第六章その3
作戦は打ち合わせ通り二手に分かれる、自然に翔と彩、舞と太一で組んでそれぞれ新校舎と旧校舎最上階から貼り付け、落書きするという。翔と彩は新校舎の四階から始めた。
翔は手際良く“先生たちはいつでもどこでも見ている”の隣にデカデカと“覗き魔にご注意を!”等と書かれたお手製ポスターを貼る、矢印をこれまたデカデカと印刷した紙を貼りつける。
ポスターにマジックでBig brother is watching you.(ビッグ・ブラザーがあなたを見ている)と書いたり、下品なものに書き換えたりした。
四階のポスターに落書き、張り替えを終えると翔は布袋から舞が印刷した裏サイトの書き込みを廊下に満遍なくぶちまける。
裏サイトの書き込みは学校や先生たちへの不平不満をぶちまけたものばかりだった。
「よし、次に行こう!」
翔はそう言うと彩も肯きながら三階へと駆け下りる。
「舞ちゃん、たった今四階が終わったわ、今から三階に取り掛かるわね」
彩は周囲の警戒、監視、そして旧校舎にいる舞との連絡担当だ。
こんなことをやる意味は何もないのに、不思議なほどワクワクが止まらない。背徳感とは違う、中学の頃では味わえなった気分だった。
遠くからサイレンが耳に入り、徐々に大きくなる。
「マズイ! こっちに向かってる!」
翔は思わず反射的にヘッドランプを消してしゃがむと、彩も同じように慌てて消してしゃがみ、声を出さないよう手で口を押さえた。
どんどん近づいてくるサイレン、通報されたか? 近づくごとに心臓の鼓動が速くなっていく、いよいよすぐそこまで来てしょっぴかれるかと思った瞬間、サイレンは徐々に遠ざかって行き、やがて聞こえなくなった。
「……神代さん、ごめん……今のサイレン……あれ救急車だったみたい」
翔は慌てていた自分を恥じながらヘッドランプを点けると、彩は必死で笑いを堪えながら肯く。
「ぷぷぷぷぷ……間違えちゃった……ふふふふ……真島君のおっちょこちょい」
「か、神代さんだって慌ててたじゃないか」
「うん、わかってるけど……ふふふふっ……なんか、おかしくて」
彩は必死で声を押し殺しながらお腹を押さえる、やれやれと残りの作業にかかり、三階と二階にビラをばら撒いて残り一階だと思った瞬間、携帯電話のバイブが震えて彩はバッグから取り出す。
「もしもし舞ちゃん? ええっ!? 本当? うん、わかった!」
「トラブルか?」
「うん、警備会社の巡回が来たって!」
彩が携帯電話を切らずに言う、翔は一気に全身から電流が走り頭を警戒フェイズに切り替える。まるでメタルギアソリッドだと、翔は身に着けておいたウェストポーチから四五口径傑作自動拳銃――M1911のカスタムモデルを取り出す洋彦兄さんの残した拳銃だ。
「真島君それ人に向けて撃っちゃ駄目だよ!」
「大丈夫、これはエアガンを癇癪玉発射装置に改造した威嚇用だ」
洋彦兄さんの家に厳重に保管されてたM1911カスタムのガスブローバックガンをベースに太一が改造して、どうやって作ったのか専用の癇癪玉を発射する非殺傷銃だ。
※警告:エアソフトガンの改造は非常に危険かつ、法律で罰せられ、尚且つ善良な愛好家のみなさんに多大な迷惑をかけますので≪ 絶 対 ≫に真似をしないで下さい。
翔はスライドを引いて癇癪玉を装填する。弾薬もガスも十分あるが、メタルギアソリッドと違って見つかったら即ゲームオーバーだ。翔は暴発を防ぐため、セーフティーをかけてコック&ロックの状態にして待機する。
もし警備員が万が一中に入ってきた場合には全ての計画を中断して各自で逃走、万が一捕まった場合は一人で侵入したと言うプランまで太一は考えてくれた。ここから見えるだろうか? 翔は慎重に窓の外を覗く……が旧校舎に阻まれて見えないか。
「神代さん、どんな様子?」
