第24話 見られないようにして

 支度を終えたシルとラッコはいよいよ鉱山地帯から旅を再開することに決める。

 ヨヨも坑道を出て二人を見送る。

「世話になったね。ありがとう」

 礼を述べるラッコにヨヨは身体を近づける。

「一緒に行けないのは残念じゃ。予が不完全な状態でなければのう」

「そうね。でも、これ以上ヨヨの手を借りるわけにはいかないし、私があなたの分もラッコを守るわ」

 決意を新たに、気持ちに区切りをつけたシルは屈託のない表情だ。

 ヨヨはその顔を見て一瞬何かを言いかけたがすぐに違う話題を振る。

「そういえば、これから人間の国へ向かうのじゃったか?」

「ええ、ラッコはこの世界の人間じゃないっていうけど人間に関する記録や知識は人間の国に集中しているはずだから、ラッコみたいな人間が別世界と行き来した記録もあるかなって」

 シルなりに考えてのことだったが、この計画にはかなりのリスクがある。

「わかっているとは思うが、獣人と人間は戦争を始めたばかりじゃ。今人間の国に行くのは危険が多い。特に亜人であるシルは人間の国に行けば命を狙われるかもしれん」

 ヨヨの口調は淡々としているがその声はいつもより重く感じる。

 シルが迫害を受ける。現実に起こりうる問題はシルよりもラッコを苦しめた。

「そんなの危険だ。やっぱり人間の国に行くのはもう少し後にした方が……」

 せめて情勢が安定するまではこの国の片隅にでもいるべきなのかもしれない。

「大丈夫。私だって無茶はしない。私が無理をするとラッコにも無理をさせてしまうし」

 微妙に会話がかみ合っていないような気もするが、この世界のことはシルの方が圧倒的に詳しいのでラッコから何かを提案することは難しい。

「まあ、危険を感じたり無理難題が降りかかってくるのなら予のところに戻ってくればいいじゃろう」

 ヨヨは蔓を差し出す。蔓は拳くらいの大きさの袋を掴んでいる。

「旅のついででいいのじゃが、この袋に入っている種を毎日二三粒くらい地面に植えてほしいのじゃ。場所はどこでもいいし、忘れても構わないのじゃが……」

「うん。僕が預かるよ」

 ヨヨからのお願いとあれば断る理由はない。

 ラッコは袋を受け取ると鞄にしまう。

 そのあと二、三声を掛け合ってから二人は旅立った。

「じゃあね。ヨヨ」

「また来るわ」

 振り向いてから一度だけ手を振った二人にヨヨも蔓と手を振って見送る。そうして二人の姿が見えなくなるまで彼らを見つめていた。

「さてと」

 二人が見えなくなってしばらくして、ヨヨは自分の身体を高く上げて鉱山地帯の広場を見下ろす。

 昨晩の惨劇とも呼べるヨヨの一方的な襲撃で広場の建物は焼け落ち、地面は所々抉れている。

 ヨヨは無数の蔓を伸ばして瓦礫を退かし、目的のものを探し始めた。

 やがて見つかったのは瓦礫の下敷きになった死体である。

 獣人の死体は全身に酷い火傷を負っていた。

 その死体を巨大なウツボカズラのような捕虫嚢に放り込む。

「まだまだあるのう。これだけあれば、すぐにでも予は次の段階に……」

 嬉しそうに言いながら蔓で死体を集めるヨヨ。

 ヨヨは獣人の死体を利用して自身の強化と成長の促進を図っていた。

 損傷の少ない死体は捕虫嚢の上に持ち上げてから茨で締め上げて血をウツボカズラに流し込み、そのまま肉をすり潰して放り込んだ。こうすることでヨヨはより短時間で死体を溶解、吸収できる。

「ふふふ、ふっ、はははははははっ」

 ヨヨは自分が次の段階へと成長していくのを感じて喜ぶ。

 シルとラッコに会ったことはヨヨにとって岐路であった。

 二人に命を救われ、彼女たちと現在は死体ようぶんで急激な成長が始まっている。

 二人に出会ったとき、人工的に精製されたフレイトという純粋なエネルギーを貰えたことでヨヨは急速に力を得ることができたのだ。

 歓喜するヨヨは手当たり次第に死体を飲み込んで自身の養分へと変えていく。

「シルとラッコには見せられんのう」

 どこかうっとりした口調で語るヨヨ。その言葉通り、今のヨヨを見ればあの二人は恐れ、怯えるだろう。

 だが、鉱山地帯は山岳でもある。シルたちが歩く谷の道からはどうあってもヨヨの姿は見えないのだ。そのために二人を見送り、今いる高度も調整してある。

 だが、シルたち以外でヨヨの姿を見ている者がいた。

「まったく、とんでもねえ化け物だぜ……」

 稜線に隠れながら狂気を滲ませる魔物を見つめるのは熊型の獣人だ。

 大柄な体に顔の皮を剝がされた傷を浮かび上がらせるその男はブリバである。

「だが、逆に考えればあのガキどもは化け物と別行動。俺の顔……っ」

 独り言の最中に顔の怪我が痛み出す。シルに襲い掛かった際に噛みつかれて剥がされた顔の皮は広範囲に渡り、彼の顔に痛々しい傷跡を残す。

 激痛に耐えながらも夜のうちにひっそりと逃げ延び、復讐を計画するのはひとえに執念であった。

「ううっ……あのガキどもっ!」

 呻きながらもブリバはシルたちとは別方向へ移動する。すぐにシルたちを追わないのは彼なりに考えてのことだ。

 自分の頭であったハンモは自分に口うるさかったが、それでも頭としては信頼していた。少なくとも自分よりは賢かった。

「頭はいつも俺に、『カッとなる前に少しは考えろ』って言ってた。まずは顔の傷を治して、それから……」

 復讐に滾る心身をハンモの記憶で制する。まずは目先の問題を解決しなければならないのだ。

 ブリバは再起を図るため、魔物に見つからないようにしながら鉱山地帯を後にした。

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