聖女と休日
電車を降りて改札を出ると、そこには大きなデパートがそびえていた。
「へぇ……こんな田舎に、このような場所があったのですね」
「田舎に失礼じゃない?」
ほぉっ、と感動の息を漏らしながら、冬葵が見上げている。
俺たちは3駅ほど離れた場所にある、ショッピングモールへと訪れていた。
目的は、カーテンやドアプレートや食料品を買い込むためだ。
おそらくそこそこ値は張るとは思うが、ふたり暮らしをより快適にするために必要な投資だ。
まあ俺の方が金欠であるため……今回は全部冬葵持ちなのだけれど。
事前に冬葵と暮らすことが分かっていれば小遣いをソシャゲに全投入なんて真似はしなかったのだけれど……あのときの考えなしの自分が恨めしい。
とにかく、ここなら生活必需品はひととおり揃えられるだろう。
俺も困ったらとりあえずここに足を運んでしまうくらい便利な場所なのだ。
強いて不満点を挙げるなら、ここへ来るのに、わざわざ電車に乗らないといけないという点が少し不便だろうか。
自分でも贅沢な考えだと思うが、もし車さえ使えれば荷物を乗せてそのまま家に直帰出来ただろうに。高校生は、ままならないものだ。
……しかし、休日だからか人通りが多い。
駅前でさえも大勢の人がひしめき合っており、立ち止まっていると周りの迷惑になりそうだ。
「冬葵さん。行こうか」
「ですね」
ぺこっと頷いて、冬葵さんが俺の少し後をついてくる。
「ところで冬葵さん、小説の話だけど」
「はい」
「学園モノで、何か書きたい話とかってあるの?」
「書きたい話、ですか」
冬葵は顎に手を当てて、考え込んでいる。
そう、大事なのはテーマだ。
言い換えると、冬葵さんの書きたいものが何か、という点。
そこをはっきりすることで、俺たちの学園ネタ集めの方針が決まると言っても過言ではない。
「ほら。学園と一口に言っても色々あるだろ」
学園ミステリーとか、学園ラブコメとか、学園異能バトルとか。
けれど冬葵は難しい顔のまま唸っている。
「わかりません。まだ書きたいものが定まっていないので」
そうか。まだ自分の書きたいものが分からないのか。
ならばそこから探していく必要がありそうだ。
となるといま必要なのは――
「そっか。じゃあとりあえず、学園あるある言ってみようか」
「学園あるある……ですか?」
「うん。学園モノでよくある展開をお互いに思いつくまま言い合うんだ。その中で良さげなものが見つかったら、それが冬葵さんの書きたいものになるかもしれないし」
「なるほどっ、それは名案ですね!」
ぱぁっ、と冬葵は目を輝かせる。
よし、食いついてきた。
「じゃあまず俺から。権力の強い生徒会」
「ああ……たしかにありますね」
「生徒会長とはいえ、校長先生よりも偉かったり。生徒会室で優雅に紅茶を飲んだり、謎の悪だくみしてるよな」
「ええ。他にもものすごい財力で不祥事をもみ消したり、校舎が全壊しても翌日には建て直してたりしますよね。いくら何でも現実味がないといいますか……あんなお金、一体どこから出てくるんでしょう」
「それを君が言う?」
おい、一千万持ってる女子高生。
鏡を見ろ、鏡を。
「でもわたしたちの学校の生徒会はそんな感じしませんよね」
「ああ。そうだなぁ」
強いていうなら、うちの風紀委員長がそうだといえるのだろうか。
委員会の活動に熱を入れていて、生徒を取り締まってる姿はよく見かけるな。
生徒会を差し置いて、鬼の風紀委員長こと岸園奈津乃の名前だけが異様に知れ渡っている。
「冬葵さんからは何かある?」
「そうですねぇ……あっ、変な部活動とかどうでしょう?」
「ああ、たしかにあるあるだなぁ」
変な部活と一言でいっても。
名前だけでなく、その活動内容も変なものが多い。
宇宙人や未来人や超能力者を探しに行ったり、友人を作るためだったり、先生から回された生徒の悩み相談を受けたり。
