聖女を拾う
家までの帰り道を歩きながらも、頭の中は
……彼女は、本当にこのまま帰らないつもりだろうか。
彼女個人の事情に、俺が深入りする権限はない。
冬葵は目を惹くような美少女だ。
こんな夜中に女の子がひとりで歩いていれば……何か取り返しのつかない事件に発展する恐れもある。
これが見ず知らずの人間だったら、ここまで深く考えずに済んだのだろうけれど。
別れ際に。
――彼女が見せた、あの傷ついたような表情が、ひどく気になった。
「あ~~~……もうっ!」
俺は悪態をつきながら、来た道を引き返していた。
あんな顔を見せられて、このまま放っておくことは出来ない。
足は勝手に駅前へと動いていた。
すると、ふと騒ぎ声のようなものが聞こえた。
路地の方だ。
誰かが言い争うような声。
喧嘩か? そう思って曲がり角こっそり顔をのぞかせる。
状況はこの上なくわかりやすかった。
二人組の男が、冬葵を取り囲んでいた。
「あの校章……平坂高校の奴らか」
この辺りには、平坂高校という悪名高い不良の巣窟がある。
ストレス解消したいがために無関係の通行人に暴力を振るったり、面白そうだからという理由でライターで公園に火をつけたり、ゲーム感覚で車道に石ころを放り投げたり等々。
……多少、誇張されてはいると思うが、色々と悪い噂の絶えない奴らだ。
奴らを見かけたら決して目を合わせてはならない。関わるとロクな目に遭わないからだと近所では暗黙の了解となっている。
「くそっ……よりにもよって厄介なのに絡まれやがって」
遠巻きから男たちを観察する。
金や茶色に染め上げられた頭髪。
だらしなく気崩した制服。
どちらも背丈や肩幅が広く、いかにもケンカ慣れしてそうだ。
「ねえ、君。その制服、この辺のじゃないよね。どこ高?」
「君みたいに可愛い子が一人で出歩いていると危ないよ。俺たちが守ってあげるから一緒に行こっか!」
「……」
冬葵は男たちに目を向けようともしない。
周囲の人たちは我関せず、といったふうに通り過ぎている。
誰も止めに入る気配はない。
最悪なこの光景に、俺は顔を両手で覆った。
くそっ、さっきの冬葵とのやり取りを聞かれていたとは。半分俺の責任みたいなもんじゃないか。
「ねえ、無視? そういうことされると、俺たち傷ついちゃうなぁ」
「ほら、綺麗なお口ついてるんだから何か喋ってよ。ねえ」
ニヤニヤと汚い笑みを浮かべる男たちに、冬葵はうんざりとした顔で、
「ごめんなさい。あなたたちの息があまりにも臭すぎてそれどころじゃなかったんです」
だから早く離れてくれませんか、とため息を吐く。
だーっ!? なんでそんな火に油を注ぐようなこと言うんだよ!? どう考えてもやべえだろそれ!?
二人組は怒るどころか、快感に打ち震えるように無精ひげを撫でさすりながら、
「いいねいいね。可愛いお顔で、その辛辣な物言い。たまらないなあ。ゾクゾクしてきたよ」
「いけないねぇ。君みたいな生意気な女の子には、俺たちの怖さ、分からせてあげないとねえ」
汚い男たちがじりじりと冬葵へとにじり寄っていく。
やばい! 別の意味で危なくなってきた!
どうする? どうすればいい?
悪化していく状況に。
俺は頭を抱え、立ち尽くしていると、
「そこの君、こんな時間に何してるの?」
ふいに肩を叩かれ、振り返る。
そこには警官がいた。
「あ……?」
「君、学生でしょ? 22時過ぎに出歩くなんて感心しないねえ」
おそらく見回り中に俺と出くわしたのだろう。
本来なら警官に補導されるのは最悪な展開だが……今となっては好機以外の何物でもない。
「あの、お巡りさん! あそこで女の子が襲われてるんです!」
「何だって?」
警官は俺の指さした方を一瞥すると、男たちの方へ駆け寄った。
「おい、お前ら! そこで何してる!?」
「あ!? やっべ、サツじゃん!」
「逃げっぞ!」
「待て! 逃げるな!」
あの悪名高い平坂高校の奴らもさすがに警察は怖いのか、ふたりは冬葵に構うことなく、一目散に逃げ出した。
警察官もその後を追いかけている。
なにはともあれ、冬葵からマークが外れた。
――今だ!
俺はそっと冬葵へと近づき、彼女の手をつかみ取った。
冬葵が振り向く。
「あなたは……沢野さん? まだいたんですか?」
「しっ! 今のうちにここを離れるぞ」
驚きに目を見開く、冬葵の手を引いた。
「……え? ちょ、ちょっと待ってください」
ぶつくさと何かを呟いているが今はそれどころじゃない。
このまま警官が戻ってきたら俺たちも補導されてしまう。
急いでこの場から離れなければ。
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