「警備員は一人……待って、中に入ってきたわ! 侵入がバレたかも!?」
「まさか!?」
翔は思わず窓越しに旧校舎を見ると、二階の廊下に懐中電灯の光が気まぐれに首を振ってるかのように見える。中に入った痕跡を見つけてるのは確実だ、すると彩が悲鳴に近い声を上げる。
「ええっ!? もう一人降りてきた!?」
もう一人!? 本当だ! 懐中電灯の光がもう一つ、旧校舎の階段は三ヶ所あるが場所によっては挟み撃ちにされかねない。まあ頭の良い太一と中沢さんなら挟まれるようなドジは踏まない、友達なら信じてやれと、自分に言い聞かせながら隣の旧校舎を明かりを睨むように見る。
「舞ちゃん、二手に分かれた! 一人は真ん中の階段、もう一人は……西側! 校門側の階段に向かってるわ!」
彩も窓の外を見ながら情報を送るが、携帯電話から舞の悲鳴が小さく聞こえた。
「どうしたの舞ちゃん!? えっ? ゴキブリ?」
どうやらゴキブリに出くわして悲鳴を上げたらしい、すると二つの光が何かに気付いたかのように動きが速くなる。そしてズボンのポケットに入れてあった携帯電話が震え、取り出すと太一からだった。
「もしもし太一?」
『翔、今三階の西側にいるんだが、舞がゴキブリにビビッて聞かれちまった』
「すぐにトイレか教室に入ってやり過ごせ!」
『時間がなかったから開けてないんだ……今男子トイレに逃げ込んだが、くそっ入ってきたぜ』
太一は一気に声を小さくする、躊躇ってる暇はない。翔は彩と目を合わせると、彩は覚悟を決めた表情で肯いて窓を開けて翔はM1911のセーフティを解除、躊躇うことなく引き金を引いて発砲。
癇癪玉は校舎の壁に着弾して火薬の弾ける音が響かせ、二人の注意を引こうと七発撃ってチャンバーの一発を残してタクティカルリロードを行うと、気付いた二人の警備員が新校舎の窓を開けて懐中電灯をかざす。
翔は窓を閉めて隠れ、彩も姿を隠す。
「舞ちゃん、あたしたちが引きつけるからその間に逃げて!」
そう言って一方的に切ると翔も同じことをする。
「太一、俺が神代さんと注意を引くから逃げろ!」
『あっおい! 翔――』
太一は珍しく動揺した声をしてたが、構わず携帯電話を切ってポケットに押し込むと窓から覗き込む、予想通りだ。二人とも旧校舎を降りて一階の渡り廊下からこっちに向かってる。
「食いついてきた早く逃げよう」
「うん、ついてきて!」
彩は暗い真っ暗な校舎内を走り抜ける。夜目が利くのか躊躇いも迷いもない、流石だと思いながら階段の踊り場に出た瞬間。
「ふあっ!!」
彩は踏んづけたビラで足を滑らせて尻餅ついて転倒した。
「誰かいるのか!?」
マズイ、真下の階からしゃがれた中年男の声が響くと翔はウェストポーチからジッポライターとアイテムを取り出し、少し降りて点火すると導火線に火を点け、爆竹を階段を挟んで一階の踊り場に投げ込んだ。
翔はすぐにお尻を摩りながら立ち上がる彩の所に駆け寄ると、階下で爆竹が連続で炸裂! 中年警備員の「うおわぁああ!!」と若干オーバーリアクションな声が響き渡る。
「神代さん、大丈夫?」
「うん、またこけちゃった。舞ちゃんに怒られるね」
「もう怒られるよ、俺も太一にな!」
翔はM1911を構えながら音を立てないように走るが、撒いたビラを踏むたびにクシャクシャと足音が響く、しまった! そう思った瞬間、もう一人の警備員が二階に上がってきた。
「そこにいるのは誰だ!? 止まりなさい!!」
背後からの鋭い声、声からして若い警備員だろう翔はM1911を振り向かず警備員の真上に命中するように発砲、真上の天井で癇癪玉が炸裂するが怯む様子もない。
ならばとポーチから導火線を繋げた丸い物を点火、落として逃げると煙幕玉が煙を噴射! 懐中電灯の光を遮るだけじゃなく、迂闊に深追いすれば目が痛くなったり咳き込んで足止めできるはず!
