第4話 寝る前に
食後の休憩を終えたラッコとシルは部屋へと向かう。宿屋の端に位置する部屋は本来は一人部屋なようで狭いが、二人で寝泊まりするには十分だった。
ドアを開けて荷物を置き、シルが明かりをつける。
今までよく考えていなかったが、宿屋の明かりは蝋燭や松明の比ではない。どちらかといえば、電気やガス灯に近い明るさだ。夜間でも読書や作業ができるくらいには眩しい。ラッコはこの明るさがどういった仕組みなのか不思議に思うものの、今のままでは何もわからないので深く考えるのをやめた。
そうしているうちにシルの方は作業が終わったらしい。彼女はラッコの元まで来ると、荷物の中からいくつかの本を取り出して机の上に広げた。
「ラッコ」
シルに呼ばれたラッコは机まで向かい、促されるままに椅子に座る。
昼間に行った勉強の続きをするらしい。
シルが見せてくれたのは子ども向けの絵物語で、女の子が過ごす一日を題材にしたものだった。
シルは絵物語の内容に沿って教えてくれる。挨拶なら挨拶の言葉を言いながらラッコに向かって手を振ったり、食事なら食べる仕草をしたり、生き物なら描かれた絵と名前の欄を指で示したり鳴き声を真似したりとなかなか熱心な指導だ。
そんなシルが言葉に詰まるときがあった。
ラッコは最初、どうしたのかと思ったが絵を見てなんとなくわかった。両親についての項目だ。シルは言葉に詰まっていたようだ。
この絵物語は本来親が子どもに読み聞かせるものなのだろう。
親の項目も子どもに対して自分が母だとか父だとか言えば通じるのではないだろうか。シルはラッコの母ではない。どう説明するか悩んでいるようだが、それ以上に両親を失ったことをシルは再び意識してしまったのだろう。
「シル」
ラッコは彼女の名前を呼び、本の上で固まってしまったシルの手を優しく握った。先ほどまでの熱心な指導とは対照的に、彼女の手は指先から手の甲に至るまで冷えている。
ラッコの手と触れたことで少し落ち着いたのか、シルは深呼吸してから勉強を再会した。さっきまでの熱はないが、冷めているわけではない。優しく穏やかな口調で教えてくれる。
シルも彼女の母親から同じように教えてもらっていたのだろうか。
その後区切りのいいところまで進んだため、今日はここまでとなった。
ラッコは多少なりとも文字の読み書きと単語を聞き分けることができるようになった。
絵物語に書いてある文字は音節文字らしく、平仮名を覚える容量で文字を読めるようになった。ただし、文法はいまだにわからない。
勉強を終えたラッコはシルに言うべきことがあった。
「シル……あ、り、が、と、う」
シルは無反応だった。
発音が違っていたのか、そもそも違う単語を覚えていたのか。
それでもラッコはもう一度言ってみる。
「あ、り、が、と、う」
今度のシルは少し驚いたようだった。
シルは微笑みながら言葉を返した。
ラッコはまだ、言葉が完璧にわかるわけではないが今回は確信した。彼女はこう言ってくれたのだ。
「どういたしまして」
彼女は少しだけ目尻に涙を湛えていた。両親のことを思い出したのかもしれない。シルは素早く涙を払うとベッドで寝ようと促した。一人用のこの部屋にはベッドが一つしかない。二人でベッドに入ってから、ラッコは短い間今日の勉強を振り返った。
彼が眠りにつくとき、ベッドの硬さと温かさが印象に残った。
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