愛を繋ぎ止めるおしるこ

「和知井君、ジュース買ってきてよ」

彼女からの突然のお願いに僕は驚いてしまった。これは遠回しの告白では無いのだろうか、そう考えたがすぐさま「告白」の2文字に恥ずかしさを覚えた。馬鹿げた考えを取り払うように

「う、うん。わ、わかったよ」

と歯切れの悪い返事を残して自販機に逃げた。

 悶々とした思いを募らせながら歩いていた僕は気づくと自販機の前についていた。変なことは考えずさっさと買ってしまおうと商品を前にした時僕は重大なことを思い出した。

「何を買うか聞き忘れちゃった」

何をしているのだろう。なんだか急に自分が馬鹿らしく見えてきた。もう一度戻って聞いてくるなんてことは恥ずかしくてできない。そうだ、僕はスマホを取り出した。沙月さんにラインで聞けばいいのだ。そう思いアプリを開くも彼女の連絡先を持っていないことを思い出してスマホをしまった。

「どうすればいいんだ」

見せつけるようにイチャイチャしながら飲み物を選ぶ頭の悪そうなカップルを尻目に目の前の色とりどりの飲み物を前に僕は悩んだ。

「もしかして…」

頭の悪そうなカップルがきっかけでふと一つの仮説が浮かんできた。もしやこれは彼女からのわがままなのでは無いのだろうか。確かに水野も女からモテるために必死に好きな子の好みを覚えようとしていたではないか。つまりこれはある意味では彼女なりの告白なのだ。そう思うといたずらっぽくこっちを見ながら

「私の好きなもの、当ててみて」

と笑う彼女の姿が容易に想像できた。全てが繋がった。わざわざ僕にジュースを買いに行かせたのも僕がどれだけ彼女のことを知っているか彼女自身が気にしていたからなのだろう。彼女の気持ちに気づくと先程までの沈んだ気持ちはどこか遠くに消え去った。

「やってやる」

そう一言呟き、僕は自販機の前で目を閉じ深呼吸をした。思い出せ、彼女との日々を思い出せ。頭の中で彼女の笑顔が写真のようにはっきりと浮かんだ。

「思い出せ、思い出せ、思い出せ」

彼女の声を、笑顔を、全てを脳内で繋げた。バチリと脳内で電気が弾けるような感覚があった。僕は財布から小銭を取り出し、自販機の挿入口に硬貨を滑らせていく。ごくり、唾を飲み込み覚悟を決めてボタンを押した。ごとりと転がり落ちる飲み物の音が何故だがいつもより大きく聞こえた。正直この答えが理論に基づいているかと言われれば分からない。ただ何故だが彼女を思い出すとこれが浮かんできてしまった。缶を手に取り、一応彼女が口をつける部分を自分も舐めてから足速に教室に急いだ。

「はい。これ買ってきたよ」  

僕はほかほかのおしるこを手渡した。

「え…」

受け取りつつも表情が固まる彼女。きっとドンピシャで正解を当ててしまったから彼女自身が一番驚いているのだろう。そう思った僕は彼女に少し考える時間を与えるため自分の席についた。おしるこを見つめる彼女。缶にあの柔らかい唇がついた時、僕らは間接キスをすることになる。今までは間接キスで騒ぐ男達を見てはくだらないと一蹴していたがいざ自分がその立場になると確かに緊張するものだ。

「くだらない、間接キスなんて本当にくだらない」

そう言い聞かせて落ち着こうとするも心臓の鼓動が加速して行く。僕のファーストキスが目前、という状況だったが何故だろう、彼女は一向に缶を飲もうとせずいよいよスマホを見始めてしまった。そうか、彼女の態度の意味が分かった僕は自分のしていることが恥ずかしくなった。僕が見ている前で僕が買ってきた飲み物を飲むことに彼女は照れているのだ。僕は察して教室を少しの間離れた。5分ほど経ち再び教室を訪れるともう沙月さんは居なかった。用事でも出来たのだろうか、そう思いながら教室を歩いているとゴミ箱に捨てられている未開封のおしるこが目に入った。きっと彼女にとってこのおしるこは喉を潤すためではなく僕らの関係を確認するための物だったのだろう。このおしるこは立派に役目を果たしてくれた、偉いじゃないか。そう思おうと努めたがなんだかおしるこが可哀想に思えたので僕はそれをゴミ箱から拾い上げた。もう冷たくなったおしるこを飲みながら空っぽの彼女の机に目を向けた。もうしばらく僕のファーストキスは無くなりそうにない。

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