「うちの学校もそういう部活、あるのかな?」
「そちらも聞いたことはないですね」
「だよなぁ。じゃあ、そういうの作ってみる?」
「わあ、なんだか楽しそうですね」
冬葵が目を細めて、両手を組み合わせた。
「どういう部活にします?」
「冬葵さんの学園モノのネタを集める部活だから……学園モノ部(仮)とかどう?」
「いいですね! ……でも部活って、どうやって作るんでしょうね?」
「うーん。俺も分からないけど……やっぱ部員が必要なんじゃないか」
一定数に達していない場合は同好会という扱いになるだろうし。
「なるほど、あとは顧問になってくれる先生も必要ですよね」
「そこだよなぁ……」
そもそも顧問になってくれる先生を見つけられるかも分からない。
仮にいたとしてもどういう活動内容の部活であるかを伝えて納得してもらわないといけないし……学園ネタあるあるを集めることを目的としてます! なんて言ったところで、とても先生の理解を得られるとは思えない。
「まずわたしたちが部活を立ち上げたとしても、部員になってくれる方がいるかもわかりませんよね」
「いや、そこは問題ないと思うよ。冬葵さんがいるし」
「え? そうなんですか?」
今さら説明は不要だと思うが、冬葵は聖女と呼ばれており、俺の学校のアイドル的存在だ。
彼女の下駄箱や、机の中には郵便ポストみたいにぎっしりとラブレターが詰め込まれている。
そんな誰からも愛されている彼女が、ただ一言「部員、募集してます。誰か来てください」と宣言しようものなら確実に人は集まってくる。それこそ明かりに群がる蛾のように。我先にと入部希望者が押し寄せてくるのは想像に難くない。
冬葵に下心のある男たちが、集まってくる。
そう考えると……なんだか無性に腹が立ってきた。
「……やっぱ部活はやめよう」
「えっ? なんでやめちゃうんですか?」
「いや、めんどくさいなって」
「えー……そんなぁ」
せっかく良い案だと思ったのになぁ、と冬葵さんはしょんぼりと頬を膨らませる。
だいぶ話は脱線してしまったけれど。
学園モノあるあるネタに思考を戻すとしよう。
「やっぱ学園モノの王道と言えばさ……冴えない主人公に複数の美少女がなぜか好意を向けてくるモテモテハーレムラブコメじゃないかな?」
「あ、いいですね。わたしも一回、ああいうの書いてみたいです」
おっ、乗り気だ。
てっきり女の子はそういうの苦手だと思い込んでいたけれど偏見だったのか。
これなら冬葵の書きたいものは案外早く見つかりそうだ。
そう思っていたのだけれど――
「でもわたし……現実でモテモテのハーレムを見たことが無いんです。だから想像するのが難しくて」
冬葵さんは悲しそうな顔で、髪の毛を指先に絡めてくるくるとさせている。
そう……以前、彼女から異世界モノの小説を見せてくれたとき「魔法が想像できないんです」と言っていた。
自分には見たことがないものを書くのは難しいと。だから、
――誰も好きになったことがないから恋愛モノなんて書けないです。
悲しげな顔で、冬葵はそう語っていた。
ならばそれを解決するには実際に体験してみる他ないわけで。
でも彼女の望みを叶えるためには――
「俺がモテモテのハーレムでも作れたらいんだけど……難しいよな」
俺は冴えない男ではあるけれど、美少女が勝手に寄ってきたことは一度もない。
だから俺は冬葵の助けにはなれない。
自分のやるせなさに、無力さに、ため息が漏れたそのとき――
「それです!」
冬葵がいきなり大声を上げた。
「えっ、何?」
「作りましょう! ハーレムを!」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
冬葵が周りを気にすることなくそんなことを叫ぶものだから、周りの通行人から物珍しいものでも見るような目を向けられる。
