第22話 適応
陽光の代わりにフレイトの青白い光が照らすなか、目覚めたラッコたちは旅を再開する準備に取り掛かる。
「まずは……シルの服をどうにかしないと」
ラッコに言われてシルは自分の姿を見る。
目まぐるしく変わる状況に気を取られていたが、改めて見ると酷い格好だ。熊の獣人に襲われた際に破かれた衣服は前側がはだけて素肌を晒すようになっているし、履いているズボンもところどころ裂けていて、小さな傷跡を見せている。
休んだことで心身が回復したためか、シルは今更になって恥ずかしいと感じた。
「なら予の繊維を使えばよかろう」
「繊維?」
話に入って来たヨヨは自分の葉を差し出す、その上には糸のような物体が大量に並べられていた。
「予の身体にある繊維じゃ。衣類の修繕に使うとよい」
「身体って……大丈夫なの?」
魔物の身体がどんなものかは知らないが、流石にちょっと心配になる。
「心配ない。予の身体は他の生物とは違うし、これは戦いの際に千切れた蔓と葉を繊維にしたものじゃ」
有効活用じゃよ、と笑いながら説明するヨヨ。
ラッコが植物の繊維を受け取っているうちに、今度はシルの方へと移動する。
「シルはこっちじゃ」
そういって口の開いた巨大な捕虫嚢を持ってくる。
笑顔のヨヨに対してシルはしかめっ面だ。
「いやよ」
「なんでじゃ?」
「それ、身体を溶かされて食べられちゃうやつでしょ?」
「そんなことはないぞ。ラッコだって入ったのじゃ」
「でも……」
ラッコのことを出されると気持ちが揺らぐのだが、心のどこかで怖がっているのも事実。
そんな彼女を見て、ヨヨは単刀直入に話を進める。
「そもそも、これはお主の傷を癒すために用意したのじゃ」
見た目こそ捕虫嚢だが、内部の液体は溶解液ではない。
二人のやり取りを見ていたラッコも口添えする。
「シル、入っておいでよ。その間に僕が服を直しておくからさ」
「うん」
ラッコに言われれば、シルも素直に衣服を脱ぎだす。
本当は彼女もどうにかしないといけないことはわかっているのだ。
「あっ」
するすると流れるようにして脱衣するシルを見て、ラッコは目を逸らす。
今着ていた服は破れて素肌が露わになっているし、そもそもラッコは彼女の裸を見たことだってある。
今の状況だってシルは見られてもいいと思って脱いでいるのだろうが、それでもジロジロと見るのは良くないと彼は思うのだ。
「じゃあ、入るけど」
「わかったのじゃ」
ヨヨはシルを蔓で持ち上げると捕虫嚢へと入れる。
「そのまましばらく入っておるのじゃぞ」
「うん」
捕虫嚢の蓋を閉めると、ヨヨはラッコの元へとやってくる。
彼はシルが脱いだ衣服を回収して修繕に取り掛かっていた。
「針は持ち歩いていたのじゃな」
「鞄に入ってたんだ」
彼が使うのはシルの家にあった裁縫道具だ。
ヨヨから布地のようになった繊維ももらい、可能な限りシルの衣服を修繕していく。
「手慣れたもんじゃのう」
「そうかな」
完全な修復こそできないものの、破かれた状態と比べればかなりマシになる。
ラッコはそんな彼の作業を見ながら今しかできない話題をふる。
「そういえば、ラッコはこの世界の人間じゃないのだったな」
「そうだよ」
シルにも話したことだ。
「ラッコよ。大事なことを話すからよく聞いてほしいのじゃ」
「? うん」
改まった態度のヨヨにラッコも少しばかり身構える。
「お主はこの世界に来て、しばらくシルと一緒にいたのじゃったな」
「うん。生活のこととか、言葉を教えてもらったりしたんだ」
日常会話くらいならできるようになってきたし、彼女との練習の成果を身をもって感じている。
「お主を捕虫嚢に入れたとき身体を少し調べたのじゃが、もしかしたらお主の身体は元の身体とは少し変わってきているのかもしれないのじゃ」
「どういうこと?」
裁縫していたラッコも思わず手が止まってしまう。
「この世界に来たことで、ラッコの身体は新しい環境に適応しようとしているのじゃ」
ヨヨが言うには、この世界の食べ物や水、さらには空気までもがラッコの身体を変化させているらしい。
それは身体の機能をこの世界に適応させることに繋がる。元の世界でも一般人でしかなかったラッコがこの世界の獣人たちと戦えたのも、身体の変化によって能力が上がったのが要因だろう。
「もしかして、僕が短期間で会話ができるようになったのも……」
「この世界の食べ物などがお主の学習能力を上げているのかもしれんな。あるいは、他に選択肢がないという状況が集中力を高めているのか」
ヨヨは「もっとも、お主の努力が一番の要因じゃろうが」と付け加える。
ヨヨの補足は決して世辞ではない。ラッコにはシルと意思の疎通をしたいという目標があった。その目標は彼に大きな力を与えたのだ。
「まあ、今のところ早死にするわけでもなさそうじゃし特別問題はなかろう。むしろ好都合じゃろうて。ただし、お主の身体は変化していると言ってもあくまでただの人間じゃ。それを忘れるでないぞ」
獣人どころか亜人であるシルほどの力もスピードもない。魔物であるヨヨのように圧倒的な生命力もない。
ラッコの身体はあくまでこの世界に向けて調整されただけだ。
「気をつけないとね」
獣人との争いで命の危機を感じたので冗談では済まない。
「お主はお人好しなところがあるからのう」
ヨヨは釘を刺すような、少しからかうような口調でそう言った。
なんであれ、シルと生きていくのに好都合なのは間違いない。
身体の変化は、少なくとも今のラッコにとっては良い知らせであった。
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