第12話 話すべきこと
ラッコはシルとヨヨの話が終わったタイミングで戻ってきた。
シルは泣いた後の赤く腫れた目を拭いてラッコを出迎える。それに気が付かないフリをしていたラッコの目も腫れていた。
「シル、僕は言わないといけないことがある」
「うん。私もあるんだ」
ヨヨが用意した無数の蔓の束に腰掛けた二人。ヨヨは邪魔をしないようにシルたちから距離をとる。
自分が異世界の人間だと言おうとして、ラッコはなんだか重くるしい気分になったがここで言わないわけにはいかない。ヨヨとの約束でもあるし、何よりシルに隠しておくのは後ろめたい。
彼は息を軽く吸ってから口を開いた。
「今まで黙っていたけど。僕はこの世界の人間じゃないんだ」
シルは最初、目を丸くしていた。でもそれは本当に僅かな時間で、そんなに経たないうちに「そうなのか」と言って表情を柔らかくした。
ラッコがなんて言葉を続けるべきか悩んでいるうちにシルの方が話し出す。
「最初にあったとき、ラッコは何も持ってなくて服も寝巻きだった。私はその姿を見て捕らえられたばかりの奴隷が逃げ出したのかと思ったんだ」
「奴隷?」
「そう。奴隷だ」
人間の国との国境付近にあるシルの家は人間が訪ねることも少なくない。
それなりにこの世界の人間の服装や身なりを見たこともあるし、人間との交流で人間の国でも奴隷制度があると聞いたことがある。シルはこれまでに得ていた情報から彼が奴隷だと思い込んでいたのだ。
「でも、奴隷じゃなくて異世界人なら納得できた。魔力のことも知らないし、ラッコには生活の知識もなかったから」
これまでの生活で、彼女はラッコの正体が奴隷ではないのかもしれないと疑問を抱いていたようで怒るとか警戒されるよりも納得したという顔をしている。
シルの反応を想定していなかったこともあって、ラッコは黙っているのが居た堪れなかった。
「素性の怪しい僕を受け入れてくれてありがとう。それと、今まで隠しててごめん」
「…………いいんだ。私も、ラッコに甘えたくて一緒にいたんだから……」
ラッコはそこまできてようやく考えに至る。シルはどんな気持ちで自分を受け入れてくれたのだろうか。共に賊へ抗ったとはいえ見知らぬ不審な男をそばに置くほどの心境とはどんなものだったのか。
思い返せばシルはラッコの素性を詮索しなかった。おそらくこれまでのことなどを根掘り葉掘り聞かないのは、ラッコを気遣ってのことだったのだろう。
今までのシルを思い出し、改めて彼女の力になりたいと思う。
「シル、僕はこんな男だけど助けてくれた恩を返したい。僕も最後まで一緒に戦うよ」
「ラッコ……」
シルの心の奥には未だに不安が残っている。それはラッコの精神や生命を危機に晒すことへの不安だ。それでも、ヨヨが背中を押してくれたのだから彼の手を取れる。絶対に言うべき言葉をも添えて。
「ラッコ、お願いね。絶対無理はしないでよ」
「うん、シルもね」
シルの頭を思考の渦が掻き回す。ラッコは今、シルの力になりたいと手を伸ばしてくれている。
彼の手を取ることは許されざる罪なのだろうか。大切な人を復讐に巻き込むことで自分に罰が下るのであれば、それが如何なる結末であってもシルは甘んじて受ける覚悟だ。
ただ、手を貸してくれるラッコにはなるべく傷ついてほしくない。然るべき時が来たら、彼にはこの世界のことを忘れてもらって故郷で幸せに生きてほしい。間違っても自分のようにはなってほしくない。ラッコとヨヨが悲惨な結末を迎えることなどあってはならないのだ。
「そういえばさ」
「ふぇっ?」
熟考していたシルにラッコが声をかける。思いがけず変な声を出してしまうシルは、そこで自分がどんな表情をしていたのか気がついた。
「な、何?」
慌てて表情を変える。
危ない、これ以上ラッコに心配をかけるわけにはいかない。