なまじ彼女の顔立ちが整っていることもあって、その視線は針のように遠慮なく突き刺さってくる。
「沢野さん、モテモテになっちゃいましょう!」
「ちょっ、冬葵さん。落ち着いて。声を小さくして」
そこまで言ってから、周りの人に見られていたことに気づいたようで、こほん、と誤魔化すように咳ばらいをしている。もう遅いんだけどな。
しかし、この子は小説のことになるとテンションが上がっておかしくなってしまうようだ。
それだけ夢中になれるものがあるのは素晴らしいと思うし、羨ましいくらいだけど。
「よく考えてくれ。そりゃあ俺だって冬葵さんの力になりたいと思うから何でもしたいと思ってるよ」
俺だってハーレム系主人公はぶち転がしてやりたいくらい羨ましい存在なのだが、生まれてこの方、そういうイベントとは程遠いし、女性からモテるだなんてことがそもそも奇跡みたいなレベルで有り得ない。
自分で言ってて……ものすごく虚しくなってきた。
「そもそもさ、まず女の子との出会いがないんだよな」
「なるほど。それなら出会うところから始めましょう!」
「は? だからどうやって?」
「それなら学園モノの王道の……食パンくわえてダッシュとかどうでしょう」
「ええ……?」
たしかに遅刻寸前に家を飛び出した主人公がパンをくわえながら通学路を走っていたら、運命の相手と曲がり角で頭をごっつんこ……って展開あるけども。
「はい。ちょうどバッグの中に食パンがありますし、これくわえて走ってください!」
「なんで持ってきてるの!?」
「丁度向こうに曲がり角もあることですし、諸々条件は満たしてますね。では沢野さん、ちょっと走ってきてください」
「え? 俺が?」
こういうのって普通、女の子がやるもんじゃないの?
戸惑う俺の前で、冬葵さんがニコニコとはやし立てる。
「ほら、パンをくわえてください! そして曲がり角で運命の出会いを果たすのです!」
なんで俺がこんなことを……というか意味があるのか、これ?
こんなので異性と出会えるのか?
そもそもあれは創作物だからこそ起こり得る話であって、現実でも同じことが起こるとは思えないのだが。
ていうか、ネタ集め手伝うって言いだしたのは俺だもんな。
そもそも彼女には大きな借りが出来てしまっているわけだし。
……冬葵に悲しい顔はさせたくないし。
彼女の最高の小説を作るために、俺が人肌脱ぐしかないか。
「わかったよ。……やるよ」
俺はため息をつきながら、パンを口の中にくわえる。
そして一息に――
走り出した。
「
うわ、なにこれ。
パンくわえながら喋るのむっず。
しかも周りからめっちゃ奇異の眼差しを向けられてて恥ずかしい。
「沢野さーん! そこの曲がり角曲がってくださーい!」
背後から、冬葵の黄色い声援が飛んでくる。
言われなくても分かってる。
そうして俺は速度を落とすことなく。
わき目も振り返ることなく。
曲がり角を曲がろうとして――
「痛ッ!?」
「いたっ!?」
誰かと、激突した。
痛みに、うずくまる。
よく漫画とかで頭をぶつけたときに星が見える表現あるけど、あれって本当なんだなぁ。
いや、そんなことより。
今ぶつかった人は無事なのだろうか。
「だ、大丈夫ですか?」
心配に思って、顔を上げると。
あまりのことに身体が硬直する。
そこにいたのは、思いもよらぬ人物で。
「えっ……」
それは向こうにとっても同じことだったらしい。
驚きに目を見開いて、口をぱくぱくとさせている。
そう、そこにいたのは――
「な、なんであんたがこんなところに!?」
俺と同じクラスメイトでもあり。
冬葵さんと仲のいい女子生徒――姫川その人だった。
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