姫川秋葉
冬葵が聖女なら、さしずめ彼女はお姫様、といった例えが適切だろうか。
肌のてかり具合、きめこまやかな髪といい、全身に手入れが行き届いている。
ゆるふわウェーブに、いまどきのイケてる女子だ。
とはいっても生徒を顎で使ったり、奴隷みたいに酷使するとかそういう感じではない。
彼女は俺みたいな陰キャにも分け隔てなく気を遣ってくれる優しい系のギャルだ。
それゆえに……俺は彼女が苦手だ。
いや、俺を嫌がらずに気さくに話しかけてくれる時点ですごい人間出来てると思うし、姫川には何の落ち度もないし、むしろ好ましい部類なのだけれど。
なぜか苦手意識があるというか……どうも慣れないのである。
大学に進学したらオタサーの姫みたいにコミュニティをかき回しそうなオーラがある。あとタピオカめっちゃ好きそう。
……偏見だけど。
だから話すとき妙に緊張するというか、油断していると惚れさせられてしまいそうで距離を置かざるを得ない。そういう位置づけにいる女子だ。
もし彼女に勘違いして告白しようものなら、
「もちろんウチもあんたのこと好きだよ。良い人だと思うし。だから、さ……お友達のままでいようよ」
みたいに玉砕する未来が目に見えている。俺を傷つけないように気遣われながらやんわりと断られるのがキツイ。
そんな惨めな醜態を晒すことのないように、俺は姫川とは極力関わらないように離れていたのだけれど。
その彼女が――姫川秋葉が、俺の目の前にいる。
しかも食パンをくわえて走っていたら曲がり角でごっつんこするという形で。
最悪だ。
今すぐ逃げ出したい。
けれど顔を見られた以上、これを無視するのは難しい。
「あんた……いつも霧っちとつるんでるオタク君じゃん! どうしてこんなところにいるわけ!?」
くっ……教室であまり話したことのない俺を覚えてるだなんて。
俺のこと好きなのかお前は……!
絶対に、絶対に、俺は騙されないからな!
助けを求めるように背後の冬葵へと視線を送る。
姫川の友人の彼女ならこの気まずい環境を打破できる助け舟を出してくれるはず。そんな期待を込めて冬葵を見たのだが、「ぐっ!」と親指を立てられる。
え、何が?
どの辺でイケると思ったの?
ぶつかったの運命の相手どころか、とんでもない玉つき事故起こってるんだけど。
俺たち、血まみれだよ。
どうすればいいの、この惨状。
頭を抱えそうになったとき。
姫川が何かに気づいたように、俺の後ろを指差した。
「って、ああー! そこにいるのは冬葵ちゃん!?」
「姫ちゃんこそ、なぜここに?」
冬葵も口元に手を当て、驚きに顔を歪めている。
すると姫川は、ばつが悪そうに苦笑を浮かべた。
「いやほら、ウチは……ちょっと探しものを探しに来ただけだから」
「ああ……なるほど。例のものですね」
そういうことでしたか、と冬葵は神妙に頷いている。
ふたりの間だけに通じる共通認識があるのか、よくわからないことを言って頷き合っている。
なんだか俺だけ蚊帳の外だ。
そうやってふたりだけで勝手に納得されても、こっちには何のことだかまったく訳が分からない。
「まあ……ウチのことはともかく、ふたりはどゆ関係なん?」
珍しい取り合わせを見たといわんばかりの顔で、俺と冬葵を交互に見比べている。
じろじろと遠慮のない、不躾な目線に、身体が強張る。
……しまったな。
三駅離れているとはいえ、こんな田舎で学校の知り合いと遭遇することを全く想定していなかった。
俺の地元なら誰も見かけたことがないからどこか安心しきっていた。
そんな油断がこのような事態を引き起こすことになるとは。
「その、なんだ。冬葵さんとは偶然、そこで知り合って……」
からからに乾ききった喉からなんとか言葉を絞り出そうとしたけれど。
その判断は誤っていたらしい。
姫川が訝しいものをみるような顔で、声を上げた。
「冬葵……さん? オタク君さあ、なんで冬葵ちゃんのこと、名前呼びなの?」
「……っ!」
真綿できゅっと首を絞められたような衝撃に、息が詰まる。
そうだ。すっかり失念していたが、言われてみたらそうだ。
聖女=冬葵。
その認識が俺の頭の中で確立していた。
そのせいか、何の違和感もなく、自然と名前呼びをしてしまっていた。
そこに他意はない。
ないのだが……たしかに馴れ馴れしすぎると思われても仕方がない。
あれ? もしかして俺、とんでもなく畏れ多いことをやらかしていたのでは?
「は、春咲さんとは特に、何も……」
「ふーん。休日に、ふたりっきりなのに何もないんだ?」
再び、俺と冬葵を見比べている。
値踏みするような鋭い視線に、ぞっとなる。
「そっかぁ。なるほどねー」
何か感じ入るものがあったのか頷いている。えらく意味深だ。
姫川の考えが読めない。一体、何を思われたんだろう。
聞いてみたいけど、それを尋ねるのは怖い。
かと思うと、
「やだもー、オタク君ったら顔コワすぎだって。ウケるんですけどー! ウチなにもしないってば」
姫川の表情が、ふっと和らいだ。
「ま、ここで立ち話もなんだし。オタク君と冬葵ちゃんに聞きたいことは山ほどあるし、ちょっと落ち着けるところで話そ?」
ね? とおねだりするようにウインクをする。
それは提案という体を取ってはいるが、ほとんど命令のようなものだった。
言葉の端々から、有無を言わさぬ圧力めいたものを感じる。
本当は今すぐにでも逃げ出したいくらいだったが、そんなことをすれば休み明けに学校で問い詰められるに決まっている。
まるで断頭台を昇らされる死刑囚のようだと思いながら。
観念したように息を吐き……渋々と頷いた。
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