シルが必死に取り繕うと、ラッコは用件を話しだす。どうやら変に思われてはいないようだ。
「さっき、僕に話があるって言ってたけど……先に僕が話しちゃったから、なんだったのかなって気になっちゃって」
「ああ、それなら……」
一呼吸を置く。改めて言おうとするとなんだか恥ずかしい気がする。
何より私怨で行動しようという状態で何を言っているんだとも思うが、これは伝えておきたい。
「ラッコさえ良ければ、これからも私と一緒にいてほしい……って言おうとしたんだ。ラッコは、それを許してくれるか?」
「許すも何も、それは僕からお願いすることだよ」
ラッコには彼女の願いを断る理由がない。勿論、シルの方も同様だ。
シルは自然と、ラッコの手に自分の手を重ねた。彼の手の温かさがシルの冷えかけた心に沁みる。
「話は済んだみたいじゃな」
丁度そこへヨヨがやってくる。
ヨヨは急な登場に驚く二人へと顔を近づけた。
「突然の割り込みはスマンのじゃ。そろそろ作戦会議をしようと思っての」
ヨヨは亜人の賊を襲撃するための策を練ろうと提案する。
登場に驚きこそしたものの、シルもラッコもヨヨの提案には賛成だった。
「うむ。では計画を考えるぞ」
ヨヨの言葉を合図に三人は顔を寄せ合った。
会議が終わった後、ラッコとシルは夜が来るのを待った。襲撃の時間を夜に決めたためだ。
夜に襲撃する理由はいくつかある。
一つは賊の警戒が薄いこと。日のあたる時間だとシルたちのように賊に見つかる可能性がある上に、先程ラッコたちが賊を殺害したので今はまだ警戒が強いかもしれない。
二つ目は賊が隠れ家にしている家屋に集合していることだ。夜間は寝泊まりのために家屋へ戻る。襲撃するとなれば場所がわかることはメリットが大きい。
三つ目は単純にシルとラッコが疲弊していることが挙げられる。賊との戦闘もそうだが、ヨヨと出会ったことやお互いのことを少しは話し合ったことで神経を使ったのだろう。二人の心身には疲れが現れている。
日の当たらない洞窟ではわからないが、今はまだ日暮れ前で、外は意外と明るい。今のうちに睡眠をとれば、襲撃に丁度いい時間となるはずだ。
ヨヨが起こすからと、シルとラッコに仮眠をとらせようとする。二人は荷物から眠るための道具を取り出して支度をした。
その際、ラッコはヨヨに近づいて小声で話しかける。
「さっき、シルが不安そうな顔をしてたんだ。できれば行動を起こすとき、ヨヨの方からも彼女を見てあげてほしい」
「わかった。気に留めておくのじゃ」
ヨヨはシルが横になるのを見て、この睡眠が彼女の精神を少しでも癒してくれることを願う。
ラッコもシルと同じように体を横たえて目を閉じるとすぐに寝息をたて始めた。どうやらよほど疲れていたらしい。
「眠ったか?」
そう呟いたのはシルだ。
眠りについたラッコの隣でシルが体を起こす。
ヨヨが何事かと思っていると今度はシルが近寄って来た。
「襲撃の時、ヨヨはラッコのそばにいて守ってあげてほしい。もしかしたら、ラッコは無茶をしちゃうかもしれないから」
「うむ」
ヨヨの返事で多少なりとも不安が減ったのか、シルは寝床に戻るとしばらくして寝息をたてはじめる。彼女も相当疲れていたのだとわかる。
ヨヨは二人がしっかりと寝ていることを確認すると、自分の身体を洞窟の壁に預けて息を吐く。
「まったく。二人して同じようなことを言うとは……」
ヨヨの胸にあるのは呆れではない。なんだか温かい気持ちを感じる。
二人の寝顔を見つめるヨヨは、必ず二人を守って復讐を成し遂げさせると誓う。
夜更けまではまだ遠いのだが、日の当たらない洞窟内はすでに暗夜を思わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます