第13話 襲う者、襲われる者
夜空の月と星だけが大地を照らす時間。
シルとラッコはヨヨの居る場所から坑道を抜けて外の世界へと顔を出した。
「誰もいないみたいだね」
「そうね」
獣人たちの眠る時間を襲撃に選んだとはいえ、昼に争った相手たちなので流石に二人も警戒する。
だが、周囲を見渡しても風で揺れる草花以外は特に動く物も無い。耳を澄ましても聞こえるのは虫の音ぐらいだ。
どうやら自分たちはほとんど警戒されていないらしい。
「逃げたか死んだと思われたのかしら?」
「どうだろう」
二人は坑道の出入り口から斜面を降って目的の小屋へと向かう。
ここは鉱山地帯で採石場だったため、周囲を囲む山々の真ん中に小屋の密集した広場がある。
建物に身を隠しながら移動すると、獣人たちが寝泊まりしている小屋が見えてきた。
「明かりが消えてる」
「寝てるのかしら?」
二人は物陰に隠れながらも周囲を警戒し続ける。シルも獣人たちが寝ている可能性を口にしたものの、相手がここまで無防備だとこの状況が罠ではないと言い切れない。
二人が焦って小屋を襲わないのは罠である可能性を見越してのことだが、それとは別の理由もあった。
「ヨヨはいったい何をしているんだろう?」
二人はヨヨを待っているのだ。
ヨヨは準備をするので小屋への襲撃は少しの間待っていて欲しいと言った。
「魔物の考えることなんて私たちにはわからないわよ」
言葉こと棘があるようだが、シルもヨヨを信用しているようでその口調は比較的穏やかだ。
「そういえば、坑道の出入り口からは少し離れろって言われたけど、どこに居れば良いって指示はなかったね」
「いったい何をするつも——ラッコっ」
シルが向かいの建物の陰に獣人がいることに気がついた。警戒していた通り、この状況は罠だったのだ。
しかし、シルがそう気がついた時点ではもう手遅れだった。
「うぐっ!?」
シルの背後で呻き声が聞こえて振り返る。
そこには棒を持った熊の獣人の男と、殴られて倒れたラッコがいた。
シルが獣人たちの動きを察知するよりも早くに攻撃されてしまったのだ。
シルはこの時どうするべきか悩んでしまう。ラッコを抱えて逃げるのは現実的ではないが、状況から見て周囲を獣人に囲まれているのだから戦って勝てる見込みもない。その躊躇いが彼女の最大のミスだった。
「たああああッ!」
結果として斧を振って戦おうとするシルだが、ラッコを失神させた獣人はシルの躊躇いから生じた隙を逃さない。
「遅えよ!」
斧が獣人に届くよりも先に、敵の棒がシルの胴体に突き込まれる。
「うっ!」
腹部への痛打を受けて後方に吹っ飛ばされるシル。落とした斧を拾おうと手を伸ばすが身体に力が入らない。
「さてと、お前らが何者なのか教えて貰うとするかねッ!」
近づいて来た獣人はシルの腹に蹴りを入れる。棒で突かれた場所に硬いブーツがめり込んでシルは嘔吐しかけた。
「お、お前らなんかに……言うことなんてっ」
腹部を押さえながら虚勢を張るものの、状況は絶望的だ。
どうにかしてラッコだけでも逃したいが失神しているようなのでそれすらも叶わない。
「そんなに見つめて、よっぽどこの人間のことが気になるのか?」
シルの視線に気づいたらしくニヤニヤと笑う獣人。そこへ別の獣人もやって来た。
「なんだよ。二人やられたって聞いたから見張ってたのに相手はガキじゃねえか」
「このガキは俺たちに口を割るつもりはないんだとよ」
「舐めた奴らだぜ」
シルを蹴った獣人は下品な笑みを見せると、倒れたラッコに視線を移す。
その顔と視線からシルは悪い予感がした。そしてその予感は現実となる。
「そこでよ。この人間のガキで俺らが遊んだら、この生意気なクズメスも気が変わって俺らとおしゃべりしたくなると踏んだわけよ」
恐ろしい思いつきを耳にして、シルの全身に絶望が駆け巡る。
家族を失ったシルにとって、ラッコは最も大切な人物だ。彼を拷問されるくらいならこの場で輪姦されて穴に埋められた方がマシである。
獣人たちもシルの態度からそれを察したのだろう。えらく上機嫌になった獣人たちは「そいつは面白い考えだ」と笑いながらラッコを担ぐ。
「そんな顔するなよ。朝までたっぷり時間はあるんだし、お前もこの男もボスを交えて遊んでやるからよ」
弱者を嬲りものにしようという醜悪な顔がシルを覗き込む。
焦燥感と恐怖を覚えるシルだったが痛む身体に力が入らず、ラッコ同様に担がれてしまった。
「こ、このっ、離せ!」
「そんなにはしゃぐほど楽しみなのか? 心配しなくても期待に応えてやるよ」
精一杯の反抗も獣人たちの悪意を増長させるだけだ。
シルは身動きどころか迂闊に発言もできず、されるがままに運ばれていく。
小屋のドアが開き、シルと気を失ったラッコは襲撃とは程遠い最悪の状態で中へ入った。
ただひたすらにラッコの身の安全を願うシルの頭からヨヨの存在はすっかりと抜けてしまっている。
彼女がヨヨのことを思い出すのは、もう少し経ってからのことだった。
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