侵略者

第25話 人間

 ヨヨと別れたシルとラッコは人間の国を目指す。

 鉱山地帯から林の先まで伸びる街道を歩きつつシルは地図を見せた。

「この先には村があるんだ。今日はそこを目指そう」

 シルの計画では村を経由して人間の国との国境を目指すらしい。

 彼女は村でのささやかな願いを口にした。

「村に着いたら……私はお肉と魚が食べたい」

「僕も少し食べたいかも」

 保存食は悪くないのだが宿をとるときくらいは質の良い食事をしたい。

 欲を言えば温かいシーツの上で眠りたいし湯浴みもしたいのだ。

 ラッコもシルもここ何日かは野宿だったりヨヨに寝床を用意してもらったりの続きだったので、ベッドで眠って身体の疲れを癒したいと思っている。

 そんなことを考えているうちに街道を進んで林に近づいて来た。

 シルは地図を折り畳んでポーチにしまうとラッコに顔を向ける。

「林の折り返しまで行ったら休憩にしよう」

 時間はそろそろ昼だ。

 朝食にヨヨの果実を食べたので空腹はそこまで感じないが休憩はしたい。

 林を切り開いた街道に沿って歩く。

 街道自体は狭くないはずなのだが、左右を木々に囲まれているためなのか閉塞感のようなものを覚える。

 ラッコは気分を変えようとシルに話題を振ってみた。

「ちょっと暑いね」

「そう? じゃあ、お昼は木陰で食べようか」

 悪手だった。

 だが現状は自分の気分がどうかという問題でしかないのでシルの気遣いを断る明確な理由もない。

 シルは気にした様子もなく林へと足を踏み入れる。ラッコも彼女について行った。

 以外にも林の中は明るい。

 今は昼なのだから当然と言えば当然なのだが、もっと枝や葉によって日光が遮られているとラッコは思っていた。

「この辺かしら?」

「そうだね」

 林の中の少し開けた場所に辿り着いた二人。

 思いのほか息苦しさを感じない空間にラッコも気が楽になる。

 シルはラッコよりも一足早く岩に腰かけて鞄を開いた。

 保存食と水を取り出して昼食の準備をしようというタイミングで何かに気がつく。

「ん?」

 それは木々の後ろからシルをじっと見つめていたが、彼女と目が合うと慌てて

 逃げ出した。

「あっ」

「どうしたの?」

「子どもっ!」

 シルは慌てて鞄に食べ物や水を詰めようとする。

「僕がやるよ」

「おねがいっ」

 シルは鞄を置いたまま走りだす。

 手早く荷物を鞄に詰め込むとラッコも彼女に続いた。

 シルが追いかけているのは亜人の子どもだ。

 外見を見る限り年齢は二桁になっているかどうかといったところだろう。

「待って!」

 シルが声をかけるものの、子どもは構わず逃げ続ける。

 亜人の子どもがなぜこんな林の中にいるのだろうか。

 彼女の眼前を走る子どもは林に住居を構えるような種族ではない。

 そもそも、この近くには亜人の村があるのだから別のシルのような亜人が来訪することもあるだろう。

 そこまで考えたとき、シルはあることに気がついた。

「もしかして……」

 立ち止まって振り返ると、彼女を追いかけるラッコの姿が見える。

「そこで止まってっ」

「ええ?」

 急な制止に声を出すラッコ。

 彼が立ち止まったのを見てからシルは再び進行方向になおって声をあげる。

「彼が怖いの? 大丈夫よ。あなたに酷いことなんてしない」

 周囲を見渡すが反応はない。

 もうどこかへ行ってしまったのだろうか。

 諦めかけたそのとき林の奥に大木を見つけた。

 さらには一際大きいその木に向かって走る子どもの姿も。

「ラッコ。ここで待ってて」

「うん。無茶しないでね」

 シルは何も持たずに木の裏まで歩く。

 子どもを怖がらせないように声をかけながら移動すると、不意に見知らぬ声が聞こえてきた。

「どうして追ってきたんだ!」

「あなたが逃げたからよ」

 大木の裏側へと顔を出したシルは、亜人の少年を見つけた。

 だが、そこにいたのは少年だけではない。

「えっ? どうして……」

 そこにいたのは木に寄りかかる青年だった。傷を負っているようで軍服らしき衣類の所々に赤い染みができている。

 問題は彼が人間の国の軍服を着ていたことだ。

 シルと青年は引き合うようにして目線が交わる。

「あなた、人間の兵士なの?」

「そうだ……」

 以外にも青年は獣人の国の言葉で返してきた。

 ただ、酷い訛りだ。

 しばし無言になる二人。その静寂を破ったのは青年だった。

「……ペフ。もういい。キミは家に帰れ」

「でも、それじゃあ兄ちゃんが……」

「帰れっ!」

「っ!?」

 青年はシルから目を逸らさずに語気を強めた。

 ペフと呼ばれた子どもはどうすればいいのかわからず、とりあえずその場を離れる。

 青年は足音が遠ざかるのを聞いて呟いた。

「もうまともに動けそうにない。……覚悟はできている」

「? 私はあの子に用事があったのだけれど?」

「俺を匿ってたからか?」

「????」

 話がかみ合わない。

 そもそも、彼とこの青年はどんな関係なのだろうか。

「よくわからないけど、あの子ってお腹空いてるんじゃないの? 私が持ってた食べ物をじっと見つめてた」

「…………」

 口を閉ざす青年。どう答えるべきか迷っているようだった。

 彼に尋ねた以上、回答を待つシル。

 求めていた答えは想像とは違った形で二人の下へ訪れた。

「シルっ、大丈夫かい?」

 シルが驚いて振り向くとペフを連れたラッコがすぐ近くまで来ていた。

「この子が来てくれって言うから来たんだけど…………っ!」

 青年を見て驚くラッコ。

 どうやらこの場を離れたペフはどうすればいいのかわからず、ラッコに助けを求めたらしい。

 事態がややこしくなる前にシルはペフへ質問した。

「ねえ、あなたとこの人間の関係は?」

 ペフは困って青年を見た。

 すると青年は静かに頷いて返す。

「この兄ちゃんは恩人なんだ」

「恩人?」

「昨日の朝くらいに林で食べ物の採集をしてたら鉱山の方から来た盗賊に襲われて、そこをこの兄ちゃんが守ってくれたんだ。でも、傷が酷くて…………」

 深手を負った青年はここを動けないのでペフが面倒を見ていた。

 人間の兵士である彼が獣人の国の内部にいるのだから、家族や村の住民には相談できない。

 しかし、青年を放っておくこともできない。そこへシルたちが現れたというのが顛末らしい。

 シルはラッコの持つ鞄から保存食を取り出すとペフに渡した。

「これ。あげる」

 ペフは最初こそ警戒していたが空腹には勝てず、シルの渡した食料を食べ始めた。

「あなたも食べる?」

「気持ちだけもらう。傷が酷くて食べられそうにない」

 青年の存在は誤算だった。

 このまま見捨てることも、助けることもできない。ましてやこの場で殺すこともだ。

 人間の兵士。

 一言で表せるほどシンプルな立場の青年は、シルたちには持て余す存在だった。

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