第15話 似たもの同士

「お酒は飲みすぎたらダメですよ。戸締りもしっかりしてくださいね。晩御飯までには帰りますから」

「分かってる」

「お昼ご飯は冷蔵庫に用意しているので、チンして食べてください。食器は僕が洗うので、水につけておいてください」

「分かってるって」

「あ、それからそれから――いたッ」


 頭に痛みが走った。

 何かが細長いものが頭にぶつかったらしい。

 どうやら桜子さんにデコピンされたようだ。


「何するんですか?」

「あのね、はじめくん」


 彼女は少し怒っている様子だ。

 はて。何かしただろうか。


「私だって、それくらい一々言われなくてもできるから」

「……ほんとですか?」

「当たり前。私、25歳だよ?」


 これでもちゃんと大人なんですからね、とふんぞり返っていた。

 大きい胸が強調されて、目のやり場に困る。


「そこまで言うなら、僕は桜子さんを信じます」

「うん。だから私のことは気にせず楽しんできて」


 桜子さんに無理やり背中を押され、僕は外出するのであった。

 うーん。すごく心配だ。


「やっぱり、帰ろうかな」


 目的地の学校へ向かう途中、僕は立ち止まった。

 桜子さんは大丈夫だろうか。

 何かあればすぐに電話するように伝えているから、きっと大丈夫なはずだ。

 携帯電話を取り出して、折りたたまれていた携帯電話を開いて画面を見る。電話は来ていないようだ。

 連絡がないのは無事の証だ。

 ここで帰ってしまえば、それはそれで桜子さんが悲しむだろう。

 彼女はとても優しい人だ。自分のために用事を諦めて帰ってきたと知れば、自分を責めてしまう。


「僕は桜子さんを信じると決めたんだ」


 携帯電話を閉じて鞄にしまった。

 後ろ髪はひかれるけど、僕は目的地に向かって再度歩き始める。




    ◆




 サッカー部3年生の引退試合が行われるらしい。3年生チームと、1・2年生混合チームで練習試合を行う。サッカー部の伝統だ。インターハイの敗退が決まった次の週末に行われることになっている。彼らの通過儀礼のようなものだろう。

 僕は圭吾くんと仲良くなったので、せっかくだから見に行くことにした。


「御厨さんも見に行くの?」

「げっ」


 グラウンドに向かう途中で御厨さんと遭遇した。

 彼女はなぜか天敵を見るかのような目で見てくる。

 僕が何かしただろうか。


「暇だからぶらぶらしてただけだから」

「じゃあ一緒に山本くんたちを見に行こうよ」

「まぁ……暇だからな」


 御厨さんはパーカーのポケットに両手をつっこんでムスッとしている。不機嫌になっている割には、グラウンドに向かう僕の少し後ろをしっかりとついてきていた。

 試しに立ち止ってみる。


「なんだよ、早く行けよ」

「ちょっとぼーっとしてた。ごめんね」


 僕が一緒に行こうと言ったことを律儀に守ってくれているのか、僕が立ち止ると御厨さんも立ち止った。

 今まで御厨さんと関わってこなかったけど、ずいぶんと面白い人だと思う。


「御厨さんは可愛いね」

「はぁ!? 意味分かんないんだけど。第一、あんたに可愛いって言われても嬉しくないし」


 彼女の方を向けば、べーと舌を出して敵意をむき出しにしている。

 その姿が可愛らしくてほっこりした。

 以前の僕は御厨さんの魅力的な姿を知りたいと思っていなかった。

 桜子さんと出会って、僕は外にも意識を向け始めた。桜子さんがいなければ、御厨さんの魅力にも気がつくことはなかっただろう。


「うーん、圭吾くんどこにいるんだろう」


 圭吾くんは長身のイケメンだ。

 離れたところから見ても圭吾くんだと分かるはずだ。

 でもグラウンドには彼の姿はない。


「もしかして、まだ引きずって……?」

「そんな感じはなさそうだったけど」


 もちろん悔しい記憶はまだ鮮やかのはずだ。消化しきれていないだろう。

 それでも、大事な先輩の引退試合を休むほど引きずっているようには見えなかった。


「まさか、3年に恨まれてハブられて……?」


 顔を青くしたかと思えば、徐々に顔が赤くなっていく。


「そんなの逆恨みだ。あたしがぶんなぐってやる」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 本気で殴りに行きそうだったので、腕をつかんで止めた。


