同じ点数で、レイラですらも先週の試合のことを思い出したほどだ。彼ら選手たちにとっては、より因縁深い点数だろう。
互いに確実にPKを決めていき、次は山本の番になった。
外せば1・2年生チームの負けとなる。まさに公式戦と同じ状況だ。
もう彼の心の傷は癒えたのだろうか。明るく振舞ってはいるけれど、吹っ切れてはいないだろう。
山本がキーパーと対峙すれば、味方の1・2年生だけでなく、敵チームの3年生も声援をおくる。誰もがあの時のことを思い出し、それを山本が乗り越えることを願っていた。
きっとそれは3年のキーパーも同じ気持ちなはずだ。
でも、それでも手を抜くことは許されない。
キーパーは山本を思うからこそ、全力で止めにかかるべく、さぁ来いと雄たけびを上げた。
一方の山本は不思議なほど静かだった。
緊張しているのだろうか。彼の心の内は分からない。
山本につられるようにして、グラウンドは静寂につつまれる。
レイラの隣では、笹内が両手を胸の前で組んで必死に祈っていた。
レイラもパーカーのポケットに手を突っ込んでいるものの、心の中で山本のことを応援していた。
「ん?」
気のせいだろうか。
山本がレイラたちの方を見て、フッと笑った気がした。
それが効いたのかは分からないが、力が抜けてリラックスした様子だ。
山本は一度目をつむり、そしてボールを蹴った。
◆
引退試合が終わり、選手たちはみな集まっていた。
山本はまたみんなに頭を叩かれている。彼らも、山本も笑顔だ。
その様子を眺めながら、レイラはつぶやいた。
「あんたの言うとおりだな」
「え?」
「あいつは、山本はカッコいいよ」
「それ本人に言ってあげたら? 凄く喜ぶと思うよ」
「勘違いされたくないから嫌だ」
男子に対してカッコいいと言ってしまえば、レイラの見た目に惑わされて舞い上がって勘違いを引き起こしてしまう。それはレイラの望むところではない。
あと、単純に、本人に対して面と向かって褒めるのが恥ずかしいということもある。
「あたしは帰るわ」
「圭吾くんに挨拶していかないの?」
山本に声をかけるにしても、今はまだ仲間たちに囲まれていて無理だ。
しばらく彼を待つ必要があるだろう。
「めんどくさいから帰る」
「そっかぁ……せっかくだし一緒に行きたかったけど残念だね」
今まで知らなかったが、笹内は意外と感情豊かなようで、落胆している。
笹内のことは嫌いだった。でも、今は違う。
感情豊かで、それでいて、他の男子と違い、レイラの見た目にあまり惑わされている様子もない。
レイラとしても笹内は好感の持てる人物だった。
「なぁLINE交換しようぜ」
「えっ? あ……ごめん」
LINEの交換を断られたのは初めてだ。
レイラは内心でかなりショックを受けていた。
「僕、ガラケーしか持ってないから」
あたふたしながら、携帯電話を取り出して見せてくる。
確かにガラケーだ。彼の言葉は嘘ではないのだろう。
ただ、それはそれとして、レイラがLINEを誘ったのに断ってきたことは、非常にムカつくことなのは変わらない。
「やっぱりあたしはあんたが嫌いだ」
そう言い捨てて、レイラは帰った。
笹内に背中を見せて歩く途中、嫌いだと言ったときの笹内の姿を思い出す。
(すごく驚いてたな)
笹内の驚愕する姿を脳裏に浮かべながら、レイラの口角があがっていることに、彼女本人は気がついていなかった。
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