第35話 猫と豚
シルを独房に入れたフォッサは足取りも軽い。
ミケンの市街は夜の活気に満ちているが、それにも負けぬ活力が彼にはあった。
シルは久しぶりに手に入った玩具だ。今回の軽いお遊びでも過剰に反応して面白みがあるし、壊し甲斐のある獲物といえよう。ラッコの存在がシルをどこまで歪めるのか今後が楽しみで仕方ない。
――あのガキが地下牢で衰弱していく様を見せるのも一興。だが、やはりここは希望を持たせて最後に目の前でガキを処刑するのが王道か。
遊びにはどれも捨て難い選択だが、そこに聞き慣れた声がしてお楽しみの思案は中断される。
「フォッサ」
「あ?」
呼ばれた方へと振り向けば、そこにいたのは三毛猫と豚の獣人だった。
「ニャオスとビーブか。なんの用だよ」
趣味の思索に横槍を入れられたフォッサは露骨に不機嫌な態度を見せる。
「間者の件なんだが」
「ああ、それなら地下牢でしっかり監視してるから手を出さなくていいぜ」
――地下牢? 取り調べなら独房じゃないのか? そうか、この男はまた下品な趣味をっ。
「ボクも会いたいのだけどね」
「会ってどうする。ガキ共は処刑するんだぜ」
フォッスはニャオスの真意を探ろうとして処刑の予定をでっち上げる。
「なぜ殺すんだ? 取り調べも済んでいないという話らしいが」
「なぜって、そりゃあミケン市民のガス抜きだよ」
両手を上げてなんてことないといった表情を見せるフォッス。
「あまりそういうことをすると、人間側との交渉に支障をきたす」
「それはお前ら王族が無能なせいだろう? ここまで戦争の収拾がつかなくなったのは基より、負けが込んでいるのも実働部隊を押さえているお前の責任だろうが!」
あまり長く会話をするとニャオスに余計な探りを入れられそうだと思い、フォッスはわざと口調を荒げてニャオスを追い払おうとする。
しかし、ニャオスは萎縮するどころか毅然とした態度を崩さない。
「それを言うなら高級将校であるフォッスが政治に口出しをし始めたのが収拾のつかなくなった原因だし、ボクが実働部隊を押さえたのだって軍部で勝手な事をしないようにするための措置だ」
ニャオスはミケンをはじめとする獣人の国の王族だ。その威厳をしっかりと保った態度でフォッスと向かい合う。
フォッスはここでニャオスと言い合っても情報を吐かされることになるだろうと予想して話を切り上げる。
「とにかく、あのガキ共はオレが監視してるんだ。勝手な事はするなよ」
「勝手なのはどっちさ」
最後は聞く耳を持たないままにフォッスは去っていった。
フォッスがいなくなるのを見計らい、側近の獣人がニャオスへと話しかける。
「ニャオス様。地下牢でしたらわたくしが」
「頼むよビーブ。ボクはポコポンさんを呼んでおく」
「承知しました」
側近である豚の獣人は急いで地下牢へと向かった。
――フォッスは監視していると言ったが、あの男の態度からすると卑しい趣味を優先して兵を置いたりしないはず。
ビーブの予想通り地下牢の出入口には見張りも衛兵もいない。
他者をいたぶる趣味を邪魔されたくないのだろうが、それがフォッスのつけ入る隙であった。
地下牢の一角で人の気配を感じ、近寄ってみる。
そこには倒れているラッコがいた。
「もしもし、よろしいですかな?」
ビーブの存在に気がついたラッコはゆっくりと顔を向けた。
「ふむ、だいぶ弱っておられる」
ビーブは鉄格子の一本を握ると何度も回した。しばらく回してから止めると、今度は上下に動かす。すると鉄格子の鉄棒は容易く外れた。
「こういった仕掛けがございましてね。もしも次回は、っとそんなことをしている余裕はありませんね」
ビーブは「よっこいしょ」と身体を牢の内部へと入れる。大柄な体が鉄格子に引っかかってしまうが、なんとか上半身の一部は入ることができた。
ラッコの身体を掴んで自分の元に寄せると、牢の外に出して背負う。
「申し訳ありませんがしばしお付き合いを」
返事はない。衰弱が酷いのだろう。
ビーブは名前も知らない少年を背負ったままニャオスの元へと駆け出す。
ラッコが目覚めるのはそれから数時間後、ミケンから陽の光が見える頃だった。
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