第16話 介入と救援
シルとラッコの二人が熊型獣人に抗っていると、不意に家屋のドアが蹴り上げられ、外から数名の獣人が姿を現した。
「おうおう、声がすると思ったら、なかなかイキのいいガキどもじゃねえか」
そう言ったのは獣人たちのリーダー格らしき男。
月夜の中でくっきりと浮かび上がるそのシルエットにはラッコたちも見覚えがある。
先日の夜に見た馬の獣人だ。
「なさけねえ連中だぜ、ガキ相手に余裕ぶっこいてこのザマか?」
兎男はもう事切れてしまったのか何も反応しないが、熊の男はリーダーの言葉を耳にして声を震わせる。
「か、頭、これはこのガキどもがっ」
「黙れっ! お前の性格はよく知ってんだ。どうせこの愚図と二人で調子に乗って痛い目みせられたんだろうがっ!」
なにか言い訳しようとしたらしいが、兎男を蹄で踏みつける馬男に熊型獣人は萎縮してしまう。
「それで、本題だが」
そういって馬男はラッコたちの方へ顔を向ける。
ラッコは熊型獣人と馬獣人を交互に見て警戒し、シルは馬獣人に敵意を剥き出しにしていた。
二人は状況が悪化の一途を辿っているのだと確信する。
賊の男たちを殺害し、熊獣人にも傷を負わせた。
何よりラッコたちの目的はリーダーである馬獣人の殺害であるのだから、ここで二人をなにごともなく見逃してくれるはずなどない。
ヨヨの助けが期待できない現状では、一挙一動が二人の命運を分ける。
身構える二人に馬獣人が話しかけた。
「おめえらに聞きてえことがある。おめえらの目的はなんだ?」
「そんなの決まって――」
「この鉱山を通り抜けたいんだ」
血気盛んなシルが余計なことを言って刺激しないようにラッコが遮って回答する。
すると、馬獣人のとなりにいた獣人が声を荒げた。
「それだけなわけねえだろうがっ! こいつらだけじゃなくて、先に二人殺してんのはわかってんだぞ!」
この男が言っているのは日中に争った二人の獣人のことだろう。
坑道の死体を発見したわけではなさそうなので、姿が見えないことやシルたちの現状から推測しての発言だ。
「まあ、そう熱くなるなよ。大方こいつらと同じでこっちから襲い掛かろうとして返り討ちにあったってとこだろうよ。なあ?」
シルたちに同意を求めるような口調の馬男。
声を荒げた獣人も馬獣人に言われて「頭の言う通り、確かにあいつらなら……」と納得したらしい。
「話が少しそれちまったな。おめえらの名前を聞かせてくれ、俺はハンモだ」
「「…………」」
ラッコもシルも貝のように口を閉ざす。
その態度にハンモは笑い出した。
「まあ、そうなるよな。何もおめえらの墓標を刻もうってわけじゃねえ。実を言うとな、おめえらを俺たちのグループに入れようって考えてるんだよ」
それを聞いて驚いたのはシルとラッコだけではない。
「んなっ!? このガキどもをですかい? とんでもねえ、俺は反対ですぜ!」
「うるせえよブリバっ! さっきから黙れって言ってんじゃねえかっ。おめえみたいな血の気が多いだけのやつよりもこいつらの方が何倍も有能なんだよ。現におめえも、この馬鹿うさぎもやられてんじゃねえかっ!」
ブリバが食いつくようにまくしたてるも、ハンモに一蹴される。
不満気ながらも言い返せずに黙るブリバを見て、ハンモは再度話を進める。
「おめえらが俺たちを信用してねえのはわかってるぜ。なんたって襲った側だからな。それもなんとかしてえとは思ってるんだ」
そう言ってハンモは短剣を自分とラッコの中間あたりの床に投げた。
「とりあえずこれで縄を切れよ。話し合いの第一歩といこうぜ」
ラッコはどうすべきか悩む。
だんまりを決めても事態が好転するとは限らないので、ここは多少相手の調子に合わせて隙を伺のがいいかもしれない。
ラッコがそう思って短剣をとりにいこうとしたとき、彼より先にシルが歩いていた。
短剣の前で腰を曲げ、拾う姿勢になった彼女は短剣を掴むとそのまま両手足に力を入れて床を蹴る。
シルは瞬時に跳躍してハンモに襲い掛かった。
「それが答えかよ」
苦笑したかのような態度のハンモ。彼は腕を引いて飛び掛かるシルを殴打する態勢になる。
シルの飛び掛かりは攻撃面では優れるが、防御に関しては完全に無防備だ。
宙に浮いている彼女はカウンターを躱すことも、防ぐために足で踏ん張ることもできない。
飛び掛かった状態のまま短剣を構えて切りつけようとするシルだが、腕力とリーチに優れる大人の馬獣人に奇襲を読まれていた時点で彼女の勝ち目はなかった。
「シルっ!」
もう間に合わないが、なんとかしなければとラッコの身体が反射的に動く。
彼の目の前でシルの顔にハンモの一撃が浴びせられる直前、宙にいるはずのシルが不自然に後退してすんでのところで一撃を躱す。
ハンモの拳が彼女の顔を掠めて前髪を揺らした。
「おっ?」
一番驚いていたのはシル自身だ。
宙に浮いたままの彼女は腰に違和感を覚えて視線を移す。
彼女の腰には太い蔓が巻き付いていた。
気がつくと窓が割れており、そこから数本の太い蔓が伸びている。
「この蔓は――」
ラッコがそう呟いたとき、地面が揺れ出して床に亀裂が入った。
「いったいなんだ!?」
獣人たちが戸惑う中、家屋の床をドリルのような回転で貫通して現れたのは人よりも大きい蕾だ。
「間一髪じゃったのう」
「ヨヨっ!」
声がすると、蕾が開いて中からヨヨが現れる。
「ま、魔物だと……どうして……?」
獣人たちに動揺が広がるなか、ヨヨはシル同様ラッコにも蔓を巻き付けた。
「ヨヨっ、どういうこと?」
「シル、話はあとじゃ。とりあえず今は大人しくしててほしいのじゃ」
窓を壁ごと破壊して更なる蔓が伸びてくる。
それらはまっすぐに目の前の獣人たちに襲い掛かった。
数人の獣人のうち一人は勢いそのままの蔓に胸を突き刺されて息絶える。
また、二人は絡めとられてそのまま絞殺された。
圧倒的な力を見せつけるヨヨだが、ハンモや僅かな獣人たちは取り逃がしてしまう。
「ちいっ、一旦退くぞ」
馬型の獣人だけあって逃走するハンモは素早い。
蔓を上手くかわして広場の物陰へと身を隠す。
「ヨヨっ、私に追わせてっ」
「ダメじゃ。奴らはおぬしより強い。しばらく予に任せてほしいのじゃ」
シルは悔しそうに蔓を握りながらも、ラッコの顔を見てからは大人しくヨヨに従った。
「わかってくれたようでなにより、まずは一度外に出るのじゃ」
ヨヨはそう言うと、自分は蕾に入って再び地面に潜る。
シルとラッコは蔓に持ち上げられたまま建物の外へと運び出された。
蔓に抱かれる二人はヨヨの行動がわからないままであるにもかかわらず、不思議と安心できたのだった。
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