第32話 誓い(レンゲ視点)


  saidレンゲ


 油断していた。

 居なくなったわけじゃないことはわかっていたけど、それでもまさか街中で話しかけられるとは思わなかった。


 こんな事にナルミを巻き込んでしまった。自分のせいで。

 その考えが頭を離れない。


 今も目の前で命を懸けて自分の為に戦っている人がいる。きっと彼だって怖いはずだ。

 なのに私は……私が戦わなければならないのに怖いという理由で剣を持たず、本来の力を出せない魔法攻撃でまともにダメージを与えられず、ナルミの後ろに震える足で立っているだけだった。


「……ナルミ!」


 大男の本気の一撃にナルミは吹き飛ぶ。当たり前だ。そこに存在する圧倒的なレベル差によるステータス差を覆す程、ナルミに技術は無かった。


「れ……んげ……」

「あ?なんだ?まさかたった一撃で伸びてんのか?根性のないやつだな。その程度で俺に挑むとか、ただのアホじゃねぇか」

「そりゃあんなヒョロガキがラースさんの攻撃に耐えれるわけないでやんすよ!」

「それもそうか!」


 ナルミは何とか立とうとしているが、体が言うことを聞かないようだ。


 私のせいだ。その想いが強くなる。


「さて、もういいだろ。おいガキ、お前の意思で抵抗せずに俺らに着いて来ればそいつには手を出さん」


 そう大男は言った。こんな奴の言葉なんて信用できない。でもナルミを助けるには信じるしか無かった。


「……ほんとに手を出さない?」

「ああ、約束しよう」

「……わかった」


 ついて行けば自分がどうなるのかなんて、分からないけど分かっている。

 何処かの貴族の玩具にされるか。それとも何かの実験に使われるか……。

 どの道、本当の意味で自由になること無くなるだろう。


「おい、あれを用意しろ」

「あれでやんすか?」

「魔法を使えなくするあれだよ」

「ああ!魔封首輪でやんすね!」

「そうそう、それそれ」


 男二人が何かを話しているが、今の私にはそれを理解する余裕は無かった。


 震える足に鞭打って歩く。まるで監獄にでも入れられるかのように体が重い。……まあ、同じようなものかもしれないが。


 ナルミの隣を通り過ぎたその瞬間、


「待て!」


 さっきまで倒れていたナルミが叫ぶ。声すらもまともに出ないようだったナルミがはっきりと「待て」と言った。


 一瞬理解できなかったが、まさかと思い声の方に振り向くとそこには立ち上がって大男を睨みつけるナルミが居た。



「……ナルミ!?」

「ほう?まだ立つか」

「マジでやんすか!?」


 私を含めた三人とも驚きの声を上げる。


「絶対に倒す!」

「はっ、やってみろよ」


 そこからのナルミの動きはまさに驚愕の一言だった。


 大男を圧倒する……程では無いが、それでも先程まで倒れていたのが嘘のような動き、大男の攻撃にカウンターまでして見せた。


「俺を忘れるなでやんすよ!」

「……私のこともね……『雷撃』!」

「あばばば!?」


 何とか私も魔法を使っているが詠唱がたらずに致命的なダメージを与えられていなかった。


 その時、大男が後ろの魔法使い達に魔法の準備をさせる。


 そしてナルミも負けじと魔法使い達に斬り掛かった。勿論、その行動を見越して大男と小柄の男がナルミを止めようとする。

 だけどナルミは機転を効かせて二人の目を潰し、魔法使いの一人を倒した。


 ナルミはもう一人の魔法使いに斬り掛かろうとするが、怒った大男に防がれる。


 そこからは防戦一方で、私もナルミがピンチになったら魔法を使ったけど魔法が完成してしまった。


 終わった、そう思った。その瞬間あり得ないことが起こった。なんと火球がいきなり方向転換して大男たちを襲ったのだ。


 さらに驚いたことに、ナルミがそれを見越したように小柄の男に斬り掛かった。


 その瞬間、ナルミにはそういうスキルがあることを思い出した。

 ……つまりこのパワーアップもそういう事?


 ……いや、今はそのことを考える時じゃない。重要なのはこの力を人前で、しかも明らかな敵組織相手に対処できるほどの実力もなく……。


 その事実が私の心に響く。

 もちろん自分の命を守る為でもあるだろう。それでも、私を守るために秘密をおおやけにした。


 小柄の男は倒したが大男はまだ健在。しかも完璧じゃないにしても能力を看破した。

 どうやら能力を使わせる余裕を火球が来る直前まで接近戦をして無くすつもりらしい。


 多分だけど、その予想は正しい。

 このままだと今度こそやられる。大男ももう油断しないだろう。私の攻撃も対処された。


 この状況を打開するにはどうにかしてナルミにスキルを使う余裕を作ること。そして、油断していなくても対処できない力。後者は無理でも、前者なら私にもできるはずだ。


 少しずつ、さっきまでの体の重みが無くなっていくのを感じた。


 それと同時に火球が放たれ、それに気を取られたナルミが大男に蹴り飛ばされる。それでも大男は退避しないどころか、まだナルミに攻撃しようとしている。


 このままだと大男に斬られてやられるし、大男を対処しても火球が直撃する。


 私が行くしかない。足腰に力を入れて立ち上がろうとする。

 しかし、足に力が入らない。原因はわかっていた。私が自らつけている、心の枷だ。


 今も頭の中で誰かが……私が言い続けている。

 お前には無理だと。どうせお前は逃げることしか……いや、逃げることもできない。どうせこの男も裏切る、と。


 わかっている。これは全部私の心の弱さだと。すべてを諦める為の言い訳だと。自分の本心の一つであるという事を。


 それでも。

 そうだとしても。


 どうせ諦めるぐらいなら。死ぬこともできずに何の意味もなく生き続けるぐらいなら。


 目の前の少年を信じて、華々しく散ってやろうじゃないか。ダメだったら、その時はその時だ。


 これは誓いだ。自分の命を懸けた自分との誓約でもある。


 守りたいものを守る。もう、諦めない。


 そして、叶うならナルミに一生付いて行こうと思う。


 何もない私でも、何かあると信じて、命がけで私を救おうとしてくれるこの少年に捧げてみるのもいいじゃないか。


 気が付けば、私は剣を抜いて大男に斬り掛かっていた。


「……ナルミッ!」


 ……そうだ、誓いなら景気付けとか必要だよね?まあ、後でいいか。

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