「走れ! 止まるな!」
翔は右手でM1911を握り、左手で彩の手首を掴んで走る。そして階段を下りて出口まで走ると、追ってくる警備員に残りの癇癪玉を全弾発射してホールドオープンさせると来る時に合流した裏口に出た。
彩は息を切らし、汗でべたついた髪をかき上げながら安堵した表情を見せる。
「ここまで来れれば……大丈夫かな?」
「いや、あれだけ派手に立ち回ったんだ……警察を呼んでるかもしれない、できるだけ遠くに――いや、夜明けまであそこに隠れよう!」
「うん、でも今市電走ってないよね?」
「神代さん、来る時どうやって来た?」
「舞ちゃんの自転車に乗せてもらったの」
肩で呼吸しながら火照った唇が色っぽく感じ、翔は思わずドキッとしたが躊躇ってる暇はない。翔は手招きしてついてくるよう促してM1911最後のマガジンを交換する。迅速かつ慎重に警戒し、自転車を置いてあった場所までたどり着くにとM1911をポーチに仕舞って跨る。
「神代さん……乗って」
「うん!」
彩は躊躇う様子もなく後ろに跨り、彩の体重で翔の自転車のタイヤが微かにのめり込むのを感じ、自転車のハンドルを握る手が自然と力が入る。少し振り向いて視線を後ろにやると、彩は横向きに座って落ちないように、だけど遠慮がちに翔の体に腕を回した。
「そ、それじゃあ……行くよ」
翔は頬を赤らめながら重いペダルを漕ぐ、ゆっくり加速しながら遠くで聞こえるサイレンに緊張し、遠ざかると安堵しながらも狭い裏道を通って行く。熊本大学医学部付属病院辺りまで来ると、安堵して今度は違う意味で緊張してくる。
「なぁ神代さん……まさかこんなことになるとは思わなかったよ」
「あたしも……なんだか夢を見てるみたい、男の子と一緒に自転車に乗るって青春小説でもお馴染じゃない?」
「あ……ああ、僕も……神代さんを乗せて走るなんてまるで夢のようだ」
自分で言ってそこで気付いた、僕はこの女の子に恋心を寄せている。
園田先輩の憧れの眼差しで見ていた淡い恋心なら、彩への恋心は理屈抜きでこの子を好きになったんだ。急速に心臓の鼓動が速くなる、意識が背中に集中し始めてる前に呉服町電停近くのマンションに到着したのが幸いだった。
自転車を駐輪場に停めてエレベーターで上がる、幸い住民や管理人にすれ違うことはなかったが手が震えていた。このセーフハウスに女の子を連れ込むって学校にバレたらアウトじゃないか、いやそれ以前にクラスの誰かが見てたら良からぬ噂を流される。
翔は押し寄せてくる不安に押し潰されそうだった、部屋に入って明かりを点けると閉め切ってたせいか蒸し暑い。今日の昼は晴れだったからだろう、翔はエアコンのスイッチを除湿に入れた。
すると彩はマナーモードの携帯電話を取り出した。
「もしもし舞ちゃん? 大丈夫? よかった……うん、大丈夫よ。またね」
「どうだった?」
「舞ちゃんも柴谷君も無事だって」
彩はようやく心の底から安堵した笑みを見せると、翔も胸を撫で下ろす。
「よかった……途中までしかできなかったが、意思表示はできただろう」
でも翔にはまだ微かに陰りが残ってると目を伏せる。彩はまるでそれを誤魔化すように悪戯を成功させて無邪気な笑みでらしくない口調で振る舞う。
「ふふふふふ……月曜日の先生たちの慌てふためくのを見るのが楽しみね」
「ああ、そうだな神代さん……まだ……あの子のこと?」
あの子とは和泉のことだ。それで彩の笑顔に消えかかった陰りが徐々に滲み出るように広がり、彩は自責の念を露わにしていた。
「うん……あたしがあの時――」
「神代さん、俺たちはヒーローでもなければ神様でもない。どんなに死力を尽くしても救えないこともあるし……勝てないこともある」
恐らく今日のことがバレなかったとしても、先生や大人たちは考えを変える気はないだろう。翔は和泉の最後の表情を瞼に浮かべながら、彩を奮い立たせる言葉を探す。
「あの時は救えなかったが、和泉はまだ生きてる……もし今度会ったら、必ず助けてあげよう。その時は中沢さんと太一も巻き込んでな」
「うん、ありがとう真島君……今度和泉ちゃんと会ったら……今度は……みんなで連れて行こうね」
彩の瞳から消えかかった光が、ようやく輝きを取り戻そうとしていた。それでも救えなかった自責の念と、屈服してしまった悔しさが混ざり、胸が引き裂かれるような心の痛みじゃ翔にもわかった。
「真島君……今度和泉ちゃんに会ったら、絶対に……絶対に……助けてあげようね」
彩が流す、梅雨の時期に降る絶え間ない雨のような涙を止める術はなかった。
「ああ、勿論だ」
翔は肯く、誰かを思って流す涙は美しい。何かの小説で読んだことあるが、彩はまさにそうだった。でも込み上げてくるのを堪えないといけない、翔はこの子の前では絶対に泣かないと決めたのだから。
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