第27話 帰ってきた

「あっ」

 ペフは夜の森で声をあげる。彼の眼にははっきりと二人の男女が写っていた。

「まだいたのか」

「こんな時間まで森にいたら危ないよ」

 ペフが待っていた二人。シルとラッコはそれぞれ彼に声をかけた。

「なんだよ二人とも。せっかく待っててやったんだから少しは感謝しろよな」

 ペフは手にしたランタンを揺らしながら唇を尖らせる。

 彼はスハトラを連れた二人を見送ったあと、村まで戻って再びここまで来たらしい。

「二人にはお礼もしたいし。村まで来てよ」

 疲弊した二人にとってペフの申し出はありがたい。

「うん。お邪魔するよ」

 ペフに誘われるままついて行くシルとラッコ。

「ラッコ、フード被って」

「あ、そうだね」

 ラッコは頭部を隠すためにフードを被る。

 ペフにはバレているが、獣人の村に行くのならラッコの正体は隠す必要があった。

 シルと初めて行った村とは違いペフの村は獣人の国の首都に近く、なおかつ人間の国との国境からも目と鼻の先である。ペフとスハトラのやりとりから考えても人間への警戒心や敵意はあるものとして想定する必要がある。

 ペフに導かれるまま夜道を歩くとそう遠くない場所に明かりが見える。どうやらペフの住む村のようだ。

 村の入り口には亜人の女性が立っていた。

「ペフっ!」

「お母ちゃん」

 女性はペフの母親らしい。息子の帰りを待っていた彼女は安堵の表情を見せた。

「ペフ、こちらが話していた方たち?」

「そうだよお母ちゃん。オレを助けてくれたんだ」

 ペフの母はシルたちに向き直り、頭を下げる。

「息子がお世話になりました。大したお礼もできませんが、今夜は我が家でゆっくりしていってください」

 ペフはスハトラのことを隠すために、シルとラッコがペフを魔物から助けたという話を作ったらしい。ここで真実を伝えても混乱とトラブルを招くだけなのでシルとラッコも口裏を合わせる。

「ペフが無事でなによりです」

「なによりです」

 相手に合わせて頭を下げるラッコたち。

 家まで案内された二人は湯浴みを済ませて軽食を振る舞って貰う。

 ラッコは湯浴みのあともフードを被って過ごしたが、食事のときはペフの母に不思議な顔をされた。

 そこにすかさず助け船を出したのはシルだ。

「彼は頭に怪我をして、私たちみたいな感覚器が無いの。それを見られるのがいやなんだ」

「そうなんですか……」

 咄嗟の嘘だがペフの母親は信じてくれたようだ。世話をしてくれる人に嘘をつくのは心苦しいが仕方ない。

「こんな格好で申し訳ありません」

「いえ、人それぞれ事情がありますから」

 なんだか気まずい空気のまま食事を終え二人は寝室に入る。

 正体がバレないよう早めに眠ることにしたラッコ。

 シルは就寝前に手洗いを済ませるために部屋を出る。

 手洗いを済ませた帰り道。

 シルの耳にふと声が聞こえた。

「まったく。ずっと帰って来ないから心配したのよ。戻って来たと思ったらまた林に戻るとか言い出すし」

「ごめんよお母ちゃん」

 ペフたち親子の会話だ。シルは無意識のうちに声のする方へと足を運ぶ。足音を立てないように、気配を消して。

「でも、無事でよかったわ。本当に。もう危ないことはしないで」

「うん……」

 扉の陰から少しだけ様子を伺う。ペフたちは抱き合っていた。

 母とペフの目にはうっすらと光るものも見える。

 シルは急にその場にいることが辛くなって寝室に戻った。

 先に眠っているラッコの隣で布団をかぶり。目を閉じる。

 暗い部屋で横たわるシルの瞼の隙間から温かい涙が零れた。

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