魔物と獣人

第7話 賊の存在による分岐

 朝焼けが村を照らす中、シルとラッコの二人は身支度を整えていた。

 今日は村を出て北上する。

 太陽に照らされるシルは眩しそうにしながらもラッコに説明していく。

「村を出たら北にある街を目指すぞ。街道に沿っていけば危険も少ないし、平坦な道だからラッコでも歩きやすいはずだ」

「わかったよシル。頑張って歩く」

 ラッコは緊張と不安が入り混じるものの、他に選択肢がないのだから悩むこともない。

 そうして二人は村を出て街道を歩き始めた。

 村の門を抜けるとき「本当に戦火がここまで押し寄せてきたら、この村の人々はどうするのだろうか?」、そんな疑問がラッコの頭に浮かび、すぐに消えていった。

 村を出た先には平原が広がり、その先には林がある。林までは街道の一本道だ。

「今日はいい天気だな。暖かいし、風も心地いい」

「そうだね。太陽が出てると気持ちいい」

 ラッコはシルとの何気ない会話が幸せだった。この世界に来てから碌に会話もできない日々を過ごし、勉強の末ようやく話せるようになったのだ。

 シルの言葉を聞けるなら、夜中に二人で勉強した甲斐があったというもの。

「ラッコが言葉を覚えてくれたから移動も楽しい」

「シルのおかげだよ。ありがとう」

 平原には野草ばかりでなく、花々や虫もいた。偶にシルが立ち止まって名前を教えてくれる。

「これは低地ブドウ。小さくて酸っぱい実ができるんだ。料理の味付けとかに使うんだぞ」

「これが実なのかな?」

 葉の間にできた小さな粒に手を伸ばしてみる。

「ラッコ、それは虫瘤だ。触っちゃいけない」

「うあぁっ!」

 驚きのあまり手を引っ込める。ひ弱な現代っ子であるラッコにとって虫を触るのは抵抗があった。

「ふふふっ、はっ、あはははははっ!」

 そんなラッコを見て大笑いするシル。

 ラッコにとってこんなに笑うシルを見るのは初めてだ。

 恥ずかしいやらシルの笑顔が可愛らしいやらで顔を赤くするラッコは、視線を逸らすように林の方へ目を向ける。

 大分歩いた気がするが、林まではまだ距離がある。

「ん?」

 林の入り口で、何か動いたような気がした。

「どうしたんだ?」

「いや、林の方で何か動いたような気がして……」

「動物でもいるのか?」

 ラッコの様子に気がついたシルも林の方を見始める。

「まさか……」

 何やらリュックを漁る彼女は、双眼鏡を取り出す。

 持ち出した荷物にはなかったもので、どうやら村で購入したものらしい。

「すごいぞラッコ。よく気がついた」

 ラッコは双眼鏡を貸してもらうと、林の方を見る。さっき見えたのは獣の耳がついた男性だったようだ。それも複数人いる。

 腰には短剣を携えて、何やら物騒な武器を持っている者も見える。

 何より、木の後ろや草むらに隠れて街道の通行人を待ち伏せしているような格好でいるのも見え、明らかに穏やかな雰囲気ではないとわかる。

「あれはきっと盗賊みたいな連中だ。林に入ったら襲われる」

 シルは歯噛みした。シルはラッコを連れて来た道を戻る。

 流石に賊のいる林を強行突破はできない。

 幸いにもまだ午前中だ。村に戻っても十分活動できる時間があった。

「ラッコのおかげで助かった」

「偶然だよ」

「ふふ、そんなことない。偉いぞ」

 歩きながらラッコの頭を撫でるシル。

 ラッコは恥ずかしいものの、悪い気はしない。

 シルはラッコの反応が可愛いのかしばらく撫で続けた。


 村まで戻ると、二人は集会所まで行って村の住民達に賊の存在を知らせる。

 しばらくすれば自警団などが調査されるかもしれない。

 尤も、戦時下である現在、この村にそんな余力があるかは不明だが。

 続いて地図を広げ別のルートを探った。

「このままだと移動できないから、街道を少し逸れて鉱山地帯を抜けよう」

「さっきの林には入らないで、近くの山の方に向かうんだね」

 二人はすぐに移動を始める。

 再び村を出たとき、太陽は真上にあった。

 シルの算段では昼から出ても大丈夫らしい。

 先ほど通った平原の道を途中まで進むと、林ではなく山のある方へと逸れて移動した。

 しばらくは平原を歩くばかりで特に苦労もなく。

 鉱山地帯と言っても、近くを通るだけで山に登るわけではない。

「段々植物が減ってきたね」

「石とかで転ばないように気をつけるんだぞ」

 平原を抜けた先には茶色と灰色の風景が広がっている。避けてきた林を視界の右側に入れつつ、二人は歩き続けた。

 これが正しい選択だったのか、二人がその答えを知るのは日が暮れ始めてからのことだった。

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