後の祭り

 授業が終わり放課になったが僕は教室で勉強していた。普段の放課後ならみんなさっさと帰ってしまいほとんど人はいないのだが、夏休みが明けたあたりから僕のいる教室は放課後でも残っている人が多かった。その原因は分かっている。あのイベントがあるからだ。

「くだらない、文化祭なんて本当にくだらない」

僕はそう思いながら騒がしい教室で黙々と勉強を続けていた。だがどうしても集中が続かない。馬鹿騒ぎしながら文化祭の準備をしている奴らがいるからだ。一体何があったらそんなに騒がしくなるのだと非難の意味を込めて作業中の奴らに目を向けた。そこには同じクラスの女子の鶴崎と僕と同じグループの小柳の二人がいた。キャピキャピ系の女子である鶴崎さんと一緒に作業をしている小柳を見て僕は同情した。彼みたいな陰キャにとってこの状況は地獄だろう。女子との関わりなどろくにない彼はまともに会話も出来ず、心が苦しくなる沈黙に襲われるはずだ。もし小柳が僕の所に逃げてきて雑談でもしてくればその時は僕も応じてやるのに。そう思いつつ小柳を憐んでいた僕は驚愕した。

「小柳って男子なのに爪めちゃくちゃ綺麗だよね。私より全然綺麗だよ」

あの陰キャの小柳が女子に話しかけられている、しかも褒められているだと。信じられないという気持ちとお前如きが女子と話せると思うなよという気持ちで血が沸きたった。だが僕はすぐにこの後起きる惨劇を悟った。小柳はだめだ、陰キャだからまともに返答が出来ず微妙な空気になってしまう。全くの部外者ながらも彼の身を危惧した僕はまたもや驚愕した。

「俺のパッパはモンスターの爪痕をつける仕事をしててそれを継ぐために俺も爪綺麗にしてるんだよね」

「ええ〜!その話めっちゃウケる!」

小柳が女子とまともに話してしかもウケている光景に僕は悪い夢かと思った。何が起きているんだ。ただ呆然と小柳たちを見ていたらその事件に気づいた小柳がこっちを向いた。

「おい和知井、どうした?」

「い、い、い、いや、べ、別にど、どうもしてない、よ」

突然話しかけられて少し噛んでしまったがそんなこと気にしないで小柳は続ける。

「そういえばお前俺と同じ文化祭の実行委員だったよな。準備手伝えよ」

小柳の突然の誘いと実行委員なのにサボりとは許せないぞ、と笑う鶴崎さんに流されて僕は彼らの席に移動した。

「私たち今出店の案を決めてるんだ。これすごく可愛いくない??」

見せられたのはよく分からないキャピキャピとしたタピオカの写真だったが僕は緊張して思ってもいないのにかわいいねと言ってしまった。本当はこんな飲み物如きに可愛さを見出せないのに。

 そこから僕は出店の案の話し合いに参加した。話し合いの途中に話が脱線して雑談になったりもした。女子と雑談をするなんていつ振りだろうか。普段なら緊張して話せないが作業をしながらというのと普通に話せる小柳が同じ場にいるのでコミュニケーションが円滑に進んだ。空が暗くなるまで作業をした後僕たちは残りの仕事は明日以降にやろうという話をして帰路についた。

「文化祭の作業大変だと思ってたけど楽しいね〜」

廊下を歩きながら鶴崎さんがそんなことを言い、みんな同調した。幸せすぎる。文化祭がこんなにも楽しいイベントだったなんて僕は知らなかった。

じゃあまた明日ね、と笑いながら手を振る鶴崎さんと別れて家の方向が同じ小柳と一緒に2人で帰路についた。

「俺女子と話すのなんて久しぶりだったな。文化祭の実行委員なんて面倒だと思ったけどまさかこんなに楽しいとはな」

「僕もだよ。文化祭って楽しいんだね。明日も作業頑張ろうね」

そんな話をしながらも僕は既に頭の中で鶴崎さんと付き合っている未来を妄想していた。

 それから僕たちは放課後毎日のように作業を続けた。時には休憩としてみんなで学食に行ったりして僕は青春という言葉を噛み締めていった。文化祭に近づくにつれて僕と鶴崎さんとの距離も近づいた。ここ最近は用事があるからと爆速で帰宅する鶴崎さんの代わりに出店で使う商品の仕入れ交渉を全て任されるようになった。時には学食を奢ってと甘えてくることも増えた。流石に文化祭用のクラス費を立て替えてほしいと言われた時は財布的に厳しかったがそれでもこちらを見てくるその瞳の魔力に勝てず立て替えた。この僕に心を許して信頼してくれる彼女の姿が愛おしくて仕方がなかった。僕と小柳は2人で黙々と作業を続けた。順調に文化祭の準備は進み、イベント前日の段階で全ての作業が終了した。いつものように一緒に帰宅していた小柳に僕はある決意を話した。

「僕は明日、鶴崎さんに告白しようと思う」

正直振られる気がしなかった。僕には分かる。鶴崎さんは僕に恋をしている。だからこそ彼女は僕をこんなにも頼るんだ。小柳は微妙そうな顔をしていたがそれでも今更僕のこの恋心は止められなかった。

 文化祭当日、今までの作業の成果が出て無事に僕たちのクラスの出店は完売した。文化祭が終了した後、僕は打ち上げと称して鶴崎さんを食事に誘おうと思った。そこで思いを告げようと決めたのだ。

「つ、つ、鶴崎さん。こ、これから実行委員で打ち上げに行きま、せんか?」

「あ、和知井君ごめん!この後彼氏とご飯行く約束してるから!じゃあまた明日ね〜!」

 様子を見にきた小柳は僕の顔を見て何も触れずにただ一言、ラーメンを食べに行こうと誘ってきた。僕と小柳は2人でラーメンを食べに行った。この味はきっと、きっと忘れない。

「くだらない、文化祭なんて本当にくだらない」

今日のラーメンは心なしか塩味が強いなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和知井君の陰鬱なる日々 しづく @shizuku0429

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