「大丈夫だって。もしサッカー部がそんな状態だったなら、今日の試合に誘ったりしないでしょ?」

「まぁ、確かに」


 僕は圭吾くんから今日の引退試合を見に来ないかと誘われた。前回とは違い、今回はオッケーした。

 御厨さんも誘われていて、前回と同じように断っていたけど、前回と同じように見に来ている。

 まさか先輩に邪険にされているのにわざわざ誘ったりしないはずだ。


「わりぃ。あたし、すぐ思い込んじゃうんだ」


 日除けのために被っているパーカーのフードを、顔を隠すように引っ張っている。

 その様子を見て、思わず笑みがこぼれた。


「バカにしてんの?」

「してないよ。人のことを真剣に考えられる御厨さんは魅力的だなって思ったんだ」

「生意気だ」


 痛い。

 拳を僕の左右のこめかみあたりに当てて、グリグリと押し付けてきた。

 御厨さんの方が少し背が高いから、簡単に僕の頭に手が届いていて悔しい。

 僕を痛めつけて楽しんでいるのか、御厨さんはほくそ笑んでいる。


「あっ! あそこ、人だかりができてるね」

「あんな坊主のやつ、サッカー部にいたか?」

「そうなの? 輪の中心にいるしすごく目立ってるけど」

「この前の試合のときはいなかった」


 グラウンドの中心にできている人だかりを話題に出すと、御厨さんはようやく両手を離し、中心にいる坊主頭の人を気にし始めた。

 遠くにいるから顔は分からないけど、人だかりの中心にいる。そんな中心的な人物が、サッカー部の大事な試合にいないなんてあり得るのだろうか。

 不思議に思っていると、坊主頭の人が僕たちの方に走ってきた。

 大きく手をふって走ってくる。

 周囲を見渡しても近くには誰もいない。僕たちに手をふっているのは間違いないようだ。


「こっちに来るね」

「あんたの友だち?」

「まさか。僕、圭吾くんしか友だちいないし」

「そ、そうなの……」


 御厨さんも心当たりがないらしい。

 まぁ御厨さんは美少女だ。初対面の相手であっても、その容姿に惚れてナンパしてくる者は多いのだろう。今回もそのパターンかもしれない。


「なぁ、あれってもしかして」

「やっぱり、そうだよね?」


 坊主頭の人が近づくにつれて、見覚えのある顔の気がしてくる。

 御厨さんも同じことを思っているらしい。

 でも、いや……まさか。


「お前ら、来てくれたのか」


 坊主頭の人は僕たちの前に来て、来てくれてありがとうと朗らかに笑っている。

 人を元気にさせるような笑顔。間違いない、圭吾くんだ。

 男性アイドルがするような長めの髪型だったのに、その毛髪はすべてがっつりと剃られている。

 

「な、なんだそれッ!」


 御厨さんは圭吾くんの頭を右手で指差し、左手はお腹に当てて、大爆笑している。

 笑いすぎて苦しそうだ。

 ひぃーひぃーと涙目になりながらも笑いが止まることはない。


「みんな笑いやがる。そんなに変か?」


 圭吾くんが頭を撫でながらぼやいた。

 じょりじょりして気持ちよさそうだ。


「すごく似合ってるよ。カッコいい!」


 これはきっと圭吾くんなりのケジメなのだろう。

 髪型を変えるというのはとても勇気がいることだ。特に長髪から坊主に変えるとなれば、ひときわ勇気が必要だろう。

 でも前に進むために、その決意の証として彼は頭を剃ったのだ。

 カッコよくないはずがない! さすが圭吾くんだ!

 僕たちを見ていた圭吾くんが、微妙そうな表情で言った。


「なぁ……お前らって、性別逆なんじゃね?」


 僕の性的な興味の対象は男性ではなく女性だ。

 でも、圭吾くんが言っているのはそういう意味じゃないのだろう。

 男女平等が掲げられている現代社会。昔の価値観でいう、男らしさや女らしさという表現をあえて使うのなら、僕は女らしさの方が勝っている気がする。同じように、御厨さんは男らしさの方が勝っているかもしれない。


「ある意味、似たもの同士かもね」

「やめて。ぜったいあり得ないから」


 冗談で似ているかもと言えば、御厨さんに全力で否定される。

 さすがに少し傷ついた。

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